Kokoro - My Parents and I - 10-18

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十十じゅう (part) 10

父父ちち fatherの病気病気びょうき illness; maladyは同じ同おなじ the sameような状態状態じょうたい condition; stateで一週間一週間いっしゅうかん one week; a week以上以上いじょう more thanつづいた。私私わたくし I; meはその間にその間あいだに during that time長い長ながい long; lengthy手紙手紙てがみ letterを九州九州きゅうしゅう Kyūshūにいる兄兄あに older brother; elder brother宛宛あて addressed toで出した出だした put out; sent。妹妹いもと younger sister (usually 妹いもうと)へは母母はは motherから出させた。私は腹の中で腹はらの中なかで inwardly; to oneself、おそらくこれが父の健康健康けんこう health; physical conditionに関してに関かんして concerning二人二人ふたり two people; the two of themへやる最後最後さいご last; finalの音信音信たより letter; correspondenceだろうと思った思おもった thought; figured; believed。それで両方両方りょうほう both (of them)へいよいよという場合場合ばあい situation; circumstanceには電報を打つ電報でんぽうを打うつ send a telegramから出て来い出でて来こい comeという意味意味いみ meaning; nuanceを書き込めた書かき込こめた included; incorporated (in one's writing)。

兄は忙しい忙いそがしい busy; hectic職職しょく work; occupationにいた。妹は妊娠中妊娠中にんしんちゅう pregnant; expecting; with childであった。だから父の危険危険きけん danger; perilが眼の前眼めの前まえ before one's eyes; right in front of oneに逼らないうちに逼せまらないうちに while not pressing; until urgent呼び寄せる呼よび寄よせる call; summon自由は利かなかった自由じゆうは利きかなかった was not at leisure to ...。といって、折角折角せっかく at great pains; taking the trouble to都合して都合つごうして make arrangements来た来きた came; arrivedには来たが、間に合わなかった間まに合あわなかった was too lateといわれるのも辛かった辛つらかった would be hard to bear。私は電報を掛ける電報でんぽうを掛かける send a telegram時機時機じき time; timingについて、人人ひと people; othersの知らない知しらない not be aware of; not realize責任責任せきにん responsibilityを感じた感かんじた felt。

「そう判然りした判然はっきりした clear; definitive事事こと situation; state of affairsになると私にも分りません分わかりません don't know; can't say。しかし危険はいつ来る来くる come; arriveか分らないという事だけは承知していて承知しょうちしていて be aware of; keep in mind下さい下ください please ...」

停車場停車場ステーション stationのある町町まち townから迎えた迎むかえた went to meet; went to receive医者医者いしゃ doctorは私にこういった。私は母と相談して相談そうだんして discuss; consult、その医者の周旋周旋しゅうせん mediation; introductionで、町の病院病院びょういん hospital; clinicから看護婦看護婦かんごふ nurseを一人一人ひとり one person頼む頼たのむ request事にした事ことにした decided to ...。父は枕元枕元まくらもと pillow side; bedsideへ来て挨拶する挨拶あいさつする greet; introduce oneself白い白しろい white服服ふく clothing; outfitを着た着きた wore女女おんな womanを見て見みて look at変な変へんな odd; strange顔顔かお face; (facial) expressionをした。

父は死病死病しびょう fatal disease; terminal illnessに罹っているに罹かかっている be afflicted with事をとうから自覚していた自覚じかくしていた was resigned to。それでいて、眼前眼前がんぜん before one's eyesにせまりつつある死死し deathそのものには気が付かなかった気きが付つかなかった had not taken notice of。

「今に今いまに soon; even now癒ったら癒なおったら get better; feel betterもう一返もう一返いっぺん one more time東京東京とうきょう Tōkyōへ遊びに行って遊あそびに行いって go and visit; travel (for pleasure)みよう。人間人間にんげん human beings; people; a personはいつ死ぬか分らないからな。何でも何なんでも anything and everythingやりたい事は、生きてる生いきてる be aliveうちにやっておくに限るに限かぎる is limited to ...; can only ...」

母は仕方なしに仕方しかたなしに having no choice; of necessity「その時時とき time; occasionは私もいっしょに伴れて行って伴つれて行いって take along; take with頂きましょう頂いただきましょう have (someone) do (something)」などと調子を合せて調子ちょうしを合あわせて go along with; humorいた。

時とすると時ときとすると sometimes; at timesまた非常に非常ひじょうに extremely; exceedingly淋しがった淋さみしがった felt despondent; felt forlorn。

「おれが死んだら、どうかお母さんお母かあさん motherを大事にして大事だいじにして take care ofやってくれ」

私私わたくし I; meはこの「おれが死んだら死しんだら die; pass away」という言葉言葉ことば words; expressionに一種の一種いっしゅの a certain kind of記憶記憶きおく memory; recollectionをもっていた。東京東京とうきょう Tōkyōを立つ立たつ leave; depart時時とき time; occasion、先生先生せんせい Sensei (elder one; teacher - used here as form of address)が奥さん奥おくさん wifeに向かって向むかって turn toward何遍も何遍なんべんも numerous timesそれを繰り返した繰くり返かえした repeatedのは、私が卒業した卒業そつぎょうした graduated日日ひ dayの晩晩ばん eveningの事事こと happening; affairであった。私は笑い笑わらい smile; grinを帯びた帯おびた was tinged with; had hints of先生の顔顔かお face; (facial) expressionと、縁喜縁喜えんぎ auspiciousness; harbinger of good fortune (usually 縁起えんぎ)でもないと耳を塞いだ耳みみを塞ふさいだ stopped one's ears; refused to hear奥さんの様子様子ようす appearance; mannerとを憶い出した憶おもい出だした remembered; recalled。あの時の「おれが死んだら」は単純な単純たんじゅんな mere; simple仮定仮定かてい supposition; postulateであった。今今いま now; the present私が聞く聞きく hearのはいつ起る起おこる happen; occur; come to beか分らない分わからない don't know; can't say事実事実じじつ reality; truthであった。私は先生に対するに対たいする with respect to; regarding奥さんの態度態度たいど manner; behaviorを学ぶ学まなぶ follow (one's example); emulate事ができなかった。しかし口の先では口くちの先さきでは verbally; with one's words何とか何なんとか somehow; in some way父父ちち fatherを紛らさなければならなかった紛まぎらさなければならなかった had to divert; had to distract。

「そんな弱い弱よわい downtrodden; defeatist事をおっしゃっちゃいけませんよ。今に癒ったら癒なおったら recover; get better東京へ遊びにいらっしゃる遊あそびにいらっしゃる go visit; go seeはずじゃありませんか。お母さんお母かあさん motherといっしょに。今度今度こんど this timeいらっしゃるときっと吃驚します吃驚びっくりします be surprisedよ、変っている変かわっている is changed; is differentんで。電車電車でんしゃ (electric) trainの新しい新あたらしい new線路線路せんろ railway line; railway trackだけでも大変大変たいへん very much; a good deal増えて増ふえて increaseいますからね。電車が通る通とおる pass (through)ようになれば自然自然しぜん naturally; as a matter of course町並町並まちなみ townscape; the look of the townも変るし、その上にその上うえに on top of that; furthermore市区改正市区しく改正かいせい urban renewal (Meiji era)もあるし、東京が凝としている凝じっとしている be quiet; lie still時は、まあ二六時中二六時中にろくじちゅう night and day; at all times一分一分いっぷん one minute; a single minuteもないといっていいくらいです」

私は仕方がない仕方しかたがない have no choice; have no other recourseからいわないでいい事まで喋舌った喋舌しゃべった talked of; went on about。父はまた、満足らしく満足まんぞくらしく seemingly satisfiedそれを聞いていた。

病人病人びょうにん sick person; invalidがあるので自然家家いえ houseの出入り出入でいり comings and goings; visitationsも多くなった多おおくなった grew in number。近所近所きんじょ neighborhood; vicinityにいる親類親類しんるい relativesなどは、二日二日ふつか two daysに一人一人ひとり one (person)ぐらいの割割わり rate; paceで代る代る代る代るかわるがわる alternately; by turns見舞見舞みまい calling on someone who's sick; well wishingに来た来きた came; arrived。中中なか among (them)には比較的比較的ひかくてき relatively; comparatively遠く遠とおく far; distant (place)にいて平生平生へいぜい usually; ordinarily疎遠な疎遠そえんな out of touch; having no contactものもあった。「どうかと思ったら思おもったら think; wonder、この様子じゃ大丈夫大丈夫だいじょうぶ all right; okayだ。話話はなし speechも自由自由じゆう unhindered; unimpededだし、だいち顔がちっとも瘠せて瘠やせて thin; gauntいないじゃないか」などといって帰る帰かえる return; head homeものがあった。私の帰った当時当時とうじ at the time of ...はひっそりし過ぎるひっそりし過すぎる too quietほど静か静しずか silent; stillであった家庭家庭かてい householdが、こんな事で段々段々だんだん graduallyざわざわし始めたざわざわし始はじめた came to life。

その中に動かずにいる動うごかずにいる stay put; remain in place父の病気病気びょうき illness; maladyは、ただ面白くない面白おもしろくない unfavorable方方ほう directionへ移って行く移うつって行ゆく shift (to); trend (toward)ばかりであった。私は母母はは motherや伯父伯父おじ uncleと相談して相談そうだんして discuss; consult、とうとう兄兄あに older brother; elder brotherと妹妹いもと younger sister (usually 妹いもうと)に電報を打った電報でんぽうを打うった sent word (by telegram)。兄からはすぐ行くという返事返事へんじ reply; responseが来た。妹の夫夫おっと husbandからも立つという報知報知しらせ notificationがあった。妹はこの前前まえ before; prior懐妊した懐妊かいにんした became pregnant時に流産した流産りゅうざんした miscarriedので、今度こそは癖癖くせ (un-wished for) tendency; routineにならないように大事を取らせる大事だいじを取とらせる have (someone) take careつもりだと、かねていい越したいい越こした sent word; communicatedその夫は、妹の代りにの代かわりに in place of自分自分じぶん oneselfで出て来る出でて来くる come; appearかも知れなかったかも知しれなかった it was likely that ...。

