Sanshirō - Chapter 1

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うとうととしてうとうととして nap; doze off目がさめる目めがさめる wake upと女女おんな woman; young ladyはいつのまにか、隣の隣となりの next to; neighboringじいさんと話話はなし talk; conversationを始めて始はじめて start; beginいる。このじいさんはたしかに前の前まえの previous前の駅駅えき stationから乗った乗のった boardedいなか者いなか者もの person from the countryである。発車発車はっしゃ departure; leaving the stationまぎわにまぎわに just before; on the brink of頓狂な頓狂とんきょうな flurried; wild声声こえ voiceを出して出だして put forth駆け込んで来て駆かけ込こんで来きて came running into、いきなり肌をぬいだ肌はだをぬいだ stripped to the waistと思ったら思おもったら noticed; realized背中背中せなか back (body)にお灸お灸きゅう moxibustion (burning moxa on the skin to treat ailments)のあとがいっぱいあったので、三四郎三四郎さんしろう Sanshirō (name)の記憶記憶きおく memoryに残って残のこって remainいる。じいさんが汗汗あせ sweatをふいて、肌を入れて肌はだを入いれて put one's shirt (back) on、女の隣に腰をかけた腰こしをかけた sat downまでよく注意して注意ちゅういして attentively見て見みて observe; watchいたくらいである。

女とは京都京都きょうと Kyōtoからの相乗り相乗あいのり riding togetherである。乗った時時とき time; occasionから三四郎の目についた目めについた caught one's attention。第一第一だいいち first of all色色いろ color (complexion)が黒い黒くろい dark。三四郎は九州九州きゅうしゅう Kyūshūから山陽線山陽線さんようせん Sanyō (train) lineに移って移うつって transferred (to)、だんだん京大阪京大阪きょうおおさか Kyōto-Ōsaka regionへ近づいて来る近ちかづいて来くる draw near to; approachうちに、女の色が次第に次第しだいに gradually白く白しろく light; fair (complexion)なるのでいつのまにか故郷故郷こきょう one's home townを遠のく遠とおのく move away from; leave behindような哀れ哀あわれ sadness; emotionを感じて感かんじて feel; perceiveいた。それでこの女が車室車室しゃしつ (train) compartmentにはいって来た時は、なんとなく異性異性いせい opposite sexの味方味方みかた ally; compatriotを得た得えた gained心持ち心持こころもち feelingがした。この女の色はじっさい九州色であった。

三輪田三輪田みわた Miwata (family name)のお光お光みつ Omitsu (name)さんと同じ同おなじ same; similar色である。国国くに one's native countryを立つ立たつ depart fromまぎわまでは、お光さんは、うるさいうるさい pesky; bothersome女であった。そばを離れる離はなれる distance oneself fromのが大いに大おおいに greatlyありがたかった。けれども、こうしてみると、お光さんのようなのもけっして悪くはない悪わるくはない not so bad。

ただ顔だち顔かおだち facial features; looksからいうと、この女のほうがよほど上等上等じょうとう superior; more highly refinedである。口口くち mouthに締まり締しまり tightness; firmnessがある。目がはっきりしている。額額ひたい foreheadがお光さんのようにだだっ広くないだだっ広ぴろくない not unduly wide。なんとなくいい心持ちにできあがっている。それで三四郎は五分五分ごふん five minutesに一度一度いちど one time; onceぐらいは目を上げて上あげて raise; lift女の方方ほう directionを見ていた。時々時々ときどき sometimesは女と自分の自分じぶんの one's own目がゆきあたることもあった。じいさんが女の隣へ腰をかけた時などは、もっとも注意して、できるだけ長い長ながい long; lengthyあいだ、女の様子様子ようす form; appearanceを見ていた。その時女はにこりと笑って笑わらって smiled; grinned、さあおかけと言って言いって say; remarkじいさんに席席せき seat; room to sitを譲って譲ゆずって accommodate; make room forいた。それからしばらくして、三四郎は眠く眠ねむく sleepy; drowsyなって寝て寝ねて sleepしまったのである。

その寝て寝ねて sleepいるあいだに女女おんな woman; young ladyとじいさんは懇意になって懇意こんいになって become friends話話はなし talk; conversationを始めた始はじめた started; beganものとみえる。目目め eyesをあけた三四郎三四郎さんしろう Sanshirō (name)は黙って黙だまって in silence二人二人ふたり two (people)の話を聞いて聞きいて listen (to)いた。女はこんなことを言う言いう say; relate。――

子供子供こども child; childrenの玩具玩具おもちゃ toysはやっぱり広島広島ひろしま Hiroshimaより京都京都きょうと Kyōtoのほうが安くって安やすくって lower in price; less expensiveいいものがある。京都でちょっと用用よう businessがあって降りた降おりた disembarkedついでに、蛸薬師蛸薬師たこやくし Tako Yakushi temple (officially called Eifukuji)のそばで玩具を買って来た買かって来きた went and bought。久しぶり久ひさしぶり after a long whileで国国くに native countryへ帰って帰かえって return (home)子供に会う会あう see; spend time withのはうれしい。しかし夫夫おっと husbandの仕送り仕送しおくり remittancesがとぎれて、しかたなしに親親おや one's parentsの里里さと village; home townへ帰るのだから心配心配しんぱい worry; concernだ。夫は呉呉くれ Kure (part of Hiroshima; formerly home of the Kure Naval Arsenal)にいて長らく長ながらく for a long time; for a good while海軍海軍かいぐん navyの職工職工しょっこう workman; mechanicをしていたが戦争中戦争中せんそうちゅう during the war (Russo-Japanese War; 1904-5)は旅順旅順りょじゅん Port Arthur or Ryojun (currently Lüshunkou, a district of Dalian)の方方ほう area; environsに行って行いって go (to)いた。戦争が済んで済すんで be concluded; be settledからいったん帰って来た。まもなくあっちのほうが金がもうかる金かねがもうかる make moneyといって、また大連大連たいれん Dairen or Tairen (currently Dalian)へ出かせぎ出でかせぎ working away from homeに行った。はじめのうちは音信音信たより correspondence; lettersもあり、月々月々つきつき monthly; every monthのものもちゃんちゃんと送ってきた送おくってきた arrived; was sentからよかったが、この半年半年はんとし half yearばかり前前まえ beforeから手紙手紙てがみ lettersも金もまるで来なくなって来こなくなって stopped arrivingしまった。不実な不実ふじつな unfaithful; hardhearted性質性質たち character; natureではないから、大丈夫大丈夫だいじょうぶ okay; all rightだけれども、いつまでも遊んで遊あそんで be idle; be out of work食べて食たべて live; subsistいるわけにはゆかないので、安否安否あんぴ safety; welfareのわかるまではしかたがないから、里へ帰って待って待まって waitいるつもりだ。

じいさんは蛸薬師も知らず知しらず not know of、玩具にも興味興味きょうみ interestがないとみえて、はじめのうちはただはいはいと返事返事へんじ responseだけしていたが、旅順以後以後いご from; following急に急きゅうに suddenly同情同情どうじょう sympathy; (emotional) engagementを催して催もよおして show signs of、それは大いに大おおいに very much; greatly気の毒気きの毒どく unfortunate; too badだと言いだした。自分の自分じぶんの one's own子子こ childも戦争中兵隊兵隊へいたい soldierにとられて、とうとうあっちで死んで死しんで dieしまった。いったい戦争はなんのためにするものだかわからない。あとで景気景気けいき the times; prosperityでもよくなればだが、大事な大事だいじな precious子は殺される殺ころされる be killed、物価物価しょしき prices (usually 諸式; equivalent to 物価ぶっか)は高くなる高たかくなる increase; go up (prices)。こんなばかげたものはない。世世よ the world; societyのいい時分時分じぶん time; periodに出かせぎなどというものはなかった。みんな戦争のおかげだ。なにしろ信心信心しんじん faith; trustが大切大切たいせつ importantだ。生きて生いきて be alive働いて働はたらいて workingいるに違いないに違ちがいない no doubt。もう少し少すこし a bit待っていればきっと帰って来る帰かえって来くる come back。――じいさんはこんな事事こと things; mattersを言って、しきりに女を慰めて慰なぐさめて comfort (someone)いた。やがて汽車汽車きしゃ (steam) trainがとまったら、ではお大事にお大事だいじに take careと、女に挨拶挨拶あいさつ civilities; salutationをして元気よく元気げんきよく with vigor出て行った出でて行いった departed; went on one's way。

