Kokoro - My Parents and I - 01-09

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中中ちゅう middle (second part of a story) 両親両親りょうしん parentsと私私わたくし I; me

一一いち (part) 1

宅宅うち homeへ帰って帰かえって return (home)案外案外あんがい contrary to expectationに思った思おもった thought; found (to be)のは、父父ちち fatherの元気元気げんき health; vigorがこの前前まえ previous; prior (time)見た見みた saw; met時時とき time; occasionと大して大たいして (not so) much変って変かわって changeいない事事こと state of affairsであった。

「ああ帰ったかい。そうか、それでも卒業卒業そつぎょう graduationができてまあ結構結構けっこう fine; splendidだった。ちょっとお待ちお待まち wait、今今いま now; soon顔顔かお faceを洗って来る洗あらって来くる go and washから」

父は庭庭にわ garden; yardへ出て出でて go out to何か何なにか somethingしていたところであった。古い古ふるい old麦藁帽麦藁帽むぎわらぼう straw hatの後ろ後うしろ back of; behindへ、日除日除ひよけ sunshadeのために括り付けた括くくり付つけた tied; fastened薄汚ない薄汚うすぎたない filthy; soiledハンケチハンケチ handkerchiefをひらひらさせながら、井戸井戸いど (water) wellのある裏手裏手うらて back side (of the house)の方方ほう directionへ廻って行った廻まわって行いった went round to。

学校学校がっこう school (university)を卒業するのを普通普通ふつう usual; ordinaryの人間人間にんげん personとして当然当然とうぜん natural; matter of courseのように考えて考かんがえて consider; think of asいた私は、それを予期以上予期よき以上いじょう more than anticipatedに喜んで喜よろこんで be pleased; be delightedくれる父の前に恐縮した恐縮きょうしゅくした was caught off guard; was not sure how to react。

「卒業ができてまあ結構だ」

父はこの言葉言葉ことば wordsを何遍も何遍なんべんも any number of times繰り返した繰くり返かえした repeated。私は心のうちで心こころのうちで inwardly; to oneselfこの父の喜びと、卒業式卒業式そつぎょうしき graduation ceremonyのあった晩晩ばん evening先生先生せんせい Sensei (elder one; teacher - used here as form of address)の家家うち house; homeの食卓食卓しょくたく dinner tableで、「お目出とうお目出めでとう congratulations」といわれた時の先生の顔付顔付かおつき look; expressionとを比較した比較ひかくした compared。私には口口くち mouthで祝って祝いわって congratulateくれながら、腹の底で腹はらの底そこで deep down; insideけなしてけなして slight; dispraiseいる先生の方が、それほどにもないものを珍しそうに珍めずらしそうに as though unusual; as though novel嬉しがる嬉うれしがる look happy; seem glad父よりも、かえって高尚高尚こうしょう noble; refinedに見えた。私はしまいに父の無知無知むち ignorance; unworldlinessから出る出でる originate; emanate (from)田舎臭い田舎臭いなかくさい unsophisticated; provincial (lit: reeking of the country)ところに不快不快ふかい discontent; displeasureを感じ出した感かんじ出だした began to feel。

「大学大学だいがく universityぐらい卒業したって、それほど結構でもありません。卒業するものは毎年毎年まいとし each year何百人何百人なんびゃくにん hundreds of peopleだってあります」

私はついにこんな口の利きよう口くちの利ききよう manner of speaking; manner of expressionをした。すると父が変な変へんな odd; strange顔をした。

「何も何なにも (no)thing卒業したから結構とばかりいうんじゃない。そりゃ卒業は結構に違いないに違ちがいない no doubt ...が、おれのいうのはもう少し少すこし a little; a bit意味意味いみ meaning; significanceがあるんだ。それがお前お前まえ youに解って解わかって understand; comprehendいてくれさえすれば、……」

私は父からその後後あと continuation; remainderを聞こうとした聞きこうとした tried to find out; asked (someone) to explain。父は話したくなさそうであった話はなしたくなさそうであった seemed reluctant to talkが、とうとうこういった。

「つまり、おれが結構結構けっこう fine; splendidという事事こと act; matterになるのさ。おれはお前お前まえ youの知ってる知しってる know; be aware of通り通とおり as ...の病気病気びょうき illness; maladyだろう。去年去年きょねん last yearの冬冬ふゆ winterお前に会った会あった saw; was together with時時とき time; occasion、ことによるともう三月三月みつき three monthsか四月四月よつき four monthsぐらいなものだろうと思っていた思おもっていた thought; believedのさ。それがどういう仕合せ仕合しあわせ good fortune; blessingか、今日今日きょう this day; todayまでこうしている。起居起居たちい movement; mobilityに不自由不自由ふじゆう disability; impairmentなくこうしている。そこへお前が卒業して卒業そつぎょうして graduateくれた。だから嬉しい嬉うれしい happy; pleasedのさ。せっかく丹精した丹精たんせいした exerted oneself; applied oneself息子息子むすこ sonが、自分自分じぶん oneselfのいなくなった後後あと afterで卒業してくれるよりも、丈夫な丈夫じょうぶな healthy; fit; robustうちに学校を出て学校がっこうを出でて finish school; graduateくれる方方ほう alternative (of two choices)が親親おや parentの身身み place; positionになれば嬉しいだろうじゃないか。大きな大おおきな great; grand考え考かんがえ ideas; thoughtsをもっているお前から見たら見みたら see; view、高が高たかが only ...; merely ...大学大学だいがく universityを卒業したぐらいで、結構だ結構だといわれるのは余り余あまり a good deal面白くもない面白おもしろくもない unpleasant; disagreeableだろう。しかしおれの方から見てご覧見みてご覧らん try looking at、立場立場たちば standpoint; viewpointが少し少すこし a little; a bit違って違ちがって be differentいるよ。つまり卒業はお前に取ってに取とって to ...; for ...より、このおれに取って結構なんだ。解ったかい解わかったかい can (you) understand」

私私わたくし I; meは一言一言いちごん a single wordもなかった。詫まる詫あやまる apologize以上以上いじょう more than; beyondに恐縮して恐縮きょうしゅくして feel sorry; feel ashamed俯向いていた俯向うつむいていた looked down; hung one's head。父父ちち Fatherは平気なうちに平気へいきなうちに calmly; with composure自分の死死し deathを覚悟して覚悟かくごして be resigned to; be resolved toいたものとみえる。しかも私の卒業する前に死ぬだろうと思い定めて思おもい定さだめて decide in one's mind that ...いたとみえる。その卒業が父の心心こころ heart; mindにどのくらい響く響ひびく resonate; be impactfulかも考えずにいた私は全く全まったく completely; utterly愚かもの愚おろかもの foolであった。私は鞄鞄かばん bagの中中なか insideから卒業証書卒業そつぎょう証書しょうしょ diplomaを取り出して取とり出だして take out、それを大事そうに大事だいじそうに with an air of import; ceremoniously父と母母はは motherに見せた。証書は何か何なにか somethingに圧し潰されて圧おし潰つぶされて was crushed; was flattened、元の元もとの original; former形形かたち shapeを失っていた失うしなっていた lost。父はそれを鄭寧に鄭寧ていねいに carefully伸した伸のした extended; straightened。

「こんなものは巻いた巻まいた rolledなりなり shape; form; state手に持って来る手てに持もって来くる hand carryものだ」

「中に心心しん center; coreでも入れる入いれる insert; put intoと好かったと好よかった should have ...のに」と母も傍傍かたわら (one's) side; nearbyから注意した注意ちゅういした advised。

父はしばらくそれを眺めた眺ながめた looked on; gazed at後、起って起たって stand up床の間床とこの間ま alcoveの所所ところ placeへ行って行いって go (to)、誰誰だれ anyoneの目目め eyes; line of sightにもすぐはいるような正面正面しょうめん frontへ証書を置いた置おいた set; placed。いつもの私ならすぐ何とか何なんとか somethingいうはずであったが、その時の私はまるで平生平生へいぜい usual; ordinaryと違っていた。父や母に対してに対たいして with respect to少しも逆らう逆さからう oppose; defy気気き inclinationが起らなかった起おこらなかった did not arise; did not occur。私はだまって父の為すがままに為なすがままに as is wont to do任せておいた任まかせておいた entrusted to; left to。一旦一旦いったん once癖癖くせ crease; wrinkle; curlのついた鳥の子紙鳥とりの子紙こがみ fibrous Japanese paperの証書は、なかなか父の自由自由じゆう as one desiresにならなかった。適当な適当てきとうな appropriate位置位置いち place; positionに置かれるや否やや否いなや as soon as、すぐ己れに己おのれに of its own; on its own自然な自然しぜんな natural; inherent勢い勢いきおい impetusを得て得えて take on; get; gain倒れようとした倒たおれようとした wanted to topple over。

二二に (part) two

私私わたくし I; meは母母はは motherを蔭蔭かげ aside; off to the sideへ呼んで呼よんで called; beckoned父父ちち fatherの病状病状びょうじょう condition (of one's health)を尋ねた尋たずねた asked; inquired (about)。

「お父さんお父とうさん fatherはあんなに元気そうに元気げんきそうに energetically; vigorously庭庭にわ garden; yardへ出たり出でたり go out (to)何か何なにか somethingしているが、あれでいいんですか」

「もう何ともない何なんともない is nothing; is no problemようだよ。大方大方おおかた probably; most likely好くおなり好よくおなり get better; improve; recoverなんだろう」

母は案外案外あんがい more than expected平気平気へいき calm; composed; unconcernedであった。都会都会とかい cityから懸け隔たった懸かけ隔へだたった far away; remote (from)森森もり woodsや田田た (farm) fieldsの中中なか middle; midstに住んで住すんで liveいる女女おんな womanの常常つね usual stateとして、母はこういう事事こと matters; affairsに掛けてに掛かけて concerning; with regard toはまるで無知識無知識むちしき uninformed; ignorantであった。それにしてもこの前前まえ before; prior父が卒倒した卒倒そっとうした fainted; swooned時時とき time; occasionには、あれほど驚いて驚おどろいて be unnerved; be upset、あんなに心配した心配しんぱいした worried; frettedものを、と私は心のうちで心こころのうちで inside; to oneself独り独ひとり alone異な異いな odd; strange感じ感かんじ feeling; impressionを抱いた抱いだいた held; harbored。