十一十一じゅういち (part) 11

こうした落ち付きのない落おち付つきのない restless; tumultuous間間あいだ period; interval (of time)にも、私私わたくし I; meはまだ静かに静しずかに quietly坐る坐すわる sit余裕余裕よゆう time; leeway; leisure (to do something)をもっていた。偶には偶たまには on occasion; from time to time書物書物しょもつ bookを開けて開あけて open十頁十頁じゅっページ ten pagesもつづけざまにつづけざまに in succession; one after another読む読よむ read時間時間じかん timeさえ出て来た出でて来きた came about; was available。一旦一旦いったん once; at one time堅く堅かたく firmly; securely括られた括くくられた was bound; was fastened私の行李行李こうり luggage; baggageは、いつの間にかいつの間まにか in due course解かれて解とかれて was unfastened; was loosenedしまった。私は要るに任せて要いるに任まかせて according to (my) needs; as needed、その中中なか insideから色々な色々いろいろな variousものを取り出した取とり出だした took out; retrieved。私は東京東京とうきょう Tōkyōを立つ立たつ depart; leave時時とき time; occasion、心のうちで心こころのうちで to oneself; privately極めた極きめた decided; settled on、この夏中この夏中なつじゅう during this summerの日課日課にっか daily work; daily routineを顧みた顧かえりみた looked back on; reflected on。私のやった事事こと act; actionはこの日課の三が一三さんが一いち one thirdにも足らなかった足たらなかった did not measure up to; did not amount to。私は今今いま now; the presentまでもこういう不愉快不愉快ふゆかい discontent; dissatisfactionを何度となく何度なんどとなく numerous times重ねて来た重かさねて来きた accumulated (an experience)。しかしこの夏ほど思った思おもった thought; imagined通り通とおり just as; exactly as仕事仕事しごと work; tasksの運ばない運はこばない not proceed; not progress例例ためし precedent; exampleも少なかった少すくなかった were infrequent; were rare。これが人人ひと people; menの世世よ worldの常常つね usual state of things; typical state of affairsだろうと思いながらも私は厭な厭いやな unpleasant; distasteful気持気持きもち feeling; sensation; moodに抑え付けられた抑おさえ付つけられた was oppressed; was burdened (by)。

私はこの不快不快ふかい displeasureの裏裏うち midstに坐りながら、一方に一方いっぽうに on the one hand; on the other hand父父ちち fatherの病気病気びょうき illness; maladyを考えた考かんがえた considered; thought about。父の死んだ死しんだ died; passed away後後あと afterの事を想像した想像そうぞうした imagined。そうしてそれと同時に同時どうじに at the same time、先生先生せんせい Sensei (elder one; teacher - used here as form of address)の事を一方に思い浮べた思おもい浮うかべた called to mind。私はこの不快な心持心持こころもち feeling; moodの両端両端りょうたん both endsに地位地位ちい (social) position、教育教育きょういく education、性格性格せいかく character; dispositionの全然全然ぜんぜん entirely; completely異なった異ことなった differed二人二人ふたり two (people)の面影面影おもかげ facesを眺めた眺ながめた viewed; gazed upon。

私が父の枕元枕元まくらもと pillow side; bedsideを離れて離はなれて leave; move away from、独り独ひとり alone; by oneself取り乱した取とり乱みだした scattered about; strewn about書物の中に腕組みをして腕組うでぐみをして fold one's arms in front of oneいるところへ母母はは motherが顔を出した顔かおを出だした looked in; appeared。

「少し少すこし a little; a bit午眠午眠ひるね nap; restでもおしよ。お前お前まえ youもさぞ草臥れる草臥くたびれる be exhausted; be worn outだろう」

母は私の気分気分きぶん feeling; moodを了解していなかった了解りょうかいしていなかった did not understand; failed to grasp。私も母からそれを予期する予期よきする expect; anticipateほどの子供子供こども childでもなかった。私は単簡に単簡たんかんに simply; merely礼を述べた礼れいを述のべた thanked (her)。母はまだ室室へや roomの入口入口いりぐち entranceに立っていた立たっていた stood; remained in place。

「お父さんお父とうさん fatherは?」と私が聞いた聞きいた asked; inquired。

「今よく寝てお出だ寝ねてお出いでだ is resting; is sleepingよ」と母が答えた答こたえた answered; replied。

母は突然突然とつぜん suddenly; unexpectedlyはいって来て私の傍傍そば proximityに坐った。

「先生からまだ何とも何なんとも (no)thingいって来ないいって来こない sends no wordかい」と聞いた。

母はその時の私の言葉言葉ことば wordsを信じて信しんじて trust; put faith inいた。その時の私は先生からきっと返事返事へんじ reply; responseがあると母に保証した保証ほしょうした assured。しかし父や母の希望する希望きぼうする hope for; expectような返事が来る来くる come; arriveとは、その時の私もまるで期待しなかった期待きたいしなかった did not expect; did not anticipate。私は心得があって心得こころえがあって knowingly; consciously母を欺いた欺あざむいた deceived; misledと同じ同おなじ the same結果結果けっか result; outcomeに陥った陥おちいった fell into; ended up in。

「もう一遍もう一遍いっぺん one more time手紙手紙てがみ letterを出してご覧出だしてご覧らん try sendingな」と母母はは motherがいった。

役に立たない役やくに立たたない serve no purpose; be of no use手紙を何通何通なんつう any number (of letters)書こう書かこう write; composeと、それが母の慰安慰安いあん comfort; solaceになるなら、手数手数てすう trouble; effortを厭う厭いとう grudge; be loath to (doing)ような私私わたくし I; meではなかった。けれどもこういう用件用件ようけん matter of businessで先生先生せんせい Sensei (elder one; teacher - used here as form of address)にせまるのは私の苦痛苦痛くつう hurt; pangであった。私は父父ちち fatherに叱られたり叱しかられたり be scolded; be reprimanded、母の機嫌機嫌きげん temper; moodを損じたり損そんじたり harm; damageするよりも、先生から見下げられる見下みさげられる be looked down onのを遥かに遥はるかに by far恐れて恐おそれて fear; be averse toいた。あの依頼依頼いらい requestに対してに対たいして with respect to; regarding今今いま now; the presentまで返事返事へんじ answer; replyの貰えない貰もらえない had not receivedのも、あるいはそうした訳訳わけ reason; rationaleからじゃないかしらという邪推邪推じゃすい fear; suspicionもあった。

「手紙を書くのは訳はない訳わけはない easy; simple (enough)ですが、こういう事事こと matter; affairは郵便郵便ゆうびん mail; postじゃとても埒は明きません埒らちは明あきません cannot be handled; cannot be settledよ。どうしても自分自分じぶん oneselfで東京東京とうきょう Tōkyōへ出て出でて set out (to); appear (in)、じかに頼んで頼たのんで ask; request廻らなくっちゃ廻まわらなくっちゃ need to make the rounds」

「だってお父さんお父とうさん fatherがあの様子様子ようす state; conditionじゃ、お前お前まえ you、いつ東京へ出られるか分らない分わからない don't know; can't sayじゃないか」

「だから出やしません。癒る癒なおる get better; recoverとも癒らないとも片付かないうち片付かたづかないうち until (something) is settledは、ちゃんとこうしているつもりです」

「そりゃ解り切った解わかり切きった goes without saying; is a given話話はなし argument; discussionだね。今にもむずかしいという大病人大病人だいびょうにん critically ill personを放ちらかして放ほうちらかして leave alone; neglectおいて、誰誰だれ whoが勝手に勝手かってに arbitrarily; as one pleases東京へなんか行ける行いける can go (off to)ものかね」

私は始め始はじめ at first心のなかで心こころのなかで inwardly; to oneself、何も何なにも (no)thing知らない知しらない not know; not understand母を憐れんだ憐あわれんだ pitied; felt compassion for。しかし母がなぜこんな問題問題もんだい subject; topicをこのざわざわしたざわざわした busy; tumultuous際際さい point in time; junctureに持ち出した持もち出だした brought up; raisedのか理解できなかった理解りかいできなかった couldn't understand; struggled to fathom。私が父の病気病気びょうき illness; maladyをよそに、静かに静しずかに quietly坐ったり坐すわったり sit書見したり書見しょけんしたり readする余裕余裕よゆう time; leeway; leisure (to do something)のあるごとくに、母も眼の前眼めの前まえ before one's eyesの病人病人びょうにん sick person; invalidを忘れて忘わすれて forget; put out of one's mind、外の外ほかの other事を考える考かんがえる think about; considerだけ、胸胸むね breast; bosomに空地空地すきま opening; spare capacityがあるのかしらと疑った疑うたぐった questioned; wondered。その時時とき time; moment「実はね実じつはね actually; in truth」と母がいい出したいい出だした spoke; started in。

「実はお父さんの生きてお出生いきてお出いで be living; be aliveのうちに、お前の口口くち opening; positionが極ったら極きまったら be decided; be settledさぞ安心なさる安心あんしんなさる be assured; feel at easeだろうと思う思おもう think; considerんだがね。この様子じゃ、とても間に合わない間まに合あわない not make it (in time)かも知れないかも知しれない it may be that ...けれども、それにしても、まだああやって口も慥か口くちも慥たしか articulate; coherentなら気も慥か気きも慥たしか of sound mindなんだから、ああしてお出のうちに喜ばして喜よろこばして make (someone) happy上げる上あげる do (something) for (someone)ように親孝行親孝行おやこうこう filial dutyをおしな」

憐れな私は親孝行のできない境遇境遇きょうぐう situation; circumstancesにいた。私はついに一行一行いちぎょう one line (of writing)の手紙も先生に出さなかった。

十二十二じゅうに (part) 12

兄兄あに older brother; elder brotherが帰って来た帰かえって来きた came home; returned時時とき time、父父ちち fatherは寝ながら寝ねながら lying down; resting新聞新聞しんぶん newspaperを読んで読よんで readいた。父は平生から平生へいぜいから generally; as a rule何を措いても何なにを措おいても first of all; above all else新聞だけには眼を通す眼めを通とおす look through; give a read習慣習慣しゅうかん habit; practiceであったが、床床とこ bedについてからは、退屈退屈たいくつ tedium; boredomのため猶更猶更なおさら all the more; even more soそれを読みたがった読よみたがった wanted to read; was inclined to read。母母はは motherも私私わたくし I; meも強いては強しいては firmly; adamantly反対せずに反対はんたいせずに without opposing、なるべく病人病人びょうにん sick person; patientの思い通り思おもい通どおり as one thinks; as one wishes (to do)にさせておいた。

「そういう元気元気げんき energy; vigorなら結構な結構けっこうな fine; splendidものだ。よっぽど悪い悪わるい bad; graveかと思って来たら、大変大変たいへん quite; terribly好い好いい good; fineようじゃありませんか」

兄はこんな事事こと thingsをいいながら父と話話はなし talk; conversationをした。その賑やか過ぎる賑にぎやか過すぎる overly enthusiastic調子調子ちょうし manner; moodが私にはかえって不調和不調和ふちょうわ incongruous; disingenuousに聞こえた聞きこえた sounded; came across (as)。それでも父の前前まえ front ofを外して外はずして remove (oneself) from私と差し向い差さし向むかい face to face (with)になった時は、むしろ沈んでいた沈しずんでいた was somber; was subdued。

「新聞なんか読ましちゃいけなかないか」

「私私わたし I; meもそう思うんだけれども、読まないと承知しない承知しょうちしない is not satisfied; is not contentんだから、仕様がない仕様しようがない there's nothing one can do; there's no other choice」

兄は私の弁解弁解べんかい justification; defenseを黙って黙だまって in silence; without speaking聞いていた。やがて、「よく解る解わかる understand; comprehendのかな」といった。兄は父の理解力理解力りかいりょく comprehensive faculty; mental capacityが病気病気びょうき illness; maladyのために、平生よりはよっぽど鈍っている鈍にぶっている be dulledように観察した観察かんさつした perceived; regardedらしい。