じいさんに続いてに続つづいて following after降りた降おりた descended; got off (the train)者者もの peopleが四人四人よにん four (people)ほどあったが、入れ代って入いれ代かわって in exchange; in passing、乗った乗のった boarded; got on (the train)のはたった一人一人ひとり one (person)しかない。もとから込み合った込こみ合あった crowded; congested客車客車きゃくしゃ passenger car; passenger compartment (train)でもなかったのが、急に急きゅうに suddenly寂しくなった寂さびしくなった became empty; seemed deserted。日の暮れた日ひの暮くれた sun went downせいかもしれない。駅夫駅夫えきふ station employeeが屋根屋根やね roofをどしどし踏んで踏ふんで stepping on; walking over、上上うえ aboveから灯のついた灯ひのついた lighted; litランプをさしこんでゆく。三四郎三四郎さんしろう Sanshirō (name)は思い出した思おもい出だした rememberedように前の前まえの previous停車場停車場ステーション station; stopで買った買かった bought弁当弁当べんとう bentō; boxed mealを食いだした食くいだした started eating。

車車くるま trainが動きだして動うごきだして began to move二分二分にふん two minutesもたったろうと思うころ、例の例れいの the aforementioned女女おんな woman; young ladyはすうと立って立たって stood up; rose三四郎の横横よこ beside; (space) next toを通り越して通とおり越こして passed by車室車室しゃしつ compartmentの外外そと outside; exteriorへ出て行った出でて行いった went out (to)。この時時とき time; moment女の帯帯おび sashの色色いろ colorがはじめて三四郎の目目め eye; field of viewにはいった。三四郎は鮎鮎あゆ ayu (kind of fish)の煮びたし煮にびたし stewed fishの頭頭あたま headをくわえたまま女の後姿後姿うしろすがた receding form; view from the back sideを見送っていた見送みおくっていた watched walk away。便所便所べんじょ toiletに行ったんだなと思いながらしきりに食っている。

女はやがて帰って来た帰かえって来きた returned; came back。今度今度こんど this timeは正面正面しょうめん the front (side)が見えた見みえた was visible。三四郎の弁当はもうしまいがけである。下下した below; downを向いて向むいて looking toward一生懸命に一生懸命いっしょうけんめいに with utmost effort箸箸はし chopsticksを突っ込んで突つっ込こんで thrusting into二口二口ふたくち two bites三口三口みくち three bitesほおばったほおばった stuffed one's mouth withが、女は、どうもまだ元の元もとの previous; from before席席せき seatへ帰らないらしい。もしやと思って、ひょいと目を上げて上あげて lift; raise見るとやっぱり正面に立っていた。しかし三四郎が目を上げると同時にと同時どうじに at the same time as女は動きだした。ただ三四郎の横を通って、自分の自分じぶんの one's own座へ帰るべきところを、すぐと前前まえ front; forwardへ来て来きて came (to)、からだを横へ向けて、窓窓まど windowから首を出して首くびを出だして leaned out; stuck one's head out、静かに静しずかに silently外をながめだした。風風かぜ windが強く強つよく strongly; brisklyあたって、鬢鬢びん side locksがふわふわするところが三四郎の目にはいった。この時三四郎はからになった弁当の折折おり small wooden box (for packing food)を力いっぱいに力ちからいっぱいに as hard as one can窓からほうり出したほうり出だした threw out。女の窓と三四郎の窓は一軒おき一軒いっけんおき separated by one positionの隣隣となり next to; neighboringであった。風に逆らって逆さくらって going againstなげた折の蓋蓋ふた lidが白く白しろく white舞いもどった舞まいもどった came fluttering backように見えた時、三四郎はとんだことをしたのかと気がついて気きがついて realized、ふと女の顔顔かお faceを見た。顔はあいにく列車の外に出ていた。けれども、女は静かに首首くび head (lit: neck)を引っ込めて引ひっ込こめて withdraw; pull back更紗更紗さらさ printed cotton; calicoのハンケチで額額ひたい foreheadのところを丁寧に丁寧ていねいに carefully; thoroughlyふき始めたふき始はじめた began to wipe。三四郎はともかくもあやまるほうが安全安全あんぜん safe; prudentだと考えた考かんがえた thought; considered。

「ごめんなさい」と言った言いった said。

女は「いいえ」と答えた答こたえた answered。まだ顔をふいている。三四郎はしかたなしに黙ってしまった黙だまってしまった kept silent。女も黙ってしまった。そうしてまた首を窓から出した。三三さん three、四人の乗客乗客じょうきゃく passengersは暗い暗くらい dim; darkランプの下で、みんな寝ぼけた寝ねぼけた weary; half asleep顔をしている。口をきいて口くちをきいて talk; converseいる者はだれもない。汽車汽車きしゃ (steam) trainだけがすさまじいすさまじい terrific; tremendous音音おと soundをたてて行く。三四郎は目を眠った眠つぶった closed (one's eyes) (usually 瞑つぶった)。

しばらくすると「名古屋名古屋なごや Nagoyaはもうじきでしょうか」と言う言いう say; remark女女おんな woman; young ladyの声声こえ voiceがした。見る見みる lookといつのまにか向き直って向むき直なおって repositioned; turned、及び腰になって及および腰ごしになって leaning over、顔顔かお faceを三四郎三四郎さんしろう Sanshirō (name)のそばまでもって来てもって来きて bringいる。三四郎は驚いた驚おどろいた was surprised。

「そうですね」と言ったが、はじめて東京東京とうきょう Tōkyōへ行く行いく go (to)んだからいっこう要領を得ない要領ようりょうを得えない have no idea。

「この分分ぶん segmentでは遅れます遅おくれます be lateでしょうか」

「遅れるでしょう」

「あんたも名古屋へお降りお降おり get off; disembarkで……」

「はあ、降ります」

この汽車汽車きしゃ (steam) trainは名古屋どまりであった。会話会話かいわ conversationはすこぶる平凡平凡へいぼん usual; ordinaryであった。ただ女が三四郎の筋向こう筋向すじむこう diagonally oppositeに腰をかけた腰こしをかけた sat downばかりである。それで、しばらくのあいだはまた汽車の音音おと soundだけになってしまう。

次の次つぎの next駅駅えき stationで汽車がとまった時時とき time; occasion、女はようやく三四郎に名古屋へ着いたら着ついたら arrive迷惑迷惑めいわく trouble; inconvenienceでも宿屋宿屋やどや innへ案内して案内あんないして guide; escortくれと言いだした。一人一人ひとり aloneでは気味が悪い気味きみが悪わるい feel uneasyからと言って、しきりにしきりに earnestly; persistently頼む頼たのむ request。三四郎ももっとももっとも reasonable; rationalだと思った思おもった thought; considered。けれども、そう快く快こころよく readily; willingly引き受ける引ひき受うける accept (a task); take on気気き inclinationにもならなかった。なにしろ知らない知しらない unknown; unfamiliar女なんだから、すこぶる躊躇躊躇ちゅうちょ hesitation; indecisionしたにはしたが、断然断然だんぜん resolutely; decisively断る断ことわる refuse; turn down勇気勇気ゆうき courage; boldnessも出なかった出でなかった wasn't forthcomingので、まあいいかげんな生返事生返事なまへんじ vague answer; noncommittal answerをしていた。そのうち汽車は名古屋へ着いた。