「でも医者医者いしゃ doctorはあの時到底到底とても very much; quiteむずかしいって宣告した宣告せんこくした pronouncedじゃありませんか」

「だから人間人間にんげん humanの身体身体からだ bodyほど不思議な不思議ふしぎな mysterious; wondrousものはないと思う思おもう think; believe; feelんだよ。あれほどお医者が手重く手重ておもく solemnly; gravelyいったものが、今今いま now; the presentまでしゃんしゃんしているしゃんしゃんしている be healthy and activeんだからね。お母さんお母かあさん motherも始めのうち始はじめのうち at first; initiallyは心配して、なるべく動かさない動うごかさない restrain; keep stillようにと思ってたんだがね。それ、あの気性気性きしょう disposition; temperamentだろう。養生養生ようじょう taking care of oneself; recuperationはしなさるけれども、強情強情ごうじょう obstinacy; stubbornnessでねえ。自分自分じぶん oneselfが好い好いい okay; all right; fineと思い込んだら思おもい込こんだら convince oneself; get the notion、なかなか私私わたし I; meのいう事なんか、聞きそうにもなさらない聞ききそうにもなさらない is not about to listen toんだからね」

私はこの前帰った帰かえった returned home時、無理に無理むりに with effort床を上げさして床とこを上あげさして get out of bed、髭を剃った髭ひげを剃そった shaved父の様子様子ようす situation; circumstanceと態度態度たいど behavior; mannerとを思い出した思おもい出だした remembered; recalled。「もう大丈夫大丈夫だいじょうぶ all right; okay、お母さんがあんまり仰山過ぎる仰山ぎょうさん過すぎる overblown; making too much ofからいけないんだ」といったその時の言葉言葉ことば wordsを考えて考かんがえて think about; considerみると、満更満更まんざら (not) altogether; (not) entirely母ばかり責める責せめる blame; reproach気気き inclinationにもなれなかった。「しかし傍傍はた (from) close byでも少し少すこし a little; a bitは注意しなくっちゃ注意ちゅういしなくっちゃ need to caution; need to advise」といおうとした私は、とうとう遠慮して遠慮えんりょして hold back; refrain何にも口へ出さなかった何なんにも口くちへ出ださなかった said nothing; kept silent。ただ父の病病やまい illness; maladyの性質性質せいしつ nature; characteristicsについて、私の知る知しる know; be aware of限り限かぎり limits of; extent ofを教える教おしえる inform; shareように話して聞かせた話はなして聞きかせた told; communicated。しかしその大部分大部分だいぶぶん most part; greater partは先生先生せんせい Sensei (elder one; teacher - used here as form of address)と先生の奥さん奥おくさん wifeから得た得えた gained; acquired材料材料ざいりょう materialに過ぎなかったに過すぎなかった was nothing more than ...。母は別に別べつに particularly感動した感動かんどうした was moved; was impressed様子も見せなかった見みせなかった didn't show。ただ「へえ、やっぱり同じ同おんなじ the same病気病気びょうき sickness; diseaseでね。お気の毒お気きの毒どく unfortunate; a shameだね。いくつでお亡くなりお亡なくなり die; pass awayかえ、その方方かた personは」などと聞いた。

私私わたくし I; meは仕方がない仕方しかたがない have no other recourseから、母母はは motherをそのままにしておいて直接直接ちょくせつ directly父父ちち fatherに向かった向むかった turned to。父は私の注意注意ちゅうい advice; counselを母よりは真面目に真面目まじめに earnestly; sincerely聞いて聞きいて listenくれた。「もっともだ。お前お前まえ youのいう通りいう通とおり just as (one) saysだ。けれども、己己おれ I; meの身体身体からだ bodyは必竟必竟ひっきょう after all; at the end of the day己の身体で、その己の身体についての養生法養生法ようじょうほう how to take care ofは、多年多年たねん many yearsの経験経験けいけん experience上上じょう building on; based on、己が一番一番いちばん first; foremost能く能よく properly; well心得て心得こころえて know; understandいるはずだからね」といった。それを聞いた母は苦笑した苦笑くしょうした floated a wry smile。「それご覧なそれご覧らんな there you have it; see what I mean」といった。

「でも、あれでお父さんお父とうさん fatherは自分自分じぶん oneselfでちゃんと覚悟覚悟かくご resolution; resolveだけはしているんですよ。今度今度こんど this time私が卒業して卒業そつぎょうして graduate帰った帰かえった returned homeのを大変大変たいへん very much; terribly喜んでいる喜よろこんでいる be pleased; be delightedのも、全く全まったく utterly; completelyそのためなんです。生きてる生いきてる be aliveうちに卒業はできまいと思った思おもった thought; believedのが、達者達者たっしゃ in good healthなうちに免状免状めんじょう diplomaを持って来た持もって来きた brought; brought withから、それが嬉しい嬉うれしい happy; pleasedんだって、お父さんは自分でそういっていましたぜ」

「そりゃ、お前、口で口くちで with one's mouth; verbally; in wordsこそそうおいいだけれどもね。お腹のなかではお腹なかのなかでは deep down; insideまだ大丈夫大丈夫だいじょうぶ all right; okayだと思ってお出思おもってお出いで thinks; believesのだよ」

「そうでしょうか」

「まだまだ十年十年じゅうねん ten yearsも二十年二十年にじゅうねん twenty yearsも生きる気気き intentionでお出のだよ。もっとも時々時々ときどき from time to time; on occasionはわたしにも心細い心細こころぼそい discouraging; dishearteningような事事こと thingsをおいいだがね。おれもこの分じゃこの分ぶんじゃ at this rateもう長い長ながい long; lengthy事もあるまいよ、おれが死んだら死しんだら die; pass away、お前はどうする、一人で一人ひとりで by oneself; aloneこの家家うち houseにいる気かなんて」

私は急に急きゅうに suddenly父がいなくなって母一人が取り残された取とり残のこされた be left behind時時とき timeの、古い古ふるい old広い広ひろい large; spacious田舎家田舎家いなかや farm houseを想像して見た想像そうぞうして見みた imagined。この家家いえ house; homeから父一人を引き去った引ひき去さった took away; withdrew後後あと afterは、そのままで立ち行く立たち行ゆく keep going; carry onだろうか。兄兄あに elder brotherはどうするだろうか。母は何何なん whatというだろうか。そう考える考かんがえる consider; think about私はまたここの土土つち earth; landを離れて離はなれて disengage from; leave、東京東京とうきょう Tōkyōで気楽に気楽きらくに in comfort暮らして行ける暮くらして行いける live one's lifeだろうか。私は母を眼の前眼めの前まえ before one's eyesに置いて置おいて set; place、先生先生せんせい Sensei (elder one; teacher - used here as form of address)の注意――父の丈夫丈夫じょうぶ healthy; robustでいるうちに、分けて貰う分わけて貰もらう have divide; have divvy upものは、分けて貰って置けという注意を、偶然偶然ぐうぜん at this same time思い出した思おもい出だした remembered; recalled。

「なにね、自分で死ぬ死ぬっていう人に死んだ試し試ためし precedent; exampleはないんだから安心安心あんしん not to worryだよ。お父さんなんぞも、死ぬ死ぬっていいながら、これから先先さき ahead; in the futureまだ何年何年なんねん how many years生きなさるか分るまい分わかるまい no one knowsよ。それよりか黙って黙だまって say nothing; keep quietる丈夫の人人ひと people; personsの方方ほう alternative (of two choices)が剣呑剣呑けんのん at risk; in dangerさ」

私は理屈理屈りくつ theory; reasonから出た出でた came fromとも統計統計とうけい statisticsから来たとも知れない知しれない not known to ...、この陳腐な陳腐ちんぷな stale; hackneyed; clichédような母の言葉言葉ことば wordsを黙然と黙然もくねんと in silence聞いていた。

三三さん (part) 3

私私わたくし I; meのために赤い赤あかい red (congratulatory color)飯飯めし (cooked) riceを炊いて炊たいて cook; prepare客をする客きゃくをする have guestsという相談相談そうだん discussionが父父ちち fatherと母母はは motherの間の間あいだ between ...に起った起おこった took place; occurred。私は帰った帰かえった returned home当日当日とうじつ very day; the day ofから、あるいはあるいは possibly; likelyこんな事事こと act; matterになるだろうと思って思おもって think; expect、心のうちで心こころのうちで inwardly; to oneself暗に暗あんに secretly; discreetlyそれを恐れて恐おそれて fearいた。私はすぐ断わった断ことわった begged off; declined。

「あんまり仰山な仰山ぎょうさんな excessive; extreme事は止して止よして stop; dispense withください」

私は田舎田舎いなか countryside; rural areaの客が嫌い嫌きらい not to one's liking; distastefulだった。飲んだり飲のんだり drink食ったり食くったり eatするのを、最後の最後さいごの final; definitive目的目的もくてき objective; purposeとしてやって来るやって来くる come by; arrive彼ら彼かれら they; themは、何か何なにか something; anything事があれば好い好いい fine; nice; sufficientといった風風ふう air; mannerの人人ひと peopleばかり揃って揃そろって assemble; come togetherいた。私は子供の時子供こどもの時とき childhoodから彼らの席席せき seat; place (at the table)に侍する侍じする wait upon; tend toのを心苦しく感じて心苦こころぐるしく感かんじて regret; feel bad about (a situation)いた。まして自分自分じぶん oneselfのために彼らが来るとなると、私の苦痛苦痛くつう discomfort; aversionはいっそう甚しい甚はなはだしい terrible; intenseように想像された想像そうぞうされた seemed to be。しかし私は父や母の手前手前てまえ in front (of)、あんな野鄙な野鄙やひな vulgar; crude人を集めて集あつめて gather; call together騒ぐ騒さわぐ make a racket; kick up a fussのは止せともいいかねた。それで私はただあまり仰山だからとばかり主張した主張しゅちょうした argued; insisted。

「仰山仰山とおいいだが、些とも些ちっとも (not) in the least仰山じゃないよ。生涯生涯しょうがい one's lifetimeに二度二度にど twice; two timesとある事じゃないんだからね、お客ぐらいするのは当り前当あたり前まえ natural; reasonableだよ。そう遠慮遠慮えんりょ modesty; restraintをお為お為し do; exercise; practiceでない」

