Kokoro - Sensei's Testament - 47-56

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四十七四十七よんじゅうしち (part) 47

「私私わたくし I; meはそのまま二、三日二に、三日さんにち two or three days過ごしました過すごしました passed; spent (time)。その二、三日の間間あいだ interval; spanKに対するに対たいする with respect to; regarding絶えざる絶たえざる constant; without respite不安不安ふあん uneasiness; anxiousnessが私の胸胸むね breast; bosomを重くしていた重おもくしていた made heavy; weighed downのはいうまでもありません。私はただでさえ何とか何なんとか somehow; in some wayしなければ、彼彼かれ he; himに済まない済すまない be unacceptable; be unpardonable (to)と思った思おもった thought; consideredのです。その上その上うえ on top of that; furthermore奥さん奥おくさん Okusan (wife; lady of the house - used here as form of address)の調子調子ちょうし mood; mannerや、お嬢さんお嬢じょうさん daughter; young ladyの態度態度たいど attitude; behaviorが、始終始終しじゅう continually; incessantly私を突ッつく突つッつく poke at; nudgeように刺戟する刺戟しげきする provoke; prod; encourageのですから、私はなお辛かった辛つらかった uncomfortable; difficultのです。どこか男らしい男おとこらしい manly; masculine気性気性きしょう disposition; temperamentを具えた具そなえた possessed; was endowed with奥さんは、いつ私の事事こと matter; affairを食卓食卓しょくたく dining tableでKに素ぱ抜かないとも限りません素すっぱ抜ぬかないとも限かぎりません could not be counted on not to reveal; could very well disclose。それ以来以来いらい sinceことに目立つ目立めだつ stand out; be conspicuousように思えた私に対するお嬢さんの挙止動作挙止きょし動作どうさ bearing and behaviorも、Kの心心こころ heart; mindを曇らす曇くもらす encloud; darken不審不審ふしん doubt; suspicionの種種たね seedとならないとは断言できませんならないとは断言だんげんできません cannot rule out。私は何とかして、私とこの家族家族かぞく familyとの間に成り立った成なり立たった took shape; formed新しい新あたらしい new関係関係かんけい relationshipを、Kに知らせなければならない知しらせなければならない have to notify; have to inform位置位置いち situation; positionに立ちました。しかし倫理的に倫理的りんりてきに ethically; morally弱点弱点じゃくてん weakness; flaw; shortcomingをもっていると、自分自分じぶん oneselfで自分を認めて認みとめて recognize; acknowledgeいる私には、それがまた至難至難しなん utmost difficulty; next to impossibleの事のように感ぜられた感かんぜられた felt; perceived (as)のです。

私は仕方がない仕方しかたがない have no other recourse; see no alternativeから、奥さんに頼んで頼たのんで ask; requestKに改めて改あらためて at another time; on a fresh occasionそういってもらおうかと考えました考かんがえました considered; contemplated。無論無論むろん of course私のいない時時とき time; occasionにです。しかしありのままありのまま as is; in plain truthを告げられて告つげられて have told; have disclosedは、直接直接ちょくせつ directと間接間接かんせつ indirectの区別区別くべつ distinctionがあるだけで、面目のない面目めんぼくのない without honor; shamefulのに変り変かわり change; alteration; differenceはありません。といって、拵え事拵こしらえ事ごと concocted story; fabricationを話して話はなして tell; relate; conveyもらおうとすれば、奥さんからその理由理由りゆう reason; rationaleを詰問される詰問きつもんされる be pressed for answersに極っていますに極きまっています is a given that ...。もし奥さんにすべての事情事情じじょう circumstances; state of affairsを打ち明けて打うち明あけて reveal; disclose頼むとすれば、私は好んで好このんで willfully; deliberately自分の弱点を自分の愛人愛人あいじん loved one; beloved; dearestとその母親母親ははおや motherの前前まえ front ofに曝け出さなければなりません曝さらけ出ださなければなりません have to expose; be compelled to air。真面目な真面目まじめな serious; earnest私には、それが私の未来未来みらい future; days to comeの信用信用しんよう credibilityに関する関かんする affect; concernとしか思われなかったのです。結婚する結婚けっこんする marry; wed前から恋人恋人こいびと cherished oneの信用を失う失うしなう lose; forfeitのは、たとい一分厘一分厘いちぶりん a bit; one iotaでも、私には堪え切れない堪たえ切きれない intolerable; unacceptable不幸不幸ふこう misfortune; disasterのように見えました見みえました appeared; seemed。

要するに要ようするに in short私は正直な正直しょうじきな honest; upright路路みち path; wayを歩く歩あるく walkつもりで、つい足を滑らした足あしを滑すべらした lost one's footing; slipped馬鹿もの馬鹿ばかもの fool; wretchでした。もしくは狡猾な狡猾こうかつな cunning; dodgy; deceptive男でした。そうしてそこに気のついて気きのついて be aware; realizeいるものは、今今いま now; the presentのところただ天天てん heavenと私の心だけだったのです。しかし立ち直って立たち直なおって regain one's footing; recover、もう一歩もう一歩いっぽ one more step; one step further前へ踏み出そうとする踏ふみ出だそうとする move forward; advanceには、今滑った事をぜひとも周囲の周囲しゅういの nearby; close人人ひと peopleに知られなければならない窮境窮境きゅうきょう tight spot; predicamentに陥った陥おちいった fallen (into)のです。私はあくまで滑った事を隠したがりました隠かくしたがりました wished to hide; sought to conceal。同時に同時どうじに at the same time、どうしても前へ出ずには前まえへ出でずには without moving forwardいられなかったのです。私はこの間に挟まって挟はさまって be stuck in; be caught inまた立ち竦みました立たち竦すくみました was unable to move; was paralyzed。

五、六日五ご、六日ろくにち five or six days経った経たった passed; elapsed後後のち after、奥さん奥おくさん Okusan (wife; lady of the house - used here as form of address)は突然突然とつぜん suddenly; abruptly私私わたくし I; meに向って向むかって turn toward、Kにあの事事こと matter; affairを話した話はなした told; talked ofかと聞く聞きく ask; inquireのです。私はまだ話さないと答えました答こたえました answered; responded。するとなぜ話さないのかと、奥さんが私を詰る詰なじる scold; rebukeのです。私はこの問い問とい queryの前前まえ front of; face ofに固くなりました固かたくなりました became rigid; stiffened。その時時とき time; moment奥さんが私を驚かした驚おどろかした surprised; shocked言葉言葉ことば wordsを、私は今今いま now; the presentでも忘れずに忘わすれずに without forgetting覚えています覚おぼえています remember。

「道理で道理どうりで no wonder妾妾わたし I; me (feminine; archaic character usage)が話したら変な変へんな odd; strange顔顔かお face; (facial) expressionをしていましたよ。あなたもよくないじゃありませんか。平生平生へいぜい ordinarily; all the timeあんなに親しくしている親したしくしている be close (to someone)間柄間柄あいだがら relation; termsだのに、黙って黙だまって in silence知らん知しらん not knowing; not letting on顔をしているのは」

私はKがその時何か何なにか somethingいいはしなかったかと奥さんに聞きました。奥さんは別段別段べつだん in particular何にも何なんにも (no)thingいわないと答えました。しかし私は進んで進すすんで advance; press; pursueもっと細かい細こまかい fine; detailed事を尋ねずに尋たずねずに without inquiringはいられませんでした。奥さんは固より固もとより of course何も隠す訳訳わけ reason; rationaleがありません。大した大たいした important; significant話もないがといいながら、一々一々いちいち in detail; without omissionKの様子様子ようす state of affairs; mannerを語って聞かせてくれました語かたって聞きかせてくれました conveyed (to me)。

奥さんのいうところを綜合して綜合そうごうして piece together; synthesize考えて考かんがえて considerみると、Kはこの最後の最後さいごの final打撃打撃だげき blow; strikeを、最も最もっとも extremely; entirely落ち付いた落おち付ついた calm; steady; composed驚きをもって迎えた迎むかえた greeted; embracedらしいのです。Kはお嬢さんお嬢じょうさん daughter; young ladyと私との間にの間あいだに between ...結ばれた結むすばれた was tied; was concluded新しい新あたらしい new関係関係かんけい relationship; connectionについて、最初最初さいしょ at firstはそうですかとただ一口一口ひとくち one word; single expressionいっただけだったそうです。しかし奥さんが、「あなたも喜んで喜よろこんで be happy; be glad下さい下ください please ...」と述べた述のべた state; express時、彼彼かれ he; himははじめて奥さんの顔を見て見みて look at微笑微笑びしょう smileを洩らしながら洩もらしながら let loose; allow、「おめでとうございます」といったまま席を立った席せきを立たった got up; rose (to leave)そうです。そうして茶の間茶ちゃの間ま tea room; hearth roomの障子障子しょうじ shōjiを開ける開あける open前に、また奥さんを振り返って振ふり返かえって turn back toward、「結婚結婚けっこん marriage; weddingはいつですか」と聞いたそうです。それから「何かお祝いお祝いわい congratulatory giftを上げたい上あげたい want to giveが、私は金金かね moneyがないから上げる事ができません」といったそうです。奥さんの前に坐っていた坐すわっていた was seated私は、その話を聞いて胸胸むね breast; bosomが塞る塞ふさがる be choked; be constrictedような苦しさ苦くるしさ pain; anguishを覚えました覚おぼえました experienced; felt。

四十八四十八よんじゅうはち (part) 48

「勘定して勘定かんじょうして count; figure; reckon見る見みる try (and see)と奥さん奥おくさん Okusan (wife; lady of the house - used here as form of address)がKに話話はなし talk; conversationをしてからもう二日二日ふつか two days余り余あまり more thanになります。その間間かん interval (of time)Kは私私わたくし I; meに対してに対たいして with respect to; regarding少しも少すこしも (not) in the least以前以前いぜん before; priorと異なった異ことなった different; altered様子様子ようす look; appearanceを見せなかったので、私は全く全まったく utterly; entirelyそれに気が付かずに気きが付つかずに without realizing; unawaresいたのです。彼彼かれ he; himの超然とした超然ちょうぜんとした detached; distant態度態度たいど manner; behaviorはたとい外観外観がいかん exterior; façadeだけにもせよ、敬服敬服けいふく admiration; respectに値すべき値あたいすべき (surely) worthy of; meritingだと私は考えました考かんがえました considered; thought。彼と私を頭頭あたま head; mindの中中なか inside; withinで並べてみる並ならべてみる line up; set side by sideと、彼の方方ほう alternative (of two choices)が遥かに遥はるかに by far立派立派りっぱ splendid; fine; worthyに見えました。「おれは策略策略さくりゃく scheming; tacticsで勝って勝かって win; prevailも人間人間にんげん human being; personとしては負けた負まけた lost; suffered defeatのだ」という感じ感かんじ feeling; impressionが私の胸胸むね breast; bosomに渦巻いて渦巻うずまいて swirl; eddy; surge起りました起おこりました arose; came about。私はその時時とき time; momentさぞKが軽蔑して軽蔑けいべつして despise; look down onいる事事こと situation; state of affairsだろうと思って思おもって think; consider、一人で一人ひとりで alone; by oneself顔顔かお faceを赧らめました赧あからめました reddened。しかし今更今更いまさら now (finally); at this pointKの前前まえ front ofに出て出でて appear、恥を掻かせられる恥はじを掻かかせられる be shamedのは、私の自尊心自尊心じそんしん self-esteem; prideにとって大いな大おおいな considerable; great苦痛苦痛くつう (point of) pain; bitternessでした。

