「君君 youのうちに財産財産 assets; wealthがあるなら、今のうちに今のうちに without delay; soonよく始末始末 management; dealings; settlementをつけてもらっておかないといけないと思う思う thinkがね、余計なお世話余計なお世話 meddling in another's businessだけれども。君のお父さんお父さん (your) fatherが達者達者 in good health; of sound mindなうちに、貰う貰う receiveものはちゃんと貰っておくようにしたらどうですか。万一の事万一の事 unlikely event; unforeseen circumstanceがあったあとで、一番一番 foremost; number one面倒面倒 trouble; difficultyの起る起る occur; ariseのは財産の問題問題 problem; issueだから」
「ええ」
私私 I; meは先生先生 Sensei (elder one; teacher - used here as form of address)の言葉言葉 wordsに大した大した particular; significant注意注意 caution; heedを払わなかった払わなかった did not pay (heed)。私の家庭家庭 home; familyでそんな心配心配 worry; concernをしているものは、私に限らずに限らず not just ...; not limited to ...、父父 fatherにしろ母母 motherにしろ、一人一人 one (single) personもないと私は信じて信じて believeいた。その上その上 on top of that; furthermore先生のいう事の、先生として、あまりに実際的実際的 practical; pragmaticなのに私は少し少し a little; a bit驚かされた驚かされた was taken by surprise。しかしそこは年長者年長者 older person; elderに対するに対する in relation to; with respect to平生の平生の usual; customary敬意敬意 respect; deferenceが私を無口無口 reticent; reservedにした。
「あなたのお父さんが亡くなられる亡くなられる pass awayのを、今から予想して予想して anticipateかかるような言葉遣い言葉遣い speech; languageをするのが気に触ったら気に触ったら is unpleasant; is disagreeable許してくれたまえ許してくれたまえ please forgive me; please excuse me。しかし人間人間 human beingsは死ぬ死ぬ dieものだからね。どんなに達者なものでも、いつ死ぬか分らない分らない can't knowものだからね」
先生の口気口気 intimation; toneは珍しく珍しく unusually; uncharacteristically苦々しかった苦々しかった was bitter; was somber。
「そんな事をちっとも気に掛けちゃいません気に掛けちゃいません doesn't trouble one」と私は弁解した弁解した explained oneself; cleared the air。
「君の兄弟兄弟 brothers and sisters; siblingsは何人何人 how many (people)でしたかね」と先生が聞いた聞いた asked。
先生はその上に私の家族家族 familyの人数人数 number of peopleを聞いたり、親類親類 relatives; relationsの有無有無 presence or absenceを尋ねたり尋ねたり asked; inquired、叔父叔父 unclesや叔母叔母 auntsの様子様子 situation; circumstancesを問い問い askなどした。そうして最後に最後に finallyこういった。
「みんな善い善い good; decent; virtuous人人 peopleですか」
「別に別に in particular悪い悪い dishonest人間というほどのものもいないようです。大抵大抵 for the most part田舎者田舎者 country folkですから」
「田舎者はなぜ悪くないんですか」
私はこの追窮追窮 inquiry; questioningに苦しんだ苦しんだ struggled (with)。しかし先生は私に返事返事 answer; responseを考えさせる考えさせる let consider余裕余裕 leeway; time (in which to do something)さえ与えなかった与えなかった did not give; did not allow。
「田舎者田舎者 country folkは都会都会 cityのものより、かえって悪い悪い dishonestくらいなものです。それから、君君 youは今今 now; just now、君の親戚親戚 relatives; relationsなぞの中にの中に among ...、これといって、悪い人間人間 personsはいないようだといいましたね。しかし悪い人間という一種一種 (one) certain typeの人間が世の中世の中 society; the worldにあると君は思って思って think; believeいるんですか。そんな鋳型に入れた鋳型に入れた cast from a moldような悪人悪人 villains; scoundrelsは世の中にあるはずがありませんよ。平生平生 usually; ordinarilyはみんな善人善人 good people; virtuous peopleなんです。少なくとも少なくとも at the very leastみんな普通の普通の ordinary; common人間なんです。それが、いざという間際にいざという間際に at the critical moment; in the moment of truth、急に急に suddenly; abruptly悪人に変る変る change; transform (into)んだから恐ろしい恐ろしい dreadful; frighteningのです。だから油断ができない油断ができない one must watch oneself; one cannot be too carefulんです」
先生先生 Sensei (elder one; teacher - used here as form of address)のいう事事 mattersは、ここで切れる切れる run out; come to an end様子様子 sign; appearanceもなかった。私私 I; meはまたここで何か何か somethingいおうとした。すると後ろ後ろ behind; in backの方方 directionで犬犬 dogが急に吠え出した吠え出した began to bark。先生も私も驚いて驚いて in surprise後ろを振り返った振り返った turned around; looked back。
縁台縁台 bench; platformの横横 side; edgeから後部後部 rear; back partへ掛けて掛けて covering ...; over ...植え付けてある植え付けてある had been planted杉苗杉苗 cedar saplingの傍傍 vicinity; proximityに、熊笹熊笹 bamboo grassが三坪三坪 3 tsubo (about 10 sq meters; about 12 sq yards)ほど地地 earth; groundを隠す隠す hide; concealように茂って生えて茂って生えて grow thicklyいた。犬はその顔顔 faceと背背 backを熊笹の上上 aboveに現わして現わして show; reveal、盛んに盛んに energetically; enthusiastically吠え立てた吠え立てた barked; howled。そこへ十十 ten (years of age)ぐらいの小供小供 child (usually 子供)が馳けて来て馳けて来て came running犬を叱り付けた叱り付けた scolded severely。小供は徽章徽章 badge; insigniaの着いた着いた attached; affixed (to)黒い黒い black帽子帽子 hat; capを被った被った wore (on one's head)まま先生の前前 front ofへ廻って廻って circle round (to)礼をした礼をした saluted; greeted。
「叔父さん叔父さん uncle (used here as form of address)、はいって来るはいって来る enter; come in時時 time、家家 houseに誰も誰も (no) oneいなかったかい」と聞いた聞いた asked。
「ああ。叔父さん、今日は今日は good day; helloって、断って断って give notice; announce oneselfはいって来ると好かったのにと好かったのに (you) should have ...」
先生は苦笑した苦笑した forced a smile。懐中懐中 pocketから蟇口蟇口 coin purseを出して出して take out、五銭五銭 5 sen (0.05 yen)の白銅白銅 nickel coinを小供の手手 handに握らせた握らせた let grasp; let have。
「おっかさんにそういっとくれ。少し少し a little; a bitここで休まして下さい休まして下さい be kind enough to let (us) restって」
小供はこう断って、躑躅躑躅 azaleaの間の間 among ...を下下 below; beneathの方へ駈け下りて行った駈け下りて行った ran down。犬も尻尾尻尾 tailを高く高く high; in the air巻いて巻いて wind; coil小供の後後 afterを追い掛けた追い掛けた pursued; followed。しばらくすると同じ同じ the sameくらいの年格好年格好 ageの小供が二、三人二、三人 two or three (people)、これも斥候長の下りて行った方へ駈けていった。