母は私が大学大学だいがく universityを卒業した卒業そつぎょうした graduated (from)のを、ちょうど嫁嫁よめ wife; brideでも貰った貰もらった took; receivedと同じ同おなじ the same程度程度ていど degree; extentに、重く見て重おもく見みて view as important; place importance onいるらしかった。

「呼ばなくって呼よばなくって not call; not summonも好いが、呼ばないとまた何とか何なんとか something; something or otherいうから」

これは父の言葉言葉ことば words; remarkであった。父は彼らの陰口陰口かげぐち speaking ill of one in the shadows; backbitingを気にして気きにして worry aboutいた。実際実際じっさい in fact; indeed彼らはこんな場合場合ばあい circumstance; situationに、自分たちの予期通り予期よき通どおり as expected; as anticipatedにならないと、すぐ何とかいいたがる人々人々ひとびと people; folkであった。

「東京東京とうきょう Tōkyōと違ってと違ちがって unlike ...田舎は蒼蠅い蒼蠅うるさい particular; demandingからね」

父はこうもいった。

「お父さんお父とうさん (your) fatherの顔顔かお honor; reputationもあるんだから」と母がまた付け加えた付つけ加くわえた added。

私は我を張る我がを張はる assert one's will訳にも行かなかった訳わけにも行ゆかなかった was not the place to ...。どうでも二人二人ふたり two (people)の都合の好い都合つごうの好いい convenient; suiting one's needsようにしたらと思い出した思おもい出だした began to think; decided。

「つまり私私わたくし I; meのためなら、止して止よして stop; dispense with下さい下ください please ...というだけなんです。陰陰かげ shadows; behind one's backで何か何なにか something; something or otherいわれるのが厭厭いや unpleasant; disagreeableだからというご主意ご主意しゅい idea; meaning; considerationなら、そりゃまた別別べつ different; another thingです。あなたがたに不利益な不利益ふりえきな disadvantageous; counter to one's interests事事こと act; actionを私が強いて強しいて by force; unrelentingly主張した主張しゅちょうした assert oneself; insist onって仕方がありません仕方しかたがありません there's no point in ...」

「そう理屈理屈りくつ rationalizationをいわれると困る困こまる be troubled (by); be uncomfortable (with)」

父父ちち fatherは苦い苦にがい bitter; disapproving顔顔かお face; (facial) expressionをした。

「何もお前お前まえ youのためにするんじゃないとお父さんお父とうさん fatherがおっしゃるんじゃないけれども、お前だって世間世間せけん the world; societyへの義理義理ぎり sense of duty; social obligationぐらいは知っている知しっている know of; be aware ofだろう」

母母はは motherはこうなると女女おんな woman; femaleだけにだけに as expected of; as typical ofしどろもどろなしどろもどろな confused; incoherent事をいった。その代りその代かわり at the same time口数口数くちかず number of words; quantity of speechからいうと、父と私を二人寄せて二人ふたり寄よせて two (people) togetherもなかなか敵う敵かなう match; compare to; rivalどころではなかった。

「学問学問がくもん scholarship; learningをさせると人間人間にんげん human beings; peopleがとかく理屈っぽくなっていけない」

父はただこれだけしかいわなかった。しかし私はこの簡単な簡単かんたんな simple; sparse一句一句いっく single remarkのうちに、父が平生平生へいぜい usual; ordinaryから私に対してに対たいして with respect to; in relation toもっている不平不平ふへい dissatisfaction; discontent; resentmentの全体全体ぜんたい full measure; entiretyを見た見みた saw; perceived。私はその時時とき time自分の自分じぶんの one's own言葉使い言葉ことば使づかい manner of speaking; approachの角張った角張かどばった stiff; abrasive; offensiveところに気が付かずに気きが付つかずに unaware of; oblivious to、父の不平の方方ほう alternative (of two things)ばかりを無理無理むり unreasonable; unjustifiedのように思った思おもった thought; regarded; considered。

父はその夜夜よ eveningまた気を更えて気きを更かえて change one's mood、客客きゃく guestsを呼ぶ呼よぶ call; summon; inviteなら何日何日いつ what day; whenにするかと私の都合都合つごう circumstances; preferencesを聞いた聞きいた asked。都合の好い好いい favorableも悪い悪わるい unfavorableもなしにただぶらぶら古い古ふるい old; ancient家家いえ houseの中中なか inside; withinに寝起きして寝起ねおきして passing one'd days (lit: sleeping and waking)いる私に、こんな問い問とい question; inquiryを掛ける掛かける ask; pose (a question)のは、父の方が折れて出た折おれて出でた took a milder tone; softened one's stanceのと同じ同おなじ the same; equivalent事であった。私はこの穏やかな穏おだやかな calm; quiet; subdued父の前前まえ before; in front ofに拘泥らない拘泥こだわらない un-opposing; cooperative頭頭あたま headを下げた下さげた lowered。私は父と相談相談そうだん discussion; consultationの上の上うえ after ...; based on ...招待招待しょうだい invitation; invitesの日取り日取ひどり set date; appointed dayを極めた極きめた decided; settled on。

その日取りのまだ来ない来こない not come; not arriveうちに、ある大きな大おおきな significant; impactful事が起った起おこった happened; occurred。それは明治天皇明治めいじ天皇てんのう Meiji Emperorのご病気ご病気びょうき sickness; illnessの報知報知ほうち news; notice; report (of)であった。新聞紙新聞紙しんぶんし newspapersですぐ日本中日本中にほんじゅう throughout Japanへ知れ渡った知しれ渡わたった became widely knownこの事件事件じけん happening; situationは、一軒一軒いっけん one; single (house)の田舎家田舎家いなかや country houseのうちに多少の多少たしょうの some degree of曲折曲折くっせつ twists and turns; complicationsを経て経へて through; by way ofようやく纏まろうとした纏まとまろうとした worked to settle; managed to arrange私の卒業祝い卒業そつぎょう祝いわい graduation partyを、塵塵ちり dust; dirtのごとくに吹き払った吹ふき払はらった blew asunder; swept away; dispersed。

「まあ、ご遠慮申したご遠慮えんりょ申もうした refrain; hold off方がよかろう」

眼鏡眼鏡めがね glassesを掛けて掛かけて put on; wear新聞を見ていた父はこういった。父は黙って黙だまって in silence自分の病気の事も考えて考かんがえて consider; reflect onいるらしかった。私はついこの間この間あいだ a while agoの卒業式卒業式そつぎょうしき graduation ceremonyに例年の通り例年れいねんの通とおり as per (annual) tradition大学大学だいがく universityへ行幸行幸ぎょうこう imperial visitになった陛下陛下へいか His Majesty (the Emperor)を憶い出したりした憶おもい出だしたりした remembered; thought back to。

四四よん (part) 4

小勢小勢こぜい small force; tight groupな人数人数にんず number of peopleには広過ぎる広過ひろすぎる too large; oversized古い古ふるい old; ancient家家いえ houseがひっそりしている中中うち middle; midstに、私私わたくし I; meは行李行李こうり luggage; baggageを解いて解といて unfasten; unpack書物書物しょもつ booksを繙き始めた繙ひもとき始はじめた began to peruse; began to read。なぜか私は気が落ち付かなかった気きが落おち付つかなかった could not settle oneself; could not concentrate。あの目眩るしい目眩めまぐるしい overwhelming (the senses); hectic; bewildering東京東京とうきょう Tōkyōの下宿下宿げしゅく lodgings; lodging houseの二階二階にかい second floorで、遠く遠とおく in the distance走る走はしる run; pass電車電車でんしゃ (electric) trainsの音音おと soundを耳にしながら耳みみにしながら catching the sound of; hearing、頁頁ページ pagesを一枚一枚に一枚いちまい一枚いちまいに one (page) by one (page)まくって行くまくって行いく turn through; flip through方方ほう alternative (of two choices)が、気に張りがあって気きに張はりがあって feel inspired; feel motivated心持よく心持こころもちよく with positive mindset; in good fashion勉強勉強べんきょう studiesができた。

私はややともすると机机つくえ desk; (reading) tableにもたれて仮寝仮寝うたたね catnap; snoozeをした。時には時ときには sometimes; at timesわざわざ枕枕まくら pillowさえ出して出だして take out本式に本式ほんしきに for real; in earnest昼寝昼寝ひるね nap; siestaを貪ぼる貪むさぼる indulge in事事こと casesもあった。眼が覚める眼めが覚さめる open one's eyes; come toと、蝉の声蝉せみの声こえ the chirping of cicadasを聞いた聞きいた heard。うつつうつつ reality; the greater worldから続いている続つづいている be connected to; be part ofようなその声は、急に急きゅうに suddenly八釜しく八釜やかましく noisily; clamorously耳の底耳みみの底そこ the depths of one's earsを掻き乱した掻かき乱みだした stirred up; disturbed。私は凝と凝じっと fixedly; intentlyそれを聞きながら、時に悲しい悲かなしい sad; melancholy思い思おもい thoughts; sentimentsを胸に抱いた胸むねに抱いだいた held in one's breast; felt keenly。