「そりゃ慥か慥たしか sound; solid; firmです。私はさっき二十分二十分にじゅっぷん twenty minutesばかり枕元枕元まくらもと pillow side; bedsideに坐って坐すわって sit; seat oneself色々色々いろいろ various (things)話して話はなして talked; conversedみたが、調子の狂った狂くるった was amiss; was out of sortsところは少しも少すこしも (not) in the leastないです。あの様子じゃことによるとまだなかなか持つ持もつ hold out; lastかも知れませんかも知しれません it may be that ...よ」

兄と前後してと前後ぜんごして at about the same time着いた着ついた arrived妹妹いもと younger sister (usually 妹いもうと)の夫夫おっと husbandの意見意見いけん opinion; point of viewは、我々我々われわれ we; usよりもよほど楽観的楽観的らっかんてき positive; optimisticであった。父は彼彼かれ he; himに向かって向むかって turn toward妹の事をあれこれと尋ねて尋たずねて ask; inquireいた。「身体身体からだ body; physical conditionが身体だからむやみに汽車汽車きしゃ (steam) trainになんぞ乗って乗のって board; ride揺れない揺ゆれない not be rocked; not be swayed方が好い方ほうが好いい it's better to ...。無理無理むり overdoing things; overexertionをして見舞見舞みまい calling on someone who's sick; well wishingに来られたりする来こられたりする come; call; visitと、かえってこっちが心配心配しんぱい worry; concernだから」といっていた。「なに今に今いまに soon; shortly治ったら治なおったら recover; get better赤ん坊赤あかん坊ぼう babyの顔顔かお faceでも見に見みに to see、久しぶりに久ひさしぶりに for the first time in a long whileこっちから出掛ける出掛でかける travel; journeyから差支えない差支さしつかえない is no problem; is not a concern」ともいっていた。

乃木大将乃木のぎ大将だいしょう General Nogi (committed suicide on day of Meiji Emperor's funeral)の死んだ死しんだ died時も、父は一番一番いちばん first; foremostさきに新聞でそれを知った。

「大変だ大変だ」といった。

何事も知らない何事なにごとも知しらない have no idea (what something might be about)私たちはこの突然な突然とつぜんな sudden言葉言葉ことば words; expressionに驚かされた驚おどろかされた were surprised (by)。

「あの時時とき time; occasionはいよいよ頭が変になった頭あたまが変へんになった lost one's mindのかと思って思おもって thought; feared、ひやりとした」と後で後あとで later; afterwards兄兄あに older brother; elder brotherが私私わたくし I; meにいった。「私私わたし I; meも実は実じつは really; truly驚きました驚おどろきました was surprised」と妹妹いもと younger sister (usually 妹いもうと)の夫夫おっと husbandも同感同感どうかん similar sentiment; agreementらしい言葉つき言葉ことばつき speech; expressionであった。

その頃その頃ころ that time; those daysの新聞新聞しんぶん newspaperは実際実際じっさい acually; in fact田舎もの田舎いなかもの country folkには日ごとに日ひごとに daily; day by day待ち受けられる待まち受うけられる be awaited; be anticipatedような記事記事きじ articles; (news) storiesばかりあった。私は父父ちち fatherの枕元枕元まくらもと pillow side; bedsideに坐って坐すわって sit; seat oneself鄭寧に鄭寧ていねいに carefully; thoroughlyそれを読んだ読よんだ read; perused。読む時間時間じかん timeのない時は、そっと自分の自分じぶんの one's own室室へや roomへ持って来て持もって来きて bring (to)、残らず残のこらず entirely; completely眼を通した眼めを通とおした looked through; read。私の眼は長い長ながい long; lengthy間間あいだ period; interval (of time)、軍服軍服ぐんぷく military outfit; uniformを着た着きた wore乃木大将乃木のぎ大将だいしょう General Nogi (committed suicide on day of Meiji Emperor's funeral)と、それから官女官女かんじょ court ladyみたような服装服装なり style; appearanceをしたその夫人夫人ふじん wifeの姿姿すがた figure; formを忘れる忘わすれる forget事ができなかった事ことができなかった was not able to ...。

悲痛な悲痛ひつうな sad; sorrowful風風かぜ wind; breeze; draftが田舎の隅隅すみ corner; nook; recessまで吹いて来て吹ふいて来きて blew (to); moved into、眠たそうな眠ねむたそうな sleepy; drowsy樹樹き treesや草草くさ grassを震わせて震ふるわせて cause a stir in; reverberate throughいる最中最中さいちゅう middle of; height ofに、突然突然とつぜん suddenly; unexpectedly私は一通一通いっつう one; single (letter or correspondence)の電報電報でんぽう telegramを先生先生せんせい Sensei (elder one; teacher - used here as form of address)から受け取った受うけ取とった received。洋服洋服ようふく Western-style dressを着た人人ひと personを見る見みる seeと犬犬いぬ dogsが吠える吠ほえる bark; howlような所所ところ placeでは、一通の電報すら大事件大事件だいじけん major eventであった。それを受け取った母母はは motherは、はたして驚いたような様子様子ようす manner; behaviorをして、わざわざ私を人のいない所へ呼び出した呼よび出だした called (away) to。

「何だい何なんだい what is it」といって、私の封封ふう sealを開く開ひらく open; undoのを傍傍そば proximityに立って立たって stand待って待まって waitいた。

電報にはちょっと会いたい会あいたい would like to see; would like to meetが来られるか来こられるか can (you) comeという意味意味いみ essence; gistが簡単に簡単かんたんに simply書いてあった書かいてあった was written。私は首を傾けた首くびを傾かたむけた inclined one's head; tilted one's head (in confusion or puzzlement)。

「きっとお頼もうしておいたお頼たのもうしておいた requested口口くち opening; positionの事だよ」と母が推断して推断すいだんして suppose; surmiseくれた。

私もあるいはそうかも知れないかも知しれない it may be that ...と思った。しかしそれにしては少し少すこし a little; a bit変だとも考えた考かんがえた considered; thought。とにかく兄や妹の夫まで呼び寄せた呼よび寄よせた called for; summoned私が、父の病気病気びょうき illness; maladyを打遣って打遣うちやって leave alone; abandon without care、東京東京とうきょう Tōkyōへ行く行ゆく go (to)訳には行かなかった訳わけには行いかなかった would not do to ...; was not acceptable to ...。私は母と相談して相談そうだんして discuss; consult、行かれないという返電を打つ返電へんでんを打うつ respond by telegram事にした。できるだけ簡略な簡略かんりゃくな simple; brief言葉で父の病気の危篤危篤きとく critical junctureに陥りつつある陥おちいりつつある is moving into; is approaching旨旨むね purport; gistも付け加えた付つけ加くわえた added; appendedが、それでも気が済まなかった気きが済すまなかった was not satisfiedから、委細委細いさい particulars手紙として手紙てがみとして in letter form、細かい細こまかい detailed事情事情じじょう situation; circumstancesをその日日ひ dayのうちに認めて認したためて write up郵便郵便ゆうびん mail; postで出した出だした put out; sent。頼んだ位地位地いち place; positionの事とばかり信じ切った信しんじ切きった was convinced (of)母は、「本当に本当ほんとうに really; truly間の悪い間まの悪わるい badly placed; inopportune時は仕方のない仕方しかたのない too bad; unfortunateものだね」といって残念そうな残念ざんねんそうな disappointed顔顔かお (facial) expression; lookをした。

十三十三じゅうさん (part) 13

私私わたくし I; meの書いた書かいた wrote手紙手紙てがみ letterはかなり長い長ながい long; lengthyものであった。母母はは motherも私も今度こそ今度こんどこそ this time for sure先生先生せんせい Sensei (elder one; teacher - used here as form of address)から何とか何なんとか somethingいって来るいって来くる send word; respondだろうと考えていた考かんがえていた thought; believed。すると手紙を出して出だして put out; send二日目二日目ふつかめ second dayにまた電報電報でんぽう telegramが私宛宛あて addressed toで届いた届とどいた was delivered; arrived。それには来ないでもよろしい来こないでもよろしい no need to comeという文句文句もんく words; phraseだけしかなかった。私はそれを母に見せた見みせた showed。

「大方大方おおかた probably; most likely手紙で何とかいってきて下さる下くださる do (something) forつもりだろうよ」

母はどこまでも先生が私のために衣食衣食いしょく livelihood; livingの口口くち opening; positionを周旋して周旋しゅうせんして mediate; brokerくれるものとばかり解釈して解釈かいしゃくして take as; interpret asいるらしかった。私もあるいはそうかとも考えたが、先生の平生平生へいぜい usual; ordinaryから推して推おして infer; surmiseみると、どうも変変へん odd; strangeに思われた思おもわれた seemed。「先生が口を探して探さがして search; seek outくれる」。これはあり得べからざるあり得うべからざる highly unlikely; hard to imagine事事こと act; actionのように私には見えた。

「とにかく私の手紙はまだ向う向むこう the other side; the other partyへ着いていない着ついていない not arrivedはずだから、この電報はその前前まえ before; priorに出したものに違いないに違ちがいない no doubt ...ですね」

私は母に向かって向むかって turn towardこんな分り切った分わかり切きった obvious; evident事をいった。母はまたもっともらしくもっともらしく solemnly; seriously思案しながら思案しあんしながら think about; refect on「そうだね」と答えた答こたえた replied; responded。私の手紙を読まない前に読よまない前まえに before reading、先生がこの電報を打った打うった sent (telegram)という事が、先生を解釈する上において上うえにおいて concerning; with regard to、何の役にも立たない何なんの役やくにも立たたない be of no use at allのは知れている知しれている is known; is a givenのに。

その日日ひ dayはちょうど主治医主治医しゅじい one's family doctorが町町まち townから院長院長いんちょう head doctorを連れて来る連つれて来くる bring (someone)はずになっていたので、母と私はそれぎりこの事件事件じけん matter; affairについて話話はなし talk; conversationをする機会機会きかい opportunity; chanceがなかった。二人二人ふたり two (people)の医者医者いしゃ doctorsは立ち合い立たち合あい attending to; examiningの上、病人病人びょうにん patient; invalidに浣腸浣腸かんちょう enemaなどをして帰って行った帰かえって行いった returned; went back。