私が進もう進すすもう advance; move forwardか止そう止よそう halt; desistかと考えて、ともかくも翌日翌日あくるひ next day; following dayまで待とう待まとう waitと決心した決心けっしんした decided; resolvedのは土曜土曜どよう Saturdayの晩晩ばん eveningでした。ところがその晩に、Kは自殺して自殺じさつして commit suicide; take one's own life死んでしまった死しんでしまった died; passed awayのです。私は今今いま now; the presentでもその光景光景こうけい scene; spectacle; sightを思い出す思おもい出だす remember; recallと慄然とします慄然ぞっとします shudder; tremble。いつも東枕東枕ひがしまくら east(facing) pillow (thought to give energy and preserve youth)で寝る寝ねる sleep私が、その晩に限ってに限かぎって limited to; only、偶然偶然ぐうぜん for some reason; by chance西枕西枕にしまくら west(facing) pillow (associated with lack of initiative, lethargy, or shortening of life)に床床とこ beddingを敷いた敷しいた spread out; laid outのも、何かの何あにかの some sort of因縁因縁いんねん connectionかも知れませんかも知しれません it may be that ...。私は枕元枕元まくらもと pillow side; bedsideから吹き込む吹ふき込こむ blow in寒い寒さむい cold風風かぜ breeze; draftでふと眼を覚ました眼めを覚さました wokeのです。見ると、いつも立て切ってある立たて切きってある be closed tight; be shutKと私の室室へや roomsとの仕切仕切しきり partitionの襖襖ふすま fusuma (sliding door)が、この間この間あいだ a while back; the other dayの晩と同じ同おなじ the sameくらい開いています開あいています be open。けれどもこの間のように、Kの黒い黒くろい dark姿姿すがた figure; formはそこには立っていません立たっていません not standing。私は暗示暗示あんじ hint; suggestionを受けた受うけた received人人ひと personのように、床の上上うえ top ofに肱肱ひじ elbowsを突いて突ついて prop (oneself) up with起き上がりながら起おき上あがりながら stir (from sleep)、屹と屹きっと surely; without delayKの室を覗きました覗のぞきました looked in on。洋燈洋燈ランプ lampが暗く暗くらく darkly; dimly点っている点ともっている be burning; be litのです。それで床も敷いてあるのです。しかし掛蒲団掛蒲団かけぶとん bed cover; quiltは跳返された跳返はねかえされた pushed back; tossed asideように裾裾すそ bottom edge; foot (of the bed)の方に重なり合って重かさなり合あって piled up; gathered upいるのです。そうしてK自身自身じしん himselfは向うむきに向むこうむきに facing the other direction突ッ伏している突つッ伏ぷしている lie prostrate; lie face downのです。

私はおいといって声を掛けました声こえを掛かけました called out to。しかし何の何なんの (no) form of答え答こたえ answer; responseもありません。おいどうかしたのかと私はまたKを呼びました呼よびました called; addressed。それでもKの身体身体からだ bodyは些とも些ちっとも (not) in the least; (not) even a little動きません動うごきません not move; not stir。私はすぐ起き上って起おき上あがって get up; rise (to one's feet)、敷居際敷居際しきいぎわ thresholdまで行きました行ゆきました proceeded; went。そこから彼の室の様子を、暗い洋燈の光光ひかり lightで見廻してみました見廻みまわしてみました surveyed。

その時私の受けた第一の第一だいいちの first; initial感じは、Kから突然突然とつぜん suddenly; abruptly恋恋こい (romantic) loveの自白自白じはく confessionを聞かされた聞きかされた was subjected to; heard時のそれとほぼ同じでした。私の眼眼め eyesは彼の室の中を一目一目ひとめ one glance見るや否やや否いなや as soon as ...、あたかも硝子硝子ガラス glassで作った作つくった made; constructed (of)義眼義眼ぎがん artificial eyeのように、動く能力能力のうりょく ability; capacityを失いました失うしないました lost。私は棒立ち棒立ぼうだち standing bolt uprightに立ち竦みました立たち竦すくみました was unable to move; was paralyzed; was petrified。それが疾風疾風しっぷう gale; gust (of wind)のごとく私を通過した通過つうかした passed throughあとで、私はまたああ失策った失策しまった all gone wrong; can't beと思いました。もう取り返しが付かない取とり返かえしが付つかない can never be undoneという黒い光が、私の未来未来みらい future; days to comeを貫いて貫つらぬいて pierce; penetrate、一瞬間一瞬間いっしゅんかん one moment; a single instantに私の横たわる横よこたわる lie ahead; stretch out before全生涯全生涯ぜんしょうがい whole life; entire existenceを物凄く物凄ものすごく terribly; frightfully照らしました照てらしました shone on; threw light on。そうして私はがたがたがたがた shakily; unsteadily顫え出した顫ふるえ出だした began to shudder; began to trembleのです。

それでも私私わたくし I; meはついに私を忘れる忘わすれる forget事ができませんでした事ことができませんでした was not able to ...。私はすぐ机机つくえ deskの上上うえ top ofに置いてある置おいてある had been placed手紙手紙てがみ letterに眼を着けました眼めを着つけました caught sight of; noticed。それは予期通り予期よき通どおり as anticipated; as expected私の名名な name宛宛あて addressed toになっていました。私は夢中で夢中むちゅうで frantically; feverishly封封ふう seal; wrapping; bindingを切りました切きりました cut; broke。しかし中中なか inside; withinには私の予期したような事は何にも何なんにも (no)thing書いてありませんでした書かいてありませんでした had not been written; wasn't written。私は私に取ってに取とって to ...; for ...どんなに辛い辛つらい bitter; difficult文句文句もんく words; expressionsがその中に書き列ねて書かき列つらねて list up (in writing); enumerateあるだろうと予期したのです。そうして、もしそれが奥さん奥おくさん Okusan (wife; lady of the house - used here as form of address)やお嬢さんお嬢じょうさん daughter; young ladyの眼に触れたら眼めに触ふれたら catch the attention of; be seen by、どんなに軽蔑される軽蔑けいべつされる be despised; be disdainedかも知れないかも知しれない it might be that ...という恐怖恐怖きょうふ fear; dreadがあったのです。私はちょっと眼を通した眼めを通とおした looked overだけで、まず助かった助たすかった was saved; escaped (from harm)と思いました思おもいました thought。(固より固もとより of course世間体の上世間体せけんていの上うえ in the eyes of societyだけで助かったのですが、その世間体がこの場合場合ばあい circumstance; situation、私にとっては非常な非常ひじょうな extreme; utmost重大重大じゅうだい weighty; important事件事件じけん affair; matterに見えた見みえた appeared; seemedのです。)

手紙の内容内容ないよう contentsは簡単簡単かんたん simple; briefでした。そうしてむしろ抽象的抽象的ちゅうしょうてき abstractでした。自分自分じぶん oneselfは薄志弱行薄志はくし弱行じゃっこう infirm of purpose and lacking in decisionで到底到底とうてい by (no) means; in (no) sense行先行先ゆくさき where one is going; one's futureの望み望のぞみ hope; prospectがないから、自殺する自殺じさつする commit suicide; take one's own lifeというだけなのです。それから今今いま now; the presentまで私に世話世話せわ care; assistance; looking afterになった礼礼れい thanksが、ごくあっさりとしたあっさりとした simple; plain文句でその後後あと afterに付け加えてありました付つけ加くわえてありました had been added。世話ついでに死後死後しご after one's deathの片付方片付方かたづけかた (manner of) settlement; putting in orderも頼みたい頼たのみたい would like to requestという言葉言葉ことば wordsもありました。奥さんに迷惑を掛けて迷惑めいわくを掛かけて cause trouble (for); inconvenience済まん済すまん inexcusable; unjustifiable; unpardonableから宜しく宜よろしく please; by all means詫をしてくれ詫わびをしてくれ apologize (on my behalf)という句句く sentence; text; passageもありました。国元国元くにもと hometown; native placeへは私から知らせて知しらせて notify; informもらいたいという依頼依頼いらい requestもありました。必要な必要ひつような necessary; needed事はみんな一口ずつ一口ひとくちずつ a few words each書いてある中にお嬢さんの名前名前なまえ nameだけはどこにも見えません。私はしまいまで読んで読よんで read、すぐKがわざと回避した回避かいひした avoidedのだという事に気が付きました気きが付つきました noticed; realized。しかし私のもっとも痛切に痛切つうせつに keenly; acutely感じた感かんじた feltのは、最後最後さいご end; lastに墨墨すみ (black) inkの余り余あまり extraで書き添えた書かき添そえた added (in writing); postscriptedらしく見える、もっと早く早はやく soon死ぬ死しぬ dieべきだのになぜ今まで生きて生いきて live; existいたのだろうという意味意味いみ meaningの文句でした。

私は顫える顫ふるえる shake; tremble手手て handsで、手紙を巻き収めて巻まき収おさめて rolled back up、再び再ふたたび once again封の中へ入れました入いれました put into。私はわざとそれを皆な皆みんな all; others; everyoneの眼に着く眼めに着つく catch one's eye; be noticeableように、元の通り元もとの通とおり just as before机の上に置きました置おきました set; placed。そうして振り返って振ふり返かえって turn around; look back、襖襖ふすま fusuma (sliding door)に迸って迸ほとばしって gush out; spout; break forthいる血潮血潮ちしお tide of blood; flow of bloodを始めて始はじめて for the first time見たのです。

四十九四十九よんじゅうく (part) 49

「私私わたくし I; meは突然突然とつぜん suddenly; instinctivelyKの頭頭あたま headを抱える抱かかえる hold; support; embraceように両手両手りょうて both handsで少し少すこし a little; a bit持ち上げました持もち上あげました lifted; raised。私はKの死顔死顔しにがお face in deathが一目一目ひとめ one look見たかった見みたかった wanted to seeのです。しかし俯伏し俯伏うつぶし face downになっている彼彼かれ he; himの顔顔かお faceを、こうして下下した below; beneathから覗き込んだ覗のぞき込こんだ looked into; peered into時時とき time; moment、私はすぐその手手て handsを放して放はなして withdrewしまいました。慄とした慄ぞっとした was frightened; felt terrifedばかりではないのです。彼の頭が非常に非常ひじょうに extremely重たく重おもたく heavy; weighty感ぜられた感かんぜられた felt; seemedのです。私は上上うえ aboveから今今いま now; just now触った触さわった touched冷たい冷つめたい cold耳耳みみ earsと、平生平生へいぜい usual; ordinaryに変らない変かわらない unchanged五分刈の五分刈ごぶがりの close-cropped濃い濃こい thick; coarse髪の毛髪かみの毛け hairを少時少時しばらく for a while; for a short time眺めて眺ながめて view; gaze atいました。私は少しも泣く泣なく cry; weep気気き inclinationにはなれませんでした。私はただ恐ろしかった恐おそろしかった was frightened; was filled with terrorのです。そうしてその恐ろしさは、眼眼め eyesの前前まえ before; in front ofの光景光景こうけい scene; spectacle; sightが官能官能かんのう the sensesを刺激して刺激しげきして stimulate; provoke起る起おこる happen; come about単調な単調たんちょうな simple; rudimentary恐ろしさばかりではありません。私は忽然と忽然こつぜんと unexpectedly; all of a sudden冷たくなったこの友達友達ともだち friendによって暗示された暗示あんじされた was hinted; was suggested運命運命うんめい fate; destinyの恐ろしさを深く深ふかく deeply; profoundly感じたのです。

私は何の分別もなく何なんの分別ふんべつもなく not having the wit to do otherwiseまた私の室室へや roomに帰りました帰かえりました returned (to)。そうして八畳八畳はちじょう 8 mats (about 13 sq meters; about 140 sq ft)の中中なか inside; withinをぐるぐる廻り始めました廻まわり始はじめました began to circle; began to pace。私の頭は無意味でも無意味むいみでも even if for no purpose当分当分とうぶん for a while; for a timeそうして動いていろ動うごいていろ moveと私に命令する命令めいれいする order; commandのです。私はどうかしなければならないと思いました思おもいました thought; concluded。同時に同時どうじに at the same timeもうどうする事もできないどうする事こともできない nothing can be doneのだと思いました。座敷座敷ざしき roomの中をぐるぐる廻らなければいられなくなったのです。檻檻おり cageの中へ入れられた入いれられた be put into熊熊くま bearのような態度態度たいど manner; behaviorで。

私は時々時々ときどき from time to time奥奥おく interiorへ行って行いって go (to)奥さん奥おくさん Okusan (wife; lady of the house - used here as form of address)を起そう起おこそう wake upという気になります。けれども女女おんな woman; ladyにこの恐ろしい有様有様ありさま state of affairs; conditionを見せては悪い悪わるい ill advised; not rightという心持心持こころもち feelingがすぐ私を遮ります遮さえぎります hinder; obstruct。奥さんはとにかく、お嬢さんお嬢じょうさん daughter; young ladyを驚かす驚おどろかす startle; shock; frighten事は、とてもできないという強い強つよい absolute; sure意志意志いし determinationが私を抑えつけます抑おさえつけます hold back; restrain。私はまたぐるぐる廻り始めるのです。