私は筆筆ふで brush; penを執って執とって take up友達友達ともだち friendsのだれかれに短い短みじかい short; brief端書端書はがき postcardまたは長い長ながい long; lengthy手紙手紙てがみ letterを書いた書かいた wrote。その友達のあるものは東京に残って残のこって remainいた。あるものは遠い故郷故郷こきょう home region; native placeに帰っていた帰かえっていた had returned to。返事返事へんじ replyの来る来くる come; arriveのも、音信音信たより word; tidingsの届かない届とどかない not be delivered; not arriveのもあった。私は固より固もとより of course先生先生せんせい Sensei (elder one; teacher - used here as form of address)を忘れなかった忘わすれなかった didn't forget。原稿紙原稿紙げんこうし writing paperへ細字細字さいじ small characters; small printで三枚三枚さんまい three pagesばかり国国くに country; one's native placeへ帰ってから以後以後いご since ...の自分自分じぶん oneselfというようなものを題目題目だいもく subject; themeにして書き綴った書かき綴つづった wrote out; chronicledのを送る送おくる send事にした。私はそれを封じる封ふうじる seal (in an envelope)時、先生ははたしてまだ東京にいるだろうかと疑った疑うたぐった doubted; questioned。先生が奥さん奥おくさん wifeといっしょに宅宅うち houseを空ける空あける vacate; leave empty場合場合ばあい situation; caseには、五十恰好五十ごじゅう恰好がっこう looking to be about fifty; fiftyishの切下切下きりさげ loose-cut hair (style worn by widows in Meiji period)の女の人女おんなの人ひと womanがどこからか来て来きて come; arrive、留守番留守番るすばん care-taking; house-sittingをするのが例例れい usual practice; customary procedureになっていた。私がかつて先生にあの人は何何なん what; whoですかと尋ねたら尋たずねたら asked; inquired、先生は何と見えます見みえます appear; seem; look (to be)かと聞き返した聞きき返かえした asked in return。私はその人を先生の親類親類しんるい relative; relation; kinと思い違えて思おもい違ちがえて incorrectly assumeいた。先生は「私には親類はありませんよ」と答えた答こたえた answered; replied。先生の郷里郷里きょうり native place; home townにいる続きあい続つづきあい family relationsの人々人々ひとびと peopleと、先生は一向一向いっこう (not) in the least音信の取り遣り取とり遣やり exchange (of letters) (= 遣やり取とり)をしていなかった。私の疑問にした疑問ぎもんにした asked aboutその留守番の女の人は、先生とは縁縁えん affinity; connectionのない奥さんの方の親戚親戚しんせき relative; relation; kinであった。私は先生に郵便郵便ゆうびん mailを出す時、ふと幅幅はば widthの細い細ほそい thin; slender帯帯おび obi; kimono sashを楽に楽らくに comfortably後ろ後うしろ behind; in backで結んで結むすんで tie; fastenいるその人の姿姿すがた form; appearanceを思い出した思おもい出だした remembered; recalled。もし先生夫婦先生せんせい夫婦ふうふ Sensei and his wifeがどこかへ避暑避暑ひしょ summering; escaping the heatにでも行った行いった left; departedあとへこの郵便が届いたら届とどいたら be delivered、あの切下のお婆さんお婆ばあさん older ladyは、それをすぐ転地先転地先てんちさき travel destinationへ送って送おくって send; forwardくれるだけの気転気転きてん thought; foresightと親切親切しんせつ kindness; considerationがあるだろうかなどと考えた考かんがえた considered; wondered。そのくせその手紙のうちにはこれというほどの必要の必要ひつようの necessary; essential事も書いてないのを、私は能く能よく well; fully承知していた承知しょうちしていた was aware。ただ私は淋しかった淋さびしかった was lonely。そうして先生から返事の来るのを予期して予期よきして anticipate; expectかかった。しかしその返事はついに来なかった来こなかった did not come; did not arrive。

父父ちち fatherはこの前前まえ earlier; beforeの冬冬ふゆ winterに帰って来た帰かえって来きた came back; returned時時とき time; occasionほど将棋将棋しょうぎ shōgi (board game)を差したがらなくなった差さしたがらなくなった was less interested in playing。将棋盤将棋盤しょうぎばん shōgi boardはほこりの溜った溜たまった collected; gathered; accumulatedまま、床の間床とこの間ま alcoveの隅隅すみ cornerに片寄せられてあった片寄かたよせられてあった had been pushed aside; had been set aside。ことに陛下陛下へいか His Majesty (the Emperor)のご病気ご病気びょうき sickness; illness以後以後いご since ...父は凝と凝じっと fixedly; intently考え込んで考かんがえ込こんで ponder; broodいるように見えた見みえた appeared; seemed (to do)。毎日毎日まいにち each day; every day新聞新聞しんぶん newspaperの来る来くる come; arriveのを待ち受けて待まち受うけて wait on; await、自分自分じぶん oneselfが一番一番いちばん first; foremost先先さき ahead; in advanceへ読んだ読よんだ read。それからその読がら読よみがら read-and-done-with (newspaper)をわざわざ私私わたくし I; meのいる所所ところ placeへ持って来て持もって来きて carry in; bringくれた。

「おいご覧ご覧らん take a look、今日今日きょう todayも天子さま天子てんしさま His Highnessの事事こと matter; affairが詳しく詳くわしく in detail出て出でて appearいる」

父は陛下のことを、つねに天子さまといっていた。

「勿体ない勿体もったいない presumptuous; overreaching話話はなし talkだが、天子さまのご病気も、お父さんお父とうさん fatherのとまあ似た似にた similar; same kind ofものだろうな」

こういう父の顔顔かお face; (facial) expressionには深い深ふかい deep掛念掛念けねん anxiety; concern (usually 懸念けねん)の曇り曇くもり darkness; shadowがかかっていた。こういわれる私の胸胸むね breast; bosomにはまた父がいつ斃れる斃たおれる collapse; fall illか分らない分わからない don't know; can't sayという心配心配しんぱい worry; angstがひらめいた。

「しかし大丈夫大丈夫だいじょうぶ all right; okay; fineだろう。おれのような下らない下くだらない common; good-for-nothing; trivialものでも、まだこうしていられるくらいだから」

父は自分の達者達者たっしゃ good health; wellnessな保証保証ほしょう assuranceを自分で与えながら与あたえながら bestowing; imparting、今にも今いまにも at any moment己れ己おのれ oneselfに落ちかかって来そうな落おちかかって来きそうな seemingly about to befall one危険危険きけん peril; hazardを予感して予感よかんして sense; feel comingいるらしかった。

「お父さんは本当に本当ほんとうに truly; in fact病気を怖がって怖こわがって fear; dreadるんですよ。お母さんお母かあさん motherのおっしゃるように、十年十年じゅうねん ten yearsも二十年二十年にじゅうねん twenty yearsも生きる生いきる live気気き intentionじゃなさそうですぜ」

母母はは motherは私の言葉言葉ことば wordsを聞いて聞きいて listen to当惑そうな当惑とうわくそうな at a loss; nonplussed顔をした。

「ちょっとまた将棋でも差すように勧めてご覧な勧すすめてご覧らんな try offering; try suggesting」

私は床の間から将棋盤を取りおろして取とりおろして took out (from)、ほこりを拭いた拭ふいた wiped off。

五五ご (part) 5

父父ちち fatherの元気元気げんき health; energy; vigorは次第に次第しだいに gradually衰えて行った衰おとろえて行いった weakened; declined。私私わたくし I; meを驚かせた驚おどろかせた surprised; alarmedハンケチ付きハンケチ付つき with handkerchief attachedの古い古ふるい old麦藁帽子麦藁むぎわら帽子ぼうし straw hatが自然と自然しぜんと naturally; in due course閑却される閑却かんきゃくされる be retired; be taken out of serviceようになった。私は黒い黒くろい black煤けた煤すすけた sooty; stained棚棚たな shelfの上上うえ top ofに載っている載のっている be set; be placedその帽子を眺める眺ながめる look at; look onたびに、父に対してに対たいして with respect to; regarding気の毒な思い気きの毒どくな思おもい thoughts of pity; sympathetic feelingsをした。父が以前以前いぜん before; priorのように、軽々と軽々かるがると lightly; easily動く動うごく move; stir間間あいだ period; interval (of time)は、もう少しもう少すこし a little more; a bit more慎んで慎つつしんで do in moderation; refrain (from overdoing)くれたらと心配した心配しんぱいした worried。父が凝と凝じっと quietly; without moving坐り込む坐すわり込こむ remain seated; plant oneself in a seatようになると、やはり元元もと former; as beforeの方方ほう alternative (of two choices)が達者達者たっしゃ good; right (in approach)だったのだという気気き feelingが起った起おこった arose; occurred。私は父の健康健康けんこう health; physical conditionについてよく母母はは motherと話し合った話はなし合あった talked with; engaged in conversation。

「まったく気のせいだよ」と母がいった。母の頭頭あたま head; mindは陛下陛下へいか His Majesty (the Emperor)の病病やまい illness; maladyと父の病とを結び付けて結むすび付つけて tie together; connect; link考えて考かんがえて consider; think ofいた。私にはそうばかりとも思えなかった。

「気じゃない。本当に本当ほんとうに truly; in fact身体身体からだ body; physical healthが悪かない悪わるかない not bad; okayんでしょうか。どうも気分気分きぶん feeling; moodより健康の方が悪くなって行くなって行ゆく progress towardらしい」

私はこういって、心のうちで心こころのうちで to oneselfまた遠くから遠とおくから from afar相当の相当そうとうの worthy; qualified医者医者いしゃ doctorでも呼んで呼よんで call for; summon、一つ一ひとつ one time; once見せよう見みせよう show to; have look atかしらと思案した思案しあんした thought about; considered (doing)。

「今年今年ことし this yearの夏夏なつ summerはお前お前まえ youも詰らなかろう詰つまらなかろう must be a disappointment。せっかく卒業した卒業そつぎょうした graduatedのに、お祝いお祝いわい celebrationもして上げるして上あげる do (something) for someone事ができず事ことができず unable to ...、お父さんお父とうさん fatherの身体もあの通りあの通とおり in such a state; as it isだし。それに天子様天子様てんしさま His Highnessのご病気ご病気びょうき sickness; illnessで。――いっその事いっその事こと rather; preferably、帰る帰かえる return homeすぐにお客お客きゃく guestsでも呼ぶ方が好かった方ほうが好よかった (we) should have ...んだよ」

私が帰ったのは七月七月しちがつ Julyの五、六日五ご、六日ろくにち 5th or 6th (day of the month)で、父や母が私の卒業を祝うために客を呼ぼうといいだしたのは、それから一週間一週間いっしゅうかん one week後後ご afterであった。そうしていよいよと極めた極きめた decided; settled on日日ひ day; dateはそれからまた一週間の余余よ more thanも先先さき ahead; in the futureになっていた。時間時間じかん timeに束縛を許さない束縛そくばくを許ゆるさない not fettered by; not beholden to悠長な悠長ゆうちょうな leisurely; slow; easygoing田舎田舎いなか countryside; rural areaに帰った私は、お蔭でお蔭かげで thanks to; owing to好もしくない好このもしくない unwelcome; disagreeable (= 好このましくない)社交社交しゃこう social interaction上上じょう pertaining toの苦痛苦痛くつう pain; discomfortから救われた救すくわれた was saved from; was sparedも同じ同おなじ the same; equivalent事であったが、私を理解しない理解りかいしない not understand母は少しもそこに気が付いていない気きが付ついていない fail to notice; be unawareらしかった。

崩御崩御ほうぎょ death; passing (of an emperor)の報知報知ほうち news; notice; report (of)が伝えられた伝つたえられた was communicated; was announced時時とき time; occasion、父はその新聞新聞しんぶん newspaperを手にして手てにして take in hand; pick up、「ああ、ああ」といった。