父父ちち fatherは医者から安臥安臥あんが quiet rest; total restを命ぜられて命めいぜられて be ordered (to do something)以来以来いらい since ...、両便両便りょうべん urination and bowel movementとも寝たまま寝ねたまま lying down; in bed他の手で他ひとの手てで with help from others; with assistance始末して始末しまつして manage; take care ofもらっていた。潔癖な潔癖けっぺきな fastidious; exacting父は、最初の最初さいしょの first; initial間間あいだ period; interval (of time)こそ甚だしく甚はなはだしく extremely; tremendouslyそれを忌み嫌った忌いみ嫌きらった detested; loathedが、身体身体からだ bodyが利かない利きかない not function; be incapacitatedので、やむを得ずやむを得えず having no alternativeいやいやいやいや grudgingly; reluctantly床床とこ bed; beddingの上で用を足した用ようを足たした relieved oneself。それが病気病気びょうき illness; maladyの加減加減かげん state; conditionで頭頭あたま head; mindがだんだん鈍くなる鈍にぶくなる grow dull; lose its edgeのか何だか、日を経るに従って日ひを経ふるに従したがって with the passing of days (usually 日ひを経へるに従したがって)、無精な無精ぶしょうな indolent; languid排泄排泄はいせつ bodily excretionを意としない意いとしない think nothing ofようになった。たまには蒲団蒲団ふとん futonや敷布敷布しきふ sheetsを汚して汚よごして mess; soil、傍のもの傍はたのもの those around himが眉を寄せる眉まゆを寄よせる disapprove; cringe atのに、当人当人とうにん the person in questionはかえって平気平気へいき indifferent; unconcernedでいたりした。もっとも尿尿にょう urineの量量りょう quantityは病気の性質性質せいしつ nature; characteristicとして、極めて極きわめて exceedingly; extremely少なくなった少すくなくなった was reduced; was diminished。医者はそれを苦にした苦くにした worried over。食欲食欲しょくよく appetiteも次第に次第しだいに gradually衰えた衰おとろえた declined; diminished。たまに何か何なにか something欲しがって欲ほしがって long for; yearn forも、舌舌した tongueが欲しがるだけで、咽喉咽喉のど throatから下下した belowへはごく僅僅わずか a little; a small amountしか通らなかったしか通とおらなかった only ... passed through。好きな好すきな loved; cherished新聞新聞しんぶん newspaperも手に取る手てに取とる take in hand; pick up気力気力きりょく energy; vitality; vigorがなくなった。枕枕まくら pillowの傍傍そば proximityにある老眼鏡老眼鏡ろうがんきょう reading glassesは、いつまでも黒い黒くろい black鞘鞘さや case; sleeveに納められた納おさめられた put away; storedままであった。子供の時分子供こどもの時分じぶん childhoodから仲の好かった仲なかの好よかった on close terms作作さく Saku (name)さんという今今いま now; at presentでは一里一里いちり 1 ri (about 4 km; abour 2.5 miles)ばかり隔たった隔へだたった separated; removed; apart (from)所所ところ placeに住んで住すんで live; resideいる人人ひと person; manが見舞見舞みまい calling on someone who's sick; well wishingに来た来きた came; called時時とき time; occasion、父は「ああ作さんか」といって、どんよりしたどんよりした heavy; dull眼眼め eyesを作さんの方方ほう directionに向けた。

「作作さく Saku (name)さんよく来て来きて come; call; visitくれた。作さんは丈夫丈夫じょうぶ healthy; robustで羨ましい羨うらやましい enviousね。己己おれ I; meはもう駄目駄目だめ no good; finishedだ」

「そんな事はないそんな事ことはない that's not true; that's not the caseよ。お前お前まえ youなんか子供子供こども childrenは二人とも二人ふたりとも both (of them)大学大学だいがく universityを卒業する卒業そつぎょうする graduate fromし、少し少すこし a little; a bitぐらい病気病気びょうき illness; maladyになったって、申し分はない申もうし分ぶんはない nothing to complain ofんだ。おれをご覧ご覧らん take a look atよ。かかあかかあ wifeには死なれる死しなれる lose (to death)しさ、子供はなしさ。ただこうして生きている生いきている be aliveだけの事だよ。達者達者たっしゃ healthy; wellだって何の何なんの (no) sort of楽しみ楽たのしみ happiness; satisfactionもないじゃないか」

浣腸浣腸かんちょう enemaをしたのは作さんが来てから二、三日二に、三日さんにち two or three days; several daysあとの事であった。父父ちち fatherは医者医者いしゃ doctorのお蔭でお蔭かげで thanks to; owing to大変大変たいへん terribly; a great deal楽になった楽らくになった was at ease; felt betterといって喜んだ喜よろこんだ was in good spirits; was pleased。少し自分の自分じぶんの one's own寿命寿命じゅみょう life span; the number of one's daysに対するに対たいする in relation to; concerning度胸度胸どきょう courageができたという風風ふう mood; mannerに機嫌機嫌きげん outlook; temperamentが直った直なおった recovered; improved。傍傍そば vicinity; proximityにいる母母はは motherは、それに釣り込まれた釣つり込こまれた pulled in; affected (by)のか、病人病人びょうにん patient; invalidに気力を付ける気力きりょくを付つける encourage; lift up (someone's spirits)ためか、先生先生せんせい Sensei (elder one; teacher - used here as form of address)から電報電報でんぽう telegramのきた事を、あたかも私私わたくし I; meの位置位置いち position; postが父の希望する希望きぼうする hope for; wish for通り通とおり just as ...東京東京とうきょう Tōkyōにあったように話した話はなした spoke。傍にいる私はむずがゆいむずがゆい uncomfortable; uneasy心持心持こころもち feelingがしたが、母の言葉言葉ことば wordsを遮る遮さえぎる interrupt; disrupt訳にもゆかない訳わけにもゆかない one couldn't ...ので、黙って黙だまって in silence聞いて聞きいて listenいた。病人は嬉しそうな嬉うれしそうな happy; glad; pleased顔顔かお (facial) expression; lookをした。

「そりゃ結構結構けっこう fine; splendidです」と妹妹いもと younger sister (usually 妹いもうと)の夫夫おっと husbandもいった。

「何の口口くち opening; positionだかまだ分らない分わからない don't knowのか」と兄兄あに older brother; elder brotherが聞いた。

私は今更今更いまさら at this pointそれを否定する否定ひていする repudiate; refute勇気勇気ゆうき courage; nerveを失った失うしなった lost; lacked。自分にも何とも訳の分らない曖昧な曖昧あいまいな vague; noncommittal返事返事へんじ answer; replyをして、わざと席を立った席せきを立たった rose from one's seat; got up (to leave)。

十四十四じゅうし (part) 14

父父ちち fatherの病気病気びょうき illness; maladyは最後の最後さいごの last; final一撃一撃いちげき blow; hitを待つ待まつ wait for; await間際間際まぎわ verge of; point ofまで進んで来て進すすんで来きて advanced; progressed、そこでしばらく躊躇する躊躇ちゅうちょする hesitate; waverようにみえた。家のもの家いえのもの members of the householdは運命運命うんめい fateの宣告宣告せんこく verdict; sentenceが、今日今日きょう this day; today下る下くだる be passed down; be handed downか、今日下るかと思って思おもって wonder、毎夜毎夜まいよ every evening床にはいった床とこにはいった went to bed; retired。

父は傍のもの傍はたのもの those around (him); those nearbyを辛くする辛つらくする distress; unsettleほどの苦痛苦痛くつう pain; discomfortをどこにも感じていなかった感かんじていなかった didn't feel; wasn't feeling。その点点てん point; aspectになると看病看病かんびょう nursing; caregivingはむしろ楽楽らく straightforward; undemandingであった。要心要心ようじん cautionのために、誰か誰だれか someone一人一人ひとり one personぐらいずつ代る代る代る代るかわるがわる alternately; in turns起きて起おきて be awake; stay upはいたが、あとのものは相当の相当そうとうの appropriate; suitable時間時間じかん time; hour (of the day)に各自各自めいめい each oneの寝床寝床ねどこ bedへ引き取って引ひき取とって withdraw; retire (to)差支えなかった差支さしつかえなかった were free to ...。何かの拍子で何なにかの拍子ひょうしで for some reason眠れなかった眠ねむれなかった couldn't sleep時時とき time; occasion、病人病人びょうにん patient; invalidの唸る唸うなる groan; moanような声声こえ voiceを微かに微かすかに faintly聞いた聞きいた heardと思い誤った思おもい誤あやまった (falsely) believed私私わたくし I; meは、一遍一遍いっぺん one time; once半夜半夜よなか midnight; dead of night (usually 夜中よなか)に床を抜け出して抜ぬけ出だして slip out of、念のため念ねんのため just in case; to be sure父の枕元枕元まくらもと pillow side; bedsideまで行ってみた行いってみた went to see; went to check事事こと case; instanceがあった。その夜夜よ evening; nightは母母はは motherが起きている番に当っていた番ばんに当あたっていた was one's turn to ...。しかしその母は父の横横よこ sideに肱肱ひじ elbowを曲げて曲まげて bend枕枕まくら pillowとしたなり寝入っていた寝入ねいっていた was asleep; slept。父も深い深ふかい deep眠り眠ねむり sleep; restの裏裏うち midstにそっと置かれた置おかれた was placed人人ひと personのように静かにしていた静しずかにしていた was quiet; was still。私は忍び足忍しのび足あし soft stepsでまた自分の自分じぶんの one's own寝床へ帰った帰かえった returned (to)。

私は兄兄あに older brother; elder brotherといっしょの蚊帳蚊帳かや mosquito nettingの中中なか insideに寝た寝ねた slept。妹妹いもと younger sister (usually 妹いもうと)の夫夫おっと husbandだけは、客扱い客扱きゃくあつかい hospitality extended toward a guestを受けて受うけて receiveいるせいか、独り独ひとり alone離れた離はなれた apart; separate座敷座敷ざしき roomに入って入いって enter; go into休んだ休やすんだ rested; reposed; slept。

「関関せき Seki (family name of brother-in-law)さんも気の毒気きの毒どく unfortunate; to be pitiedだね。ああ幾日も幾日いくにちも a number of days; a long while引っ張られて引ひっ張ぱられて be pulled away; be called away帰れなくっちゃあ」

関というのはその人の苗字苗字みょうじ surname; family nameであった。

「しかしそんな忙しい忙いそがしい busy身体身体からだ person; individualでもないんだから、ああして泊って泊とまって stay; remain (in a place)いてくれるんでしょう。関さんよりも兄さん兄にいさん older brother (used here as form of address)の方方ほう alternative (of two things)が困る困こまる be inconvenienced; be in a bindでしょう、こう長くなっちゃ長ながくなっちゃ grow long; become lengthy」

「困っても仕方がない仕方しかたがない there's nothing for it; it can't be helped。外の外ほかの other事と違う違ちがう is different; is unlikeからな」

兄と床を並べて並ならべて line up; place side by side寝る私は、こんな寝物語寝物語ねものがたり bedtime conversationをした。兄の頭頭あたま head; mindにも私の胸胸むね breast; bosomにも、父はどうせ助からない助たすからない cannot be helped; will not pull throughという考え考かんがえ opinion; view (of a situation)があった。どうせ助からないものならばという考えもあった。我々我々われわれ we; usは子子こ childrenとして親親おや parentの死ぬ死しぬ die; pass awayのを待っているようなものであった。しかし子としての我々はそれを言葉の上に言葉ことばの上うえに in words; out loud表わす表あらわす expressのを憚かった憚はばかった shied away from。そうしてお互いにお互たがいに mutuallyお互いがどんな事を思っているかをよく理解し合っていた理解りかいし合あっていた understood each other。