先生先生 Sensei (elder one; teacher - used here as form of address)の談話談話 talk; conversationは、この犬犬 dogと小供小供 child (usually 子供)のために、結末結末 end; conclusionまで進行する進行する advance; progress; move forward事ができなくなった事ができなくなった became unable to ...ので、私私 I; meはついにその要領を得ないで要領を得ないで without grasping; without getting the meaning ofしまった。先生の気にする気にする worry over; fixate on財産財産 assets云々云々 and the likeの掛念掛念 anxieties; concerns (usually 懸念)はその時時 timeの私には全く全く (not) at allなかった。私の性質性質 nature; dispositionとして、また私の境遇境遇 environment; circumstancesからいって、その時の私には、そんな利害利害 gains or losses; interest; stakesの念念 sense; idea; feelingに頭を悩ます頭を悩ます worry about; lose sleep over余地余地 room; margin; scopeがなかったのである。考える考える consider; think aboutとこれは私がまだ世間世間 the worldに出ない出ない not be out inためでもあり、また実際実際 in fact; in realityその場に臨まないその場に臨まない not have exposure to (something)ためでもあったろうが、とにかく若い若い young; youthful私にはなぜか金金 moneyの問題問題 problems; issuesが遠くの方遠くの方 distant; far offに見えた見えた appeared。
先生の話話 talkのうちでただ一つ一つ one thing底底 bottom; depthsまで聞きたかった聞きたかった wanted to askのは、人間人間 people; human beingsがいざという間際にいざという間際に at the critical moment; in the moment of truth、誰でも誰でも anyone悪人悪人 villain; scoundrelになるという言葉言葉 wordsの意味意味 meaningであった。単なる単なる simple; mere言葉としては、これだけでも私に解らない解らない not understand; fail to grasp事はなかった。しかし私はこの句句 expression; statementについてもっと知りたかった知りたかった wanted to know; wanted to learn。
犬と小供が去った去った went away; moved onあと、広い広い open; expansive若葉若葉 new leaves; fresh verdureの園園 garden; orchardは再び再び once again故の故の former; previous静かさ静かさ silenceに帰った帰った returned (to)。そうして我々我々 we; usは沈黙沈黙 quiet; stillnessに鎖ざされた鎖ざされた be locked; be encased (in)人人 people; personsのようにしばらく動かずに動かずに without moving; motionlessいた。うるわしいうるわしい beautiful; lovely空空 skyの色色 colorがその時次第に次第に gradually光光 lightを失って来た失って来た lost; let go of。眼眼 eyesの前前 before; in front ofにある樹樹 treesは大概大概 generally; for the most part楓楓 maplesであったが、その枝枝 branchesに滴る滴る glisten; drip (with moisture)ように吹いた吹いた waved軽い軽い light; pale緑緑 greenの若葉が、段々段々 slowly; bit by bit暗くなって行く暗くなって行く grow darker; fadeように思われた思われた seemed to ...。遠い往来往来 road; streetを荷車荷車 cart; wagonを引いて行く引いて行く pull along響き響き echo; sound (of)がごろごろと聞こえた。私はそれを村村 villageの男男 man; fellowが植木植木 plants; shrubsか何か何か somethingを載せて載せて load; carry縁日縁日 festival; fairへでも出掛ける出掛ける set out (for)ものと想像した想像した imagined。先生はその音音 soundを聞くと、急に急に suddenly瞑想瞑想 contemplation; reverieから呼息を吹き返した呼息を吹き返した came to; came back to life人のように立ち上がった立ち上がった stood up; rose。
「もう、そろそろ帰りましょう。大分大分 a good deal日日 daysが永くなった永くなった have grown longerようだが、やっぱりこう安閑としている安閑としている take things easy; while away the timeうちには、いつの間にかいつの間にか before one knows it暮れて行く暮れて行く (the sun) goes downんだね」
先生の背中背中 backsideには、さっき縁台縁台 platformの上上 top ofに仰向き仰向き (lying) face upに寝た寝た rested痕痕 traces; marks (of)がいっぱい着いて着いて stick; cling (to)いた。私は両手両手 both handsでそれを払い落した払い落した brushed off。
「この羽織羽織 haori (Japanese half-coat)はつい此間此間 recently; the other day拵えた拵えた procured; had madeばかりなんだよ。だからむやみに汚して汚して stain; soil帰ると、妻妻 wifeに叱られる叱られる be scoldedからね。有難う有難う thank you」
二人二人 two people; the two of usはまただらだら坂だらだら坂 gentle slopeの中途中途 in the middle of; halfwayにある家家 houseの前前 front ofへ来た来た came (to); arrived (at)。はいる時時 time; occasionには誰も誰も (no) oneいる気色気色 sign; indicationの見えなかった見えなかった was not visible; was not evident縁縁 veranda (= 縁側)に、お上さんお上さん lady of the houseが、十五、六十五、六 fifteen or sixteen (years of age)の娘娘 daughterを相手相手 companion; partner; helperに、糸巻糸巻 spoolへ糸糸 threadを巻きつけて巻きつけて wind (onto)いた。二人は大きな大きな large金魚鉢金魚鉢 gold fish bowl; gold fish basinの横横 side ofから、「どうもお邪魔をしましたどうもお邪魔をしました thank you for accommodating us」と挨拶挨拶 greeting; salutationした。お上さんは「いいえお構い申しも致しませんでお構い申しも致しませんで don't mention it」と礼礼 courtesyを返した返した responded in turn; reciprocated後後 after、先刻先刻 just prior小供小供 child (usually 子供)にやった白銅白銅 nickel coinの礼を述べた述べた mentioned。
門口門口 entrance; gatewayを出て出て depart (from)二、三町二、三町 2 or 3 chō (about 300 meters; about 300 yards)来た時、私私 I; meはついに先生先生 Sensei (elder one; teacher - used here as form of address)に向かって向かって turned (toward)口を切った口を切った broke the silence。
「さきほど先生のいわれた、人間人間 people; human beingsは誰でも誰でも anyoneいざという間際にいざという間際に at the critical moment; in the moment of truth悪人悪人 villain; scoundrelになるんだという意味意味 meaningですね。あれはどういう意味ですか」
「事実で差支えありません差支えありません have no objection; am fine withが、私の伺いたい伺いたい want to ask; want to understandのは、いざという間際という意味なんです。一体一体 after all; in factどんな場合場合 situation; circumstancesを指す指す point to; indicateのですか」
先生は笑い出した笑い出した laughed。あたかも時機時機 chance; opportunityの過ぎた過ぎた was passed今今 now; the present、もう熱心に熱心に with vigor説明する説明する explain張合いがない張合いがない one's interest has wanedといった風風 mannerに。
「金金 moneyさ君君 you (used here as form of address)。金を見ると、どんな君子君子 man of noble character; gentlemanでもすぐ悪人になるのさ」
私には先生の返事返事 response; replyがあまりに平凡過ぎて平凡過ぎて banal; trite; hackneyed詰らなかった詰らなかった was dissatisfying。先生が調子に乗らない調子に乗らない fail to engageごとく、私も拍子抜け拍子抜け let-down; disappointmentの気味気味 feeling; tendencyであった。私は澄まして澄まして feigning indifferenceさっさと歩き出したさっさと歩き出した set off walking; set off at a quick pace。いきおいいきおい naturally; in due course先生は少し少し a little; a bit後れがち後れがち lagging behindになった。先生はあとから「おいおい」と声を掛けた声を掛けた called out。
「そら見たまえそら見たまえ take a look (at that)」
「何何 whatをですか」