「ああ、ああ、天子様もとうとうおかくれになるおかくれになる pass away; perish。己己おれ I; meも……」

父はその後後あと after; remainderをいわなかった。

私私わたくし I; meは黒い黒くろい blackうすものうすもの lightweight fabric; thin silkを買う買かう purchase; buyために町町まち townへ出た出でた went out (to); made an appearance (in)。それで旗竿旗竿はたざお flagpoleの球球たま ball; sphereを包んで包つつんで wrap; cover、それで旗竿の先先さき tip; endへ三寸三寸さんずん 3 sun (about 10 cm; about 3 inches)幅幅はば widthのひらひらを付けて付つけて attach、門門もん gate; gatewayの扉扉とびら doorの横横よこ side; proximityから斜め斜ななめ at an angleに往来往来おうらい road; streetへさし出したさし出だした pointed; positioned (toward)。旗も黒いひらひらも、風風かぜ wind; breezeのない空気空気くうき airのなかにだらりと下がった下さがった hung; dangled。私の宅宅うち house; homeの古い古ふるい old門の屋根屋根やね roofは藁藁わら strawで葺いてあった葺ふいてあった had been thatched。雨雨あめ rainや風に打たれたり打うたれたり be struck; be beatenまた吹かれたり吹ふかれたり be blown; be buffetedしたその藁の色色いろ colorはとくに変色して変色へんしょくして become discolored、薄く薄うすく lightly灰色灰色はいいろ ashen color; grayを帯びた帯おびた tinged with上に上うえに on top of; in addition to、所々所々ところどころ here and there; in placesの凸凹凸凹でこぼこ unevenness; roughnessさえ眼に着いた眼めに着ついた caught one's eye; was noticeable。私はひとり門の外外そと outside; other sideへ出て、黒いひらひらと、白い白しろい whiteめりんすめりんす light woolen fabricの地地じ fabric; materialと、地のなかに染め出した染そめ出だした dyed赤い赤あかい red日の丸日ひの丸まる sun circle (of the Japanese flag)の色とを眺めた眺ながめた looked at; surveyed。それが薄汚ない薄汚うすぎたない filthy; dirty (looking)屋根の藁に映る映うつる be displayed; be pictured (against)のも眺めた。私はかつて先生先生せんせい Sensei (elder one; teacher - used here as form of address)から「あなたの宅の構え構かまえ structure; constructionはどんな体裁体裁ていさい form; styleですか。私の郷里郷里こうり birthplace; home townの方方ほう alternative (of two choices)とは大分大分だいぶ considerably; a great deal趣趣おもむき appearance; aspectが違って違ちがって differentいますかね」と聞かれた聞きかれた was asked事事こと case; instanceを思い出した思おもい出だした remembered; recalled。私は自分自分じぶん oneselfの生れた生うまれた be bornこの古い家家いえ houseを、先生に見せたくもあった見みせたくもあった wanted to show。また先生に見せるのが恥ずかしくもあった恥はずかしくもあった was also a point of shame。

私はまた一人一人ひとり alone; by oneself家のなかへはいった。自分の机机つくえ desk; study tableの置いて置おいて set; placeある所所ところ place; locationへ来て来きて come (to)、新聞新聞しんぶん newspaperを読みながら読よみながら reading、遠い遠とおい far away; distant東京東京とうきょう Tōkyōの有様有様ありさま situation; state of affairsを想像した想像そうぞうした imagined。私の想像は日本一日本一にほんいち first in Japan; foremost in Japanの大きな大おおきな large; great都都みやこ metropolisが、どんなに暗い暗くらい dark; somberなかでどんなに動いている動うごいている be in motionだろうかの画面画面がめん image; sceneに集められた集あつめられた was focused (on)。私はその黒いなりに動かなければ仕末仕末しまつ management; control (usually 始末しまつ)のつかなくなった都会都会とかい cityの、不安不安ふあん uneasinessでざわざわしてざわざわして chattering; rustling; murmuringいるなかに、一点一点いってん one pointの燈火燈火とうか light; lampのごとくに先生の家を見た。私はその時時とき timeこの燈火が音音おと soundのしない渦渦うず eddy; maelstromの中中なか middleに、自然と自然しぜんと naturally; spontaneously捲き込まれて捲まき込こまれて be engulfed; be swallowed (= 巻まき込こまれて)いる事に気が付かなかった気きが付つかなかった was not aware; had no idea。しばらくすれば、その灯灯ひ lightもまたふっと消えて消きえて go out; be extinguishedしまうべき運命運命うんめい fate; destinyを、眼の前眼めの前まえ before one's eyes; imminentに控えて控ひかえて wait on; have ahead of oneいるのだとは固より固もとより of course気が付かなかった。

私は今度今度こんど this time; the presentの事件事件じけん affairs; happeningsについて先生に手紙手紙てがみ letterを書こう書かこう writeかと思って思おもって thought about; considered (doing)、筆筆ふで brush; penを執りかけた執とりかけた took up (and began using)。私はそれを十行十行じゅうぎょう ten linesばかり書いて已めた已やめた stopped; quit。書いた所は寸々に寸々すんずんに to pieces; into shreds引き裂いて引ひき裂さいて tear up屑籠屑籠くずかご wastebasketへ投げ込んだ投なげ込こんだ threw into; tossed into。(先生に宛てて宛あてて addressed (to)そういう事を書いても仕方がない仕方しかたがない is no point inとも思ったし、前例前例ぜんれい precedent; prior experienceに徴してみるに徴ちょうしてみる look to for referenceと、とても返事返事へんじ answerをくれそうになかったから)。私は淋しかった淋さびしかった was lonesome; felt lonely。それで手紙を書くのであった。そうして返事が来れば来くれば come; arrive好い好いい nice; fineと思うのであった。

六六ろく (part) 6

八月八月はちがつ Augustの半ば半なかば middle; midpointごろになって、私私わたくし I; meはある朋友朋友ほうゆう friendから手紙手紙てがみ letterを受け取った受うけ取とった received。その中中なか inside; withinに地方の地方ちほうの regional; local中学中学ちゅうがく middle school教員教員きょういん teaching staff; faculty memberの口口くち opening; positionがあるが行かないか行いかないか are you interested; how about itと書いて書かいて writeあった。この朋友は経済経済けいざい economics; financesの必要上必要上ひつようじょう of necessity、自分自分じぶん oneselfでそんな位地位地いち place; positionを探し廻る探さがし廻まわる search; seek out男男おとこ fellowであった。この口も始め始はじめ at first; initiallyは自分の所所ところ placeへかかって来たかかって来きた came to; was directed toのだが、もっと好い好いい good; favorable地方へ相談ができた相談そうだんができた agreement was reached; arrangements were madeので、余った余あまった extra; left over; unneeded方方ほう alternative (of two choices)を私に譲る譲ゆずる hand over; convey (to)気気き intentionで、わざわざ知らせて来て知しらせて来きて notify; bring wordくれたのであった。私はすぐ返事返事へんじ reply; responseを出して出だして put out; send断った断ことわった turned down; declined。知り合い知しり合あい acquaintancesの中には、ずいぶん骨を折って骨ほねを折おって make great efforts; exert oneself、教師の職職しょく work; employmentにありつきたがってありつきたがって be after; be looking to getいるものがあるから、その方へ廻してやったら好かろう好よかろう would be goodと書いた。

私は返事を出した後で後あとで after、父父ちち fatherと母母はは motherにその話話はなし talk; conversationをした。二人とも二人ふたりとも the two; both (of them)私の断った事に異存異存いぞん objectionはないようであった。

「そんな所へ行かないでも行ゆかないでも without going to、まだ好い口があるだろう」

こういってくれる裏裏うら back side; behindに、私は二人が私に対してに対たいして with respect to; regardingもっている過分な過分かぶんな excessive; unjustified希望希望きぼう hopes; aspirationsを読んだ読よんだ read; perceived。迂闊な迂闊うかつな uninformed; naïve; foolish父や母は、不相当な不相当ふそうとうな disproportionate; unrealistic; quixotic地位地位ちい (social) positionと収入収入しゅうにゅう income; remunerationとを卒業したての卒業そつぎょうしたての newly-graduated私から期待して期待きたいして expect; anticipateいるらしかったのである。

「相当の相当そうとうの suitable; befitting口って、近頃近頃ちかごろ recently; of lateじゃそんな旨い旨うまい advantageous; promising口はなかなかあるものじゃありません。ことに兄さん兄にいさん elder brother; older brotherと私とは専門専門せんもん area of expertise; specialtyも違う違ちがう differentし、時代時代じだい the timesも違うんだから、二人を同じ同おなじ the sameように考えられちゃ考かんがえられちゃ be regarded; be viewed少し少すこし a bit; somewhat困ります困こまります be troubled; be put out」

「しかし卒業した以上以上いじょう given that ...は、少なくとも少すくなくとも at the least独立して独立どくりつして be independent; support oneselfやって行ってやって行いって go forward; manageくれなくっちゃこっちも困る。人人ひと peopleからあなたの所のご二男ご二男じなん second son; younger sonは、大学大学だいがく universityを卒業なすって何何なに whatをしてお出してお出いで be doing; be up toですかと聞かれた聞きかれた be asked時時とき time; occasionに返事ができないようじゃ、おれも肩身が狭い肩身かたみが狭せまい be diminished; feel ashamedから」