大きな大おおきな large行李行李こうり luggage; trunkは新橋新橋しんばし Shinbashi (place in Tōkyō)まで預けて預あずけて check (baggage); entrustあるから心配心配しんぱい worry; concernはない。三四郎はてごろなズックズック canvas; duck clothの鞄鞄かばん bagと傘傘かさ umbrellaだけ持って持もって carry改札場改札場かいさつば wicket; ticket gateを出た。頭頭あたま headには高等学校高等学校こうとうがっこう high school (equivalent to modern-day college)の夏帽夏帽なつぼう summer hat (school hat worn with the summer uniform)をかぶっている。しかし卒業卒業そつぎょう graduationしたしるしに徽章徽章きしょう emblem; insigniaだけはもぎ取ってもぎ取とって tear off; pull offしまった。昼間昼間ひるま daytime見る見みる look atとそこだけ色色いろ colorが新しい新あたらしい fresh; new。うしろから女がついて来るついて来くる follow along。三四郎はこの帽子帽子ぼうし hatに対してに対たいして concerning; because of少々少々しょうしょう somewhat; a bitきまりが悪かったきまりが悪わるかった felt awkward; felt embarrassed。けれどもついて来るのだからしかたがない。女のほうでは、この帽子をむろん、ただのきたない帽子と思っている。

九時半九時半くじはん nine thirtyに着く着つく arriveべき汽車汽車きしゃ (steam) trainが四十分四十分よんじゅっぷん forty minutesほど遅れた遅おくれた was lateのだから、もう十時十時じゅうじ ten (o'clock)はまわっている。けれども暑い暑あつい warm; hot (weather)時分時分じぶん season; time of the yearだから町町まち town; streetsはまだ宵の口宵よいの口くち early eveningのようににぎやかだ。宿屋宿屋やどや innも目の前目めの前まえ before one's eyesに二二に two、三軒三軒さんげん three (buildings; shops)ある。ただ三四郎三四郎さんしろう Sanshirō (name)にはちとりっぱすぎるように思われた思おもわれた seemed (to be)。そこで電気燈電気燈でんきとう electric lightのついている三階作り三階作さんがいづくり three-story constructionの前をすまして通り越して通とおり越こして pass by、ぶらぶら歩いて行った歩あるいて行いった walked; went by walking。むろん不案内の不案内ふあんないの unfamiliar土地土地とち place; localityだからどこへ出る出でる appear; arrive (at)かわからない。ただ暗い暗くらい dark; dimly lit方方ほう directionへ行った。女女おんな woman; young ladyはなんともいわずについて来るついて来くる follow along。すると比較的比較的ひかくてき relatively寂しい寂さびしい lonely横町横町よこちょう side streetの角角かど cornerから二軒目二軒目にけんめ second placeに御宿御宿おんやど Onyado (name of an inn)という看板看板かんばん sign; placardが見えた見みえた was visible。これは三四郎にも女にも相応な相応そうおうな suitable; befittingきたない看板であった。三四郎はちょっと振り返って振ふり返かえって turn around; look back、一口一口ひとくち a word; in short女にどうですと相談した相談そうだんした consultedが、女は結構結構けっこう fineだというんで、思いきってずっとはいった。上がり口上あがり口くち entrance; front doorで二人連れ二人連ふたりづれ couple; two (people) togetherではないと断る断ことわる warn; tellはずのところを、いらっしゃい、――どうぞお上がり――御案内御案内ごあんない show (the guests)――梅梅うめ plumの四番四番よんばん number 4などとのべつにしゃべられたので、やむをえず無言無言むごん speechless; without a wordのまま二人とも梅の四番へ通されて通とおされて were shown (to)しまった。

下女下女げじょ maidが茶茶ちゃ teaを持って来る持もって来くる bringあいだ二人はぼんやり向かい合って向むかい合あって facing each otherすわっていた。下女が茶を持って来て、お風呂お風呂ふろ bathをと言った言いった said; suggested時時とき time; momentは、もうこの婦人婦人ふじん ladyは自分の自分じぶんの one's own連れ連つれ companionではないと断るだけの勇気勇気ゆうき boldness; courageが出なかった出でなかった wasn't forthcoming。そこで手ぬぐい手てぬぐい wash towelをぶら下げてぶら下さげて trailing; carrying、お先へお先さきへ beg your pardon (for going first)と挨拶挨拶あいさつ civilitiesをして、風呂場風呂場ふろば bathing roomへ出て行った。風呂場は廊下廊下ろうか hallwayの突き当り突つき当あたり end (of a street or hallway)で便所便所べんじょ toiletの隣隣となり next to; neighboring positionにあった。薄暗くって薄暗うすくらくって dimly lit、だいぶ不潔不潔ふけつ filthy; unsanitaryのようである。三四郎は着物着物きもの kimono; clothingを脱いで脱ぬいで took off (clothes)、風呂桶風呂桶ふろおけ bathtubの中中なか insideへ飛び込んで飛とび込こんで jumped into、少し少すこし a bit; a little考えた考かんがえた considered; thought (about things)。こいつはやっかいだとじゃぶじゃぶやっていると、廊下に足音足音あしおと sound of footstepsがする。だれか便所へはいった様子様子ようす signs; indicationsである。やがて出て来た出でて来きた came out。手手て handsを洗う洗あらう wash。それが済んだら済すんだら be finished、ぎいと風呂場の戸戸と doorを半分半分はんぶん halfwayあけた。例の例れいの the aforementioned; that ...女が入口入口いりぐち entranceから、「ちいと流しましょう流ながしましょう wash; scrubか」と聞いた聞きいた asked。三四郎は大きな大おおきな big; loud (voice)声声こえ voiceで、

「いえ、たくさんです」と断った。しかし女は出ていかない。かえってはいって来た。そうして帯帯おび belt; sashを解きだした解ときだした began to loosen。三四郎といっしょに湯湯ゆ hot waterを使う使つかう use気気き intentionとみえる。べつに恥かしい恥はずかしい shy; embarrassed様子も見えない。三四郎はたちまち湯槽湯槽ゆぶね tubを飛び出した飛とび出だした jumped out of。そこそこにからだをふいて座敷座敷ざしき roomへ帰って帰かえって returned (to)、座蒲団座蒲団ざぶとん cushionの上上うえ top ofにすわって、少なからず少すくなからず to no small degree驚いて驚おどろいて be surprised; be mortifiedいると、下女が宿帳宿帳やどちょう inn registerを持って来た。

三四郎三四郎さんしろう Sanshirō (name)は宿帳宿帳やどちょう inn registerを取り上げて取とり上あげて picked up、福岡県福岡県ふくおかけん Fukuoka Prefecture京都郡京都郡みやこぐん Miyako District真崎村真崎村まさきむら Masaki Village小川小川おがわ Ogawa (family name)三四郎二十三年二十三年にじゅうさんねん twenty three years (Sanshirō is twenty two by Western age accounting)学生学生がくせい studentと正直に正直しょうじきに honestly; truthfully書いた書かいた wrote; recordedが、女女おんな woman; young ladyのところへいってまったく困って困こまって be at a lossしまった。湯湯ゆ bath (lit: hot water)から出る出でる come out (from)まで待って待まって waitいればよかったと思った思おもった thoughtが、しかたがない。下女下女げじょ maidがちゃんと控えて控ひかえて be in waitingいる。やむをえず同県同県どうけん same prefecture同郡同郡どうぐん same district同村同村どうそん same village同姓同姓どうせい same family name花花はな Hana (name)二十三年とでたらめでたらめ nonsenseを書いて渡した渡わたした handed over; handed back。そうしてしきりに団扇団扇うちわ (round) fanを使って使つかって useいた。