「君の気分気分 feeling; moodだって、私の返事一つ一つ one (thing)ですぐ変る変る change; varyじゃないか」
その時時 time; momentの私私 I; meは腹の中で腹の中で deep down; inwardly先生先生 Sensei (elder one; teacher - used here as form of address)を憎らしく思った憎らしく思った loathed; hated; detested。肩肩 shouldersを並べて並べて line up (side by side)歩き出して歩き出して set off walkingからも、自分自分 oneselfの聞きたい聞きたい want to ask (about)事事 matters; thingsをわざと聞かずにいた。しかし先生の方方 sideでは、それに気が付いていた気が付いていた took notice; was aware ofのか、いないのか、まるで私の態度態度 manner; behaviorに拘泥る拘泥る pay heed to; be particular about様子様子 sign; indicationを見せなかった見せなかった didn't show。いつもの通りいつもの通り as always沈黙がちに沈黙がちに tending toward silence; with reticence落ち付き払った落ち付き払った fully composed歩調歩調 pace; cadenceをすまして運んで行くすまして運んで行く carry forward unperturbedので、私は少し少し a bit; somewhat業腹になった業腹になった became spiteful。何とか何とか somehowいって一つ一つ one; once先生をやっ付けてやっ付けて upset; bother; unsettleみたくなって来たみたくなって来た felt the urge to try ...。
「先生」
「何ですか」
「先生はさっき少し昂奮なさいました昂奮なさいました was worked up; became agitatedね。あの植木屋植木屋 (plant) nurseryの庭庭 gardensで休んで休んで rest; relaxいる時に。私は先生の昂奮したのを滅多に滅多に rarely見た事がないんですが、今日今日 todayは珍しい珍しい unusualところを拝見した拝見した saw; witnessedような気がします」
先生はすぐ返事返事 answer; replyをしなかった。私はそれを手応え手応え reaction; impactのあったようにも思った。また的的 mark; targetが外れた外れた missedようにも感じた感じた felt。仕方がない仕方がない nothing (more) could be doneから後後 afterはいわない事にした。すると先生がいきなり道道 road; streetの端端 edgeへ寄って行った寄って行った approached; drew onto。そうして綺麗に綺麗に neatly刈り込んだ刈り込んだ cut; trimmed生垣生垣 hedgeの下下 beneath; at the base (of)で、裾裾 hem; shirttailをまくって小便をした小便をした took a pee; relieved himself。私は先生が用を足す用を足す finish one's business間間 while ...ぼんやりそこに立って立って stand; lingerいた。
「やあ失敬やあ失敬 excuse me; pardon me」
先生はこういってまた歩き出した。私はとうとう先生をやり込めるやり込める box in; corner (in an argument)事を断念した断念した gave up on。私たちの通る通る pass over道は段々段々 gradually賑やか賑やか lively; busy; activeになった。今今 now; the presentまでちらほらちらほら here and there; now and thenと見えた広い広い wide; open畠畠 fieldsの斜面斜面 slopesや平地平地 level groundが、全く全く completely眼に入らない眼に入らない not be seenように左右左右 left and right; both sidesの家並家並 rows of housesが揃ってきた揃ってきた gathered; clustered; came together。それでも所々所々 in places宅地宅地 residential lot; yardの隅隅 cornerなどに、豌豆豌豆 green peasの蔓蔓 vines; tendrilsを竹竹 bambooにからませたり、金網金網 wire screen; wire meshで鶏鶏 chickensを囲い飼いにしたり囲い飼いにしたり raising in pensするのが閑静閑静 quiet (areas)に眺められた眺められた could be seen。市中市中 city centerから帰る帰る return駄馬駄馬 workhorse; cart horseが仕切りなく仕切りなく in succession; one after another擦れ違って行った擦れ違って行った passed (us) by。こんなものに始終始終 continuously; always気を奪られがち気を奪られがち tend to have one's attention diverted (by)な私は、さっきまで胸胸 breast; bosomの中中 inside; withinにあった問題問題 questions; problemsをどこかへ振り落して振り落して shake off; discardしまった。先生が突然突然 suddenly; abruptlyそこへ後戻り後戻り doubling back; backtrackingをした時、私は実際実際 truly; in factそれを忘れていた忘れていた had forgotten。
「私私 I; meは先刻先刻 earlier; beforeそんなに昂奮した昂奮した was worked up; became agitatedように見えた見えた appeared; seemedんですか」
「そんなにというほどでもありませんが、少し少し a little; a bit……」
「いや見えても構わない構わない doesn't matter; is okay。実際実際 actually; in fact昂奮するんだから。私は財産財産 assets; wealthの事の事 concerning ...をいうときっと昂奮するんです。君君 youにはどう見えるか知らない知らない don't knowが、私はこれで大変大変 terribly; a great deal執念深い執念深い vindictive; spiteful; vengeful男男 manなんだから。人人 (other) peopleから受けた受けた received; sustained; suffered屈辱屈辱 disgrace; humiliationや損害損害 damage; injury; lossは、十年十年 ten yearsたっても二十年二十年 twenty yearsたっても忘れやしない忘れやしない don't forgetんだから」
先生先生 Sensei (elder one; teacher - used here as form of address)の言葉言葉 wordsは元よりも元よりも more than beforeなお昂奮していた。しかし私の驚いた驚いた was surprisedのは、決して決して by (no) meansその調子調子 tone; moodではなかった。むしろ先生の言葉が私の耳耳 earsに訴える訴える raise; bring (to one's attention)意味意味 meaningそのものであった。先生の口口 mouthからこんな自白自白 confessionを聞く聞く hearのは、いかな私にも全く全く completely; utterlyの意外意外 unexpectedに相違なかったに相違なかった without a doubt; surely。私は先生の性質性質 nature; dispositionの特色特色 feature; facet; idiosyncrasyとして、こんな執着力執着力 tenacityをいまだかつて想像した想像した imagined事さえなかった。私は先生をもっと弱い弱い meek; mild; passive人と信じて信じて believe; thinkいた。そうしてその弱くて高い高い lofty; noble処処 point; aspectに、私の懐かしみ懐かしみ fondness; attachmentの根根 rootsを置いて置いて set; placeいた。一時の一時の one-time; momentary気分気分 feeling; moodで先生にちょっと盾を突いて盾を突いて oppose; defy; set oneself againstみようとした私は、この言葉の前前 before; in front ofに小さくなった小さくなった felt small; shrank back。先生はこういった。
「私は他他 othersに欺かれた欺かれた was deceivedのです。しかも血のつづいた親戚血のつづいた親戚 blood relationsのものから欺かれたのです。私は決してそれを忘れないのです。私の父父 fatherの前には善人善人 good people; virtuous peopleであったらしい彼ら彼ら they; themは、父の死ぬ死ぬ die; pass awayや否やや否や as soon as許しがたい許しがたい inexcusable; unpardonable不徳義漢不徳義漢 rogues; rascals; malefactorsに変った変った changed; transformed (into)のです。私は彼らから受けた屈辱と損害を小供小供 child (usually 子供)の時時 time; periodから今日今日 today; this dayまで背負わされている背負わされている be burdened with。恐らく恐らく perhaps; most likely死ぬまで背負わされ通し背負わされ通し be burdened throughoutでしょう。私は死ぬまでそれを忘れる事ができないんだから。しかし私はまだ復讐復讐 revenge; paybackをしずにいる。考える考える consider; think aboutと私は個人個人 individualsに対するに対する with respect to; in relation to復讐以上以上 above; beyond; more thanの事を現に現に in actuality; in factやっているんだ。私は彼らを憎む憎む hate; despiseばかりじゃない、彼らが代表して代表して representいる人間人間 human beings; humanityというものを、一般に一般に in general; as a whole憎む事を覚えた覚えた learned (to do)のだ。私はそれで沢山沢山 sufficient; enoughだと思う」