「お父さんお父とうさん fatherは、まだ治る治なおる get better; recover気気き intentionでいるようだな」と兄が私にいった。

実際実際じっさい acutally; in fact兄兄あに older brother; elder brotherのいう通り通とおり just as ...に見える見みえる appear (to be)ところもないではなかった。近所近所きんじょ neighborhoodのものが見舞見舞みまい calling on someone who's sick; well wishingにくると、父父ちち fatherは必ず必かならず invariably; without exception会う会あう meet; see (a person)といって承知しなかった承知しょうちしなかった not consent to; not accept (any other outcome)。会えばきっと、私私わたくし I; meの卒業卒業そつぎょう graduation祝い祝いわい celebrationに呼ぶ呼よぶ call; summon; invite事ができなかった事ことができなかった was not able to ...のを残念がった残念ざんねんがった expressed disappointment over; regretted。その代りその代かわり at the same time自分の自分じぶんの one's own病気病気びょうき illness; maladyが治ったら治なおったら get better; recoverというような事も時々時々ときどき sometimes; at times付け加えた付つけ加くわえた added。

「お前お前まえ youの卒業祝いは已めになって已やめになって be given up on; canceled結構結構けっこう fine; splendidだ。おれの時時とき time; occasionには弱った弱よわった had an awful time (of something)からね」と兄は私の記憶記憶きおく memoryを突ッついた突つッついた prodded。私はアルコールアルコール alcoholに煽られた煽あおられた fanned by; fueled byその時の乱雑な乱雑らんざつな disorderly; confused有様有様ありさま situation; state of affairsを想い出して想おもい出だして remember; recall苦笑した苦笑くしょうした forced a laugh。飲む飲のむ drinkものや食う食くう eatものを強いて強しいて force; press (on people)廻る廻まわる circulate; make the rounds父の態度態度たいど manner; behaviorも、にがにがしくにがにがしく shamefully私の眼眼め eyesに映った映うつった was reflected; took shape。

私たちはそれほど仲の好い仲なかの好いい intimate; close兄弟兄弟きょうだい brothersではなかった。小さい小ちさい small; young (usually 小ちいさい)うちは好く好よく frequently; often喧嘩喧嘩けんか argument; quarrelをして、年の少ない年としの少すくない fewer in years; younger私の方方ほう alternative (of two choices)がいつでも泣かされた泣なかされた ended up crying。学校学校がっこう schoolへはいってからの専門専門せんもん subject of study; area of expertiseの相違相違そうい differenceも、全く全まったく completely; utterly性格性格せいかく character; natureの相違から出ていた出でていた emerged (from)。大学大学だいがく universityにいる時分時分じぶん period (of time)の私は、ことに先生先生せんせい Sensei (elder one; teacher - used here as form of address)に接触した接触せっしょくした interacted (with)私は、遠く遠とおく a distanceから兄を眺めて眺ながめて view; observe、常に常つねに always; constantly動物的動物的どうぶつてき beast-like; brutishだと思っていた思おもっていた thought; considered。私は長く長ながく a long time兄に会わなかった会あわなかった didn't see; didn't spend time withので、また懸け隔たった懸かけ隔へだたった far apart; remote from遠くにいたので、時からいっても距離距離きょり distanceからいっても、兄はいつでも私には近くなかった近ちかくなかった was not closeのである。それでも久しぶりに久ひさしぶりに for the first time in a long whileこう落ち合って落おち合あって fall together; reuniteみると、兄弟の優しい優やさしい kind; warm心持心持こころもち feelingsがどこからか自然に自然しぜんに naturally; by nature湧いて出た湧わいて出でた bubbled up; surfaced; emerged。場合場合ばあい situation; circumstancesが場合なのもその大きな大おおきな major; main; significant源因源因げんいん cause; reason (usually 原因げんいん)になっていた。二人二人ふたり two (people); the two of usに共通な共通きょうつうな common; shared父、その父の死のうとしている死しのうとしている be about to die枕元枕元まくらもと pillow side; bedsideで、兄と私は握手した握手あくしゅした joined hands; came togetherのであった。

「お前これからどうする」と兄は聞いた聞きいた asked。私はまた全く見当見当けんとう aim; mark; directionの違った違ちがった was different質問質問しつもん questionを兄に掛けた掛かけた posed (a question)。

「一体一体いったい in the end; after all家家うち (our) householdの財産財産ざいさん assets; wealthはどうなってるんだろう」

「おれは知らない知しらない don't know。お父さんお父とうさん fatherはまだ何ともいわない何なんともいわない says nothing (about it); doesn't mention (it)から。しかし財産っていったところで金金かね moneyとしては高高たか quantity; amount (of money)の知れた知しれた is not much; is limitedものだろう」

母母はは motherはまた母で先生の返事返事へんじ reply; responseの来る来くる come; arriveのを苦にしていた苦くにしていた worried over; fretted over。

「まだ手紙手紙てがみ letterは来ない来こない not arriveかい」と私を責めた責せめた pressed; pestered。

十五十五じゅうご (part) 15

「先生先生せんせい elder one; teacher先生というのは一体一体いったい in the end; after all誰誰だれ whoの事の事こと about; concerningだい」と兄兄あに older brother; elder brotherが聞いた聞きいた asked。

「こないだ話した話はなした told; explainedじゃないか」と私私わたくし I; meは答えた答こたえた answered; replied。私は自分自分じぶん oneselfで質問質問しつもん questionをしておきながら、すぐ他他ひと (other) personの説明説明せつめい explanationを忘れて忘わすれて forgetしまう兄に対してに対たいして with respect to; regarding不快の不快ふかいの disagreeable; unpleasant念念ねん thought; feelingを起した起おこした stirred up; gave rise to。

「聞いた事は聞いたけれども」

兄は必竟必竟ひっきょう after all聞いても解らない解わからない not understand; not be clear onというのであった。私から見れば見みれば look at; viewなにも無理に無理むりに at the cost of great effort先生を兄に理解してもらう理解りかいしてもらう inform; enlighten必要必要ひつよう necessity; needはなかった。けれども腹は立った腹はらは立たった grew angry; became irritated。また例の例れいの usual; typical; quintessential兄らしい所所ところ element; aspectが出て来た出でて来きた emerged; surfacedと思った思おもった thought; concluded。

先生先生と私が尊敬する尊敬そんけいする look up to; admire以上以上いじょう given that ...、その人人ひと person; manは必ず必かならず invariably; without fail著名の著名ちょめいの well-known; renowned士士し gentlemanでなくてはならないように兄は考えていた考かんがえていた considered; thought; believed。少なくとも少すくなくとも at least大学大学だいがく universityの教授教授きょうじゅ professorぐらいだろうと推察して推察すいさつして infer; surmiseいた。名名な name; reputeもない人、何も何なにも (no)thingしていない人、それがどこに価値価値かち merit; worthをもっているだろう。兄の腹腹はら mind; inner feelingsはこの点点てん pointにおいて、父父ちち fatherと全く全まったく utterly; completely同じ同おなじ the sameものであった。けれども父が何もできないから遊んでいる遊あそんでいる be at leisure; live an idle lifeのだと速断する速断そくだんする rashly concludeのに引きかえてに引ひきかえて instead of; rather than、兄は何かやれる能力能力のうりょく abilityがあるのに、ぶらぶらしているのは詰らん詰つまらん good for nothing; worthless人間人間にんげん personに限るに限かぎる could only be ...; must be ...といった風風ふう mannerの口吻口吻こうふん intimation; suggestionを洩らした洩もらした gave voice to; expressed。

「イゴイストイゴイスト egoistはいけないね。何もしないで生きていよう生いきていよう live; pass one's daysというのは横着な横着おうちゃくな indolent; indulgent了簡了簡りょうけん idea; notion; intentだからね。人は自分のもっている才能才能さいのう talents; abilitiesをできるだけ働かせなくっちゃ働はたらかせなくっちゃ need to put to work; need to apply嘘だ嘘うそだ is unacceptable; is inexcusable」

私は兄に向かって向むかって turn toward、自分の使って使つかって useいるイゴイストという言葉言葉ことば wordの意味意味いみ meaningがよく解るかと聞き返して聞きき返かえして ask in returnやりたかった。

「それでもその人のお蔭でお蔭かげで thanks to地位地位ちい (social) positionができればまあ結構結構けっこう fine; good enoughだ。お父さんお父とうさん fatherも喜んでる喜よろこんでる is happy; is pleasedようじゃないか」

兄は後後あと after; laterからこんな事をいった。先生から明瞭な明瞭めいりょうな clear; conclusive手紙手紙てがみ letter; correspondenceの来ない来こない not come; not arrive以上、私はそう信ずる信しんずる believe; put one's faith in事もできず、またそう口に出す口くちに出だす utter; voice勇気勇気ゆうき courage; nerveもなかった。それを母母はは motherの早呑み込み早呑はやのみ込こみ hasty conclusionでみんなにそう吹聴して吹聴ふいちょうして announce; proclaimしまった今今いま now; the presentとなってみると、私は急に急きゅうに suddenlyそれを打ち消す打うち消けす negate; disavow訳に行かなくなった訳わけに行ゆかなくなった was no longer in any position to ...。私は母に催促される催促さいそくされる be pressed; be proddedまでもなく、先生の手紙を待ち受けた待まち受うけた awaited。そうしてその手紙に、どうかみんなの考えているような衣食衣食いしょく livelihood; livingの口口くち opening; positionの事が書いてあれば書かいてあれば be writtenいいがと念じた念ねんじた hoped; prayed。私は死死し deathに瀕している瀕ひんしている be on the verge of父の手前手前てまえ in front (of); before; giving due consideration to、その父に幾分幾分いくぶん to some extent; to some degreeでも安心させて安心あんしんさせて put at easeやりたいと祈りつつある祈いのりつつある be wishing to母の手前、働かなければ人間でないようにいう兄の手前、その他その他た in addition妹妹いもと younger sister (usually 妹いもうと)の夫夫おっと husbandだの伯父伯父おじ uncleだの叔母叔母おば auntだのの手前、私のちっとも頓着していない頓着とんじゃくしていない have little regard for事に、神経を悩まさなければならなかった神経しんけいを悩なやまさなければならなかった had to strain one's nerves over; had to worry over。

父父ちち fatherが変な変へんな odd; strange黄色い黄色きいろい yellowものも嘔いた嘔はいた coughed up; expelled時時とき time; moment、私私わたくし I; meはかつて先生先生せんせい Sensei (elder one; teacher - used here as form of address)と奥さん奥おくさん (Sensei's) wifeから聞かされた聞きかされた was told危険危険きけん danger; riskを思い出した思おもい出だした remembered; recalled。「ああして長く長ながく for a long time寝ている寝ねている be in bedんだから胃胃い stomachも悪くなる悪わるくなる be upset; be out of sortsはずだね」といった母母はは motherの顔顔かお faceを見て見みて look at、何も何なにも (no)thing知らない知しらない not know; be unawareその人人ひと personの前前まえ front of; presenceに涙ぐんだ涙なみだぐんだ was moved to tears; felt great sympathy for。