やがて女は帰って来た帰かえって来きた returned; came back。「どうも、失礼いたしました失礼しつれいいたしました I beg your pardon」と言って言いって saidいる。三四郎は「いいや」と答えた答こたえた answered; responded。

三四郎は鞄鞄かばん bagの中中なか insideから帳面帳面ちょうめん notebookを取り出して取とり出だして took out日記日記にっき diary; journalをつけだした。書く事事こと things; mattersも何も何なにも (not) anythingない。女がいなければ書く事がたくさんあるように思われた思おもわれた it seemed that ...。すると女は「ちょいと出てまいります」と言って部屋部屋へや roomを出ていった。三四郎はますます日記が書けなくなった。どこへ行った行いった went (to)んだろうと考え出した考かんがえ出だした began to wonder。

そこへ下女が床をのべに来る床とこをのべに来くる came to prepare the bedding。広い広ひろい wide蒲団蒲団ふとん futon; beddingを一枚一枚いちまい one pieceしか持って来ないしか持もって来こない only brought ...から、床は二つ二ふたつ two (things)敷かなくてはいけない敷しかなくてはいけない need to spread (futon; bedding)と言うと、部屋が狭い狭せまい small; confinedとか、蚊帳蚊帳かや mosquito nettingが狭いとか言ってらちがあかないらちがあかない went nowhere; made little progress。めんどうがるようにもみえる。しまいにはただいま番頭番頭ばんとう desk clerkがちょっと出ましたから、帰ったら聞いて聞きいて ask (about)持ってまいりましょうと言って、頑固に頑固がんこに stubbornly; obstinately一枚の蒲団を蚊帳いっぱいに敷いて出て行った。

それから、しばらくすると女女おんな woman; young ladyが帰って来た帰かえって来きた came back; returned。どうもおそくなりましてと言う言いう said; remarked。蚊帳蚊帳かや mosquito nettingの影影かげ shadowで何か何なにか somethingしているうちに、がらんがらんという音音おと sound; noiseがした。子供子供こども childrenにみやげの玩具玩具おもちゃ toysが鳴った鳴なった clanged; rattledに違いないに違ちがいない no doubt。女はやがて風呂敷包み風呂敷包ふろしきづつみ cloth-wrapped bundleをもとのとおりに結んだ結むすんだ tied up; tied togetherとみえる。蚊帳の向こう向むこう other side; far sideで「お先へお先さきへ goodnight」と言う声声こえ voiceがした。三四郎三四郎さんしろう Sanshirō (name)はただ「はあ」と答えた答こたえた answered; respondedままで、敷居敷居しきい doorsillに尻を乗せて尻しりを乗のせて sat on、団扇団扇うちわ (round) fanを使って使つかって useいた。いっそこのままで夜を明かして夜よを明あかして pass the night; sit up all nightしまおうかとも思った思おもった considered; thought about (doing)。けれども蚊蚊か mosquitosがぶんぶん来る来くる come; arrive。外外そと outside; in the openではとてもしのぎきれない。三四郎はついと立って立たって arose; stood up、鞄鞄かばん bagの中中なか insideから、キャラコのシャツとズボン下ズボン下した underpantsを出して出だして took out、それを素肌素肌すはだ bare skinへ着けて着つけて put on、その上上うえ over; on top ofから紺紺こん navy blueの兵児帯兵児帯へこおび wide sashを締めた締しめた fastened。それから西洋西洋せいよう Western-style手拭手拭タウエル towelを二筋二筋ふたすじ two (strips)持った持もった held; carriedまま蚊帳の中へはいった。女は蒲団蒲団ふとん futon; beddingの向こうのすみでまだ団扇を動かして動うごかして wave; move (hand fan)いる。

「失礼です失礼しつれいです excuse meが、私私わたし Iは癇症癇症かんしょう particular (about cleanliness)でひとの蒲団に寝る寝ねる sleepのがいやだから……少し少すこし a bit; a little蚤よけ蚤のみよけ flea barrierの工夫工夫くふう means; contrivanceをやるから御免なさい御免ごめんなさい please don't take offense」

三四郎はこんなことを言って、あらかじめ、敷いてある敷しいてある had been spread out敷布敷布シート sheet; coverの余って余あまって extra; protrudingいる端端はじ edge (usually 端はし)を女の寝ている方方ほう directionへ向けてぐるぐる巻きだした巻まきだした began to roll。そうして蒲団のまん中まん中なか center; middleに白い白しろい white長い長ながい long仕切り仕切しきり partition; dividerをこしらえたこしらえた made; built。女は向こうへ寝返りを打った寝返ねがえりを打うった rolled onto one's side while sleeping。三四郎は西洋手拭を広げて広ひろげて spread out、これを自分の自分じぶんの one's own領分領分りょうぶん territoryに二枚続きに続つづきに contiguously長く長ながく lengthwise敷いて、その上に細長く細長ほそながく narrowly; slenderly寝た。その晩晩ばん nightは三四郎の手手て handsも足足あし feetもこの幅幅はば widthの狭い狭せまい narrow西洋手拭の外には一寸一寸いっすん 1 sun (3 cm; 1 inch)も出なかった出でなかった didn't stray from。女は一言一言ひとこと one wordも口をきかなかった口くちをきかなかった didn't speak。女も壁壁かべ wallを向いたままじっとして動かなかった。

夜夜よ nightはようようようよう finally; at long last明けた明あけた broke (night); opened (into morning)。顔顔かお faceを洗って洗あらって wash膳膳ぜん (breakfast) trayに向かった向むかった faced時時とき time; occasion、女女おんな the womanはにこりと笑って笑わらって smiled; grinned、「ゆうべは蚤蚤のみ fleasは出ませんでした出でませんでした didn't come outか」と聞いた聞きいた asked。三四郎三四郎さんしろう Sanshirō (name)は「ええ、ありがとう、おかげさまで」というようなことをまじめに答えながら答こたえながら while answering、下下した down; belowを向いて、お猪口お猪口ちょく small cupの葡萄豆葡萄豆ぶどうまめ sweet beansをしきりに突っつきだした突つっつきだした poked at。

勘定をして勘定かんじょうをして settle one's bill; settle one's account宿宿やど innを出て、停車場停車場ステーション stationへ着いた着ついた arrived (at)時、女ははじめて関西線関西線かんさいせん Kansai Lineで四日市四日市よっかいち Yokkaichi (place name)の方方ほう directionへ行く行いく go (toward)のだということを三四郎に話した話はなした told; disclosed。三四郎の汽車汽車きしゃ (steam) trainはまもなく来た来きた arrived。時間時間じかん time; scheduleのつごうで女は少し少すこし a bit待ち合わせる待まち合あわせる wait forこととなった。改札場改札場かいさつば ticket gateのきわまで送って来た送おくって来きた came to see (someone) off女は、

「いろいろごやっかいになりまして、……ではごきげんよう」と丁寧に丁寧ていねいに politely; respectfullyお辞儀お辞儀じぎ salutationをした。三四郎は鞄鞄かばん bagと傘傘かさ umbrellaを片手片手かたて one handに持った持もった held; carriedまま、あいた手手て handで例の例れいの the aforementioned古帽子古帽子ふるぼうし old hatを取って取とって take off; remove、ただ一言一言ひとこと one word; a single word、