私は慰藉慰藉 consolation; comfortの言葉さえ口へ出せなかった口へ出せなかった could not voice。
その日日 dayの談話談話 talk; conversationもついにこれぎりで発展せずにしまった発展せずにしまった developed no further; went no further。私私 I; meはむしろ先生先生 Sensei (elder one; teacher - used here as form of address)の態度態度 manner; demeanorに畏縮して畏縮して shrink; recoil (from)、先先 forwardへ進む進む advance; progress気気 inclinationが起らなかった起らなかった did not ariseのである。
二人二人 two (people)は市市 cityの外れ外れ extremity; outskirtsから電車電車 (electric) trainに乗った乗った boarded; rodeが、車内車内 on boardではほとんど口を聞かなかった口を聞かなかった didn't speak。電車を降りる降りる disembark; get offと間もなく間もなく soon; right away別れなければならなかった別れなければならなかった had to part; had to go (our) separate ways。別れる時時 time; occasionの先生は、また変っていた変っていた had changed; was different。常常 usualよりは晴やかな晴やかな clear; bright調子調子 toneで、「これから六月六月 Juneまでは一番一番 most気楽な気楽な carefree; comfortable; easygoing時ですね。ことによると生涯生涯 (your) lifetimeで一番気楽かも知れないかも知れない it may be that ...。精出して精出して do one's utmost遊びたまえ遊びたまえ enjoy」といった。私は笑って笑って smile; grin帽子帽子 hat; capを脱った脱った took off; removed。その時私は先生の顔顔 faceを見て見て look at、先生ははたして心心 heart; soulのどこで、一般の一般の all; general人間人間 human beings; humanityを憎んで憎んで hate; despiseいるのだろうかと疑った疑った doubted; questioned。その眼眼 eyes、その口、どこにも厭世的の厭世的の weary; despondent影影 shadow; traceは射して射して shine; project; show (through)いなかった。
私は思想思想 thoughts; ideas上上 regarding; concerningの問題問題 questions; subjectsについて、大いなる大いなる considerable; significant利益利益 benefit; gainを先生から受けた受けた received事事 factを自白する自白する confess; admit。しかし同じ同じ the same問題について、利益を受けようとしても、受けられない事が間々間々 occasionally; sometimesあったといわなければならない。先生の談話は時として不得要領不得要領 vagueness; ambiguityに終った終った ended (in)。その日二人の間の間 between ...に起った郊外郊外 environs; outskirts (of a town)の談話も、この不得要領の一例一例 one example (of)として私の胸胸 breast; bosomの裏裏 insideに残った残った remained。
無遠慮な無遠慮な forward; presumptuous私は、ある時ついにそれを先生の前前 front ofに打ち明けた打ち明けた divulged。先生は笑っていた。私はこういった。
「頭頭 head; mindが鈍くて鈍くて dull; blunt要領を得ない要領を得ない fail to graspのは構いません構いません don't mind; don't have a problem withが、ちゃんと解ってる解ってる know; be awareくせに、はっきりいってくれないのは困ります困ります be troubled by; take issue with」
「私は何にも何にも (no)thing隠してやしません隠してやしません am not hiding; do not conceal」
「隠していらっしゃいます」
「あなたは私の思想とか意見意見 ideas; opinionsとかいうものと、私の過去過去 pastとを、ごちゃごちゃに考えて考えて consider; think aboutいるんじゃありませんか。私は貧弱な貧弱な poor; of little worth思想家思想家 thinkerですけれども、自分の自分の one's own頭で纏め上げた纏め上げた compiled; pulled together考えをむやみに人人 (other) peopleに隠しやしません。隠す必要必要 need; necessityがないんだから。けれども私の過去を悉く悉く in full; in its entiretyあなたの前に物語らなくてはならない物語らなくてはならない have to tell; be compelled to explainとなると、それはまた別問題別問題 separate issue; another matterになります」
「別問題とは思われません思われません doesn't seem like; don't see as。先生の過去が生み出した生み出した brought forth; produced; created思想だから、私は重きを置く重きを置く place great importance on; hold in high regardのです。二つのもの二つのもの the two thingsを切り離したら切り離したら cut apart; separate、私にはほとんど価値価値 worth; valueのないものになります。私は魂魂 soulの吹き込まれていない吹き込まれていない has not been breathed into人形人形 doll; puppetを与えられた与えられた be givenだけで、満足満足 satisfactionはできないのです」
先生先生 Sensei (elder one; teacher - used here as form of address)はあきれたといった風風 mannerに、私私 I; meの顔顔 faceを見た見た looked at。巻烟草巻烟草 cigarette (lit: rolled tobacco)を持って持って holdいたその手手 handが少し少し a little; a bit顫えた顫えた shook; trembled。
「あなたは大胆大胆 bold; audaciousだ」
「ただ真面目真面目 earnest; sincere; genuineなんです。真面目に人生人生 lifeから教訓教訓 lessonsを受けたい受けたい want to receiveのです」
「私の過去過去 pastを訐いて訐いて divulge; exposeもですか」
訐くという言葉言葉 wordが、突然突然 suddenly恐ろしい恐ろしい frightening; dreadful; ominous響き響き echo; sound; reverberationをもって、私の耳耳 earsを打った打った struck; hit; impacted。私は今今 now; at present私の前前 front ofに坐って坐って sitいるのが、一人一人 one personの罪人罪人 offender; wrongdoer; malefactorであって、不断から不断から ordinarily; always尊敬して尊敬して respect; esteemいる先生でないような気気 feelingがした。先生の顔は蒼かった蒼かった was pale。
「あなたは本当に本当に really; truly真面目なんですか」と先生が念を押した念を押した checked; confirmed; ascertained。「私は過去過去 pastの因果因果 ill fate; misfortuneで、人人 peopleを疑りつけている疑りつけている have come to distrust。だから実は実は the truth isあなたも疑っている。しかしどうもあなただけは疑りたくない。あなたは疑るにはあまりに単純すぎる単純すぎる (too) simple; innocent; child-likeようだ。私は死ぬ死ぬ die; depart前にたった一人で好い好い good; fineから、他他 (other) personを信用して信用して trust; confide in死にたいと思って思って think; considerいる。あなたはそのたった一人になれますか。なってくれますか。あなたははらの底からはらの底から from the depths of one's soul真面目ですか」
「よろしい」と先生がいった。「話しましょう話しましょう tell; relate。私の過去を残らず残らず without omission、あなたに話して上げましょう上げましょう do (something) for someone。その代りその代り in return; at the same time……。いやそれは構わない構わない doesn't matter。しかし私の過去はあなたに取ってあなたに取って to you; for your purposesそれほど有益有益 beneficial; of valueでないかも知れませんかも知れません it may be that ...よ。聞かない聞かない not hear; not learn方方 the alternative of ...が増増 preferable; betterかも知れませんよ。それから、――今は話せないんだから、そのつもりでいて下さい下さい please ...。適当の適当の appropriate; proper時機時機 time; opportunity; occasionが来なくっちゃ来なくっちゃ (if) doesn't arise話さないんだから」
私は下宿下宿 lodgingsへ帰って帰って return (to)からも一種の一種の a certain type of圧迫圧迫 pressure; stressを感じた感じた felt; experienced。