兄兄あに older brother; elder brotherと私が茶の間茶ちゃの間ま tea room; hearth roomで落ち合った落おち合あった came together; met; gathered時、兄は「聞いたか」といった。それは医者医者いしゃ doctorが帰り際に帰かえり際ぎわに on leaving兄に向って向むかって turn towardいった事事こと matters; thingsを聞いたかという意味意味いま meaningであった。私には説明説明せつめい explanationを待たないでも待またないでも without waiting forその意味がよく解っていた解わかっていた knew; understood。

「お前お前まえ youここへ帰って来て帰かえって来きて return; come home (to)、宅宅うち house; householdの事を監理する監理かんりする look after; manage気気き inclination; willingnessがないか」と兄が私を顧みた顧かえりみた turned to。私は何とも何なんとも (not) anything答えなかった答こたえなかった didn't answer; didn't respond。

「お母さんお母かあさん mother一人一人ひとり alone; by oneselfじゃ、どうする事もできないだろう」と兄がまたいった。兄は私を土土つち dirt; earthの臭い臭におい scent; odorを嗅いで嗅かいで sniff; smell朽ちて行って朽くちて行いって decay; waste awayも惜しくない惜おしくない not worry about; have no reservations aboutように見ていた。

「本本ほん booksを読む読よむ readだけなら、田舎田舎いなか country; countrysideでも充分充分じゅうぶん sufficiently; adequatelyできるし、それに働く働はたらく work; hold a job必要必要ひつよう need; necessityもなくなるし、ちょうど好い好いい good; fineだろう」

「兄さん兄にいさん older brother; elder brotherが帰って来る帰かえって来くる return; come homeのが順順じゅん (natural) order (of things)ですね」と私がいった。

「おれにそんな事ができるものか」と兄は一口に一口ひとくちに in a few words; in short斥けた斥しりぞけた rejected。兄の腹の中腹はらの中なか inner feelingsには、世の中世よの中なか society; the worldでこれから仕事仕事しごと workをしようという気が充ち満ちていた充みち満みちていた was full。

「お前がいやなら、まあ伯父さん伯父おじさん uncleにでも世話世話せわ care; assistanceを頼む頼たのむ requestんだが、それにしてもお母さんはどっちかで引き取らなくっちゃなるまい引ひき取とらなくっちゃなるまい will likely have to take custody of」

「お母さんがここを動く動うごく move (from)か動かないかがすでに大きな大おおきな main; key疑問疑問ぎもん problem; questionですよ」

兄弟兄弟きょうだい brothersはまだ父の死なない前から死しなない前まえから before (one) has died、父の死んだ後後あと afterについて、こんな風風ふう mannerに語り合った語かたり合あった talked together; conversed。

十六十六じゅうろく (part) 16

父父ちち fatherは時々時々ときどき sometimes囈語囈語うわこと delirious muttering; nonsensical utteranceをいうようになった。

「乃木大将乃木のぎ大将たいしょう General Nogi (committed suicide on day of Meiji Emperor's funeral)に済まないに済すまない is an affront to; is unworthy of。実に実じつに really; truly面目次第面目次第めんぼくしだい honor; meritがない。いえ私もすぐお後お後あと after; behind; followingから」

こんな言葉言葉ことば wordsをひょいひょいひょいひょい suddenly; out of the blue出した出だした put forth; expressed。母母はは motherは気味を悪がった気味きみを悪わるがった was unsettled; felt uneasy。なるべくみんなを枕元枕元まくらもと pillow side; bedsideへ集めて集あつめて gather; call togetherおきたがった。気のたしか気きのたしか having (regained) one's senses; of sound mindな時時とき timesは頻りに頻しきりに often; constantly淋しがる淋さびしがる feel lonely病人病人びょうにん sick person; patientにもそれが希望希望きぼう hope; wishらしく見えた見みえた seemed to be。ことに室室へや roomの中中うち inside (of); withinを見廻して見廻みまわして look around; survey母の影影かげ shape; formが見えないと、父は必ず必かならず invariably; without fail「お光お光みつ Omitsu (name)は」と聞いた聞きいた asked; inquired。聞かないでも、眼眼め eyesがそれを物語って物語ものがたって say; relateいた。私私わたくし I; meはよく起って起たって get up; rise母を呼びに行った呼よびに行いった went to call; went to get。「何か何なにか something; some sort ofご用ご用よう request; task requiring attentionですか」と、母が仕掛けた仕掛しかけた was in the middle of (doing)用をそのままにしておいて病室病室びょうしつ sickroomへ来る来くる come (to)と、父はただ母の顔顔かお faceを見詰める見詰みつめる fix one's eyes on; gaze atだけで何もいわない事事こと cases; instancesがあった。そうかと思う思おもう thinkと、まるで懸け離れた懸かけ離はなれた apart; different; unrelated話話はなし talkをした。突然突然とつぜん unexpectedly; out of nowhere「お光お前お前まえ youにも色々色々いろいろ in various ways世話世話せわ help; aid; assistanceになったね」などと優しい優やさしい kind; gentle言葉を出す時もあった。母はそういう言葉の前前まえ front ofにきっと涙ぐんだ涙なみだぐんだ was moved to tears; was deeply touched。そうした後ではまたきっと丈夫丈夫じょうぶ healthy; strong; robustであった昔昔むかし long agoの父をその対照対照たいしょう contrast; antithesisとして想い出す想おもい出だす recall; recollectらしかった。

「あんな憐れっぽい憐あわれっぽい plaintive; doleful事をお言いだお言いいだ says; voicesがね、あれでもとはずいぶん酷かった酷ひどかった was frightful; was a terrorんだよ」

母は父のために箒箒ほうき broomで背中背中せなか backをどやされたどやされた be hit; be beaten時の事などを話した話はなした told; related。今今いま now; the presentまで何遍も何遍なんべんも numerous timesそれを聞かされた私と兄兄あに older brother; elder brotherは、いつもとはまるで違った違ちがった different気分気分きぶん feeling; moodで、母の言葉を父の記念記念かたみ memento; keepsakeのように耳耳みみ earsへ受け入れた受うけ入いれた received; took in。

父は自分の眼の前に薄暗く薄暗うすぐらく dimly; darkly映る映うつる be reflected; show (itself)死死し deathの影を眺めながら眺ながめながら regard; look upon、まだ遺言遺言ゆいごん will; testamentらしいものを口に出さなかった口くちに出ださなかった gave no voice to; did not mention。

「今のうち何か聞いておく必要必要ひつよう necessity; needはないかな」と兄が私の顔を見た。

「そうだなあ」と私は答えた答こたえた answered; replied。私はこちらから進んで進すすんで take the initiativeそんな事を持ち出す持もち出だす bring up; raiseのも病人のために好し悪し好よし悪あし pros and consだと考えて考かんがえて consider; think of (as)いた。二人二人ふたり two (people); the two of usは決しかねて決けしかねて unable to decideついに伯父伯父おじ uncleに相談をかけた相談そうだんをかけた sought counsel; consulted。伯父も首を傾けた首くびを傾かたむけた tilted one's head (gesture of indecision)。

「いいたい事があるのに、いわないで死ぬのも残念残念ざんねん unfortunate; regrettableだろうし、といって、こっちから催促する催促さいそくする press; demandのも悪い悪わるい is not good; is not rightかも知れずかも知しれず it may be that ...」

話話はなし talk; speechはとうとう愚図愚図愚図愚図ぐずぐず slow; hesitating; falteringになってしまった。そのうちに昏睡昏睡こんすい comatose (state); unconsciousnessが来た来きた came about; occurred。例の通り例れいの通とおり as usual; as always何も何なにも (no)thing知らない知しらない not know; be unaware of母母はは motherは、それをただの眠り眠ねむり sleep; slumberと思い違えて思おもい違ちがえて mistake forかえって喜んだ喜よろこんだ was happy; felt relieved。「まあああして楽に楽らくに in comfort寝られれば寝ねられれば can rest; can sleep、傍傍はた beside; nearbyにいるものも助かります助たすかります be spared (trouble or effort); be comforted」といった。

父父ちち fatherは時々時々ときどき sometimes; on occasion眼眼め eyesを開けて開あけて open、誰誰たれ someone; so-and-soはどうしたなどと突然突然とつぜん suddenly; unexpectedly聞いた聞きいた asked。その誰はつい先刻先刻さっき before; priorまでそこに坐っていた坐すわっていた was sitting人人ひと person; individualの名名な nameに限られていたに限かぎられていた was limited to; was always。父の意識意識いしき consciousnessには暗い暗くらい dark; dim所所ところ places; regionsと明るい明あかるい bright; illuminated所とできて、その明るい所だけが、闇闇やみ darkness; blacknessを縫う縫ぬう sew; stitch (together)白い白しろい white糸糸いと threadのように、ある距離距離きょり distanceを置いて置おいて set; place連続する連続れんぞくする be continuous; be connected in sequenceようにみえた。母が昏睡状態昏睡こんすい状態じょうたい comatose state; unconsciousnessを普通の普通ふつうの ordinary眠りと取り違えた取とり違ちがえた mistook (for)のも無理はなかった無理むりはなかった was not unreasonable; was understandable。

そのうち舌舌した tongueが段々段々だんだん gradually; bit by bit縺れて来た縺もつれて来きた became tied; became tangled。何かいい出していい出だして start to say; try to sayも尻尻しり latter part; endが不明瞭不明瞭ふめいりょう unclear; unintelligibleに了る了おわる end; finishために、要領を得ないで要領ようりょうを得えないで without understanding; without graspingしまう事事こと instances; casesが多くあった多おおくあった were many; were numerous。そのくせ話し始める話はなし始はじめる begin to speak時時とき time; momentは、危篤危篤きとく critically ill; on the verge of deathの病人病人びょうにん sick person; invalidとは思われない思おもわれない did not seem (to be)ほど、強い強つよい strong; robust声声こえ voiceを出した。我々我々われわれ we; usは固より固もとより all along不断不断ふだん usually; always以上以上いじょう more thanに調子を張り上げて調子ちょうしを張はり上あげて raise the tone of one's voice、耳元耳元みみもと close to the earへ口口くち mouthを寄せる寄よせる bring near toようにしなければならなかった。