父は渋面渋面じゅうめん sour look; sullen faceをつくった。父の考えは、古く古ふるく from long ago住み慣れた住すみ慣なれた be settled; have roots down (in a place)郷里郷里こうり birthplace; home townから外外そと outsideへ出る事事こと instance; occasionを知らなかった知しらなかった didn't know; hadn't experienced。その郷里の誰彼誰彼だれかれ this or that personから、大学を卒業すればいくらぐらい月給月給げっきゅう (monthly) salary; payが取れる取とれる take; get; receiveものだろうと聞かれたり、まあ百円百円ひゃくえん 100 yenぐらいなものだろうかといわれたりした父は、こういう人々人々ひとびと peopleに対して、外聞外聞がいぶん repute; respectabilityの悪くない悪わるくない not be bad; be in good standingように、卒業したての私を片付けたかった片付かたづけたかった wanted to tidy up; wished to bring to closureのである。広い広ひろい wide; vast都都みやこ metropolisを根拠地根拠地こんきょち base of operationとして考えている私は、父や母から見る見みる view; regardと、まるで足足あし feet; legsを空空そら skyに向けて向むけて turn toward; point toward歩く歩あるく walk奇体な奇体きたいな odd; curious人間人間にんげん human beingに異ならなかった異ことならなかった was no different from; was not unlike。私の方でも、実際実際じっさい actually; in factそういう人間のような気持気持きもち sense; feelingを折々折々おりおり occasionally; sometimes起した起おこした experienced。私はあからさまにあからさまに frankly; candidly自分の考えを打ち明ける打うち明あける speak openly of; divulgeには、あまりに距離距離きょり distanceの懸隔懸隔けんかく difference; discrepancyの甚しい甚はなはだしい tremendous; extreme父と母の前前まえ front ofに黙然として黙然もくねんとして hold one's silenceいた。

「お前お前まえ youのよく先生先生せんせい elder one; teacher先生という方方かた person; gentlemanにでもお願いしたらお願ねがいしたら request好い好いい good; fine; advisableじゃないか。こんな時時とき time; occasionこそ」

母母はは motherはこうより外に外ほかに other than; besides先生先生せんせい Sensei (elder one; teacher - used here as form of address)を解釈する解釈かいしゃくする understand; comprehend事ができなかった事ことができなかった was unable to ...。その先生は私私わたくし I; meに国国くに country; one's native placeへ帰ったら帰かえったら return (to)父父ちち fatherの生きている生いきている be living; be aliveうちに早く早はやく soon; without delay財産財産ざいさん assets; propertyを分けて貰え分わけて貰もらえ have divide; have divvy upと勧める勧すすめる recommend; advise人人ひと person; manであった。卒業した卒業そつぎょうした graduatedから、地位地位ちい (social) positionの周旋周旋しゅうせん mediation; brokeringをしてやろうという人ではなかった。

「その先生は何何なに whatをしているのかい」と父父ちち fatherが聞いた聞きいた asked。

「何にも何なんにも nothingしていないんです」と私が答えた答こたえた answered。

私はとくの昔とくの昔むかし some time ago; a good while agoから先生の何もしていないという事を父にも母にも告げた告つげた told; informedつもりでいた。そうして父はたしかにそれを記憶して記憶きおくして rememberいるはずであった。

「何もしていないというのは、またどういう訳訳わけ situation; circumstancesかね。お前がそれほど尊敬する尊敬そんけいする look up to; admire; respectくらいな人なら何かやっていそうなものだがね」

父はこういって、私を諷した諷ふうした needled; goaded。父の考え考かんがえ thought; idea; way of thinkingでは、役に立つ役やくに立たつ be of use; serve a purposeものは世の中世よの中なか society; the worldへ出て出でて go out (into)みんな相当の相当そうとうの worthy; qualified地位を得て得えて gain; attain働いて働はたらいて apply oneself; workいる。必竟必竟ひっきょう after all; in shortやくざやくざ wastrel; good-for-nothingだから遊んでいる遊あそんでいる be idle; be at leisureのだと結論して結論けつろんして concludeいるらしかった。

「おれのような人間人間にんげん person; manだって、月給月給げっきゅう (monthly) salary; payこそ貰っちゃいないが、これでも遊んでばかりいるんじゃない」

父はこうもいった。私はそれでもまだ黙って黙だまって remain silentいた。

「お前のいうような偉い偉えらい remarkable; distinguished方なら、きっと何か口口くち opening; positionを探して探さがして seek out; find下さる下くださる do (something) for oneよ。頼んで頼たのんで ask; requestご覧ご覧らん try (doing)なのかい」と母が聞いた。

「いいえ」と私は答えた。

「じゃ仕方がない仕方しかたがない be of no use; come to nothingじゃないか。なぜ頼まないんだい。手紙手紙てがみ letterでも好いからお出しなお出だしな put out; send」

「ええ」

私は生返事生返事なまへんじ half-hearted reply; reluctant acquiescenceをして席を立った席せきを立たった rose from one's seat。

七七しち (part) 7

父父ちち fatherは明らかに明あきらかに clearly自分の自分じぶんの one's own病気病気びょうき sickness; illnessを恐れて恐おそれて fear; be afraid ofいた。しかし医者医者いしゃ doctorの来る来くる come; callたびに蒼蠅い蒼蠅うるさい tiresome; persistent; pointless質問質問しつもん questionsを掛けて掛かけて pose (questions)相手相手あいて the other partyを困らす困こまらす press (a person); put on the spot質質たち quality; natureでもなかった。医者の方方ほう side; partでもまた遠慮して遠慮えんりょして hold back; refrain何とも何なんとも (no)thingいわなかった。

父は死後死後しご after deathの事事こと matters; affairsを考えて考かんがえて consider; think aboutいるらしかった。少なくとも少すくなくとも at the very least自分がいなくなった後後あと afterのわが家わが家いえ one's home; one's houseを想像して見る想像そうぞうして見みる imagine; contemplateらしかった。

「小供小供こども childrenに学問学問がくもん learning; studiesをさせるのも、好し悪し好よし悪あし good and bad; plusses and minuses; pros and consだね。せっかく修業修業しゅうぎょう pursuit of knowledgeをさせると、その小供は決して決けっして by (no) means宅宅うち homeへ帰って来ない帰かえって来こない don't return。これじゃ手もなく手てもなく easily親子親子おやこ parent and childを隔離する隔離かくりする separate; pull apartために学問させるようなものだ」

学問をした結果結果けっか result; consequence兄兄あに elder brother; older brotherは今今いま now; the present遠国遠国えんごく distant land; far-off regionにいた。教育教育きょういく educationを受けた受うけた received因果因果いんが cause and effect; causal relationshipで、私私わたくし I; meはまた東京東京とうきょう Tōkyōに住む住すむ live; reside覚悟覚悟かくご resolution; readinessを固くした固かたくした firmed; cemented (a decision)。こういう子子こ childrenを育てた育そだてた brought up; raised父の愚痴愚痴ぐち complaint; grumblingはもとよりもとより of course不合理不合理ふごうり unreasonable; irrationalではなかった。永年永年えいねん many years住み古した住すみ古ふるした be long settled (in a place)田舎家田舎家いなかや country houseの中中なか inside; withinに、たった一人一人ひとり alone取り残されそうな取とり残のこされそうな about to be left behind母を描き出す描えがき出だす picture; imagine父の想像はもとより淋しい淋さびしい lonely; forlornに違いなかったに違ちがいなかった no doubt ...。

わが家は動かす動うごかす move; relocate事のできないものと父は信じ切っていた信しんじ切きっていた believe firmly; be certain of。その中中うち inside; withinに住む母もまた命命いのち life; life forceのある間間あいだ span; duration; interval (of time)は、動かす事のできないものと信じていた。自分が死んだ死しんだ died; passed away後、この孤独な孤独こどくな solitary; forsaken母を、たった一人伽藍堂伽藍堂がらんどう monastery hall; spacious structureのわが家に取り残すのもまた甚しい甚はなはだしい terrible; intense不安不安ふあん uneasiness; insecurityであった。それだのに、東京で好い好いい good; fine地位地位ちい (social) positionを求めろ求もとめろ seek out; go afterといって、私を強いたがる強しいたがる look to compel (someone to do something)父の頭頭あたま head; mindには矛盾矛盾むじゅん contradiction; inconsistencyがあった。私はその矛盾をおかしく思った思おもった thought; consideredと同時にと同時どうじに while ...、そのお蔭でお蔭かげで owing to; because ofまた東京へ出られる出でられる can set out (to)のを喜んだ喜よろこんだ was happy; was pleased (about)。

私は父や母の手前手前てまえ before; in front of、この地位をできるだけの努力努力どりょく effort; exertionで求めつつあるごとくに装おわなくてはならなかった装よそおわなくてはならなかった had to feign; had to go through the motions。私は先生先生せんせい Sensei (elder one; teacher - used here as form of address)に手紙手紙てがみ letterを書いて書かいて write、家家いえ house; homeの事情事情じじょう situation; circumstancesを精しく精くわしく in detail述べた述のべた mentioned; noted。もし自分の力力ちから good offices; influenceでできる事があったら何でもするから周旋周旋しゅうせん brokering; mediationしてくれと頼んだ頼たのんだ asked; requested。私は先生が私の依頼依頼いらい request; askに取り合う取とり合あう respond to; take action onまいと思いながらこの手紙を書いた。また取り合うつもりでも、世間の狭い世間せけんの狭せまい limited in social connections先生としてはどうする事もできまいと思いながらこの手紙を書いた。しかし私は先生からこの手紙に対するに対たいする with respect to; regarding返事返事へんじ reply; responseがきっと来るだろうと思って書いた。

私私わたくし I; meはそれを封じて封ふうじて seal (a letter)出す出だす put out; send前前まえ before; prior toに母母はは motherに向かって向むかって turn towardいった。

「先生先生せんせい Sensei (elder one; teacher - used here as form of address)に手紙手紙てがみ letterを書きました書かきました wrote; draftedよ。あなたのおっしゃった通り通とおり just as ...。ちょっと読んでご覧なさい読よんでご覧らんなさい give (it) a read」

母は私の想像したごとく想像そうぞうしたごとく just as (I'd) imaginedそれを読まなかった。

「そうかい、それじゃ早く早はやく soon; right awayお出し。そんな事事こと matter; affairは他他ひと (another) person; othersが気を付けない気きを付つけない not take notice; not make an issue (of)でも、自分自分じぶん oneselfで早くやるものだよ」

母は私をまだ子供子供こども childのように思って思おもって think of (as); consider (to be)いた。私も実際実際じっさい in fact; indeed子供のような感じ感かんじ feelingがした。

「しかし手紙じゃ用用よう business; task (at hand)は足りません足たりません not be adequate; not be concludedよ。どうせ、九月九月くがつ Septemberにでもなって、私が東京東京とうきょう Tōkyōへ出て出でて set out (to); make an appearance (in)からでなくっちゃ」

「そりゃそうかも知れないかも知しれない it may be that ...けれども、またひょっとして、どんな好い好いい good; fine; worthy口口くち opening; positionがないとも限らないとも限かぎらない one can't rule out the possibility that ...んだから、早く頼んで頼たのんで ask; requestおくに越した事はないに越こした事ことはない there's nothing better than to ...よ」