私私 I; meの論文論文 thesisは自分自分 oneselfが評価して評価して assess; evaluateいたほどに、教授教授 professorsの眼眼 eyesにはよく見えなかったよく見えなかった didn't look so goodらしい。それでも私は予定通り予定通り as planned; on schedule及第した及第した passed。卒業式卒業式 graduation ceremonyの日日 day、私は黴臭くなった黴臭くなった smelling of mold; musty古い古い old冬服冬服 winter outfitを行李行李 trunk; suitcaseの中中 insideから出して出して take out着た着た put on; wore。式場式場 assembly hallにならぶと、どれもこれもみな暑そうな暑そうな looking hot顔顔 face; (facial) expressionばかりであった。私は風風 wind; breezeの通らない通らない not pass through厚羅紗厚羅紗 thick woolの下下 beneathに密封された密封された was sealed自分の身体身体 bodyを持て余した持て余した struggled to manage。しばらく立って立って standいるうちに手手 handに持った持った heldハンケチハンケチ handkerchiefがぐしょぐしょぐしょぐしょ sopping; soakingになった。
私は式が済む済む be concluded; endとすぐ帰って帰って return (home)裸体になった裸体になった stripped down; undressed。下宿下宿 lodgingsの二階二階 second floorの窓窓 windowをあけて、遠眼鏡遠眼鏡 scope; spyglassのようにぐるぐる巻いたぐるぐる巻いた rolled up卒業証書卒業証書 graduation certificate; diplomaの穴穴 (center) holeから、見えるだけの世の中世の中 outside worldを見渡した見渡した looked over; surveyed。それからその卒業証書を机机 deskの上上 top ofに放り出した放り出した tossed down。そうして大の字なり大の字なり in the shape of the character '大'になって、室室 roomの真中真中 centerに寝そべった寝そべった sprawled。私は寝ながら自分の過去過去 pastを顧みた顧みた looked back on; reflected on。また自分の未来未来 futureを想像した想像した imagined。するとその間間 interval; space betweenに立って立って stand一区切りを付けて一区切りを付けて mark a break point; mark a junctureいるこの卒業証書なるものが、意味意味 significanceのあるような、また意味のないような変な変な odd; curious紙紙 (piece of) paperに思われた思われた seemed (to be)。
私はその晩晩 evening先生先生 Sensei (elder one; teacher - used here as form of address)の家家 houseへ御馳走御馳走 (celebratory) mealに招かれて招かれて was invited行った行った went (to)。これはもし卒業したらその日の晩餐晩餐 dinnerはよそで喰わずに喰わずに not eat、先生の食卓食卓 (dining) tableで済ますという前前 before; priorからの約束約束 promiseであった。
食卓は約束通り座敷座敷 sitting room; parlorの縁近く縁近く near the verandaに据えられてあった据えられてあった had been placed; had been set up。模様模様 pattern; figure; designの織り出された織り出された (pattern) had been woven厚い厚い thick; heavy糊の硬い糊の硬い stiffly starched卓布卓布 tableclothが美しく美しく beautifullyかつ清らかに清らかに purely電燈電燈 electric lampの光光 lightを射返して射返して reflectいた。先生のうちで飯飯 mealを食うと、きっとこの西洋西洋 Western; Western-style料理店料理店 eatery; restaurantに見るような白い白い whiteリンネルリンネル linen (from french linière)の上に、箸箸 chopsticksや茶碗茶碗 rice bowls; tea cups; dishesが置かれた置かれた be laid out; be placed。そうしてそれが必ず必ず invariably; without fail洗濯したての洗濯したての freshly-laundered真白な真白な pure whiteものに限られていたに限られていた was never other than ...。
「カラやカフスカラやカフス collars and cuffsと同じ同じ the same事事 situation; matterさ。汚れた汚れた dirty; soiledのを用いる用いる make use ofくらいなら、一層一層 still more; all the more始めから始めから from the start; in the first place色の着いた色の着いた coloredものを使う使う useが好いが好い it's better to ...。白ければ純白純白 pure white; perfect whiteでなくっちゃ」
こういわれてみると、なるほど先生は潔癖潔癖 fastidious; meticulousであった。書斎書斎 study; reading roomなども実に実に truly; in fact整然と整然と precisely; neatly (= きっちりと)片付いていた片付いていた was arranged; was organized。無頓着な無頓着な careless; indifferent私には、先生のそういう特色特色 characteristic; idiosyncrasyが折々折々 occasionally; at times著しく著しく remarkably; strikingly眼に留まった眼に留まった caught one's eye。
「先生先生 Sensei (elder one; teacher - used here as form of address)は癇性癇性 particular; meticulousですね」とかつて奥さん奥さん (Sensei's) wifeに告げた告げた commented; mentioned時時 time; occasion、奥さんは「でも着物着物 clothes; attireなどは、それほど気にしない気にしない pay little mind to; be unconcerned overようですよ」と答えた答えた replied; answered事事 act; instanceがあった。それを傍傍 nearbyに聞いて聞いて listen to; hearいた先生は、「本当本当 truthをいうと、私私 I; meは精神的に精神的に mentally; emotionally; psychologically癇性なんです。それで始終始終 always; constantly苦しい苦しい uncomfortable; in tormentんです。考える考える consider; think aboutと実に実に really; actually馬鹿馬鹿しい馬鹿馬鹿しい foolish; absurd; asinine性分性分 nature; dispositionだ」といって笑った笑った smiled; laughed。精神的に癇性という意味意味 meaningは、俗にいう俗にいう commonly meant神経質神経質 fussy; sensitiveという意味か、または倫理的に倫理的に ethically; morally潔癖潔癖 demanding; exacting; finickyだという意味か、私には解らなかった解らなかった was not clear。奥さんにも能く能く well通じない通じない (meaning) does not come throughらしかった。
その晩晩 evening私は先生と向い合せ向い合せ facing each otherに、例の例の the aforementioned白い白い white卓布卓布 tableclothの前前 front ofに坐った坐った sat; was seated。奥さんは二人二人 two (people); the two of usを左右左右 left and right; both sidesに置いて置いて place; position、独り独り one (person)庭庭 garden; yardの方方 directionを正面正面 straight aheadにして席を占めた席を占めた took a seat。
「お目出とうお目出とう congratulations」といって、先生が私のために杯杯 saké cupを上げて上げて lift; raiseくれた。私はこの盃盃 saké cupに対してに対して towards; regardingそれほど嬉しい嬉しい happy; glad気気 feelingを起さなかった起さなかった didn't trigger; didn't unleash。無論無論 of course; granted私自身自身 oneselfの心心 heart; mindがこの言葉言葉 wordに反響する反響する respond; reactように、飛び立つ飛び立つ leap out嬉しさをもっていなかったのが、一つ一つ one (thing)の源因源因 cause; reason (usually 原因)であった。けれども先生のいい方いい方 manner of speakingも決して決して by (no) means私の嬉しさを唆る唆る stir up; arouse浮々した浮々した cheerful; lighthearted調子調子 tone (of voice)を帯びて帯びて have; assume; be tinged withいなかった。先生は笑って杯を上げた。私はその笑いのうちに、些とも些とも (not) in the least意地の悪い意地の悪い spiteful; ill-naturedアイロニーアイロニー ironyを認めなかった認めなかった did not recognize; did not perceive。同時に同時に at the same time目出たい目出たい joyous; happyという真情真情 true feeling; sincere feelingも汲み取る汲み取る come away with; take away from事ができなかった。先生の笑いは、「世間世間 the world; society; peopleはこんな場合場合 situation; occasionによくお目出とうといいたがるものですね」と私に物語って物語って relate; conveyいた。