私はその間間あいだ interval (of time)に自分の自分じぶんの one's own室の洋燈洋燈ランプ lampを点けました点つけました lighted; lit。それから時計時計とけい clockを折々折々おりおり occasionally; from time to time見ました。その時の時計ほど埒の明かない埒らちの明あかない make little headway; fail to progress遅い遅おそい slow; sluggishものはありませんでした。私の起きた時間時間じかん hour; timeは、正確に正確せいかくに exactly; with certainty分らない分わからない don't know; can't sayのですけれども、もう夜明夜明よあけ daybreak; dawnに間もなかった間まもなかった was close (to)事だけは明らか明あきらか clear; sure; certainです。ぐるぐる廻りながら、その夜明を待ち焦れた待まち焦こがれた waited anxiously for私は、永久永久えいきゅう eternity; perpetuityに暗い暗くらい dark夜夜よる nightが続く続つづく continue; lastのではなかろうかという思いに悩まされました悩なやまされました was afflicted; was tormented (by)。

我々我々われわれ we; usは七時七時しちじ seven (o'clock)前前まえ before; prior toに起きる起おきる wake up習慣習慣しゅうかん custom; habitでした。学校学校がっこう school; classesは八時八時はちじ eight (o'clock)に始まる始はじまる begin; start事事こと cases; instancesが多い多おおい numerous; often; frequentので、それでないと授業授業じゅぎょう class; lessonsに間に合わない間まに合あわない not be in time; be late (for)のです。下女下女げじょ maidservantはその関係関係かんけい relation; effectで六時頃六時ろくじ頃ごろ around six (o'clock)に起きる訳訳わけ circumstance; situationになっていました。しかしその日日ひ day私私わたくし I; meが下女を起しに行った行いった went (to)のはまだ六時前でした。すると奥さん奥おくさん Okusan (wife; lady of the house - used here as form of address)が今日今日きょう todayは日曜日曜にちよう Sundayだといって注意して注意ちゅういして advise; cautionくれました。奥さんは私の足音足音あしおと (sound of) footstepsで眼を覚ました眼めを覚さました wokeのです。私は奥さんに眼が覚めているなら、ちょっと私の室室へや roomまで来てくれ来きてくれ come withと頼みました頼たのみました asked; requested。奥さんは寝巻寝巻ねまき nightgownの上上うえ top ofへ不断着不断着ふだんぎ ordinary clothes; everyday clothesの羽織羽織はおり haori (Japanese half-coat)を引っ掛けて引ひっ掛かけて pull on; throw on、私の後後あと afterに跟いて来ました跟ついて来きました followed。私は室へはいるや否やや否いなや as soon as ...、今今いま now; this timeまで開いていた開あいていた was open仕切り仕切しきり partitionの襖襖ふすま fusuma (sliding door)をすぐ立て切りました立たて切きりました closed; shut。そうして奥さんに飛んだ飛とんだ awful; terrible事事こと act; happeningができたと小声小声こごえ low voice; whisperで告げました告つげました told; informed。奥さんは何何なん whatだと聞きました聞ききました asked。私は顋顋あご chinで隣の隣となりの neighboring; next; adjoining室を指す指さす motion toward; indicateようにして、「驚いちゃいけません驚おどろいちゃいけません don't be shocked; prepare yourself; brace yourself」といいました。奥さんは蒼い蒼あおい pale顔顔かお face; complexionをしました。「奥さん、Kは自殺しました自殺じさつしました killed himself; took his own life」と私がまたいいました。奥さんはそこに居竦まった居竦いすくまった was frozen in placeように、私の顔を見て見みて looked at; regarded黙っていました黙だまっていました remained silent。その時時とき time; moment私は突然突然とつぜん suddenly; impulsively奥さんの前へ手を突いて手てを突ついて place both hands on the ground (in expression of apology)頭を下げました頭あたまを下さげました lowered one's head (in deference or apology)。「済みません済すみません I'm sorry; forgive me。私が悪かった悪わるかった am to blame; am at faultのです。あなたにもお嬢さんお嬢じょうさん daughter; young ladyにも済まない事になりました」と詫まりました詫あやまりました apologized。私は奥さんと向い合う向むかい合あう faceまで、そんな言葉言葉ことば wordsを口にする口くちにする vocalize; utter気気き intentionはまるでなかったのです。しかし奥さんの顔を見た時不意に不意ふいに suddenly; unexpectedly我とも知らず我われとも知しらず forgetting oneself; in spite of oneselfそういってしまったのです。Kに詫まる事のできない私は、こうして奥さんとお嬢さんに詫びなければいられなくなった詫わびなければいられなくなった felt compelled to apologizeのだと思って下さい下ください please ...。つまり私の自然自然しぜん nature; (natural) impulseが平生平生へいぜい usual; ordinary; everydayの私を出し抜いて出だし抜ぬいて outwit; outmaneuverふらふらとふらふらと before one knows what one is doing懺悔の懺悔ざんげの repentance; confession; penitence口口くち (spoken) wordsを開かした開あかした revealed; divulgedのです。奥さんがそんな深い深ふかい deep; profound意味意味いみ meaningに、私の言葉を解釈しなかった解釈かいしゃくしなかった didn't interpret; didn't take (as)のは私にとって幸い幸さいわい fortunateでした。蒼い顔をしながら、「不慮不慮ふりょ unforeseen; unanticipatedの出来事出来事できごと incident; happening; turn of eventsなら仕方がない仕方しかたがない can't be helpedじゃありませんか」と慰める慰なぐさめる console; comfortようにいってくれました。しかしその顔には驚きと怖れ怖おそれ fear; anxiety; concernとが、彫り付けられた彫ほり付つけられた had been carved; had been engraved (into)ように、硬く硬かたく firmly; rigidly筋肉筋肉すじにく muscles; sinewsを攫んで攫つかんで grip; seizeいました。

五十五十ごじゅう (part) 50

「私私わたくし I; meは奥さん奥おくさん Okusan (wife; lady of the house - used here as form of address)に気の毒でした気きの毒どくでした felt pity (toward); felt bad (for)けれども、また立って立たって stand up; rise今今いま now; just now閉めた閉しめた closedばかりの唐紙唐紙からかみ papered door (short for 唐紙からかみ障子しょうじ)を開けました開あけました opened。その時時とき timeKの洋燈洋燈ランプ lampに油油あぶら oilが尽きた尽つきた was exhausted; had run outと見えて見みえて appear、室室へや roomの中中なか insideはほとんど真暗真暗まっくら pitch darkでした。私は引き返して引ひき返かえして retrace one's steps; return自分の自分じぶんの one's own洋燈を手手て handに持った持もった held; tookまま、入口入口いりぐち entranceに立って奥さんを顧みました顧かえりみました looked back at。奥さんは私の後ろ後うしろ in back of; behindから隠れる隠かくれる conceal oneselfようにして、四畳四畳よじょう four-mat (room)の中を覗き込みました覗のぞき込こみました peered into。しかしはいろうとはしません。そこはそのままにしておいて、雨戸雨戸あまど storm shutters; outer shuttersを開けてくれと私にいいました。

それから後後あと afterの奥さんの態度態度たいど manner; behaviorは、さすがに軍人軍人ぐんじん military man; soldierの未亡人未亡人びぼうじん widowだけあってだけあって befitting of要領を得ていました要領ようりょうを得えていました was on point; was up to task。私は医者医者いしゃ doctor; physicianの所所ところ place; residenceへも行きました行ゆきました went (to)。また警察警察けいさつ policeへも行きました。しかしみんな奥さんに命令されて命令めいれいされて be instructed; be told行ったのです。奥さんはそうした手続手続てつづき formalities; procedures; processesの済む済すむ be finished; concludeまで、誰も誰だれも (no) oneKの部屋部屋へや roomへは入れませんでした入いれませんでした didn't allow in。

Kは小さな小ちいさな smallナイフナイフ knifeで頸動脈頸動脈けいどうみゃく carotid artery; artery in the neckを切って切きって cut; sever一息に一息ひといきに in one breath; instantly死んでしまった死しんでしまった diedのです。外に外ほかに other (than that); otherwise創創きず woundらしいものは何にも何なんにも (no)thingありませんでした。私が夢夢ゆめ dream; tranceのような薄暗い薄暗うすぐらい dim; dark灯灯ひ lamp light; flameで見た見みた saw唐紙の血潮血潮ちしお tide of blood; flow of bloodは、彼彼かれ he; himの頸筋頸筋くびすじ neck; side of the neckから一度に一度いちどに all at once迸った迸ほとばしった gushed out; spoutedものと知れました知しれました came to understand; learned。私は日中日中にっちゅう during the day; daytimeの光光ひかり lightで明らかに明あきらかに with clarityその迹迹あと remains; tracesを再び再ふたたび once again眺めました眺ながめました viewed; looked on。そうして人間人間にんげん human beingの血血ち bloodの勢い勢いきおい energy; force; vigorというものの劇しい劇はげしい extreme; intenseのに驚きました驚おどろきました was surprised; was impressed。

奥さんと私はできるだけの手際手際てぎわ deftness; handiworkと工夫工夫くふう devising; figuring out; improvisingを用いて用もちいて use; apply、Kの室を掃除しました掃除そうじしました cleaned。彼の血潮の大部分大部分だいぶぶん greater partは、幸い幸さいわい fortunately彼の蒲団蒲団ふとん futon; beddingに吸収されて吸収きゅうしゅうされて be absorbed; be soaked upしまったので、畳畳たたみ tatami (mats)はそれほど汚れないで汚よごれないで without being stained; without being blemished済みましたから、後始末後始末あとしまつ cleaning upはまだ楽楽らく easy; simpleでした。二人二人ふたり two (people); the two of usは彼の死骸死骸しがい (dead) body; remainsを私の室に入れて、不断の通り不断ふだんの通とおり as usual; as always寝ている寝ねている be asleep; be at rest体体てい appearance; condition; stateに横にしました横よこにしました laid out。私はそれから彼の実家実家じっか parental homeへ電報電報でんぽう telegramを打ち打うち send (a telegram)に出た出でた went out; departedのです。

私が帰った帰かえった returned時は、Kの枕元枕元まくらもと pillow side; bedsideにもう線香線香せんこう incenseが立てられていました。室へはいるとすぐ仏臭い仏臭ほとけくさい having the air of Buddhism; otherworldly烟烟けむり smoke; fumesで鼻鼻はな noseを撲たれた撲うたれた be hit with私は、その烟の中に坐っている坐すわっている be seated女女おんな women二人を認めました認みとめました noticed; observed。私がお嬢さんお嬢じょうさん daughter; young ladyの顔顔かお faceを見たのは、昨夜来昨夜来さくやらい since the prior eveningこの時が始めて始はじめて the first timeでした。お嬢さんは泣いて泣ないて cry; weepいました。奥さんも眼を赤くしていました眼めを赤あかくしていました had red eyes (from crying)。事件事件じけん incidentが起って起おこって happened; occurredからそれまで泣く事事こと act; actionを忘れて忘わすれて forget; put out of one's mindいた私は、その時ようやく悲しい悲かなしい sad; melancholy気分気分きぶん feeling; moodに誘われる誘さそわれる be lured; be induced (to)事ができたのです。私の胸胸むね breast; bosomはその悲しさのために、どのくらい寛ろいだ寛くつろいだ found comfort; was put at easeか知れません。苦痛苦痛くつう pain; anguishと恐怖恐怖きょうふ fear; terrorでぐいと握り締められた握にぎり締しめられた was gripped and held fast (by)私の心心こころ heart; soulに、一滴一滴いってき one dropの潤潤うるおい moistureを与えてくれた与あたえてくれた gave; imparted (to)ものは、その時の悲しさでした。