「頭頭あたま headを冷やす冷ひやす coolと好い好いい good; better心持心持こころもち feeling; sensationですか」

「うん」

私私わたくし I; meは看護婦看護婦かんごふ nurseを相手相手あいて companionに、父の水枕水枕みずまくら water pillowを取り更えて取とり更かえて change out、それから新しい新あたらしい new; fresh氷氷こおり iceを入れた入いれた put into氷嚢氷嚢ひょうのう ice bag; ice packを頭の上上うえ top ofへ載せた載のせた set; rested (on)。がさがさがさがさ rough to the touchに割られて割わられて be broken; be crushed尖り切った尖とがり切きった broken into shards氷の破片破片はへん fragments; splinters; piecesが、嚢嚢ふくろ bag; sackの中中なか inside; interiorで落ちつく落おちつく settle間間あいだ period; interval (of time)、私は父の禿げ上った禿はげ上あがった bald due to receding hairline額額ひたい foreheadの外外はずれ edges; peripheryでそれを柔らかに柔やわらかに gently; lightly抑えて抑おさえて hold; restrain; supportいた。その時兄兄あに older brother; elder brotherが廊下伝いに廊下ろうか伝づたいに from the hallwayはいって来て、一通一通いっつう one; single (letter or correspondence)の郵便郵便ゆうびん postal item; letterを無言のまま無言むごんのまま without words; silently私の手手て handに渡した渡わたした gave to; passed to。空いた空あいた was open; was free方方ほう alternative (of two choices)の左手左手ひだりて left handを出して、その郵便を受け取った受うけ取とった received私はすぐ不審を起した不審ふしんを起おこした found it odd; had misgivings。

それは普通の手紙手紙てがみ letterに比べる比くらべる compare (to)とよほど目方目方めかた weightの重い重おもい heavyものであった。並の並なみの ordinary; common状袋状袋じょうぶくろ envelopeにも入れてなかった。また並の状袋に入れられべき分量分量ぶんりょう amount; quantityでもなかった。半紙半紙はんし writing paperで包んで包つつんで wrapped (in)、封じ目封ふうじ目め seal (of an envelope)を鄭寧に鄭寧ていねいに carefully糊糊のり glue; pasteで貼り付けてあった貼はり付つけてあった had been glued; had been pasted。私はそれを兄の手から受け取った時、すぐその書留書留かきとめ registered mailである事に気が付いた気きが付ついた took notice of。裏を返して裏うらを返かえして turn over見る見みる look atとそこに先生先生せんせい Sensei (elder one; teacher - used here as form of address)の名がつつしんだつつしんだ subtle; discreet字字じ characters; writingで書いてあった書かいてあった had been written。手の放せない手ての放はなせない tied up; occupied私は、すぐ封を切る封ふうを切きる break the seal訳に行かない訳わけに行ゆかない was in no position to ...ので、ちょっとそれを懐懐ふところ (breast) pocketに差し込んだ差さし込こんだ inserted; put into。

十七十七じゅうしち (part) 17

その日日ひ dayは病人病人びょうにん sick person; invalidの出来出来でき condition; stateがことに悪い悪わるい bad; poorように見えた見みえた appeared (to be)。私私わたくし I; meが厠厠かわや toiletへ行こうとして行ゆこうとして in the process of going (to)席を立った席せきを立たった rose from one's seat; left one's seat時時とき time、廊下廊下ろうか hallway; corridorで行き合った行ゆき合あった met in passing兄兄あに older brother; elder brotherは「どこへ行く」と番兵番兵ばんぺい sentry; guardsmanのような口調口調くちょう tone (of voice)で誰何した誰何すいかした challenged; confronted。

「どうも様子様子ようす appearance; lookが少し少すこし a little; a bit変変へん strange; out of the ordinaryだからなるべく傍傍そば beside; nearbyにいるようにしなくっちゃいけないよ」と注意した注意ちゅういした advised; cautioned。

私もそう思っていた思おもっていた thought; believed。懐中した懐中かいちゅうした pocketed手紙手紙てがみ letterはそのままにしてまた病室病室びょうしつ sickroomへ帰った帰かえった returned (to)。父父ちち fatherは眼眼め eyesを開けて開あけて open、そこに並んでいる並ならんでいる be side-by-side; be together人人ひと people; personsの名前名前なまえ namesを母母はは motherに尋ねた尋たずねた asked; inquired。母があれは誰誰たれ someone; so-and-so、これは誰と一々一々いちいち one by one説明して説明せつめいして explainやると、父はそのたびに首肯いた首肯うなずいた nodded。首肯かない時は、母が声声こえ voiceを張りあげて張はりあげて raise (one's voice)、何々何々なになに such-and-such; so-and-soさんです、分りましたか分わかりましたか did you get thatと念を押した念ねんを押おした confirmed; verified。

「どうも色々色々いろいろ in various waysお世話お世話せわ help; aid; assistanceになります」

父はこういった。そうしてまた昏睡状態昏睡こんすい状態じょうたい comatose state; unconsciousnessに陥った陥おちいった fell into; slipped into。枕辺枕辺まくらべ pillow side; bedsideを取り巻いて取とり巻まいて surround; encircleいる人は無言のまま無言むごんのまま without words; silentlyしばらく病人の様子を見詰めて見詰みつめて gaze at; watch intentlyいた。やがてその中中うち middle; midstの一人一人ひとり one (person)が立って次の次つぎの next間間ま roomへ出た出でた went out (to)。するとまた一人立った。私も三人目三人目さんにんめ third person; third oneにとうとう席を外して席せきを外はずして leave one's seat、自分の自分じぶんの one's own室室へや roomへ来た来きた came (to)。私には先刻先刻さっき before; prior懐懐ふところ (breast) pocketへ入れた入いれた put into郵便物郵便物ゆうびんぶつ postal item; letterの中を開けて見ようという目的目的もくてき objective; aimがあった。それは病人の枕元枕元まくらもと pillow side; bedsideでも容易に容易よういに easily; simplyできる所作所作しょさ actionには違いなかったには違ちがいなかった no doubt was ...。しかし書かれた書かかれた was writtenものの分量分量ぶんりょう amount; quantityがあまりに多過ぎる多過おおすぎる too muchので、一息に一息ひといきに at one go; in a short time (lit: in one breath)そこで読み通す読よみ通とおす read through訳には行かなかった訳わけには行ゆかなかった one couldn't very well ...。私は特別特別とくべつ special; dedicatedの時間時間じかん timeを偸んで偸ぬすんで steal; snatch; seizeそれに充てた充あてた assigned; applied (to something)。

私は繊維繊維せんい fibers; strandsの強い強つよい strong; tough包み紙包つつみ紙がみ wrapping paperを引き掻く引ひき掻かく pull at; tear atように裂き破った裂さき破やぶった ripped open。中から出たものは、縦横縦横たてよこ lengthwise and crosswiseに引いた引ひいた be drawn罫罫けい rule; lines (on writing paper)の中へ行儀よく行儀ぎょうぎよく carefully; neatly書いた原稿様の原稿げんこう様ようの manuscript-likeものであった。そうして封じる封ふうじる seal; close up (a letter)便宜便宜べんぎ expedience; accommodationのために、四つ折四よつ折おり folding into fourthsに畳まれてあった畳たたまれてあった had been folded。私は癖癖くせ crease; curlのついた西洋紙西洋紙せいようし Western-style paperを、逆に逆ぎゃくに in the opposite direction折り返して折おり返かえして fold back読みやすい読よみやすい easy to readように平たくした平ひらたくした flattened; straightened。

私の心心こころ heart; mindはこの多量多量たりょう large quantityの紙紙かみ paperと印気印気インキ inkが、私に何事何事なにごと what (kinds of) thingsを語る語かたる tell; relateのだろうかと思って驚いた思おもって驚おどろいた wondered (with astonishment)。私は同時に同時どうじに at the same time病室の事事こと matters; affairsが気にかかった気きにかかった weighed on one's mind。私がこのかきものを読み始めて読よみ始はじめて begin reading、読み終らない前に読よみ終おわらない前まえに before reading to the end、父はきっとどうかなる、少なくとも少すくなくとも at least、私は兄からか母からか、それでなければ伯父伯父おじ uncleからか、呼ばれる呼よばれる be called; be summonedに極っているに極きまっている is a given that ...; is certain that ...という予覚予覚よかく hunch; forebodingがあった。私は落ち付いて落おち付ついて settle down; compose oneself先生先生せんせい Sensei (elder one; teacher - used here as form of address)の書いたものを読む気になれなかった。私はそわそわしながらそわそわしながら in a restless stateただ最初の最初さいしょの initial; first一頁一いち頁ページ one pageを読んだ。その頁は下のように下しものように as follows綴られていた綴つづられていた was written; was composed。

「あなたから過去過去かこ the past; one's pastを問いただされた問といただされた was asked (about something)時時とき time; occasion、答える答こたえる answer; respond事のできなかった事ことのできなかった was unable to ...勇気勇気ゆうき courage; mettleのない私私わたくし I; meは、今今いま now ; at presentあなたの前前まえ front ofに、それを明白に明白めいはくに openly; frankly物語る物語ものがたる tell; relate自由自由じゆう freedom; libertyを得た得えた gainedと信じます信しんじます believe; think; feel。しかしその自由はあなたの上京上京じょうきょう coming (up) to Tōkyōを待って待まって waitいるうちにはまた失われて失うしなわれて be lostしまう世間的の世間的せけんてきの temporal; mundane自由に過ぎないに過すぎない is nothing more than ...のであります。したがって、それを利用できる利用りようできる can use; can take advantage of時に利用しなければ、私の過去をあなたの頭頭あたま head; mindに間接の間接かんせつの indirect; derivative; vicarious経験経験けいけん experienceとして教えて教おしえて inform; instruct上げる上あげる do (something) for someone機会機会きかい chance; opportunityを永久に永久えいきゅうに forever; for all time逸する逸いっする lose; miss (a chance)ようになります。そうすると、あの時あれほど堅く堅かたく firmly; resolutely約束した約束やくそくした promised; pledged言葉言葉ことば wordsがまるで嘘嘘うそ false; hollow (words)になります。私はやむを得ずやむを得えず of necessity; having no other recourse、口口くち mouthでいうべきところを、筆筆ふで (writing) brush; penで申し上げる申もうし上あげる tell; express事にしました」

私はそこまで読んで読よんで read、始めて始はじめて for the first timeこの長い長ながい long; lengthyものが何のために何なんのために for what purpose; to what end書かれた書かかれた was written; was pennedのか、その理由理由りゆ reason; motiveを明らかに明あきらかに clearly知る知しる know; understand事ができた。私の衣食衣食いしょく livelihood; livingの口口くち opening; position、そんなものについて先生先生せんせい Sensei (elder one; teacher - used here as form of address)が手紙手紙てがみ letterを寄こす寄よこす send; forward気遣い気遣きづかい consideration; concernはないと、私は初手から初手しょてから from the start信じていた。しかし筆を執る執とる take upことの嫌い嫌きらい dislike (doing); be loathe (to do)な先生が、どうしてあの事件事件じけん incident; affairをこう長く書いて、私に見せる見みせる show; present (to)気になったのだろう。先生はなぜ私の上京するまで待っていられないだろう。