「さよなら」と言った言いった said。女はその顔をじっとながめていた、が、やがておちついた調子調子ちょうし tone; mannerで、

「あなたはよっぽど度胸のない度胸どきょうのない timid; faintheartedかたですね」と言って、にやりと笑った。三四郎はプラットフォームの上上うえ on (to)へはじき出されたはじき出だされた cast out; rejectedような心持ち心持こころもち feelingがした。車車くるま (train) carの中中なか insideへはいったら両方両方りょうほう both sidesの耳耳みみ earsがいっそうほてりだしたほてりだした began to feel hot; became flushed。しばらくはじっと小さくなっていた小ちいさくなっていた became small; made oneself inconspicuous。やがて車掌車掌しゃしょう conductorの鳴らす鳴ならす blow; ring口笛口笛くちぶえ whistleが長い長ながい long列車列車れっしゃ trainの果果はて endから果まで響き渡った響ひびき渡わたった echoed across。列車は動きだす動うごきだす began moving。三四郎はそっと窓窓まど windowから首を出した首くびを出だした looked out (from)。女はとくの昔とくの昔むかし a good while agoにどこかへ行って行いって wentしまった。大きな大おおきな large時計時計とけい clockばかりが目についた目めについた came into view; caught one's eye。三四郎はまたそっと自分の自分じぶんの one's own席席せき seatに帰った帰かえった returned (to)。乗合い乗合のりあい fellow passengersはだいぶいる。けれども三四郎の挙動挙動きょどう behavior; doingsに注意する注意ちゅういする notice; pay attention (to)ような者者もの personは一人一人ひとり one (person)もない。ただ筋向こう筋向すじむこう diagonally oppositeにすわった男男おとこ manが、自分の席に帰る三四郎をちょっと見た見みた looked at。

三四郎三四郎さんしろう Sanshirō (name)はこの男男おとこ manに見られた見みられた was seen; was observed時時とき time; moment、なんとなくきまりが悪かったきまりが悪わるかった felt awkward; felt self-conscious。本本ほん bookでも読んで読よんで read気をまぎらかそう気きをまぎらかそう distract oneself; take one's mind off somethingと思って思おもって thought (to do)、鞄鞄かばん bagをあけてみると、昨夜昨夜さくや the previous nightの西洋西洋せいよう Western-style手拭手拭タウエル towelが、上上うえ topのところにぎっしり詰まって詰つまって be stuffed; be packedいる。そいつをそばへかき寄せてかき寄よせて gather (to one side)、底底そこ bottomのほうから、手にさわった手てにさわった met one's touch; could be feltやつをなんでもかまわず引き出す引ひき出だす pull outと、読んでもわからないベーコンの論文集論文集ろんぶんしゅう collection of essaysが出た出でた appeared; surfaced。ベーコンには気の毒気きの毒どく feel sorry forなくらい薄っぺらな薄うすっぺらな flimsy粗末な粗末そまつな crude; shoddy仮綴仮綴かりとじ (paperback) bindingである。元来元来がんらい from the start; to begin with汽車汽車きしゃ (steam) trainの中中なか inside; onboard (train)で読む了見了見りょうけん thought; intentionもないものを、大きな大おおきな large行李行李こうり baggage; trunkに入れそくなった入いれそくなった neglected to packから、片づける片かたづける clean up; make a final checkついでに提鞄提鞄さげかばん hand luggageの底へ、ほかの二二に two、三冊三冊さんさつ three volumes (books)といっしょにほうり込んでほうり込こんで threw inおいたのが、運悪く運悪うんわるく unluckily当選した当選とうせんした selected; choseのである。三四郎はベーコンの二十三ページ二十三にじゅうさんページ page 23を開いた開ひらいた opened (to)。他の他たの other本でも読めそうにはない。ましてベーコンなどはむろん読む気気き intention; inclinationにならない。けれども三四郎はうやうやしく二十三ページを開いて、万遍なく万遍まんべんなく thoroughlyページ全体全体ぜんたい entiretyを見回して見回みまわして look over; surveyいた。三四郎は二十三ページの前前まえ (in) front ofで一応一応いちおう once; for what it's worth昨夜のおさらいをするおさらいをする review; play over in one's mind気である。

元来あの女女おんな woman; young ladyはなんだろう。あんな女が世の中世よの中なか the world; societyにいるものだろうか。女というものは、ああおちついて平気平気へいき coolness; composureでいられるものだろうか。無教育な無教育むきょういくな uneducated; ignorantのだろうか、大胆な大胆だいたんな bold; daringのだろうか。それとも無邪気な無邪気むじゃきな innocent; simple-mindedのだろうか。要するに要ようするに in short; in the endいけるところまでいってみなかったから、見当がつかない見当けんとうがつかない have no idea。思いきって思おもいきって resolutely; decisivelyもう少し少すこし a little; a bitいってみるとよかった。けれども恐ろしい恐おそろしい frightening。別れぎわに別わかれぎわに at the point of partingあなたは度胸のない度胸どきょうのない timid; faintheartedかただと言われた言いわれた was told時には、びっくりした。二十三年二十三年にじゅうさんねん twenty three years (aged twenty two by Western accounting)の弱点弱点じゃくてん weakness; shortcomingが一度に一度いちどに at one time露見した露見ろけんした be exposed; be laid bareような心持ち心持こころもち feelingであった。親親おや parentでもああうまく言いあてるうまく言いいあてる guess correctly; hit the markものではない。――

三四郎はここまで来て来きて came (to); arrived (at)、さらにしょげてしまったしょげてしまった became utterly dispirited。どこの馬の骨だかわからない者どこの馬うまの骨ほねだかわからない者もの a person from who knows whereに、頭の上がらない頭あたまの上あがらない can't lift one's head; be thoroughly humbledくらいどやされたどやされた took a drubbingような気気き feelingがした。ベーコンの二十三ページに対してに対たいして concerningも、はなはだ申し訳がない申もうし訳わけがない act unforgivablyくらいに感じた感かんじた felt。

どうも、ああ狼狽しちゃ狼狽ろうばいしちゃ be embarrassed; be flusteredだめだ。学問学問がくもん learning; scholarshipも大学生大学生だいがくせい university studentもあったものじゃない。はなはだ人格人格じんかく character; personalityに関係して関係かんけいして concern; be related toくる。もう少しはしようがあったろう。けれども相手相手あいて the other partyがいつでもああ出る出でる come at (one); appearとすると、教育教育きょういく educationを受けた受うけた received自分自分じぶん oneselfには、あれよりほかに受けようがないとも思われる。するとむやみに女に近づいて近ちかづいて approach; go nearはならないというわけになる。なんだか意気地がない意気地いくじがない have no backbone; lack nerve。非常に非常ひじょうに terribly窮屈窮屈きゅうくつ rigid; constrainedだ。まるで不具不具かたわ deformity; handicapにでも生まれた生うまれた was born (as)ようなものである。けれども……

三四郎三四郎さんしろう Sanshirō (name)は急に急きゅうに suddenly気をかえて気きをかえて change one's thoughts、別の別べつの different; separate世界世界せかい worldのことを思い出した思おもい出だした remembered。――これから東京東京とうきょう Tōkyōに行く行いく go (to)。大学大学だいがく universityにはいる。有名な有名ゆうめいな famous; renowned学者学者がくしゃ scholarsに接触する接触せっしょくする come into contact (with)。趣味趣味しゅみ interest; taste品性品性ひんせい characterの備わった備そなわった possess; be endowed with学生学生がくせい studentsと交際する交際こうさいする interact (with); socialize (with)。図書館図書館としょかん libraryで研究研究けんきゅう researchをする。著作著作ちょさく original writingをやる。世間世間せけん the world; societyで喝采する喝采かっさいする applaud; acclaim。母母はは motherがうれしがる。というような未来未来みらい futureをだらしなくだらしなく indulgently考えて考かんがえて thought about; considered、大いに大おおいに greatly元気元気げんき spirits; vitalityを回復して回復かいふくして recoverみると、べつに二十三ページ二十三にじゅうさんページ page 23のなかに顔顔かお faceを埋めて埋うずめて buryいる必要必要ひつよう need; necessityがなくなった。そこでひょいと頭を上げた上あげた raised。すると筋向こう筋向すじむこう diagonally oppositeにいたさっきの男男おとこ manがまた三四郎の方方ほう directionを見て見みて lookいた。今度今度こんど this timeは三四郎のほうでもこの男を見返した見返みかえした looked back (at)。