私私わたくし I; meは黙って黙だまって in silence; without speaking二人二人ふたり two (people)の傍傍そば proximity; vicinityに坐って坐すわって sit down; seat oneselfいました。奥さん奥おくさん Okusan (wife; lady of the house - used here as form of address)は私にも線香線香せんこう incenseを上げてやれ上あげてやれ give; offer (for someone)といいます。私は線香を上げてまた黙って坐っていました。お嬢さんお嬢じょうさん daughter; young ladyは私には何とも何なんとも (no)thingいいません。たまに奥さんと一口一口ひとくち one word; single word二口二口ふたくち few words; a couple of words言葉言葉ことば phrase; expression; remarkを換わす換かわす exchange事事こと instance; caseがありましたが、それは当座の当座とうざの immediate; present用事用事ようじ business; affair; taskについてのみでした。お嬢さんにはKの生前生前せいぜん during one's lifetimeについて語る語かたる talk about; speak ofほどの余裕余裕よゆう margin; leeway; allowanceがまだ出て来なかった出でて来こなかった wasn't forthcoming; wasn't availableのです。私はそれでも昨夜昨夜ゆうべ the prior eveningの物凄い物凄ものすごい terrible; frightful有様有様ありさま state of affairs; conditionを見せずに見みせずに without showing; without exposing済んで済すんで finish; concludeまだよかったと心のうちで心こころのうちで to oneself思いました思おもいました thought; considered。若い若わかい young; youthful美しい美うつくしい beautiful人人ひと person; individualに恐ろしい恐おそろしい dreadful; terrifyingものを見せると、折角の折角せっかくの rare; special; precious美しさが、そのために破壊されて破壊はかいされて be destroyed; be lostしまいそうで私は怖かった怖こわかった was afraid; was worried; was concernedのです。私の恐ろしさが私の髪の毛髪かみの毛け hair (on one's head)の末端末端まったん ends; extremitiesまで来た時時とき time; momentですら、私はその考え考かんがえ thought; ideaを度外度外どがい out of considerationに置いて置おいて put; place行動する行動こうどうする act; behave事はできませんでした。私には綺麗な綺麗きれいな pretty; exquisite; lovely花花はな flowerを罪罪つみ sin; faultもないのに妄りに妄みだりに arbitrarily; without reason鞭うつ鞭むちうつ whip; put the rod toと同じ同おなじ the sameような不快不快ふかい unpleasantness; offensivenessがそのうちに籠っていた籠こもっていた was filled; was ripeのです。

国元国元くにもと hometown; native placeからKの父父ちち fatherと兄兄あに older brotherが出て来た出でて来きた appeared; arrived時、私はKの遺骨遺骨いこつ remains; ashes (of the deceased)をどこへ埋める埋うめる bury; interかについて自分の自分じぶんの one's own意見意見いけん opinion; thought; ideaを述べました述のべました mentioned; expressed。私は彼彼かれ he; himの生前に雑司ヶ谷雑司ヶ谷ぞうしがや Zōshigaya (place name)近辺近辺きんぺん environs; vicinityをよくいっしょに散歩した散歩さんぽした walked; strolled事があります。Kにはそこが大変大変たいへん very much; greatly気に入っていた気きに入いっていた met with one's liking; found favor with oneのです。それで私は笑談半分に笑談じょうだん半分はんぶんに half-jokingly、そんなに好き好すき to one's likingなら死んだら死しんだら (when one) dies; passes awayここへ埋めてやろうと約束した約束やくそくした promised; pledged覚え覚おぼえ memory; recollectionがあるのです。私も今今いま nowその約束通り約束やくそく通どおり as promised; as pledgedKを雑司ヶ谷へ葬った葬ほうむった burried; interredところで、どのくらいの功徳功徳くどく virtuous deed; meritorious actになるものかとは思いました。けれども私は私の生きている生いきている be alive; live and breath限り限かぎり limit; extent、Kの墓墓はか gravesiteの前前まえ front ofに跪いて跪ひざまずいて kneel月々月々つきづき every month; each month私の懺悔懺悔ざんげ repentance; confession; penitenceを新たに新あらたに newly; anewしたかったのです。今まで構い付けなかった構かまい付つけなかった hadn't been concerned with; hadn't played a role inKを、私が万事万事ばんじ all things世話をして来た世話せわをして来きた took care of; looked afterという義理義理ぎり debt of gratitude; sense of obligationもあったのでしょう、Kの父も兄も私のいう事を聞いて聞きいて listen to; acceptくれました。

五十一五十一ごじゅういち (part) 51

「Kの葬式葬式そうしき funeralの帰り路に帰かえり路みちに on the way back、私私わたくし I; meはその友人友人ゆうじん friendの一人一人ひとり one (person)から、Kがどうして自殺した自殺じさつした killed himself; took his own lifeのだろうという質問質問しつもん questionを受けました受うけました received。事件事件じけん incident; affairがあって以来以来いらい from the time of; since私はもう何度となく何度なんどとなく any number of times; on numerous occasionsこの質問で苦しめられていた苦くるしめられていた was tormented byのです。奥さん奥おくさん Okusan (wife; lady of the house - used here as form of address)もお嬢さんお嬢じょうさん daughter; young ladyも、国国くに country; one's native placeから出て来た出でて来きた came up; arrivedKの父兄父兄ふけい father and (older) brotherも、通知通知つうち noticeを出した出だした sent out (to)知り合い知しり合あい acquaintancesも、彼彼かれ he; himとは何の縁故縁故えんこ relation; connection; affinityもない新聞新聞しんぶん newspaper記者記者きしゃ reporterまでも、必ず必かならず invariably; without fail同様の同様どうようの the same sort of質問を私に掛けない掛かけない not pose (a question)事事こと case; instanceはなかったのです。私の良心良心りょうしん conscienceはそのたびにちくちく刺されるちくちく刺さされる be prickedように痛みました痛いたみました ached; was pained。そうして私はこの質問の裏裏うら undersurface; reverse sideに、早く早はやく soon; without delayお前お前まえ youが殺した殺ころした killed; murderedと白状して白状はくじょうして confess; admitしまえという声声こえ voicesを聞いたのです。

私の答え答こたえ reply; responseは誰に対しても誰だれに対たいしても to whomever; to any and all同じ同おなじ the sameでした。私はただ彼の私宛宛あて addressed toで書き残した書かき残のこした left behind (in writing)手紙手紙てがみ letterを繰り返す繰くり返かえす repeatだけで、外に外ほかに other (than that); otherwise一口も一口ひとくちも (not) one word; (not) a single word附け加える附つけ加くわえる add事はしませんでした。葬式の帰りに同じ問い問とい question; inquiryを掛けて、同じ答えを得た得えた attained; securedKの友人は、懐懐ふところ pocketから一枚一枚いちまい one (counter for flat objects)の新聞を出して私に見せました見みせました showed; presented。私は歩きながら歩あるきながら while walkingその友人によって指し示された指さし示しめされた was pointed out; was indicated箇所箇所かしょ place; point; passageを読みました読よみました read。それにはKが父兄から勘当された勘当かんどうされた was disowned結果結果けっか result; consequence厭世的な厭世的えんせいてきな world-weary; misanthropic考え考かんがえ thoughts; notionsを起して起おこして bring about; lead to自殺したと書いてあるのです。私は何にもいわずに、その新聞を畳んで畳たたんで fold友人の手手て handに帰しました。友人はこの外にもKが気が狂って気きが狂くるって go mad; lose one's sanity自殺したと書いた新聞があるといって教えて教おしえて tell; informくれました。忙しい忙いそがしい busy; occupiedので、ほとんど新聞を読む暇暇ひま time; leisureがなかった私は、まるでそうした方面方面ほうめん area; sphereの知識知識ちしき knowledge; informationを欠いていました欠かいていました was lacking in; was deficient inが、腹の中では腹はらの中なかでは to oneself; inwardly始終始終しじゅう always; constantly気にかかっていた気きにかかっていた weighed on one's mind; gave cause for concernところでした。私は何よりも何なによりも more than anything宅宅うち house; homeのものの迷惑迷惑めいわく trouble; agitation; aggravationになるような記事記事きじ articleの出るのを恐れた恐おそれた fearedのです。ことに名前名前なまえ nameだけにせよお嬢さんが引合い引合ひきあい reference; mentionに出たら堪らない堪たまらない be intolerable; be unbearableと思っていた思おもっていた thought of; considered (as)のです。私はその友人に外に何とか書いたのはないかと聞きました。友人は自分の自分じぶんの one's own眼眼め eyesに着いた着ついた arrived at; reachedのは、ただその二種二種にしゅ two types; two sortsぎりだと答えました。

私私わたくし I; meが今今いま now; the presentおる家家いえ house; homeへ引っ越した引ひっ越こした moved; relocated (to)のはそれから間もなく間まもなく soon; shortlyでした。奥さん奥おくさん Okusan (wife; lady of the house - used here as form of address)もお嬢さんお嬢じょうさん daughter; young ladyも前の前まえの former; previous所所ところ place; residenceにいるのを厭がります厭いやがります be averse to; dislikeし、私もその夜夜よ evening; nightの記憶記憶きおく memoryを毎晩毎晩まいばん each night; every night繰り返す繰くり返かえす repeat; reliveのが苦痛苦痛くつう pain; hardshipだったので、相談相談そうだん discussion; consultationの上上うえ top of; basis of移る移うつる move事事こと act; actionに極めた極きめた decided (on)のです。

移って二カ月二カ月にかげつ two monthsほどしてから私は無事に無事ぶじに without incident; quietly大学大学だいがく universityを卒業しました卒業そつぎょうしました graduated (from)。卒業して半年半年はんとし half a yearも経たない経たたない not pass; not elapseうちに、私はとうとうお嬢さんと結婚しました結婚けっこんしました married。外側外側そとがわ exterior; the outsideから見れば見みれば see; view、万事万事ばんじ all thingsが予期通り予期よき通どおり as anticipated; according to planに運んだ運はこんだ proceeded; progressedのですから、目出度目出度めでたい happy; auspicious; joyousといわなければなりません。奥さんもお嬢さんもいかにも幸福幸福こうふく happiness; contentmentらしく見えました。私も幸福だったのです。けれども私の幸福には黒い黒くろい dark影影かげ shadowが随いて随ついて accompany; followいました。私はこの幸福が最後に最後さいごに finally; in the end私を悲しい悲かなしい sad; sorrowful運命運命うんめい destiny; fateに連れて行く連つれて行ゆく lead (to)導火線導火線どうかせん fuse; powder trainではなかろうかと思いました思おもいました thought; wondered。

結婚した時時とき timeお嬢さんが、――もうお嬢さんではありませんから、妻妻さい wifeといいます。――妻が、何何なに whatを思い出した思おもい出だした called to mindのか、二人で二人ふたりで (two people) togetherKの墓参り墓参はかまいり visit to a graveをしようといい出しましたいい出だしました suggested; proposed。私は意味もなく意味いみもなく without appeal to reason; reflexivelyただぎょっとしましたぎょっとしました was surprised; was caught off guard。どうしてそんな事を急に急きゅうに all of the sudden思い立った思おもい立たった thought up; got the idea to doのかと聞きました聞ききました asked。妻は二人揃って揃そろって togetherお参りをしたら、Kがさぞ喜ぶ喜よろこぶ be glad; be pleasedだろうというのです。私は何事も何事なにごとも (no)thing at all知らない知しらない not know妻の顔顔かお faceをしけじけしけじけ fixedly; intently眺めて眺ながめて gaze atいましたが、妻からなぜそんな顔をするのかと問われて問とわれて be asked; be questioned始めて始はじめて for the first time気が付きました気きが付つきました realized; became aware。

私は妻の望み通り望のぞみ通どおり as desired二人連れ立って連つれ立だって going together雑司ヶ谷雑司ヶ谷ぞうしがや Zōshigaya (place name)へ行きました。私は新しい新あたらしい newKの墓墓はか grave; gravesiteへ水水みず waterをかけて洗って洗あらって wash; cleanseやりました。妻はその前へ線香線香せんこう incenseと花花はな flowersを立てました立たてました set up; put in place。二人は頭を下げて頭あたまを下さげて bow one's head; lower one's head、合掌合掌がっしょう pressing one's hands together in prayerしました。妻は定めて定さだめて surely; certainly私といっしょになった顛末顛末てんまつ circumstances; details; accountを述べて述のべて express; mentionKに喜んでもらうつもりでしたろう。私は腹の中で腹はらの中なかで deep down; inwardly、ただ自分自分じぶん oneselfが悪かった悪わるかった to blame; at faultと繰り返すだけでした。

その時妻はKの墓を撫でて撫なでて brush gently; pass one's hand overみて立派立派りっぱ fine; splendidだと評して評ひょうして assess; comment onいました。その墓は大した大たいした great; worthy; significantものではないのですけれども、私が自分で石屋石屋いしや stone dealerへ行って行いって go (to)見立てたりした見立みたてたりした selected; picked out因縁因縁いんねん connection; originがあるので、妻はとくにそういいたかったのでしょう。私はその新しい墓と、新しい私の妻と、それから地面地面じめん earth's surface; groundの下下した below; beneathに埋められた埋うずめられた was buriedKの新しい白骨白骨はっこつ skeleton; bonesとを思い比べて思おもい比くらべて place together in one's mind、運命の冷罵冷罵れいば mockery; derisionを感ぜずには感かんぜずには without feeling; without perceivingいられなかったのです。私はそれ以後それ以後いご thereafter決して決けっして by (no) means; absolutely (not)妻といっしょにKの墓参りをしない事にしました。