「自由が来た来きた came; arrivedから話す話はなす tell; explain。しかしその自由はまた永久に失われなければならない」

私は心のうちで心こころのうちで inwardly; deep downこう繰り返しながら繰くり返かえしながら repeating、その意味意味いみ meaning; implicationを知るに苦しんだ苦くるしんだ struggled。私は突然突然とつぜん suddenly不安不安ふあん unease; anxietyに襲われた襲おそわれた was beset (with)。私はつづいて後後あと after; further; the restを読もうとした。その時病室病室びょうしつ sickroomの方方ほう directionから、私を呼ぶ呼よぶ call for; summon大きな大おおきな big; loud (voice)兄兄あに older brother; elder brotherの声声こえ voiceが聞こえた聞きこえた could be heard。私はまた驚いて驚おどろいて in surprise; with alarm立ち上った立たち上あがった got up; rose。廊下廊下ろうか hallway; corridorを馳け抜ける馳かけ抜ぬける run down; rush throughようにしてみんなのいる方へ行った行いった went (to)。私はいよいよ父父ちち fatherの上にの上うえに concerning; with regard to最後の最後さいごの final瞬間瞬間しゅんかん momentが来たのだと覚悟した覚悟かくごした was resigned to。

十八十八じゅうはち (part) 18

病室病室びょうしつ sickroomにはいつの間にかいつの間まにか at some point医者医者いしゃ doctorが来ていた来きていた had come; had arrived。なるべく病人病人びょうにん invalid; patientを楽にする楽らくにする make comfortableという主意主意しゅい aim; objective; ideaからまた浣腸浣腸かんちょう enemaを試みる試こころみる try (doing)ところであった。看護婦看護婦かんごふ nurseは昨夜昨夜ゆうべ the night before; the prior eveningの疲れ疲つかれ tiredness; fatigueを休める休やすめる resolve through rest; sleep offために別室別室べっしつ another roomで寝ていた寝ねていた was sleeping; was lying down。慣れない慣なれない unaccustomed兄兄あに older brother; elder brotherは起って起たって be up; be on one's feetまごまごしてまごまごして be disconcerted; be flusteredいた。私私わたくし I; meの顔顔かお faceを見る見みる see; catch sight ofと、「ちょっと手をお貸し手てをお貸かし lend a hand」といったまま、自分自分じぶん oneselfは席に着いた席せきに着ついた sat down。私は兄に代ってに代かわって in place of、油紙油紙あぶらがみ oiled paperを父父ちち fatherの尻尻しり buttocks; rear endの下下した below; beneathに宛てがったりした宛あてがったりした set (in place); applied (to)。

父の様子様子ようす state; conditionは少し少すこし a little; a bitくつろいで来たくつろいで来きた relaxed; eased。三十分三十分さんじゅっぷん thirty minutesほど枕元枕元まくらもと pillow side; bedsideに坐っていた坐すわっていた seated oneself医者は、浣腸の結果結果けっか result; effectを認めた認みとめた observed; assessed上上うえ having ...、また来る来くる come; callといって、帰って行った帰かえって行いった returned; took one's leave。帰り際に帰かえり際ぎわに on the way out、もしもの事事こと situation; circumstancesがあったらいつでも呼んで呼よんで call; summonくれるようにわざわざ断って断ことわって inform; give notice; state in advanceいた。

私は今にも今いまにも at any moment変変へん change; turn of eventsがありそうな病室を退いて退しりぞいて leave; withdraw (from)また先生先生せんせい Sensei (elder one; teacher - used here as form of address)の手紙手紙てがみ letterを読もうとした読よもうとした tried to read。しかし私はすこしも寛くりした寛ゆっくりした relaxed; deliberate; at ease気分気分きぶん feeling; moodになれなかった。机机つくえ deskの前前まえ front ofに坐るや否やや否いなや as soon as ...、また兄から大きな大おおきな big; loud (voice)声声こえ voiceで呼ばれそうでならなかった。そうして今度今度こんど this time呼ばれれば、それが最後最後さいご the endだという畏怖畏怖いふ fearが私の手を顫わした顫ふるわした set to trembling。私は先生の手紙をただ無意味に無意味むいみに without comprehension; without grasping頁頁ページ pagesだけ剥繰って行った剥繰はぐって行いった flipped through; leafed through。私の眼眼め eyesは几帳面に几帳面きちょうめんに methodically; neatly枠枠わく border; box; outlineの中中なか insideに篏められた篏はめられた had been put into; had been inserted into字画字画じかく strokes (that form a character)を見た。けれどもそれを読む余裕余裕よゆう time; leeway; leisure (to do something)はなかった。拾い読み拾ひろい読よみ browsing; skimming (a text)にする余裕すら覚束なかった覚束おぼつかなかった had little chance (of coming to fruition)。私は一番一番いちばん most; very ...しまいの頁まで順々に順々じゅんじゅんに in order開けて見て開あけて見みて open and view、またそれを元の通り元もとの通とおり original stateに畳んで畳たたんで fold up机の上に置こうとした置おこうとした was about to place。その時時とき time; momentふと結末結末けつまつ end; conclusionに近い近ちかい close; near (to)一句一句いっく single phraseが私の眼にはいった。

「この手紙があなたの手に落ちる落おちる fall; drop (into)頃頃ころ timeには、私はもうこの世世よ worldにはいないでしょう。とくに死んでいる死しんでいる passed away; deceasedでしょう」

私ははっと思ったはっと思おもった was shocked; was stunned。今までざわざわと動いてざわざわと動うごいて move in restless agitationいた私の胸胸むね breast; bosomが一度に一度いちどに at once凝結した凝結ぎょうけつした fell still; frozeように感じた感かんじた felt; seemed。私はまた逆に逆ぎゃくに in reverse頁をはぐり返したはぐり返かえした flipped back through。そうして一枚に一枚いちまいに on each (page)一句ぐらいずつの割割わり rateで倒に倒さかさに backwards; in reverse読んで行った読よんで行いった read through。私は咄嗟咄嗟とっさ moment; instantの間間あいだ period; interval (of time)に、私の知らなければならない知しらなければならない must know; need to learn事を知ろうとして、ちらちらするちらちらする flutter; dance文字文字もんじ characters (usually 文字もじ)を、眼で刺し通そう刺さし通とおそう stab; skewerと試みた。その時私の知ろうとするのは、ただ先生の安否安否あんぴ welfare; well-beingだけであった。先生の過去過去かこ past、かつて先生が私に話そう話はなそう tell; conveyと約束した約束やくそくした promised; pledged薄暗い薄暗うすぐらい dim; vague; obscureその過去、そんなものは私に取ってに取とって to ...、全く全まったく utterly; completely無用無用むよう of no consequence; superfluousであった。私は倒まに倒さかさまに backward; in reverse頁をはぐりながら、私に必要な必要ひつような necessary; essential知識知識ちしき knowledge; informationを容易に容易よういに easilty与えてくれない与あたえてくれない not give; not impart (to)この長い長ながい long; lengthy手紙を自烈たそうに自烈じれったそうに with irritation; with annoyance畳んだ。

私私わたくし I; meはまた父父ちち fatherの様子様子ようす state; conditionを見に見みに to see; to check on病室病室びょうしつ sickroomの戸口戸口とぐち door; doorwayまで行った行いった went (to)。病人病人びょうにん sick person; invalidの枕辺枕辺まくらべ pillow side; bedsideは存外存外ぞんがい contrary to expectaton; unexpectedly静か静しずか quiet; calmであった。頼りなさそうに頼たよりなさそうに looking helpless; looking forlorn疲れた疲つかれた tired; worn out顔顔かお face; (facial) expressionをしてそこに坐っている坐すわっている be seated母母はは motherを手招ぎして手招てまねぎして beckon; gesture to、「どうですか様子は」と聞いた聞きいた asked。母は「今今いま now; at present少し少すこし somewhat; to some degree持ち合ってる持もち合あってる is steady; is stableようだよ」と答えた答こたえた answered。私は父の眼眼め eyesの前前まえ front ofへ顔を出して出だして put forward; present、「どうです、浣腸して浣腸かんちょうして receive an enema少しは心持心持こころもち feeling; sense of comfortが好くなりました好よくなりました improvedか」と尋ねた尋たずねた asked; inquired。父は首肯いた首肯うなずいた nodded。父ははっきり「有難う有難ありがとう thank you」といった。父の精神精神せいしん mind; heart; spiritは存外朦朧朦朧もうろう dim; hazy; faintとしていなかった。

私はまた病室を退いて退しりぞいて leave; withdraw (from)自分の自分じぶんの one's own部屋部屋へや roomに帰った帰かえった returned (to)。そこで時計時計とけい clockを見ながら、汽車汽車きしゃ (steam) trainの発着表発着表はっちゃくひょう timetable; scheduleを調べた調しらべた examined; checked。私は突然突然とつぜん suddenly; abruptly立って立たって got up; rose帯帯おび belt; sashを締め直して締しめ直なおして refastened; straightened up、袂袂たもと sleeve pocketの中中なか insideへ先生先生せんせい Sensei (elder one; teacher - used here as form of address)の手紙手紙てがみ letterを投げ込んだ投なげ込こんだ dropped into。それから勝手口勝手口かってぐち kitchen door; side doorから表表おもて out frontへ出た出でた went out (to)。私は夢中で夢中むちゅうで in a haze; in a trance医者医者いしゃ doctorの家家いえ houseへ馳け込んだ馳かけ込こんだ rushed; hurried (to)。私は医者から父がもう二、三日二に、三日さんち two or three days保つ保もつ hold onだろうか、そこのところを判然判然はっきり clearly; directly聞こうとした。注射注射ちゅうしゃ injectionでも何でも何なんでも anythingして、保たしてくれと頼もうとした頼たのもうとした intented to request。医者は生憎生憎あいにく unfortunately; regrettably留守であった留守るすであった was away; was out。私には凝として凝じっとして stay still; restrain oneself彼彼かれ he; himの帰るのを待ち受ける待まち受うける wait upon; await時間時間じかん time; leisureがなかった。心心こころ heart; mindの落ち付き落おち付つき composureもなかった。私はすぐ俥俥くるま cart; rickshawを停車場停車場ステーション stationへ急がせた急いそがせた had rush (to)。

私は停車場の壁壁かべ wallへ紙片紙片かみぎれ scrap of paperを宛てがって宛あてがって apply to; set against、その上上うえ top ofから鉛筆鉛筆えんぴつ pencilで母と兄兄あに older brother; elder brotherあてで手紙を書いた書かいた wrote; scribbled。手紙はごく簡単な簡単かんたんな simple; briefものであったが、断らないで断ことわらないで without informing; giving no notice走る走はしる run; take offよりまだ増し増まし better; preferableだろうと思って思おもって think; reckon、それを急いで宅宅うち house; homeへ届ける届とどける deliver (to)ように車夫車夫しゃふ rickshaw manに頼んだ。そうして思い切った思おもい切きった resolute; determined勢い勢いきおい spirit; vigorで東京行き東京とうきょう行ゆき bound for Tōkyōの汽車に飛び乗って飛とび乗のって jump aboardしまった。私はごうごう鳴る鳴なる rumble; roar三等列車三等さんとう列車れっしゃ third-class rail carの中で、また袂から先生の手紙を出して、ようやく始め始はじめ beginning; startからしまいまで眼を通した眼めを通とおした read through。