奥さんは私に「結構結構 wonderful; splendidね。さぞお父さんお父さん fatherやお母さんお母さん motherはお喜びでしょうお喜びでしょう must be delighted」といってくれた。私は突然突然 suddenly; at once病気病気 ill; unwellの父父 fatherの事を考えた。早く早く soon; right awayあの卒業証書卒業証書 graduation certificate; diplomaを持って行って持って行って take見せて見せて showやろうと思った思った thought (to do)。
飯飯 meal; main courseになった時時 time、奥さん奥さん (Sensei's) wifeは傍傍 nearby; next toに坐っている坐っている be seated下女下女 maidservantを次次 next (room)へ立たせて立たせて send off; dispatch (to)、自分自分 oneselfで給仕給仕 servingの役役 roleをつとめた。これが表立たない表立たない informal; intimate客客 visitor; guestに対するに対する with respect to; in relation to先生先生 Sensei (elder one; teacher - used here as form of address)の家家 house; homeの仕来り仕来り custom; practiceらしかった。始めの始めの first一、二回一、二回 one or two times; couple of timesは私私 I; meも窮屈窮屈 discomfortを感じた感じた felt; experiencedが、度数度数 number of timesの重なる重なる pile up; accumulateにつけ、茶碗茶碗 dishesを奥さんの前前 before; in front ofへ出す出す hold out; put forward; presentのが、何でもなくなった何でもなくなった came to be nothing at all; came to be matter of course。
「お茶お茶 tea? ご飯ご飯 rice? ずいぶんよく食べる食べる eatのね」
奥さんの方方 sideでも思い切って思い切って resolutely; boldly遠慮のない遠慮のない unrestrained; without reserve事事 matters; thingsをいうことがあった。しかしその日日 dayは、時候時候 season; time of yearが時候なので、そんなに調戯われる調戯われる tease; poke fun atほど食欲が進まなかった食欲が進まなかった did not have much appetite。
「もうおしまい。あなた近頃近頃 lately; recently大変大変 very much; terribly小食小食 light eaterになったのね」
奥さんは下女を呼んで呼んで call for; summon食卓食卓 dining tableを片付けさせた片付けさせた had clear off後後 afterへ、改めて改めて again; anewアイスクリームアイスクリーム ice creamと水菓子水菓子 desert fruitsを運ばせた運ばせた had bring out; had serve。
「これは宅宅 house; homeで拵えた拵えた made; preparedのよ」
用のない用のない having time on one's hands; idle奥さんには、手製手製 handmadeのアイスクリームを客に振舞う振舞う treat; lavish uponだけの余裕余裕 leisure; spare timeがあると見えた見えた seemed to ...。私はそれを二杯二杯 two dishes; two helpings更えてもらった更えてもらった had change; had replenish。
私にはただ卒業したという自覚自覚 awareness; realizationがあるだけで、これから何をしようという目的目的 objective; aimもなかった。返事返事 answer; replyにためらっている私を見た時、奥さんは「教師教師 teacher; instructor?」と聞いた。それにも答えず答えず without answeringにいると、今度今度 this timeは、「じゃお役人役人 government official; civil servant?」とまた聞かれた。私も先生も笑い出した笑い出した began to laugh。
「本当本当 truthいうと、まだ何をする考え考え idea; thoughtもないんです。実は実は actually; in fact職業職業 occupationというものについて、全く全く (not) at all考えた事がないくらいなんですから。だいちどれが善い善い desirable; agreeableか、どれが悪い悪い undesirable; disagreeableか、自分がやって見た上でないとやって見た上でないと without having tried解らない解らない don't know; can't sayんだから、選択選択 choice; decisionに困る困る struggle with訳訳 circumstance; situationだと思います思います think; reckon」
「それもそうね。けれどもあなたは必竟必竟 after all財産財産 wealthがあるからそんな呑気な呑気な easygoing; carefree事をいっていられるのよ。これが困る人人 peopleでご覧なさいご覧なさい take a look (at)。なかなかあなたのように落ち付いちゃいられない落ち付いちゃいられない can't take things easyから」
私私 I; meの友達友達 friendsには卒業しない前から卒業しない前から even before graduating、中学教師中学教師 middle school teacherの口口 opening; positionを探して探して seek out; findいる人人 people; personsがあった。私は腹の中で腹の中で inwardly; to oneself奥さん奥さん (Sensei's) wifeのいう事実事実 reality; truthを認めた認めた recognized; acknowledged。しかしこういった。
「少し少し a little; a bit先生先生 Sensei (elder one; teacher - used here as form of address)にかぶれたかぶれた (have been) affected; influencedんでしょう」
「碌な碌な genuine; legitimateかぶれ方かぶれ方 manner in which one is influencedをして下さらない下さらない please don'tのね」
先生は苦笑した苦笑した forced a smile。
「かぶれても構わない構わない doesn't matter; is fineから、その代りその代り in returnこの間この間 the other dayいった通りいった通り as (I) said、お父さんお父さん (your) fatherの生きてる生きてる is living; is aliveうちに、相当の相当の proper; proportional財産財産 wealthを分けてもらってお置きなさい分けてもらってお置きなさい have divide; have divvy up (in advance)。それでないと決して決して by (no) means油断はならない油断はならない can't rest easy; must always be on edge」
私は先生といっしょに、郊外郊外 environs; outskirts (of a town)の植木屋植木屋 (plant) nurseryの広い広い open; expansive庭庭 gardensの奥奥 inside; interiorで話した話した talked; conversed、あの躑躅躑躅 azaleaの咲いている咲いている be in bloom五月五月 Mayの初め初め beginning; start (of)を思い出した思い出した remembered; recalled。あの時時 time帰り途に帰り途に on the way home、先生が昂奮した昂奮した excited; passionate; agitated語気語気 manner of speakingで、私に物語った物語った spoke; conveyed強い強い strong; forceful言葉言葉 wordsを、再び再び once again耳の底で耳の底で in one's mind繰り返した繰り返した repeated; replayed。それは強いばかりでなく、むしろ凄い凄い dire; intense言葉であった。けれども事実を知らない知らない not know; not be aware of私には同時に同時に at the same time徹底しない徹底しない not strike home; not resonate言葉でもあった。
「奥さん、お宅お宅 (your) householdの財産はよッぽどあるんですか」
「何だって何だって what's the meaning of ...そんな事そんな事 such a thingをお聞きになるお聞きになる askの」
先生は庭の方方 directionを向いて向いて turn toward、澄まして澄まして indifferently; with detachment烟草を吹かして烟草を吹かして have a smokeいた。相手相手 companion; counterpartは自然自然 naturally; as a matter of course奥さんでなければならなかった。
「どのくらいってほどありゃしませんわ。まあこうしてどうかこうか暮して暮して live; get alongゆかれるだけよ、あなた。――そりゃどうでも宜いとしてどうでも宜いとして set aside; not worry about、あなたはこれから何か何か something為さらなくっちゃ為さらなくっちゃ without doing本当に本当に trulyいけませんよ。先生のようにごろごろばかりしていちゃ……」