髭髭ひげ mustacheを濃く濃こく thicklyはやしている。面長の面長おもながの oval-facedやせぎすのやせぎすの thin; slender、どことなく神主神主かんぬし Shinto priestじみた男であった。ただ鼻筋鼻筋はなすじ bridge of the noseがまっすぐに通って通とおって go along; pass throughいるところだけが西洋西洋せいよう Westernらしい。学校教育学校教育がっこうきょういく formal education; schoolingを受けつつある受うけつつある in the process of receiving三四郎は、こんな男を見るときっと教師教師きょうし teacher; instructorにしてしまう。男は白地白地しろじ white ground; white base (color)の絣絣かすり kimono with splashed patternsの下下した under; beneathに、鄭重に鄭重ていちょうに respectfully; gallantly白い襦袢襦袢じゅばん undergarmentを重ねて重かさねて layer; stack、紺足袋紺足袋こんたび navy blue socksをはいていた。この服装服装ふくそう attire; dressからおして、三四郎は先方先方せんぽう the other partyを中学校中学校ちゅうがっこう middle schoolの教師と鑑定した鑑定かんていした judged; assessed。大きな未来を控えて控ひかえて have (in front of one)いる自分からみると、なんだかくだらなくくだらなく trifling; insignificant感ぜられる感かんぜられる felt; regarded (as)。男はもう四十四十しじゅう fortyだろう。これよりさきもう発展発展はってん development; growthしそうにもない。

男はしきりに煙草煙草タバコ tobacco; cigaretteをふかしている。長い長ながい long煙煙けむり smoke (trails)を鼻の穴鼻はなの穴あな nostrilから吹き出して吹ふき出だして blow out; expel、腕組腕組うでぐみ crossing one's armsをしたところはたいへん悠長悠長ゆうちょう relaxed; at easeにみえる。そうかと思うとむやみに便所便所べんじょ toiletか何か何なにか somethingに立つ立たつ get up (for)。立つ時時とき time; occasionにうんと伸び伸のび stretchをすることがある。さも退屈そう退屈たいくつそう bored; idleである。隣隣となり next toに乗り合わせた人乗のり合あわせた人ひと fellow travelerが、新聞新聞しんぶん newspaperの読みがら読よみがら read and discarded (newspaper)をそばに置く置おく set; placeのに借りて借かりて borrowみる気気き inclinationも出さない出ださない not show。三四郎はおのずからおのずから as a matter of course妙妙みょう curiousになって、ベーコンの論文集論文集ろんぶんしゅう collection of essaysを伏せて伏ふせて turn over; lay face downしまった。ほかの小説小説しょうせつ novelでも出して出だして take out、本気に本気ほんきに seriously; earnestly読んでみようとも考えたが、面倒面倒めんどう trouble; botherだからやめにした。それよりは前前まえ in front (of)にいる人の新聞を借りたくなった。あいにく前の人はぐうぐう寝て寝ねて sleep; dozeいる。三四郎は手手て handを延ばして延のばして stretch out; reach out新聞に手をかけながら、わざと「おあきですか」と髭のある男に聞いた聞きいた asked。男は平気な平気へいきな indifferent; casual顔顔かお face; expressionで「あいてるでしょう。お読みなさい」と言った言いった said。新聞を手に取った取とった took三四郎のほうはかえって平気でなかった。

あけてみると新聞新聞しんぶん newspaperにはべつに見る見みる see; look atほどの事事こと things; mattersものっていない。一一いち one、二分二分にふん two minutesで通読して通読つうどくして read throughしまった。律義に律義りちぎに with care; properly畳んで畳たたんで foldもとの場所場所ばしょ place; locationへ返しながら返かえしながら returning (something)、ちょっと会釈会釈えしゃく bow; gesture of recognitionすると、向こう向むこう the other partyでも軽く軽かるく lightly挨拶挨拶あいさつ greeting; salutationをして、

「君君きみ youは高等学校高等学校こうとうがっこう high school (equivalent to modern-day college)の生徒生徒せいと studentですか」と聞いた聞きいた asked; inquired。

三四郎三四郎さんしろう Sanshirō (name)は、かぶっている古帽子古帽子ふるぼうし old hat; well-worn hatの徽章徽章きしょう emblem; insigniaの痕痕あと traces; evidenceが、この男男おとこ manの目に映った目めに映うつった caught one's eyeのをうれしく感じた感かんじた felt。

「ええ」と答えた答こたえた answered。

「東京東京とうきょう Tōkyōの?」と聞き返した聞きき返かえした asked in return時時とき time; moment、はじめて、

「いえ、熊本熊本くまもと Kumamoto (city in Kyūshū)です。……しかし……」と言った言いった saidなり黙って黙だまって be silent; keep quietしまった。大学生大学生だいがくせい university studentだと言いたかったけれども、言うほどの必要必要ひつよう necessityがないからと思って思おもって consider遠慮した遠慮えんりょした refrained; held back。相手相手あいて the other partyも「はあ、そう」と言ったなり煙草煙草タバコ tobacco; cigaretteを吹かして吹ふかして puff; smoke (tobacco)いる。なぜ熊本の生徒が今ごろ今いまごろ at this time東京へ行く行いく go (to)んだともなんとも聞いてくれない。熊本の生徒には興味興味きょうみ interestがないらしい。この時三四郎の前前まえ front ofに寝て寝ねて sleep; dozeいた男が「うん、なるほど」と言った。それでいてたしかに寝ている。ひとりごとでもなんでもない。髭髭ひげ mustacheのある人人ひと person; manは三四郎を見てにやにやと笑った笑わらった smiled; grinned。三四郎はそれを機会機会しお opportunity; chance (= 機会きかい)に、

「あなたはどちらへ」と聞いた。

「東京」とゆっくり言ったぎりである。なんだか中学校中学校ちゅうがっこう middle schoolの先生先生せんせい teacherらしくなくなってきた。けれども三等三等さんとう third classへ乗って乗のって ride; travelいるくらいだからたいしたものでないことは明らか明あきらか clear; evidentである。三四郎はそれで談話談話だんわ talk; conversationを切り上げた切きり上あげた stopped; cut short。髭のある男は腕組腕組うでぐみ folding one's armsをしたまま、時々時々ときどき occasionally下駄下駄げた (wooden) clogの前歯前歯まえば front prop; front supportで、拍子を取って拍子ひょうしを取とって keep time (with)、床床ゆか floorを鳴らしたり鳴ならしたり beat (drum); tap out (a sound)している。よほど退屈退屈たいくつ boredomにみえる。しかしこの男の退屈は話したがらない話はなしたがらない not want to talk退屈である。

汽車汽車きしゃ (steam) trainが豊橋豊橋とよはし Toyohashi (place name)へ着いた着ついた arrived (at)時時とき time; moment、寝ていた寝ねていた was asleep; was dozing男男おとこ manがむっくりむっくり abruptly起きて起おきて woke up目をこすりながら目めをこすりながら rubbing (his) eyes降りて行った降おりて行いった disembarked。よくあんなにつごうよく目をさますことができるものだと思った思おもった thought; was impressed。ことによると寝ぼけて停車場停車場ていしゃば stationを間違えた間違まちがえた get (something) wrongんだろうと気づかいながら気きづかいながら worrying (about); being concerned、窓窓まど windowからながめていると、けっしてそうでない。無事に無事ぶじに without mishap改札場改札場かいさつば ticket gateを通過して通過つうかして pass through、正気の正気しょうきの sane; reasonable人間人間にんげん personのように出て行った出でて行いった went (on his way)。三四郎三四郎さんしろう Sanshirō (name)は安心して安心あんしんして be reassured席席せき seatを向こう側向むこう側がわ opposite sideへ移した移うつした switched; changed (to)。これで髭髭ひげ mustacheのある人人ひと person; manと隣り合わせ隣となり合あわせ neighboringになった。髭のある人は入れ代って入いれ代かわって changing places、窓から首を出して首くびを出だして lean out (of)、水蜜桃水蜜桃すいみつとう peachesを買って買かって buyいる。