五十二五十二ごじゅうに (part) 52

「私私わたくし I; meの亡友亡友ぼうゆう deceased friendに対するに対たいする with respect to; regardingこうした感じ感かんじ feelingはいつまでも続きました続つづきました continued; persisted。実は実じつは actually; in fact私も初め初はじめ the start; the beginningからそれを恐れていた恐おそれていた had fearedのです。年来年来ねんらい for some yearsの希望希望きぼう desire; wishであった結婚結婚けっこん marriageすら、不安不安ふあん anxiety; uneasinessのうちに式式しき ceremonyを挙げた挙あげた conducted; held (a ceremony)といえばいえない事事こと case; circumstanceもないでしょう。しかし自分自分じぶん oneselfで自分の先先さき future; days to comeが見えない見みえない cannot be seen人間人間にんげん human beingの事ですから、ことによるとあるいはこれが私の心持心持こころもち feeling; mood; dispositionを一転して一転いってんして turn around; redirect新しい新あたらしい new; fresh生涯生涯しょうがい lifetime; course of one's lifeに入る入はいる enter (into)端緒端緒いとくち start; beginningになるかも知れないかも知しれない it might be that ...とも思った思おもった thought; reasonedのです。ところがいよいよ夫夫おっと husbandとして朝夕朝夕あさゆう morning and evening; from morning to night妻妻さい wifeと顔を合せて顔かおを合あわせて meet; see; come face to face withみると、私の果敢ない果敢はかない fleeting; ephemeral希望希望きぼう hope; aspirationは手厳しい手厳てきびしい severe; harsh現実現実げんじつ reality; actualityのために脆くも脆もろくも without resistance; easily破壊されて破壊はかいされて be laid to waste; be ruinedしまいました。私は妻と顔を合せているうちに、卒然卒然そつぜん suddenly; without warningKに脅かされる脅おびやかされる be threatened; be startled; be unsettledのです。つまり妻が中間中間ちゅうかん middle; midwayに立って立たって stand、Kと私をどこまでも結び付けて結むすび付つけて tie together; bind離さない離はなさない not let go; not releaseようにするのです。妻のどこにも不足不足ふそく shortfall; deficiencyを感じない私は、ただこの一点一点いってん one point; single facetにおいて彼女彼女かのじょ she; herを遠ざけたがりました遠とおざけたがりました wished to distance oneself from; wanted to push away。すると女女おんな woman; femaleの胸胸むね breast; bosomにはすぐそれが映ります映うつります be reflected; be mirrored; be projected。映るけれども、理由理由りゆう reasonは解らない解わからない not understand; not knowのです。私は時々時々ときどき sometimes; at times妻からなぜそんなに考えて考かんがえて think; consider; reasonいるのだとか、何か何なにか something気に入らない気きに入いらない offputting; displeasing事があるのだろうとかいう詰問詰問きつもん pointed questioning; interrogationを受けました受うけました received; was the recipient of。笑って笑わらって smile; laugh済ませる済すませる finish; bring to an end時時とき timesはそれで差支えない差支さしつかえない is fine; is okayのですが、時によると、妻の癇癇かん temper; irritationも高じて来ます高こうじて来きます come to a head; reach its peak。しまいには「あなたは私を嫌って嫌きらって hate; dislikeいらっしゃるんでしょう」とか、「何でも私に隠して隠かくして hide; concealいらっしゃる事があるに違いないに違ちがいない no doubt ...; I'm sure ...」とかいう怨言怨言えんげん protest; grievance; reproachも聞かなくてはなりません聞きかなくてはなりません had to listen to; was forced to hear。私はそのたびに苦しみました苦くるしみました suffered。

私は一層一層いっそ all the more (usually 一層いっそう)思い切って思おもい切きって resolutely; boldly、ありのままありのまま the truth; the facts as they standを妻に打ち明けよう打うち明あけよう divulge; reveal; confideとした事が何度も何度なんども any number of times; numerous occasionsあります。しかしいざという間際間際まぎわ verge of; moment of; point ofになると自分以外以外いがい apart from; outside ofのある力力ちから power; forceが不意に不意ふいに suddenly; abruptly来て来きて come; arrive私を抑え付ける抑おさえ付つける suppress; hold down; hold backのです。私を理解して理解りかいして understand; knowくれるあなたの事だから、説明する説明せつめいする explain必要必要ひつよう necessity; needもあるまいと思いますが、話す話はなす tell; relateべき筋筋すじ logic; storylineだから話しておきます。その時分時分じぶん time; periodの私は妻に対して己れ己おのれ oneselfを飾る飾かざる decorate; adorn; embellish気気き intention; inclinationはまるでなかったのです。もし私が亡友に対すると同じような同おなじような the same manner of善良な善良ぜんりょうな good; virtuous; dutiful心心こころ heart; soulで、妻の前前まえ front ofに懺悔懺悔ざんげ repentance; confession; penitenceの言葉言葉ことば wordsを並べたなら並ならべたなら set out; enumerate、妻は嬉し涙嬉うれし涙なみだ tears of joyをこぼしても私の罪罪つみ sins; indiscretionsを許して許ゆるして forgive; pardon; tolerateくれたに違いないのです。それをあえてしない私に利害利害りがい advantages and disadvantages; interestの打算打算ださん calculationがあるはずはありません。私はただ妻の記憶記憶きおく memory; remembranceに暗黒な暗黒あんこくな dark一点を印する印いんする stamp; impress; leave (a mark)に忍びなかった忍しのびなかった couldn't bearから打ち明けなかったのです。純白な純白じゅんぱくな pure whiteものに一雫一雫ひとしずく one drop; a single dropの印気印気インキ inkでも容赦なく容赦ようしゃなく ruthlessly; mercilessly振り掛ける振ふり掛かける sprinkle overのは、私にとって大変な大変たいへんな terrible; tremendous苦痛苦痛くつう pain; bitterness; distressだったのだと解釈して解釈かいしゃくして understand; interpret (as)下さい下ください please ...。

一年一年いちねん one year経って経たって pass; elapseもKを忘れる忘わすれる forget; put out of one's mind事のできなかった事ことのできなかった was unable to ...私私わたくし I; meの心心こころ heart; mind; soulは常に常つねに always; at all times; constantly不安不安ふあん uneasy; on edgeでした。私はこの不安を駆逐する駆逐くちくする drive away; expel; banishために書物書物しょもつ books; writingsに溺れよう溺おぼれよう drown; indulge; immerse (in)と力めました力つとめました strove; endeavored。私は猛烈な猛烈もうれつな intense; passionate勢勢いきおい force; vigor; spiritをもって勉強し始めた勉強べんきょうし始はじめた engaged in studyのです。そうしてその結果結果けっか results; outcome; fruitsを世の中世よの中なか society; the worldに公にする公おおやけにする make public; publish; present日日ひ dayの来る来くる come; arriveのを待ちました待まちました waited for; awaited。けれども無理に無理むりに forcibly; under compulsion; contrary to one's nature目的目的もくてき objective; aimを拵えて拵こしらえて manufacture; concoct、無理にその目的の達せられる達たっせられる be realized; be reached日を待つのは嘘嘘うそ lie; charade; façadeですから不愉快不愉快ふゆかい unsatisfying; unfulfillingです。私はどうしても書物のなかに心を埋めて埋うずめて buryいられなくなりました。私はまた腕組みをして腕組うでぐみをして (sit with) folded arms世の中を眺めだした眺ながめだした started watching; began to regardのです。

妻妻さい (my) wifeはそれを今日今日こんにち today; this day; for nowに困らない困こまらない have no worriesから心に弛み弛たるみ slack; looseness; easeが出る出でる come out; appearのだと観察して観察かんさつして view; regard (as)いたようでした。妻の家家いえ house; householdにも親子親子おやこ parent and child二人二人ふたり two (people)ぐらいは坐っていて坐すわっていて stay set in place; keep on as one isどうかこうか暮して行ける暮くらして行いける can live; are able to get by; can manage財産財産ざいさん assets; wealth; meansがある上に上うえに on top of; in addition to、私も職業職業しょくぎょう occupation; livelihoodを求めないで求もとめないで without seeking; without pursuing差支え差支さしつかえ hindrance; impedimentのない境遇境遇きょうぐう circumstancesにいたのですから、そう思われる思おもわれる be thought of as; seemのももっとももっとも reasonable; naturalです。私も幾分か幾分いくぶんか somewhat; to some extentスポイルされたスポイルされた was spoiled; had grown complacent; had indulged oneself気味気味きみ tendency; propensityがありましょう。しかし私の動かなくなった動うごかなくなった stopped moving; grew inactive原因原因げんいん cause; source; rootの主な主おもな chief; main; principalものは、全く全まったく utterly; entirelyそこにはなかったのです。叔父叔父おじ uncleに欺かれた欺あざむかれた was deceived当時当時とうじ at that time; in those daysの私は、他他ひと (other) peopleの頼みにならない頼たのみにならない can't be depended on事をつくづくとつくづくと deeply; intently感じた感かんじた feltには相違ありませんには相違そういありません there's no doubt that ...が、他を悪く悪わるく evil; sinful; flawed取る取とる take (as)だけあってだけあって being the case that ...、自分自分じぶん oneselfはまだ確かな確たしかな trustworthy; reliable気気き feelingがしていました。世間世間せけん society; the worldはどうあろうともこの己己おれ I; meは立派な立派りっぱな splendid; fine; upstanding人間人間にんげん human being; personだという信念信念しんねん belief; faith; convictionがどこかにあったのです。それがKのために美事に美事みごとに utterly; completely破壊されてしまって破壊はかいされてしまって was destroyed; was wiped away、自分もあの叔父と同じ同おなじ the same人間だと意識した意識いしきした became aware; realized時時とき time; moment、私は急に急きゅうに suddenlyふらふらしましたふらふらしました staggered; reeled。他に愛想を尽かした愛想あいそを尽つかした grew disenchanted with; lost faith in私は、自分にも愛想を尽かして動けなくなったのです。

五十三五十三ごじゅうさん (part) 53

「書物書物しょもつ booksの中中なか within; amongに自分自分じぶん oneselfを生埋めにする生埋いきうめにする bury alive事のできなかった事ことのできなかった was unable to私私わたくし I; meは、酒酒さけ saké; alcohol; drinkに魂魂たましい soul; spiritを浸して浸ひたして steep; immerse、己れ己おのれ oneselfを忘れよう忘わすれよう forgetと試みた試こころみた tried; attempted時期時期じき period; phaseもあります。私は酒が好き好すき to one's likingだとはいいません。けれども飲めば飲める飲のめば飲のめる can drink (if one wishes to)質質たち nature; temperamentでしたから、ただ量量りょう volume; quantityを頼みに頼たのみに relying on心心こころ heart; soulを盛り潰そう盛もり潰つぶそう drink into submissionと力めた力つとめた endeavored; workedのです。この浅薄な浅薄せんぱくな shallow; superficial方便方便ほうべん expedient; meansはしばらくするうちに私をなお厭世的厭世的えんせいてき world-weary; misanthropicにしました。私は爛酔爛酔らんすい dead drunkenness (usually 乱酔らんすい)の真最中真最中まっさいちゅう midst; height ofにふと自分の位置位置いち situationに気が付く気きが付つく notice; realize; become awareのです。自分はわざとこんな真似真似まね behavior; conductして己れを偽って偽いつわって delude; deceiveいる愚物愚物ぐぶつ fool; idiot; assだという事に気が付くのです。すると身振い身振みぶるい tremble; shudderと共にと共ともに together with眼眼め eyesも心も醒めて醒さめて wake; come to one's sensesしまいます。時には時ときには at times; sometimesいくら飲んでもこうした仮装仮装かそう masquerade; charade; deception状態状態じょうたい condition; stateにさえ入り込めないで入はいり込こめないで unable to enter into; unable to engage inむやみに沈んで行く沈しずんで行ゆく sink down; feel low; become depressed場合場合ばあい case; instanceも出て来ます出でて来きます arise; occur。その上その上うえ on top of that; furthermore技巧技巧ぎこう technique; finesseで愉快愉快ゆかい pleasure; delight; cheerを買った買かった bought; purchased後後あと afterには、きっと沈鬱な沈鬱ちんうつな melancholic; gloomy反動反動はんどう reaction; repercussion; backlashがあるのです。私は自分の最も最もっとも most of all愛して愛あいして love; cherishいる妻妻さい wifeとその母親母親ははおや motherに、いつでもそこを見せなければならなかった見みせなければならなかった had to show; couldn't help but let seeのです。しかも彼ら彼かれら they; themは彼らに自然な自然しぜんな natural立場立場たちば standpoint; positionから私を解釈して解釈かいしゃくして explain; interpret; understand掛ります掛かかります deal with; handle。