私私 I; meはその夜夜 evening十時十時 ten (o'clock)過ぎ過ぎ after; pastに先生先生 Sensei (elder one; teacher - used here as form of address)の家家 house; homeを辞した辞した quit; took one's leave。二、三日二、三日 two or three days; several daysうちに帰国帰国 return home (to one's native place)するはずになっていたので、座を立つ座を立つ leave one's seat; get up from the table前前 beforeに私はちょっと暇乞い暇乞い leave-taking; farewellの言葉言葉 wordsを述べた述べた spoke; expressed。
「また当分当分 for a whileお目にかかれませんお目にかかれません won't be able to seeから」
「九月九月 Septemberには出ていらっしゃる出ていらっしゃる appear; be backんでしょうね」
私はもう卒業した卒業した graduatedのだから、必ず必ず necessarily九月に出て来る出て来る come up; return必要必要 requirement; needもなかった。しかし暑い盛り暑い盛り the height of summerの八月八月 Augustを東京東京 Tōkyōまで来て来て come (to)送ろう送ろう spend; pass (time)とも考えて考えて consider; think (to do)いなかった。私には位置位置 positionを求める求める seek; search forための貴重な貴重な valuable; precious時間時間 timeというものがなかった。
「まあ九月頃九月頃 around Septemberになるでしょう」
「じゃずいぶんご機嫌ようご機嫌よう take care。私たちもこの夏夏 summerはことによるとどこかへ行く行く go (to)かも知れないかも知れない might ...; may ...のよ。ずいぶん暑そうだから。行ったら行ったら go (to)また絵端書絵端書 (picture) postcardでも送って上げましょう上げましょう do (something) for someone」
「どちらの見当見当 directionです。もしいらっしゃるとすれば」
先生はこの問答問答 dialogue; exchangeをにやにや笑ってにやにや笑って with a grin聞いて聞いて listen toいた。
「何何 anyway; at any rateまだ行くとも行かないとも極めて極めて decide; determineいやしないんです」
席を立とう席を立とう leave one's seat; get up from the tableとした時時 time; moment、先生は急に急に suddenly私をつらまえて、「時に時に by the wayお父さんお父さん (your) fatherの病気病気 illness; maladyはどうなんです」と聞いた。私は父父 fatherの健康健康 health; conditionについてほとんど知るところがなかった。何とも何とも (no)thingいって来ないいって来ない don't mention; don't report以上以上 as long as ...; given that ...、悪くはない悪くはない not bad; all rightのだろうくらいに考えていた。
「そんなに容易く容易く simply; lightly; casually考えられる病気じゃありませんよ。尿毒症尿毒症 uremia (urea in the blood)が出る出る appear; ariseと、もう駄目駄目 hopeless; the endなんだから」
尿毒症という言葉も意味意味 meaningも私には解らなかった解らなかった were unknown; were unfamiliar。この前の冬休み冬休み winter breakに国国 home country; one's native placeで医者医者 doctorと会見した会見した met with; consulted時に、私はそんな術語術語 technical termをまるで聞かなかった。
「本当に本当に really大事にして大事にして take good care ofお上げなさいよ」と奥さん奥さん Sensei's wifeもいった。「毒毒 poison; toxinが脳脳 brainへ廻る廻る circulateようになると、もうそれっきりよ、あなた。笑い事じゃない笑い事じゃない not to be taken lightlyわ」
無経験な無経験な lacking in experience私は気味を悪がりながらも気味を悪がりながらも feeling ill at ease; feeling disquieted、にやにやしていた。
「どうせ助からない病気助からない病気 incurable diseaseだそうですから、いくら心配した心配した worry; fretって仕方がありません仕方がありません nothing can be done」
奥さん奥さん (Sensei's) wifeは昔昔 long ago; in days past同じ同じ the same病気病気 illness; maladyで死んだ死んだ diedという自分の自分の one's ownお母さんお母さん motherの事の事 concerning ...; about ...でも憶い出した憶い出した recollected; recalledのか、沈んだ沈んだ sunken; subdued調子調子 tone; mannerでこういったなり下下 down; belowを向いた向いた turned toward。私私 I; meも父父 fatherの運命運命 fate; lotが本当に本当に really; truly気の毒気の毒 pitiable; unfortunateになった。
すると先生先生 Sensei (elder one; teacher - used here as form of address)が突然突然 suddenly奥さんの方方 directionを向いた。
「静静 Shizu (name of Sensei's wife)、お前お前 youはおれより先先 before; aheadへ死ぬだろうかね」
「なぜ」
「なぜでもない、ただ聞いてみるただ聞いてみる just asking; just wonderingのさ。それとも己己 I; meの方がお前より前前 beforeに片付く片付く be finished; be done withかな。大抵大抵 usually; for the most part世間世間 society; the worldじゃ旦那旦那 husbandが先で、細君細君 wifeが後後 afterへ残る残る remain; be leftのが当り前当り前 natural; common; the normのようになってるね」
「そう極った極った decided; given訳訳 situationでもないわ。けれども男男 manの方はどうしても、そら年が上年が上 greater in years; olderでしょう」
「だから先へ死ぬという理屈理屈 reasoningなのかね。すると己もお前より先にあの世あの世 that other world; the afterlifeへ行かなくっちゃならない行かなくっちゃならない have to go事になるね」
「あなたは特別特別 special; differentよ」
「そうかね」
「だって丈夫丈夫 healthy; robustなんですもの。ほとんど煩った煩った be ill; suffer from例例 case; instanceがないじゃありませんか。そりゃどうしたって私の方が先だわ」
奥さんはそこで口籠った口籠った faltered (in one's speech)。先生の死に対するに対する with respect to; in relation to想像的な想像的な imagined; pictured悲哀悲哀 sorrow; sadnessが、ちょっと奥さんの胸胸 breast; bosomを襲った襲った assailed; struckらしかった。けれども再び再び again; once more顔をあげた時時 time; momentは、もう気分気分 feeling; moodを更えていた更えていた had changed; had altered; had refreshed。
「どうするって、仕方がない仕方がない nothing can be done (about it)わ、ねえあなた。老少不定老少不定 life holds no guarantees (lit: old and young together uncertain)っていうくらいだから」
私私 I; meは立て掛けた立て掛けた (had) started to raise腰腰 hips; haunchesをまたおろして、話話 talk; conversationの区切りの付く区切りの付く come to a pause; come to a break pointまで二人二人 two (people)の相手相手 companion; companyになっていた。
「君君 youはどう思います思います think」と先生先生 Sensei (elder one; teacher - used here as form of address)が聞いた聞いた asked。
先生が先先 before; aheadへ死ぬ死ぬ die; departか、奥さん奥さん (Sensei's) wifeが早く早く earlier; sooner亡くなる亡くなる pass awayか、固より固より from the start; by nature私に判断判断 judgment; opinionのつくべき問題問題 problem; questionではなかった。私はただ笑っていた笑っていた laughed。
「寿命寿命 (one's) life spanは分りません分りません can't knowね。私にも」
「こればかりは本当に本当に really; truly寿命ですからね。生れた生れた be born時時 timeにちゃんと極った極った determined; certain年数年数 number of yearsをもらって来るもらって来る come with; bring withんだから仕方がない仕方がない is inevitable; is fateわ。先生のお父さんお父さん fatherやお母さんお母さん motherなんか、ほとんど同じ同じ the sameよ、あなた、亡くなったのが」
「亡くなられた日日 dayがですか」
「まさか日まで同じじゃないけれども。でもまあ同じよ。だって続いて続いて in succession; one after another亡くなっちまったんですもの」