やがて二人二人ふたり two (people)のあいだに果物果物くだもの fruitを置いて置おいて set; place、

「食べませんか食たべませんか would you like (to eat) some?」と言った言いった said。

三四郎は礼礼れい thanks; appreciationを言って、一つ一ひとつ one (thing)食べた。髭のある人は好き好すき fondness (for something)とみえて、むやみに食べた。三四郎にもっと食べろと言う。三四郎はまた一つ食べた。二人が水蜜桃を食べているうちにだいぶ親密親密しんみつ friendly; familiarになっていろいろな話話はなし talk; discussionを始めた始はじめた began; initiated。

その男の説説せつ explanationによると、桃桃もも peachは果物果物くだもの fruitのうちでいちばん仙人めいている仙人せんにんめいている having the air of an ascetic。なんだか馬鹿みたような馬鹿ばかみたような unexpected; indescribable味味あじ flavorがする。第一第一だいいち first of all核子核子たね seed; pitの恰好恰好かっこう shape; formが無器用無器用ぶきよう awkward; ungainlyだ。かつ穴穴あな holesだらけでたいへんおもしろくできあがっていると言う。三四郎ははじめて聞く説だが、ずいぶんつまらないことを言う人だと思った。

次次つぎ nextにその男がこんなことを言いだした。子規子規しき Shiki (haiku poet Masaoka Shiki; contemporary of Sōseki)は果物がたいへん好きだった。かついくらでも食える食くえる is capable of eating男だった。ある時大きな大おおきな large樽柿樽柿たるがき persimmons sweetened in a saké caskを十六十六じゅうろく sixteen食ったことがある。それでなんともなかった。自分自分じぶん oneselfなどはとても子規のまねはできない。――三四郎は笑って笑わらって laughing; smiling聞いていた。けれども子規の話話はなし talk; story (of)だけには興味興味きょうみ interestがあるような気気き feelingがした。もう少し少すこし a little子規のことでも話そうかと思っていると、

「どうも好きなものにはしぜんと手手て handが出る出でる reach out (for); extendものでね。しかたがない。豚豚ぶた pig; hogなどは手が出ない代りに代かわりに instead of鼻鼻はな nose; snoutが出る。豚をね、縛って縛しばって tie; bind動けない動うごけない can't moveようにしておいて、その鼻の先先さき tipへ、ごちそうを並べて並ならべて lay out; line up置くと、動けないものだから、鼻の先がだんだん延びて延のびて extend (itself)くるそうだ。ごちそうに届く届とどく reach; arrive (at)までは延びるそうです。どうも一念一念いちねん an ardent wish; wholehearted desireほど恐ろしい恐おそろしい frightfulものはない」と言って、にやにや笑っている。まじめだか冗談冗談じょうだん joke; jestだか、判然と判然はんぜんと clearly区別区別くべつ distinctionしにくいような話し方話はなし方かた manner of speakingである。

「まあお互にお互たがいに mutually; both (of us)豚豚ぶた pigs; hogsでなくってしあわせだ。そうほしいものの方方ほう directionへむやみに鼻鼻はな noseが延びて延のびて extend (itself); growいったら、今ごろ今いまごろ by nowは汽車汽車きしゃ (steam) trainにも乗れない乗のれない can't boardくらい長くなって長ながくなって become long困る困こまる be troubledに違いないに違ちがいない no doubt ...」

三四郎三四郎さんしろう Sanshirō (name)は吹き出した吹ふき出だした laughed out loud。けれども相手相手あいて companion; other partyは存外存外ぞんがい unexpectedly静か静しずか quietである。

「じっさいあぶない。レオナルド・ダ・ヴィンチという人人ひと personは桃桃もも peachの幹幹みき trunk (tree)に砒石砒石ひせき arsenicを注射して注射ちゅうしゃして injectedね、その実実み fruitへも毒毒どく poisonが回る回まわる go around; circulateものだろうか、どうだろうかという試験試験しけん test; experimentをしたことがある。ところがその桃を食って食くって eat死んだ死しんだ died人がある。あぶない。気をつけないと気きをつけないと if one isn't carefulあぶない」と言いながら言いいながら while saying、さんざん食い散らした食くい散ちらした made a mess through eating水蜜桃水蜜桃すいみつとう peachの核子核子たね seed; pitやら皮皮かわ peel; skinやらを、ひとまとめに新聞新聞しんぶん newspaperにくるんでくるんで wrap up (in)、窓窓まど windowの外外そと outsideへなげ出したなげ出だした threw; tossed。

今度今度こんど this timeは三四郎も笑う笑わらう laugh気気き inclinationが起こらなかった起おこらなかった didn't occur。レオナルド・ダ・ヴィンチという名名な nameを聞いて聞きいて heard少しく少すこしく a little; somewhat辟易した辟易へきえきした winced; was dauntedうえに、なんだかゆうべの女女おんな woman; young ladyのことを考え出して考かんがえ出だして recalled; remembered、妙に妙みょうに oddly; strangely不愉快不愉快ふゆかい uncomfortable; cheerlessになったから、謹んで謹つつしんで humbly黙ってしまった黙だまってしまった fell silent。けれども相手はそんなことにいっこう気がつかないらしい。やがて、

「東京東京とうきょう Tōkyōはどこへ」と聞きだした。

「じつははじめてで様子様子ようす situation; circumstancesがよくわからんのですが……さしあたりさしあたり for the time being国国くに one's native placeの寄宿舎寄宿舎きしゅくしゃ dormitoryへでも行こう行いこう go (to)かと思っています思おもっています thinking (of doing)」と言う。

「じゃ熊本熊本くまもと Kumamoto (city in Kyūshū)はもう……」

「今度卒業卒業そつぎょう graduationしたのです」

「はあ、そりゃ」と言ったがおめでたいとも結構結構けっこう fine; splendidだともつけなかった。ただ「するとこれから大学大学だいがく universityへはいるのですね」といかにも平凡平凡へいぼん ordinaryであるかのごとく聞いた。

三四郎はいささか物足りなかった物足ものたりなかった was unsatisfied。その代りその代かわり in return; in exchange、

「ええ」という二字二字にじ two charactersで挨拶挨拶あいさつ civilitiesを片づけた片かたづけた dispensed with。

「科科か department; collegeは?」とまた聞かれる。

「一部一部いちぶ first divisionです」

「法科法科ほうか college of lawですか」

「いいえ文科文科ぶんか college of liberal artsです」

「はあ、そりゃ」とまた言った。三四郎はこのはあ、そりゃを聞くたびに妙になる。向こう向むこう the other partyが大いに大おおいに considerably偉い偉えらい remarkable; illustriousか、大いに人を踏み倒して踏ふみ倒たおして trample downいるか、そうでなければ大学にまったく縁故縁故えんこ affinity; relationshipも同情同情どうじょう sympathetic feelingsもない男男おとこ manに違いないに違ちがいない no doubt ...。しかしそのうちのどっちだか見当がつかない見当けんとうがつかない have no ideaので、この男に対するに対たいする with respect to態度態度たいど attitude; postureもきわめて不明瞭不明瞭ふめいりょう unclear; indeterminateであった。