妻の母母はは motherは時々時々ときどき sometimes; at times気拙い気拙きまずい unpleasant; displeased事を妻にいうようでした。それを妻は私に隠して隠かくして conceal; hideいました。しかし自分は自分で、単独に単独たんどくに independently; separately私を責めなければ気が済まなかった責せめなければ気が済まなかった couldn't refrain from reproachingらしいのです。責めるといっても、決して決けっして by (no) means強い強つよい strong; harsh言葉言葉ことば wordsではありません。妻から何か何なにか somethingいわれたために、私が激した激げきした became agitated; got worked up例例ためし case; instance; exampleはほとんどなかったくらいですから。妻はたびたびどこが気に入らない気きに入いらない not to one's likingのか遠慮なく遠慮えんりょなく without reservation; frankly; honestlyいってくれと頼みました頼たのみました asked; entreated。それから私の未来未来みらい futureのために酒を止めろ止やめろ stop; quitと忠告しました忠告ちゅうこくしました cautioned; advised。ある時は泣いて泣ないて cry; weep; sob「あなたはこの頃この頃ごろ these days; lately; recently人間人間にんげん person; (personal) characterが違った違ちがった altered; changed」といいました。それだけならまだいいのですけれども、「Kさんが生きて生いきて be alive; liveいたら、あなたもそんなにはならなかったでしょう」というのです。私はそうかも知れないそうかも知しれない that may be the case; maybe soと答えた答こたえた answered; replied事がありましたが、私の答えた意味意味いみ meaningと、妻の了解した了解りょうかいした understood意味とは全く全まったく completely; entirely違っていたのですから、私は心のうちで悲しかった悲かなしかった felt sadness; was filled with sorrowのです。それでも私は妻に何事も何事なにごとも (nothing) whatsoever説明する説明せつめいする explain気気き inclinationにはなれませんでした。

私私わたくし I; meは時々時々ときどき sometimes; on occasion妻妻さい (my) wifeに詫まりました詫あやまりました apologized。それは多く多おおく in large quantity; abundantly酒酒さけ sakéに酔って酔よって get drunk; become intoxicated; become inebriated遅く遅おそく late帰った帰かえった returned home翌日翌日あくるひ next day; following dayの朝朝あさ morningでした。妻は笑いました笑わらいました smiled; laughed。あるいは黙っていました黙だまっていました remained silent。たまにぽろぽろと涙涙なみだ tearsを落す落おとす let fall; shed事事こと case; instanceもありました。私はどっちにしても自分自分じぶん oneselfが不愉快不愉快ふゆかい unsatisfied; unfulfilledで堪らなかった堪たまらなかった was unbearable; was intolerableのです。だから私の妻に詫まるのは、自分に詫まるのとつまり同じ同おなじ the same事になるのです。私はしまいに酒を止めました止やめました quit; stopped; ceased。妻の忠告忠告ちゅうこく caution; adviceで止めたというより、自分で厭厭いや disagreeable; unpleasantになったから止めたといった方方ほう alternative (of two choices)が適当適当てきとう proper; appropriateでしょう。

酒は止めたけれども、何も何なにも (no)thingする気気き inclinationにはなりません。仕方がない仕方しかたがない have no other recourseから書物書物しょもつ booksを読みます読よみます read; peruse。しかし読めば読んだなりで、打ち遣って置きます打うち遣やって置おきます lay aside; abandon without care。私は妻から何のために何なんのために for what purpose; to what end勉強する勉強べんきょうする studyのかという質問質問しつもん questionをたびたび受けました受うけました received。私はただ苦笑して苦笑くしょうして smile wryly; produce a strained laughいました。しかし腹の底では腹はらの底そこでは deep down; inwardly、世の中世よの中なか the world; societyで自分が最も最もっとも most信愛して信愛しんあいして love and trustいるたった一人一人ひとり one (person)の人間人間にんげん human being; personすら、自分を理解していない理解りかいしていない not understandのかと思う思おもう think; reflect onと、悲しかった悲かなしかった was sad; was sorrowfulのです。理解させる手段手段しゅだん means; measureがあるのに、理解させる勇気勇気ゆうき courage; nerveが出せない出だせない can't bring forth; can't produceのだと思うとますます悲しかったのです。私は寂寞寂寞せきばく lonely; desolateでした。どこからも切り離されて切きり離はなされて cut loose; separated; detached世の中にたった一人住んで住すんで live; dwell; abideいるような気のした事もよくありました。

同時に同時どうじに at the same time私はKの死因死因しいん cause of one's deathを繰り返し繰り返し繰くり返かえし繰くり返かえし again and again; over and over考えた考かんがえた considered; thought aboutのです。その当座その当座とうざ for a timeは頭頭あたま head; mindがただ恋恋こい (romantic) loveの一字一字いちじ single wordで支配されていた支配しはいされていた was dominated (by); was consumed (with)せいでもありましょうが、私の観察観察かんさつ observationはむしろ簡単簡単かんたん simpleでしかも直線的直線的ちょくせんてき straightforwardでした。Kは正しく正まさしく surely; without a doubt失恋失恋しつれん disappointment in love; a broken heartのために死んだ死しんだ diedものとすぐ極めて極きめて decide; concludeしまったのです。しかし段々段々だんだん gradually; little by little落ち付いた落おち付ついた calmed down; composed気分気分きぶん feeling; moodで、同じ現象現象げんしょう happening; course of eventsに向って向むかって turn toward; look toみると、そう容易く容易たやすく easilyは解決解決かいけつ settlement; resolutionが着かない着つかない not be arrived at; not be reachedように思われて来ました思おもわれて来きました started to seem。現実現実げんじつ reality; actualityと理想理想りそう idealの衝突衝突しょうとつ clash; conflict、――それでもまだ不充分不充分ふじゅうぶん insufficient; inadequate; lackingでした。私はしまいにKが私のようにたった一人で淋しくって淋さむしくって lonesome; solitary (usually 淋さびしくって)仕方がなくなった結果結果けっか result; consequence、急に急きゅうに abruptly; swiftly所決した所決しょけつした decided; made up one's mind (usually 処決しょけつした)のではなかろうかと疑い出しました疑うたがい出だしました began to suspect。そうしてまた慄とした慄ぞっとした shuddered (with horror)のです。私もKの歩いた歩あるいた walked; covered; traversed路路みち path; wayを、Kと同じように辿って辿たどって follow; pursueいるのだという予覚予覚よかく foreboding; premonitionが、折々折々おりおり from time to time; at times風風かぜ breeze; draftのように私の胸胸むね breast; bosomを横過り始めた横過よこぎり始はじめた began to pass across; began to frequentからです。

五十四五十四ごじゅうし (part) 54

「その内その内うち by and by; after some time妻妻さい (my) wifeの母母はは motherが病気になりました病気びょうきになりました fell ill。医者医者いしゃ doctorに見せる見みせる show; present; have look atと到底到底とうてい absolutely癒らない癒なおらない won't recover; cannot be savedという診断診断しんだん diagnosisでした。私私わたくし I; meは力力ちから strength; abilityの及ぶ及およぶ reach; extendかぎり懇切に懇切こんせつに kindly; obligingly看護看護かんご nursing; caregivingをしてやりました。これは病人病人びょうにん sick person; patient; invalid自身自身じしん herselfのためでもありますし、また愛する愛あいする love; cherish妻のためでもありましたが、もっと大きなもっと大おおきな larger; greater意味意味いみ meaning; significanceからいうと、ついに人間人間にんげん humankind; humanityのためでした。私はそれまでにも何か何なにか somethingしたくって堪らなかったしたくって堪たまらなかった had longed to doのだけれども、何もする事ができない事ことができない unable to ...のでやむをえず懐手をして懐手ふところでをして (stand idle) with hands in pocketsいたに違いありませんに違ちがいありません there's no doubt that ...。世間世間せけん society; the worldと切り離された切きり離はなされた was cut off; was separated (from)私が、始めて始はじめて for the first time自分自分じぶん oneself; one's ownから手を出して手てを出だして reach out one's hand; take the initiative、幾分でも幾分いくぶんでも even a little; to some small extent善い善いい good; right; virtuous事をしたという自覚自覚じかく self-awarenessを得た得えた gainedのはこの時時とき time occasionでした。私は罪滅し罪滅つみほろぼし atonement; expiationとでも名づけなければならない名なづけなければならない have to call; have to describe as、一種の一種いっしゅの a certain kind of気分気分きぶん feeling; moodに支配されていた支配しはいされていた was taken over (by); was consumed (with)のです。

母は死にました死しにました died; passed away。私と妻はたった二人ぎり二人ふたりぎり two (people) aloneになりました。妻は私に向って向むかって turn toward、これから世の中世よの中なか society; the worldで頼りにする頼たよりにする rely on; depend onものは一人一人ひとり one (person)しかなくなったといいました。自分自身自分じぶん自身じしん one's own selfさえ頼りにする事のできない私は、妻の顔顔かお faceを見て思わず思おもわず reflexively; in spite of oneself涙ぐみました涙なみだぐみました was moved to tears。そうして妻を不幸な不幸ふこうな unfortunate女女おんな womanだと思いました。また不幸な女だと口へ出して口くちへ出だして voice; say out loudもいいました。妻はなぜだと聞きます聞ききます ask。妻には私の意味が解らない解わからない not be understood; not come through; not registerのです。私もそれを説明して説明せつめいして explainやる事ができないのです。妻は泣きました泣なきました cried; wept。私が不断から不断ふだんから usually; ordinarily; alwaysひねくれたひねくれた distorted; crooked; twisted考え考かんがえ thinking; ideas; notionsで彼女彼女かのじょ she; herを観察して観察かんさつして view; observeいるために、そんな事もいうようになるのだと恨みました恨うらみました reproached。

母の亡くなった亡なくなった died; passed away後後あと after、私はできるだけ妻を親切に親切しんせつに thoughtfully; with kindness取り扱って取とり扱あつかって treatやりました。ただ、当人当人とうにん the person in questionを愛して愛あいして love; cherishいたからばかりではありません。私の親切には箇人箇人こじん individual (usually 個人こじん)を離れて離はなれて separate; apart (from)もっと広い広ひろい broad; expansive背景背景はいけい background; contextがあったようです。ちょうど妻の母の看護をしたと同じ同おなじ the same意味で、私の心心こころ heart; mind; soulは動いた動うごいた moved; actedらしいのです。妻は満足満足まんぞく satisfied; contentらしく見えました。けれどもその満足のうちには、私を理解し得ない理解りかいし得えない can't understand; struggle to graspために起る起おこる arise; come aboutぼんやりした稀薄な稀薄きはくな thin; sparse点点てん speck; fleck; blemishがどこかに含まれて含ふくまれて be includedいるようでした。しかし妻が私を理解し得たにしたところで、この物足りなさ物足ものたりなさ inadequacy; insufficiencyは増す増ます increase; growとも減る減へる decrease; shrink気遣い気遣きづかい fear; concernはなかったのです。女には大きな人道人道じんどう humanityの立場立場たちば standpoint; positionから来る来くる come; arrive; emanate愛情愛情あいじょう love; affectionよりも、多少多少たしょう a little; somewhat義理義理ぎり courtesy; obligationをはずれても自分だけに集注される集注しゅうちゅうされる have directed (to)親切を嬉しがる嬉うれしがる enjoy; be pleased by性質性質せいしつ nature; dispositionが、男男おとこ menよりも強い強つよい strong; potent; dominantように思われますから。

妻妻さい (my) wifeはある時時とき time; occasion、男男おとこ manの心心こころ heart; soulと女女おんな womanの心とはどうしてもぴたりとぴたりと tightly; closely; exactingly一つ一ひとつ one (thing)になれないものだろうかといいました。私私わたくし I; meはただ若い若わかい young時ならなれるだろうと曖昧な曖昧あいまいな vague; evasive返事返事へんじ answer; responseをしておきました。妻は自分の自分じぶんの one's own過去過去かこ past; former daysを振り返って振ふり返かえって think back on眺めて眺ながめて look at; viewいるようでしたが、やがて微かな微かすかな faint; indistinct溜息溜息ためいき sighを洩らしました洩もらしました let leak; let go; released。