「ええ。とにかく返事返事へんじ reply; responseは来る来くる come; arriveに極ってますに極きまってます is certain; is a givenから、そうしたらまたお話ししましょうお話はなししましょう (let's) talk; discuss」

私はこんな事に掛けてに掛かけて concerning ...几帳面な几帳面きちょうめんな punctual; meticulous先生を信じて信しんじて trust; have faith inいた。私は先生の返事の来るのを心待ちに待った心待こころまちに待まった looked forward to; waited in anticipation。けれども私の予期予期よき expectationはついに外れた外はずれた was off; missed the mark。先生からは一週間一週間いっしゅうかん one week経って経たって pass; go by; elapseも何の何なんの (not) any; (none) whatsoever音信音信たより letter; tidingsもなかった。

「大方大方おおかた probably; most likelyどこかへ避暑避暑ひしょ summering; escaping the heatにでも行っている行いっている be gone; be awayんでしょう」

私は母に向かって言訳言訳いいわけ explanation; rationalizationらしい言葉言葉ことば wordsを使わなければならなかった使つかわなければならなかった had to use; was compelled to apply。そうしてその言葉は母に対するに対たいする with respect to言訳ばかりでなく、自分の心心こころ heart; mindに対する言訳でもあった。私は強いても強しいても of necessity何かの何なにかの some sort of事情事情じじょう situation; circumstancesを仮定して仮定かていして assume; suppose; imagine先生の態度態度たいど manner; behaviorを弁護しなければ弁護べんごしなければ (if one doesn't) excuse; defend不安不安ふあん uneasy; anxious; unsureになった。

私は時々時々ときどき sometimes; on occasion父父ちち fatherの病気病気びょうき sickness; diseaseを忘れた忘わすれた forgot; pushed from one's mind。いっそ早く東京へ出てしまおうかと思ったりした。その父自身自身じしん himselfもおのれの病気を忘れる事があった。未来未来みらい the future; days to comeを心配しながら心配しんぱいしながら worry about、未来に対する所置所置しょち measures; actions (usually 処置しょち)は一向一向いっこう (not) at all; (not) in the least取らなかった取とらなかった didn't take。私はついに先生の忠告通り忠告ちゅうこく通どおり as advised; as cautioned財産財産ざいさん assets; property; wealth分配分配ぶんぱい division; sharingの事を父にいい出すいい出だす bring up; mention機会機会きかい opportunity; chanceを得ずに得えずに without attaining過ぎた過すぎた spent; passed (time)。

八八はち (part) 8

九月九月くがつ September始め始はじめ start; beginning (of)になって、私私わたくし I; meはいよいよまた東京東京とうきょう Tōkyōへ出ようとした出でようとした prepared to set out (for)。私は父父ちち fatherに向かって向むかって turn toward当分当分とうぶん for a while今まで通り今いままで通どおり in the same manner as before学資学資がくし (educational) expenses; fundsを送って送おくって send; remitくれるようにと頼んだ頼たのんだ requested。

「ここにこうしていたって、あなたのおっしゃる通り通とおり just as ...; like ...の地位地位ちい (social) positionが得られる得えられる can procure; can attainものじゃないですから」

私は父の希望する希望きぼうする hope for; expect地位を得る得うる procure; obtainために東京へ行く行ゆく go (to)ような事事こと thingsをいった。

「無論無論むろん of course口口くち opening; positionの見付かる見付みつかる findまでで好い好いい good; fine; adequateですから」ともいった。

私は心のうちで心こころのうちで inwardly; to oneself、その口は到底到底とうてい by (no) means私の頭頭あたま headの上上うえ top ofに落ちて来ない落おちて来こない not drop onto; not come toと思って思おもって think; considerいた。けれども事情事情じじょう situation; circumstancesにうというとい distant from; unacquainted with父はまたあくまでもその反対反対はんたい opposite; converseを信じて信しんじて believeいた。

「そりゃ僅の僅わずかの small; short; minor間間あいだ period; interval (of time)の事だろうから、どうにか都合して都合つごうして manage; handle; take care ofやろう。その代りその代かわり in return; in exchange永く永ながく for a long timeはいけないよ。相当の相当そうとうの suitable; befitting地位を得次第得え次第しだい as soon as (one) attains独立しなくっちゃ独立どくりつしなくっちゃ must stand on one's own; need to be self-sufficient。元来元来がんらい fundamentally; as a rule学校学校がっこう schoolを出た以上以上いじょう once ...; given that ...、出たあくる日日ひ dayから他他ひと (other) peopleの世話世話せわ care; assistanceになんぞなるものじゃないんだから。今の若いもの若わかいもの young people; youthは、金金かね moneyを使う使つかう use; spend道道みち ways; meansだけ心得て心得こころえて know; understandいて、金を取る取とる earn; attain方方ほう alternative (of two choices)は全く全まったく (not) at all; (not) in the least考えて考かんがえて consider; think aboutいないようだね」

父はこの外外ほか besides; in additionにもまだ色々の色々いろいろの various; assorted小言小言こごと rebuke; faultfindingをいった。その中中なか midst; withinには、「昔昔むかし former times; old daysの親親おや parentsは子子こ childrenに食わせてもらった食くわせてもらった were supported (lit: were fed)のに、今の親は子に食われるだけだ」などという言葉言葉ことば words; expressionsがあった。それらを私はただ黙って黙だまって remain silent; hold one's tongue聞いて聞きいて listenいた。

小言が一通り一通ひととおり once; for the time being済んだ済すんだ finished; came to an endと思った時時とき time; moment、私は静かに静しずかに quietly席を立とうとした席せきを立たとうとした started to rise from one's seat。父はいつ行くかと私に尋ねた尋たずねた asked; inquired。私には早い早はやい early; soonだけが好かった好よかった good; preferable。

「お母さんお母かあさん motherに日を見て見みて look at; assess; judgeもらいなさい」

「そうしましょう」

その時の私は父の前前まえ before; in front ofに存外存外ぞんがい more than usual; uncharacteristicallyおとなしかった。私はなるべく父の機嫌機嫌きげん moodに逆らわずに逆さからわずに not oppose; not defy、田舎田舎いなか countryside; rural areaを出ようとした。父はまた私を引き留めた引ひき留とめた checked; detained。

「お前が東京へ行くと宅宅うち houseはまた淋しくなる淋さみしくなる will be lonely; will feel deserted。何しろ何なにしろ anyway; at any rate己己おれ I; meとお母さんだけなんだからね。そのおれも身体身体からだ body; physical healthさえ達者達者たっしゃ good health; wellnessなら好いが、この様子様子ようす situation; state of affairsじゃいつ急に急きゅうに suddenly; without warningどんな事がないともいえないよ」

私私わたくし I; meはできるだけ父父ちち fatherを慰めて慰なぐさめて comfort; console、自分の自分じぶんの one's own机机つくえ desk; study tableを置いて置おいて set; placeある所所ところ place; locationへ帰った帰かえった returned (to)。私は取り散らした取とり散ちらした scattered about; strewn about書物書物しょもつ booksの間にの間あいだに among坐って坐すわって sit; sit down、心細そうな心細こころぼそそうな (looking) lonely; forlorn父の態度態度たいど manner; moodと言葉言葉ことば wordsとを、幾度か幾度いくたびか any number of times; repeatedly繰り返し眺めた繰くり返かえし眺ながめた replayed in one's mind。私はその時時とき time; momentまた蝉の声蝉せみの声こえ the chirping of cicadasを聞いた聞きいた heard。その声はこの間中この間中あいだじゅう these days; recent days聞いたのと違って違ちがって different、つくつく法師つくつく法師ぼうし tsukutsukubōshi (specific type of cicada)の声であった。私は夏夏なつ summer; summertime郷里郷里きょうり native place; home townに帰って、煮え付く煮にえ付つく seethe; churn; surgeような蝉の声の中中なか middle; midstに凝と凝じっと fixedly; intently坐っていると、変に変へんに oddly; strangely悲しい悲かなしい sad; subdued; melancholy心持心持こころもち feeling; moodになる事事こと case; instanceがしばしばあった。私の哀愁哀愁あいしゅう sorrowはいつもこの虫虫むし insectsの烈しい烈はげしい fervent; intense音音ね soundと共にと共ともに together with; accompanied by、心の底に心こころの底そこに depths of one's heart; core of one's soul沁み込む沁しみ込こむ penetrate; permeateように感ぜられた感かんぜられた felt; perceived。私はそんな時にはいつも動かずに動うごかずに without moving; quietly、一人で一人ひとりで alone; by oneself一人一人ひとり oneselfを見詰めて見詰みつめて look hard at; contemplateいた。

私の哀愁はこの夏帰省した帰省きしょうした returned home以後以後いご after; since次第に次第しだいに gradually情調情調じょうちょう tone; nuanceを変えて来た変かえて来きた changed。油蝉油蝉あぶらぜみ aburazemi (type of cicada)の声がつくつく法師の声に変る変かわる change; transition (to)ごとくに、私を取り巻く取とり巻まく surround; enclose人人ひと people; personsの運命運命うんめい destiny; fateが、大きな大おおきな large輪廻輪廻りんね (Buddhist) cycle of death and rebirthのうちに、そろそろそろそろ slowly; steadily動いているように思われた思おもわれた seemed。私は淋しそうな淋さびしそうな lonesome; solitary父の態度と言葉を繰り返しながら、手紙手紙てがみ letterを出して出だして put out; sendも返事返事へんじ reply; responseを寄こさない寄よこさない not send先生先生せんせい Sensei (elder one; teacher - used here as form of address)の事をまた憶い浮べた憶おもい浮うかべた called to mind; remembered。先生と父とは、まるで反対反対はんたい oppositeの印象印象いんしょう impressionを私に与える与あたえる give; impart (to)点点てん pointにおいて、比較比較ひかく comparisonの上にもの上うえにも in regard to; on occasion of、連想連想れんそう associationの上にも、いっしょに私の頭頭あたま head; mindに上りやすかった上のぼりやすかった came up easily。