浜松浜松はままつ Hamamatsu (place name)で二人とも二人ふたりとも the two of them申し合わせた申もうし合あわせた agreed in advanceように弁当弁当べんとう boxed lunch; packaged mealを食った食くった ate。食ってしまっても汽車汽車きしゃ (steam) trainは容易に容易よういに easily出ない出でない didn't depart。窓窓まど windowから見る見みる look (out from)と、西洋人西洋人せいようじん Westernerが四四し four、五人五人ごにん five (people)列車列車れっしゃ trainの前前まえ front of を行ったり来たりして行いったり来きたりして coming and going; passing byいる。そのうちの一組一組ひとくみ one pair; one coupleは夫婦夫婦ふうふ husband and wifeとみえて、暑い暑あつい hot (weather)のに手を組み合わせて手てを組くみ合あわせて holding handsいる。女女おんな womanは上下とも上下うえしたとも both top and bottomまっ白なまっ白しろな pure white着物着物きもの dress; clothingで、たいへん美しい美うつくしい beautiful; lovely。三四郎三四郎さんしろう Sanshirō (name)は生まれてから生うまれてから in one's life (lit: since being born)今日今日こんにち today; the presentに至る至いたる reach; arrive atまで西洋人というものを五、六人六人ろくにん six (people)しか見たことがない。そのうちの二人は熊本熊本くまもと Kumamoto (city in Kyūshū)の高等学校高等学校こうとうがっこう high school (equivalent to modern-day college)の教師教師きょうし teachers; instructorsで、その二人のうちの一人一人ひとり one (person)は運悪く運悪うんわるく unfortunately; sadlyせむしせむし hunchbacked; ricketyであった。女では宣教師宣教師せんきょうし missionaryを一人知っている知しっている know; be acquainted with。ずいぶんとんがった顔顔かお faceで、鱚鱚きす (kind of fish; sillago japonica)または魳魳かます barracudaに類していた類るいしていた was akin to; resembled。だから、こういう派手な派手はでな gorgeousきれいな西洋人は珍しい珍めずらしい unusualばかりではない。すこぶる上等上等じょうとう high class; superiorに見える。三四郎は一生懸命に一生懸命いっしょうけんめいに as much as one canみとれていた。これではいばるいばる swagger; hold one's head highのももっともだと思った思おもった thought。自分自分じぶん oneselfが西洋へ行って、こんな人人ひと peopleのなかにはいったらさだめしさだめし surely; no doubt肩身の狭い肩身かたみの狭せまい feel smallことだろうとまで考えた考かんがえた thought; considered。窓の前を通る時時とき time; moment二人の話話はなし conversationを熱心に熱心ねっしんに keenly; earnestly聞いて聞きいて listenみたがちっともわからない。熊本の教師とはまるで発音発音はつおん pronunciationが違う違ちがう differようだった。

ところへ例の例れいの the aforementioned男男おとこ manが首首くび head (lit: neck)を後後うしろ behind; in back ofから出して出だして stick out、

「まだ出そうもないのですかね」と言いながら言いいながら saying、今今いま (just) now行き過ぎた行いき過すぎた went by; passed by西洋の夫婦をちょいと見て、

「ああ美しい」と小声小声こごえ whisper; murmurに言って、すぐに生欠伸生欠伸なまあくび slight yawnをした。三四郎は自分がいかにもいなか者いなか者もの bumpkin; provincial (person)らしいのに気がついて気きがついて noticed; realized、さっそく首を引き込めて引ひき込こめて pulled in; drew in、着座した着座ちゃくざした took (his) seat。男もつづいて席席せき seatに返った返かえった returned (to)。そうして、

「どうも西洋人は美しいですね」と言った。

三四郎はべつだんの答答こたえ answer; responseも出ないのでただはあと受けて受うけて accepted笑っていた笑わらっていた smiled。すると髭髭ひげ mustacheの男は、

「お互いお互たがい we; usは哀れ哀あわれ wretched; a sorry lotだなあ」と言い出した。「こんな顔をして、こんなに弱って弱よわって be weak; be feebleいては、いくら日露戦争日露戦争にちろせんそう Russo-Japanese War (1904-1905)に勝って勝かって prevail; win、一等国一等国いっとうこく first-class power; world powerになってもだめですね。もっとも建物建物たてもの buildings; architectureを見ても、庭園庭園ていえん garden; parkを見ても、いずれも顔相応相応そうおう suited for; befittingのところだが、――あなたは東京東京とうきょう Tōkyōがはじめてなら、まだ富士山富士山ふじさん Mt Fujiを見たことがないでしょう。今に見えるから御覧なさい御覧ごらんなさい take a look。あれが日本一日本一にほんいち foremost in Japanの名物名物めいぶつ feature; attractionだ。あれよりほかに自慢する自慢じまんする be proud ofものは何もない何なにもない there is nothing。ところがその富士山は天然自然天然自然てんねんしぜん nature; natural worldに昔昔むかし long agoからあったものなんだからしかたがない。我々我々われわれ weがこしらえたものじゃない」と言ってまたにやにや笑っている。三四郎は日露戦争以後以後いご after; followingこんな人間人間にんげん personに出会う出会であう meet; encounterとは思いもよらなかった。どうも日本人日本人にほんじん Japanese (person)じゃないような気気き feelingがする。

「しかしこれからは日本日本にほん Japanもだんだん発展する発展はってんする develop; grow; thriveでしょう」と弁護した弁護べんかいした spoke in defense of。すると、かの男男おとこ manは、すましたすました calm; deliberateもので、

「滅びる滅ほろびる go to ruin; meet with destructionね」と言った言いった said; remarked。――熊本熊本くまもと Kumamoto (city in Kyūshū)でこんなことを口に出せば口くちに出だせば say; utter、すぐなぐられる。悪くすると悪わるくすると in the worst case国賊国賊こくぞく traitor (to one's country)取り扱い取とり扱あつかい handling; treatmentにされる。三四郎三四郎さんしろう Sanshirō (name)は頭の中頭あたまの中なか in one's headのどこのすみにもこういう思想思想しそう idea; conceptを入れる入いれる put into; harbor余裕余裕よゆう allowance; marginはないような空気空気くうき atmosphereのうちで生長した生長せいちょうした grew up (in)。だからことによると自分自分じぶん oneselfの年年とし years; ageの若い若わかい youngのに乗じて乗じょうじて taking advantage of、ひとを愚弄する愚弄ぐろうする make sport of; ridiculeのではなかろうかとも考えた考かんがえた considered。男は例のごとく例れいのごとく as usual; characteristically、にやにや笑ってにやにや笑わらって grinいる。そのくせ言葉つき言葉ことばつき manner of speakingはどこまでもおちついている。どうも見当がつかない見当けんとうがつかない not know what to make ofから、相手相手あいて companion; comradeになるのをやめて黙ってしまった黙だまってしまった remained silent。すると男が、こう言った。

「熊本より東京東京とうきょう Tōkyōは広い広ひろい expansive; spacious。東京より日本日本にほん Japanは広い。日本より……」でちょっと切った切きった broke; pausedが、三四郎の顔顔かお faceを見る見みる look atと耳を傾けて耳みみを傾かたむけて listen; pay attentionいる。

「日本より頭の中のほうが広いでしょう」と言った。「とらわれちゃとらわれちゃ be taken; be shackled byだめだ。いくら日本のためを思った思おもった think of; take into considerationって贔屓贔屓ひいき favoritism; partialityの引き倒し引ひき倒たおし downfall; destructionになるばかりだ」

この言葉を聞いた聞きいた heard時時とき time; moment、三四郎は真実に真実しんじつに truly; in fact熊本を出た出でた left (behind); departed (from)ような心持ち心持こころもち feelingがした。同時に同時どうじに at the same time熊本にいた時の自分は非常に非常ひじょうに exceedingly卑怯卑怯ひきょう docile; servileであったと悟った悟さとった became aware of; became conscious of。

その晩晩ばん evening三四郎は東京に着いた着ついた arrived。髭髭ひげ mustacheの男は別れる別わかれる part ways時まで名前名前なまえ nameを明かさなかった明あかさなかった didn't mention; didn't reveal。三四郎は東京へ着きさえすれば、このくらいの男は到るところ到いたるところ all over; wherever one goesにいるものと信じて信しんじて believed、べつに姓名姓名せいめい nameを尋ねよう尋たずねよう ask; inquireともしなかった。