私の胸胸むね breast; bosomにはその時分時分じぶん time; periodから時々時々ときどき sometimes; from time to time恐ろしい恐おそろしい terrible; dreadful; frightening影影かげ shadow; shape; figureが閃きました閃ひらめきました flashed; flickered。初め初はじめ at firstはそれが偶然偶然ぐうぜん unexpectedly外外そと outsideから襲って来る襲おそって来くる assail; assaultのです。私は驚きました驚おどろきました was surprised; was caught off guard。私はぞっとしましたぞっとしました shuddered (with horror)。しかししばらくしている中にしばらくしている中うちに after a while; after some time、私の心がその物凄い物凄ものすごい terrible; frightful閃きに応ずる応おうずる meet; respond to; acceptようになりました。しまいには外から来ない来こない not come; not arriveでも、自分の胸の底底そこ bottom; depthsに生れた生うまれた was born時から潜んで潜ひそんで lie dormant; lurkいるもののごとくに思われ出して来た思おもわれ出だして来きた began to seem (as though)のです。私はそうした心持心持こころもち feelingになるたびに、自分の頭頭あたま head; mindがどうかしたのではなかろうかと疑って疑うたぐって suspect; questionみました。けれども私は医者にも医者いしゃにも by a doctor誰にも誰だれにも by anyone診て診みて look at; examine; checkもらう気気き inclination; intentionにはなりませんでした。

私はただ人間人間にんげん human beings; menの罪罪つみ sins; flawsというものを深く深ふかく deeply; profoundly感じた感かんじた felt; sensedのです。その感じが私をKの墓墓はか grave; gravesiteへ毎月毎月まいげつ every month; each month行かせます行ゆかせます cause to go; send (to)。その感じが私に妻の母母はは motherの看護看護かんご nursing; caregivingをさせます。そうしてその感じが妻に優しくしてやれ優やさしくしてやれ treat kindlyと私に命じます命めいじます order; command。私はその感じのために、知らない知しらない unknown; unacquainted路傍路傍ろぼう roadside; waysideの人人ひと personから鞭うたれたい鞭むちうたれたい wish to be scourgedとまで思った思おもった thought; considered事事こと case; instanceもあります、こうした階段階段かいだん stairs; stepsを段々段々だんだん gradually; bit by bit経過して行く経過けいかして行ゆく progress throughうちに、人に鞭うたれるよりも、自分で自分を鞭うつべきだという気になります。自分で自分を鞭うつよりも、自分で自分を殺す殺ころす kill; do away with; dispense withべきだという考え考かんがえ idea; notionが起ります起おこります arise; come about; occur。私は仕方がない仕方しかたがない have no other recourseから、死んだ死しんだ died気で生きて行こう生いきて行ゆこう continue living; carry onと決心しました決心けっしんしました decided; resolved。

私がそう決心してから今日今日こんにち this dayまで何年何年なんねん how many yearsになるでしょう。私と妻とは元の通り元もとの通とおり as before; as always仲好く仲好なかよく in harmony; free from strife暮して来ました暮くらして来きました lived; got along。私と妻とは決して決けっして by (no) means不幸不幸ふこう unhappy; discontentではありません、幸福幸福こうふく happy; contentでした。しかし私のもっている一点一点いってん one point; single facet、私に取ってに取とって to ...; for ...は容易ならん容易よういならん not easily dealt with; not easily resolvedこの一点が、妻には常に常つねに always; constantly暗黒暗黒あんこく darkness; blacknessに見えた見みえた appeared; was seen (as)らしいのです。それを思うと、私は妻に対して非常に非常ひじょうに extremely; exceedingly気の毒な気きの毒どくな pitiable; unfortunate気がします。

五十五五十五ごじゅうご (part) 55

「死んだ死しんだ diedつもりで生きて行こう生いきて行ゆこう continue living; carry onと決心した決心けっしんした decided; resolved (to do)私私わたくし I; meの心心こころ heart; soulは、時々時々ときどき at times; on occasion外界外界がいかい outside worldの刺戟刺戟しげき stimulus; impetusで躍り上がりました躍おどり上あがりました sprang up; jumped to life。しかし私がどの方面方面ほうめん direction; sphere; quarterかへ切って切きって cut through; make a break出よう出でよう set outと思い立つ思おもい立たつ think to doや否やや否いなや as soon as ...、恐ろしい恐おそろしい terrible; dreadful; frightening力力ちから power; forceがどこからか出て来て出でて来きて emerge; appear、私の心をぐいと握り締めて握にぎり締しめて grasp tightly; seize少しも少すこしも (not) in the least動けない動うごけない cannot moveようにするのです。そうしてその力が私にお前お前まえ youは何何なに something; anythingをする資格資格しかく qualification; capacity; rightもない男男おとこ manだと抑え付ける抑おさえ付つける hold down; suppressようにいって聞かせます聞きかせます tell; inform。すると私はその一言一言いちげん few wordsで直直すぐ immediately; at onceぐたりとぐたりと exhausted; limp; powerless萎れて萎しおれて wither; wilt; fadeしまいます。しばらくしてまた立ち上がろう立たち上あがろう rise upとすると、また締め付けられます。私は歯歯は teethを食いしばって食くいしばって grit; clench (one's teeth)、何で何なんで why; by what right他他ひと a personの邪魔邪魔じゃま obstacle; hindranceをするのかと怒鳴り付けます怒鳴どなり付つけます yell; cry out (in anger)。不可思議な不可思議ふかしぎな curious; inexplicable力は冷やかな冷ひややかな chilling声声こえ voiceで笑います笑わらいます laugh。自分自分じぶん oneselfでよく知っている知しっている know; be awareくせにといいます。私はまたぐたりとなります。

波瀾波瀾はらん ups and downs; vicissitudesも曲折曲折きょくせつ twists and turns; complicationsもない単調な単調たんちょうな monotonous; plain; dull生活生活せいかつ lifeを続けて来た続つづけて来きた continued on in; persisted with私の内面内面ないめん inside; interiorには、常に常つねに always; constantlyこうした苦しい苦くるしい difficult; agonizing戦争戦争せんそう war; struggleがあったものと思って下さい下ください please ...。妻妻さい (my) wifeが見て見みて look at; observe歯痒がる歯痒はがゆがる become irritated; be chagrined前前まえ before; priorに、私自身自身じしん oneselfが何層倍何層倍なんぞうばい many times over歯痒い思いを重ねて来た重かさねて来きた piled up; accumulatedか知れないくらいです。私がこの牢屋牢屋ろうや prison; jailの中中うち inside; withinに凝として凝じっとして lie still; remain motionlessいる事事こと act; actionがどうしてもできなくなった時時とき time; occasion、またその牢屋をどうしても突き破る突つき破やぶる break through事ができなくなった時、必竟必竟ひっきょう in the end; in the final analysis私にとって一番一番いちばん most楽な楽らくな comfortable; easy努力努力どりょく effort; exertionで遂行できる遂行すいこうできる can perform; can carry outものは自殺自殺じさつ suicideより外により外ほかに apart from; other thanないと私は感ずる感かんずる feel; senseようになったのです。あなたはなぜといって眼を睜る眼めを睜みはる be taken aback; be shockedかも知れませんが、いつも私の心を握り締めに来る来くる come; arriveその不可思議な恐ろしい力は、私の活動活動かつどう action; initiativeをあらゆる方面で食い留めながら食くい留とめながら check; hold back、死死し deathの道道みち way; pathだけを自由自由じゆう free; clearに私のために開けて開あけて openおくのです。動かずにいればともかくも、少しでも動く以上以上いじょう given that ...は、その道を歩いて歩あるいて walk; tread進まなければ進すすまなければ (if one) doesn't advance; doesn't progress私には進みようがなくなったのです。

私私わたくし I; meは今日今日こんにち today; this dayに至る至いたる reach; arrive atまですでに二、三度二に、三度さんど two or three times; several times運命運命うんめい destiny; fateの導いて行く導みちびいて行ゆく guide on; lead to最も最もっとも most楽な楽らくな comfortable; easy方向方向ほうこう direction; bearing; wayへ進もう進すすもう move forward; advance; progressとした事事こと case; instanceがあります。しかし私はいつでも妻妻さい wifeに心心こころ heart; soulを惹かされました惹ひかされました be drawn; be moved; be touched (by)。そうしてその妻をいっしょに連れて行く連つれて行ゆく take with勇気勇気ゆうき courage; temerity; nerveは無論無論むろん of courseないのです。妻にすべてを打ち明ける打うち明あける divulge; reveal事のできないくらいな私ですから、自分の自分じぶんの one's own運命の犠牲犠牲ぎせい victim (of)として、妻の天寿天寿てんじゅ natural span of one's lifeを奪う奪うばう take away; stealなどという手荒な手荒てあらな violent; rough所作所作しょさ action; behaviorは、考えて考かんがえて consider; think aboutさえ恐ろしかった恐おそろしかった was frightening; was appallingのです。私に私の宿命宿命しゅくめい fate; lot in lifeがある通り通とおり just as ...、妻には妻の廻り合せ廻まわり合あわせ turn of Fortune's wheel; fate; chances (in life)があります、二人二人ふたり two (people)を一束一束ひとたば one bundleにして火火ひ fireに燻べる燻くべる feed; fuel; stoke (a fire)のは、無理無理むり unnatural; unreasonableという点点てん standpoint; vantage pointから見て見みて look at; view; observeも、痛ましい痛いたましい pitiful; tragic極端極端きょくたん extremityとしか私には思えませんでした思おもえませんでした couldn't think (but that)。

同時に同時どうじに at the same time私だけがいなくなった後後あと afterの妻を想像して想像そうぞうして imagine; envisionみるといかにも不憫不憫ふびん wretched; pitiableでした。母母はは motherの死んだ死しんだ died; passed away時時とき time; occasion、これから世の中世よの中なか society; the worldで頼りにする頼たよりにする rely on; depend onものは私より外により外ほかに apart from; other thanなくなったといった彼女彼女かのじょ she; herの述懐述懐じゅっかい recollectionを、私は腸腸はらわた guts; visceraに沁み込む沁しみ込こむ permeate; penetrateように記憶させられていた記憶きおくさせられていた had impressed on one's memoryのです。私はいつも躊躇しました躊躇ちゅうちょしました hesitated; wavered。妻の顔顔かお faceを見て、止して止よして stop; cease; desistよかったと思う事もありました。そうしてまた凝と凝じっと motionless; still; restrained竦んで竦すくんで be paralyzed; freezeしまいます。そうして妻から時々時々ときどき sometimes; at times物足りなそうな物足ものたりなそうな (seeming to) view as inadequate; find deficient眼眼め eyesで眺められる眺ながめられる be seen; be viewedのです。

記憶して下さい下ください please ...。私はこんな風風ふう way; mannerにして生きて来た生いきて来きた lived (up to now)のです。始めて始はじめて for the first timeあなたに鎌倉鎌倉かまくら Kamakura (place name)で会った会あった met; encountered時も、あなたといっしょに郊外郊外こうがい environs; outskirts (of a town)を散歩した散歩さんぽした walked; strolled; wandered時も、私の気分気分きぶん feeling; sentiment; frame of mindに大した大たいした significant; noteworthy変り変かわり change; differenceはなかったのです。私の後ろ後うしろ back; behindにはいつでも黒い黒くろい dark影影かげ shadow; shape; figureが括ッ付いて括くッ付ついて adhere to; stay close toいました。私は妻のために、命命いのち lifetime; lifespanを引きずって引ひきずって prolong; drag out世の中を歩いて歩あるいて walk; tread; traverseいたようなものです。あなたが卒業して卒業そつぎょうして graduate国国くに country; one's native placeへ帰る帰かえる return (to)時も同じ同おなじ the same事でした。九月九月くがつ Septemberになったらまたあなたに会おうと約束した約束やくそくした promised; agreed私は、嘘嘘うそ lie; falsehood; untruthを吐いた吐ついた expressed; toldのではありません。全く全まったく utterly; completely会う気気き intentionでいたのです。秋秋あき fall; autumnが去って去さって go by; pass、冬冬ふゆ winterが来て、その冬が尽きて尽つきて run its course; come to an endも、きっと会うつもりでいたのです。