私はほとんど父のすべても知り尽して知しり尽つくして know thoroughly; know inside and outいた。もし父を離れる離はなれる be separated fromとすれば、情合情合じょうあい (shared) sentimentの上に親子親子おやこ parent and childの心残り心残こころのこり regretがあるだけであった。先生の多く多おおく many; much; mostはまだ私に解っていなかった解わかっていなかった was not known。話す話はなす convey; relateと約束された約束やくそくされた had been promisedその人の過去過去かこ past; historyもまだ聞く機会機会きかい opportunity; chanceを得ずに得えずに without attainingいた。要するに要ようするに in short; at the end of the day先生は私にとって薄暗かった薄暗うすぐらかった dimly lit; obscure。私はぜひともそこを通り越して通とおり越こして get past; move beyond、明るい明あかるい bright; illuminated所まで行かなければ行ゆかなければ if not progressing (to)気が済まなかった気きが済すまなかった would not be satisfied; could not be content。先生と関係関係かんけい connection; relationshipの絶える絶たえる be discontinued; be cut offのは私にとって大いな大おおいな great; significant苦痛苦痛くつう hurt; pangであった。私は母母はは motherに日日ひ dayを見て見みて look at; assess; judgeもらって、東京東京とうきょう Tōkyōへ立つ立たつ set out; depart (for)日取り日取ひどり appointed dayを極めた極きめた set; decided on; chose。

九九きゅう (part) 9

私私わたくし I; meがいよいよ立とう立たとう leave; departという間際間際まぎわ on the verge of; at the point ofになって、(たしか二日前二日前ふつかまえ two days before; two days priorの夕方夕方ゆうがた eveningの事事こと affair; happeningであったと思う思おもう think; believeが、)父父ちち fatherはまた突然突然とつぜん suddenly引っ繰り返った引ひっ繰くり返かえった passed out; swooned。私はその時時とき time; moment書物書物しょもつ booksや衣類衣類いるい clothes; clothingを詰めた詰つめた stuffed into; packed to capacity行李行李こうり luggage; baggageをからげてからげて tie up; secureいた。父は風呂風呂ふろ bath; bathing areaへ入った入はいった went into; enteredところであった。父の背中背中せなか backを流しに流ながしに to wash; to scrub行った行いった went母母はは motherが大きな大おおきな big; loud (voice)声声こえ voiceを出して出だして put forth私を呼んだ呼よんだ called for。私は裸体裸体はだか nakedのまま母に後ろ後うしろ behind; in backから抱かれている抱だかれている was held; was supported父を見た見みた saw; discovered。それでも座敷座敷ざしき sitting room; parlorへ伴れて戻った伴つれて戻もどった accompanied back (to)時、父はもう大丈夫大丈夫だいじょうぶ okay; all rightだといった。念のために念ねんのために out of caution; to be sure枕元枕元まくらもと pillow side; bedsideに坐って坐すわって sit down; seat oneself、濡手拭濡ぬれ手拭てぬぐい damp washclothで父の頭頭あたま headを冷して冷ひやして cool; sootheいた私は、九時頃九時くじ頃ごろ around nine (o'clock)になってようやく形ばかりの形かたばかりの cursory; token夜食夜食やしょく evening mealを済ました済すました finished。

翌日翌日よくじつ the next dayになると父は思ったより元気が好かった元気げんきが好よかった was in good spirits; was feeling better。留める留とめる stop; limit; restrainのも聞かずに聞きかずに without listening; without heeding歩いて歩あるいて walking; on one's feet便所便所べんじょ toilet; bathroomへ行ったりした。

「もう大丈夫」

父は去年去年きょねん the year beforeの暮暮くれ end; close倒れた倒たおれた fell; collapsed時に私に向かって向むかって turn to; turn towardいったと同じ同おなじ the same言葉言葉ことば word; expressionをまた繰り返した繰くり返かえした repeated。その時ははたして口口くち mouthでいった通り通とおり just as; exactly asまあ大丈夫であった。私は今度今度こんど this timeもあるいはそうなるかも知れないかも知しれない it might be that ...と思った。しかし医者医者いしゃ doctor; physicianはただ用心用心ようじん care; cautionが肝要肝要かんよう essential; crucialだと注意する注意ちゅういする adviseだけで、念を押して念ねんを押おして press (a matter)も判然した判然はっきりした clear; definitive事を話して話はなして say; expressくれなかった。私は不安不安ふあん worry; concernのために、出立出立しゅったつ departureの日日ひ dayが来て来きて come; arriveもついに東京東京とうきょう Tōkyōへ立つ気気き inclinationが起らなかった起おこらなかった did not arise。

「もう少しもう少すこし a little more; a little further様子様子ようす situation; state of affairsを見てからにしましょうか」と私は母に相談した相談そうだんした suggested; proposed。

「そうしておくれ」と母が頼んだ頼たのんだ requested。

母は父が庭庭にわ gardenへ出たり出でたり go out (to)背戸背戸せど back door; backyardへ下りたり下おりたり go down (to)する元気を見ている間間あいだ period; interval (of time)だけは平気平気へいき calm; unconcernedでいるくせに、こんな事が起るとまた必要以上に必要ひつよう以上いじょうに more than necessary; excessively心配したり心配しんぱいしたり worry; fret気を揉んだり気きを揉もんだり get worked upした。

「お前お前まえ youは今日今日きょう today東京へ行く行ゆく go (to); leave (for)はずじゃなかったか」と父が聞いた。

「ええ、少し延ばしました延のばしました put off; delayed」と私が答えた答こたえた answered; responded。

「おれのためにかい」と父が聞き返した聞きき返かえした asked further。

私はちょっと躊躇した躊躇ちゅうちょした hesitated。そうだといえば、父の病気病気びょうき sickness; diseaseの重い重おもい serious; graveのを裏書きする裏書うらがきする confirm; substantiateようなものであった。私は父の神経神経しんけい nervesを過敏にしたくなかった過敏かびんにしたくなかった didn't want to set on edge。しかし父は私の心心こころ thoughts; feelings; sentimentをよく見抜いて見抜みぬいて see through (to); readいるらしかった。

「気の毒だね気きの毒どくだね I'm sorry; it's a shame」といって、庭庭にわ garden; yardの方方ほう directionを向いた。

私私わたくし I; meは自分の自分じぶんの one's own部屋部屋へや roomにはいって、そこに放り出された放ほうり出だされた neglected; set aside行李行李こうり luggage; baggageを眺めた眺ながめた gazed at; looked at。行李はいつ持ち出して持もち出だして carry out; take withも差支えない差支さしつかえない is nothing to hinder ...; can readily ...ように、堅く堅かたく tightly; firmly括られた括くくられた was bound; was fastenedままであった。私はぼんやりその前前まえ front ofに立って立たって stand、また縄縄なわ ropes; cordsを解こう解とこう loosen; unfastenかと考えた考かんがえた considered; thought about。

私は坐った坐すわった sitting; seatedまま腰を浮かした腰こしを浮うかした half-rising (to one's feet)時時とき timeの落ち付かない落おち付つかない restless; fidgety気分気分きぶん mood; feelingで、三、四日三さん、四日よっか three or four days; several daysを過ごした過すごした spent; passed (time)。すると父父ちち fatherがまた卒倒した卒倒そっとうした fainted; swooned。医者医者いしゃ doctorは絶対に絶対ぜったいに absolutely; without exception安臥安臥あんが quiet rest; total restを命じた命めいじた ordered; prescribed。

「どうしたものだろうね」と母母はは motherが父に聞こえない聞きこえない cannot hearような小さな小ちいさな small; low (voice)声声こえ voiceで私にいった。母の顔顔かお faceはいかにも心細そう心細こころぼそそう (looking) hopeless; discouragedであった。私は兄兄あに older brother; elder brotherと妹妹いもと younger sister (usually 妹いもうと)に電報を打つ電報でんぽうを打うつ send a telegram用意用意ようい preparationをした。けれども寝て寝ねて lie down; rest; sleepいる父にはほとんど何の何なんの (no) sort of苦悶苦悶くもん discomfort; painもなかった。話話はなし talk; converseをするところなどを見る見みる see; look atと、風邪風邪かぜ a coldでも引いた引ひいた caught (a cold)時と全く全まったく utterly; completely同じ同おなじ the same事事こと situation; state of affairsであった。その上その上うえ on top of that; furthermore食欲食欲しょくよく appetiteは不断不断ふだん always; usualよりも進んだ進すすんだ advanced (to a higher level) 。傍のもの傍はたのもの others nearbyが、注意して注意ちゅういして caution; warnも容易に容易よういに easily; readilyいう事を聞かなかった。

「どうせ死ぬ死しぬ die; pass awayんだから、旨い旨うまい tasty; deliciousものでも食って食くって eat死ななくっちゃ」

私には旨いものという父の言葉言葉ことば words; expressionが滑稽滑稽こっけい humorous; amusingにも悲酸悲酸ひさん wretched; pitiful (usually 悲惨ひさん)にも聞こえた。父は旨いものを口に入れられる口くちに入いれられる eat; partake of都都みやこ city; metropolisには住んで住すんで live; resideいなかったのである。夜夜よ eveningに入って入いって enter into; becomeかき餅かき餅もち mochi cut thin, dried, and lightly roastedなどを焼いて焼やいて grill; roastもらってぼりぼりぼりぼり (with a) munching sound噛んだ噛かんだ bit into。

「どうしてこう渇く渇かわく thirst for; craveのかね。やっぱり心心しん inside; coreに丈夫の丈夫じょうぶの strong; robust所所ところ aspectがあるのかも知れないかも知しれない it may be that ...よ」

母は失望して失望しつぼうして despair; lose hopeいいところにかえって頼み頼たのみ faith; trustを置いた置おいた set; placed。そのくせ病気病気びょうき sickness; illnessの時にしか使わないにしか使つかわない only use in ...渇くという昔風の昔風むかしふうの old style; outdated言葉を、何でも食べたがる食たべたがる want to eat; have an appetite for意味意味いみ meaningに用いて用もちいて use; applyいた。

伯父伯父おじ uncleが見舞見舞みまい well-wishing visitに来た来きた came; called; arrivedとき、父はいつまでも引き留めて引ひき留とめて hold back; detain帰さなかった帰かえさなかった did not send home; did not let leave。淋しい淋さむしい lonelyからもっといてくれというのが重な重おもな main; major理由理由りゆ reasonであったが、母や私が、食べたいだけ物物もの thingsを食べさせないという不平不平ふへい discontentを訴える訴うったえる complain ofのも、その目的目的もくてき objective; aimの一つであったの一ひとつであった was one ofらしい。