すると夏夏なつ summerの暑い暑あつい hot (weather)盛り盛さかり height of; peak ofに明治天皇明治めいじ天皇てんのう Meiji Emperorが崩御崩御ほうぎょ death; passing (of an emperor)になりました。その時私は明治の精神精神せいしん spirit; essenceが天皇に始まって天皇に終った終おわった finished; endedような気がしました。最も強く強つよく strongly; intensely明治の影響影響えいきょう influence; impactを受けた受うけた received私どもが、その後に生き残って生いき残のこって survive; be left behindいるのは必竟必竟ひっきょう in the end; in the final analysis時勢遅れ時勢じせい遅おくれ behind the times; obsoleteだという感じ感かんじ feeling; senseが烈しく烈はげしく furiously; fervently私の胸胸むね breast; bosomを打ちました打うちました beat at; pounded on。私は明白さまに明白あからさまに candidly; openly妻にそういいました。妻は笑って笑わらって laugh; grin; smile取り合いませんでした取とり合あいませんでした gave no mind toが、何何なに what; whateverを思ったものか、突然突然とつぜん suddenly; abruptly私に、では殉死殉死じゅんし following one's lord into deathでもしたらよかろうと調戯いました調戯からかいました teased。

五十六五十六ごじゅうろく (part) 56

「私私わたくし I; meは殉死殉死じゅんし following one's lord into deathという言葉言葉ことば wordをほとんど忘れて忘わすれて forgetいました。平生平生へいぜい usually; ordinarily使う使つかう use; apply必要必要ひつよう necessity; needのない字字じ (combination of) charactersだから、記憶記憶きおく memoriesの底底そこ bottom; depthsに沈んだ沈しずんだ sunken; submergedまま、腐れかけていた腐くされかけていた half decayed; partially rotted; corroding awayものと見えます見みえます appear (as)。妻妻さい (my) wifeの笑談笑談じょうだん joke; jest (= 冗談じょうだん)を聞いて聞きいて hear始めて始はじめて for the first time; initiallyそれを思い出した思おもい出だした remembered; recalled時時とき time; moment、私は妻に向って向むかって turn towardもし自分自分じぶん oneselfが殉死するならば、明治明治めいじ Meiji (era)の精神精神せいしん spirit; essenceに殉死するつもりだと答えました答こたえました answered; replied。私の答えも無論無論むろん of course笑談に過ぎなかったに過すぎなかった was nothing more thanのですが、私はその時何だか何なんだか somehow古い古ふるい old; antiquated不要な不要ふような unneeded; in disuse言葉に新しい新あたらしい new; fresh意義意義いぎ meaning; significanceを盛り得た盛もり得えた received in abundance; gained in good measureような心持心持こころもち feelingがしたのです。

それから約約やく roughly; about一カ月一カ月いっかげつ one monthほど経ちました経たちました passed; elapsed。御大葬御大葬ごたいそう Imperial Funeralの夜夜よる evening; night私はいつもの通りいつもの通とおり as always; as usual書斎書斎しょさい study; reading roomに坐って坐すわって sit、相図相図あいず sign; signalの号砲号砲ごうほう (signal) cannonを聞きました。私にはそれが明治が永久に永久えいきゅうに forever; for all time去った去さった went away; left; departed報知報知ほうち news; noticeのごとく聞こえました。後で後あとで after; later考える考かんがえる consider; think aboutと、それが乃木大将乃木のぎ大将だいしょう General Nogi (committed suicide on day of Meiji Emperor's funeral)の永久に去った報知にもなっていたのです。私は号外号外ごうがい newspaper extra (edition)を手にして手てにして took in hand; received、思わず思おもわず reflexively; instinctively妻に殉死だ殉死だといいました。

私は新聞新聞しんぶん newspaperで乃木大将の死ぬ死しぬ die前前まえ before; priorに書き残して書かき残のこして leave behind (in writing)行った行いった went; departedものを読みました読よみました read。西南戦争西南戦争せいなんせんそう Satsuma Rebellion (1877)の時敵敵てき opposing sideに旗旗はた flag; banner; regimental colorsを奪られて奪とられて had seized以来以来いらい since ...、申し訳申もうし訳わけ apology; act of atonementのために死のう死のうと思って、つい今日今日こんにち today; this dayまで生きて生いきて live; abideいたという意味意味いみ meaning; sense; effectの句句く sentence; passageを見た時、私は思わず指指ゆび fingersを折って折おって bend; fold、乃木さんが死ぬ覚悟覚悟かくご resolution; resolveをしながら生きながらえて来たえて来きた gained; obtained年月年月としつき months and yearsを勘定して勘定かんじょうして count; reckon; figure見ました。西南戦争は明治十年明治めいじ十年じゅうねん 10th year of Meiji (1877)ですから、明治四十五年明治めいじ四十五年よんじゅうごねん 45th year of Meiji (1912)までには三十五年三十五年さんじゅうごねん 35 yearsの距離距離きょり distanceがあります。乃木さんはこの三十五年の間間あいだ interval (of time)死のう死のうと思って、死ぬ機会機会きかい opportunity; chanceを待って待まって wait for; awaitいたらしいのです。私はそういう人人ひと person; manに取ってに取とって to ...; for ...、生きていた三十五年が苦しい苦くるしい painful; agonizingか、また刀刀かたな dagger; knifeを腹腹はら abdomen; bellyへ突き立てた突つき立たてた stab; thrust (into)一刹那一刹那いっせつな moment; instantが苦しいか、どっちが苦しいだろうと考えました。

それから二、三日二に、三日さんにち two or three days; several daysして、私はとうとう自殺する自殺じさつする commit suicide; take one's own life決心決心けっしん determination; resolveをしたのです。私に乃木さんの死んだ理由理由りゆう reason; pretext; motiveがよく解らない解わからない don't understand; can't fathomように、あなたにも私の自殺する訳訳わけ reason; rationaleが明らかに明あきらかに clearly呑み込めない呑のみ込こめない (can't) understand; take in; digestかも知れませんかも知しれません it may be that ...が、もしそうだとすると、それは時勢時勢じせい spirit of the age; zeitgeistの推移推移すいい transition; changeから来る来くる come; occur; arise人間人間にんげん people; individualsの相違相違そうい (mutual) differenceだから仕方がありません仕方しかたがありません cannot be helped。あるいは箇人箇人こじん individual (usually 個人こじん)のもって生れたもって生うまれた be born with; bring into the world性格性格せいかく disposition; natureの相違といった方方ほう alternative (of two choices)が確か確たしか correct; on the markかも知れません。私は私のできる限りできる限かぎり to the best of one's abilityこの不可思議な不可思議ふかしぎな curious; peculiar; anomalous私というものを、あなたに解らせるように、今今いま now; the presentまでの叙述叙述じょじゅつ depiction; representation; narrationで己れ己おのれ oneselfを尽した尽つくした exhausted; used up; ran dryつもりです。

私私わたくし I; meは妻妻さい wifeを残して行きます残のこして行ゆきます leave behind。私がいなくなっても妻に衣食住衣食住いしょくじゅう necessities of life (clothing, food, and shelter)の心配心配しんぱい wories; concernsがないのは仕合せ仕合しあわせ happiness; good fortuneです。私は妻に残酷な残酷ざんこくな harsh; heartless驚怖驚怖きょうふ terror; horror; shockを与える与あたえる impart (to)事事こと act; actionを好みません好このみません do not care to; would rather not。私は妻に血血ち bloodの色色いろ colorを見せないで見みせないで without showing死ぬ死しぬ dieつもりです。妻の知らない知しらない not know; be unaware間間ま interval (of time)に、こっそりこの世この世よ this worldからいなくなるようにします。私は死んだ後後あと afterで、妻から頓死した頓死とんしした died suddenlyと思われたい思おもわれたい want it thought that ...; want it to seem as though ...のです。気が狂った気きが狂くるった went mad; lost one's sensesと思われても満足満足まんぞく satisfactoryなのです。

私が死のうと決心して決心けっしんして decide; resolveから、もう十日十日とうか ten days以上以上いじょう more thanになりますが、その大部分大部分だいぶぶん greater part; most partはあなたにこの長い長ながい long; lengthy自叙伝自叙伝じじょでん personal history; account of one's lifeの一節一節いっせつ paragraphs; passagesを書き残す書かき残のこす leave behind (in writing)ために使用された使用しようされた was put to use (for); was applied (toward)ものと思って下さい下ください please ...。始め始はじめ at first; initiallyはあなたに会って会あって meet; see話話はなし talk; conversationをする気気き intentionでいたのですが、書いてみると、かえってその方方ほう alternative (of two choices)が自分自分じぶん oneselfを判然判然はっきり clearly; candidly描き出す描えがき出だす depict; describe; portray事ができたような心持心持こころもち feelingがして嬉しい嬉うれしい happy; satisfied; pleasedのです。私は酔興酔興すいきょう vagary; whimに書くのではありません。私を生んだ生うんだ gave birth to; brought about; shaped; formed私の過去過去かこ past; historyは、人間人間にんげん human beings; humanityの経験経験けいけん experienceの一部分一部分いちぶぶん one partとして、私より外により外ほかに apart from; other than誰も誰だれも (no) one語り得る語かたり得える able to tell; capable of relatingものはないのですから、それを偽りなく偽いつわりなく without deception; honestly; truthfully書き残して置く置おく set; place; leave (for future reference)私の努力努力どりょく effort; exertionは、人間を知る上において上うえにおいて concerning ...; with respect to ...、あなたにとっても、外の人人ひと people; personsにとっても、徒労徒労とろう fruitless effort; labors made in vainではなかろうと思います。渡辺華山渡辺わたなべ華山かざん Watanabe Kazan (Japanese painter; 1793-1841)は邯鄲邯鄲かんたん Kantan (name of painting; lit: tree cricket; can refer to faithlessness of fortune - based on Tang period story)という画画え paintingを描く描かく paintために、死期死期しき hour of one's death; one's timeを一週間一週間いっしゅうかん one week繰り延べた繰くり延のべた put off; deferredという話をつい先達て先達せんだって the other day; recently聞きました聞ききました heard。他他ひと (other) peopleから見たら余計な余計よけいな needless; uncalled-for; excessive事のようにも解釈できましょう解釈かいしゃくできましょう take as; regard asが、当人当人とうにん the person in questionにはまた当人相応相応そうおう befitting ofの要求要求ようきゅう need; desireが心心こころ heart; mind; soulの中中うち inside; withinにあるのだからやむをえないともいわれるでしょう。私の努力も単に単たんに merely; simplyあなたに対するに対たいする with respect to; regarding約束約束やくそく promise; obligationを果たす果はたす meet; realize; fulfillためばかりではありません。半ば半なかば half以上は自分自身自分じぶん自身じしん one's own selfの要求に動かされた動うごかされた was moved; was motivated; was inspired (by)結果結果けっか result; consequence (of)なのです。

しかし私は今今いま now; at presentその要求を果たしました。もう何にも何なんにも (no)thingする事はありません。この手紙手紙てがみ letterがあなたの手手て handsに落ちる落おちる fall (into)頃頃ころ timeには、私はもうこの世にはいないでしょう。とくに死んでいるでしょう。妻は十日ばかり前前まえ before; priorから市ヶ谷市ヶ谷いちがや Ichigaya (place name)の叔母叔母おば auntの所所ところ place; residenceへ行きました。叔母が病気病気びょうき sick; illで手が足りない手てが足たりない short-handed; requiring helpというから私が勧めて勧すすめて recommend; suggest; encourageやったのです。私は妻の留守留守るす absence (from home)の間間あいだ interval (of time)に、この長いものの大部分を書きました。時々時々ときどき sometimes; from time to time妻が帰って来る帰かえって来くる come back; returnと、私はすぐそれを隠しました隠かくしました concealed; hid。

私は私の過去を善悪とも善悪ぜんあくとも good and bad togetherに他の参考参考さんこう referenceに供する供きょうする offer; presentつもりです。しかし妻だけはたった一人一人ひとり one person; single personの例外例外れいがい exceptionだと承知して承知しょうちして accept; acknowledge下さい。私は妻には何にも知らせたくないのです。妻が己れ己おのれ I; meの過去に対してもつ記憶記憶きおく memories; remembranceを、なるべく純白に純白じゅんぱくに in pure white; without blemish; untarnished保存して保存ほぞんして preserve; maintain; protectおいてやりたいのが私の唯一の唯一ゆいいつの only; sole; solitary希望希望きぼう hope; wishなのですから、私が死んだ後でも、妻が生きている生いきている be alive; be living以上以上いじょう as long as ...は、あなた限り限かぎり limited toに打ち明けられた打うち明あけられた was revealed; has been divulged私の秘密秘密ひみつ secretsとして、すべてを腹の中腹はらの中なか within one's heart; to oneselfにしまっておいて下さい。」