「地面は他他 other person; another personのものだから仕方がない。その代りその代り instead (of); in exchange (for)おれの持ってるものは皆な皆な all; everythingお前にやるよ」
「どうも有難う有難う (I) appreciate it。けれども横文字横文字 Western language; Roman lettersの本本 books; textsなんか貰って貰って receiveも仕様がないわね」
「古本屋古本屋 used book store; used book dealerに売る売る sellさ」
「売ればいくらぐらいになって」
先生はいくらともいわなかった。けれども先生の話は、容易に容易に easily; readily自分の自分の one's own死という遠い遠い distant; far off問題を離れなかった離れなかった did not leave; did not move away from。そうしてその死は必ず必ず invariably奥さんの前前 beforeに起る起る happen; take placeものと仮定されていた仮定されていた was imagined; was presumed (to be)。奥さんも最初の最初の first; initialうちは、わざとたわいのないたわいのない playful; guileless受け答え受け答え replies; responsesをしているらしく見えた見えた appeared to ...。それがいつの間にかいつの間にか in time; before one knew it、感傷的な感傷的な sentimental; emotional女の女の female; woman's心心 heart; mind; soulを重苦しくした重苦しくした weighed down; oppressed。
「おれが死んだら死んだら die; depart、おれが死んだらって、まあ何遍何遍 how many timesおっしゃるの。後生だから後生だから for goodness' sakeもう好い加減にして好い加減にして enough already; give it a rest、おれが死んだらは止して頂戴止して頂戴 please stop。縁喜縁喜 auspiciousness; harbinger of good fortune (usually 縁起)でもない。あなたが死んだら、何でも何でも anything and everythingあなたの思い通り思い通り as one wishesにして上げる上げる do (something) for someoneから、それで好いじゃありませんか」
先生先生 Sensei (elder one; teacher - used here as form of address)は庭庭 garden; yardの方方 directionを向いて向いて face; turn toward笑った笑った smiled; grinned。しかしそれぎり奥さん奥さん (Sensei's) wifeの厭がる厭がる dislike; find disagreeable事事 matterをいわなくなった。私私 I; meもあまり長くなる長くなる get to be a long time; get lateので、すぐ席を立った席を立った got up; rose (from one's seat)。先生と奥さんは玄関玄関 entry hallまで送って出た送って出た came to see (someone) off。
「ご病人ご病人 sick person (in your care)をお大事にお大事に take good care of」と奥さんがいった。
「また九月九月 Septemberに」と先生がいった。
私は挨拶挨拶 salutations; formalitiesをして格子格子 latticework (door)の外外 outsideへ足を踏み出した足を踏み出した stepped out (into)。玄関と門門 gateの間の間 betweenにあるこんもりしたこんもりした thickly grown木犀木犀 fragrant olive; sweet olive (shrub or small tree)の一株一株 single tree (or bush)が、私の行手行手 one's way; one's pathを塞ぐ塞ぐ cut off; blockように、夜陰夜陰 evening shadows; duskのうちに枝枝 branches; limbsを張って張って spread; stretchいた。私は二、三歩二、三歩 two or three steps; several steps動き出しながら動き出しながら starting to move; setting out、黒ずんだ黒ずんだ blackened; in darkness葉葉 leavesに被われている被われている covered withその梢梢 treetop; branch tipsを見て見て look at、来たるべき来たるべき is to come秋秋 fall; autumnの花花 flowersと香香 scents; fragrancesを想い浮べた想い浮べた imagined; envisioned。私は先生の宅宅 house; homeとこの木犀とを、以前以前 before; previouslyから心心 heart; mindのうちで、離す離す separate事のできないもののように、いっしょに記憶して記憶して rememberいた。私が偶然偶然 coincidentally; as it happenedその樹樹 treeの前前 front ofに立って、再び再び again; once moreこの宅の玄関を跨ぐ跨ぐ step over; step acrossべき次の次の next; coming秋に思いを馳せた思いを馳せた thought warmly of; looked ahead to時時 time; moment、今今 now; the presentまで格子の間から射して射して shineいた玄関の電燈電燈 (electric) lightがふっと消えた消えた went out。先生夫婦先生夫婦 Sensei and his wifeはそれぎり奥奥 inside; interiorへはいったらしかった。私は一人一人 alone暗い暗い dark表表 out frontへ出た。
私はすぐ下宿下宿 lodgingsへは戻らなかった戻らなかった did not return (to)。国国 country; one's native placeへ帰る帰る return (to)前に調える調える wrap up; put in order買物買物 shopping; errandsもあったし、ご馳走を詰めたご馳走を詰めた ate one's fill胃袋胃袋 stomachにくつろぎくつろぎ comfort; reliefを与える与える provide; impart (to)必要必要 need; necessityもあったので、ただ賑やかな賑やかな bustling; lively町町 townの方へ歩いて行った歩いて行った walked (toward)。町はまだ宵の口であったまだ宵の口であった was just coming into full swing。用事用事 objectives; tasksもなさそうな男女男女 men and womenがぞろぞろぞろぞろ in groups; in succession動く動く move; circulate中中 middle; midstに、私は今日今日 this (same) day私といっしょに卒業した卒業した graduatedなにがしなにがし certain person; so-and-soに会った会った met; ran into。彼彼 he; himは私を無理やりに無理やりに unrelentingly; with much insistenceある酒場酒場 barへ連れ込んだ連れ込んだ brought; led (someone to some place)。私はそこで麦酒麦酒 beerの泡泡 bubbles; foam; frothのような彼の気燄気燄 big talk; bluster (usually 気焔)を聞かされた聞かされた had to listen to。私の下宿へ帰ったのは十二時十二時 twelve (o'clock); midnight過ぎ過ぎ after; pastであった。
私私 I; meはその翌日翌日 next dayも暑さ暑さ hot weather; heatを冒して冒して brave; face; take on、頼まれもの頼まれもの requested itemsを買い集めて買い集めて shop for; buy up歩いた歩いた walked; walked around。手紙手紙 letter; correspondenceで注文注文 requestを受けた受けた received時時 time; occasionは何でもない何でもない is nothing; is no great matterように考えて考えて consider; thinkいたのが、いざとなると大変大変 a great deal; terribly臆劫臆劫 troublesome; burdensome (usually 億劫)に感ぜられた感ぜられた felt to be。私は電車電車 (electric) trainの中中 insideで汗汗 sweat; perspirationを拭きながら拭きながら wipe、他他 (other) peopleの時間時間 timeと手数手数 trouble; botherに気の毒という観念気の毒という観念 sympathy for; consideration ofをまるでもっていない田舎者田舎者 country folkを憎らしく思った憎らしく思った felt spite toward。
私はこの一夏一夏 one summerを無為無為 idleness; inactivityに過ごす過ごす spend; pass (time)気気 intentionはなかった。国国 country; one's native placeへ帰って帰って return (to)からの日程日程 schedule; program; daily planというようなものをあらかじめ作って作って make; form; put togetherおいたので、それを履行する履行する carry out; executeに必要な必要な necessary; essential書物書物 booksも手に入れなければならなかった手に入れなければならなかった had to get; had to procure。私は半日半日 half a dayを丸善丸善 Maruzen (bookshop)の二階二階 second floorで潰す潰す expend; invest (time)覚悟覚悟 resolution; resolveでいた。私は自分自分 oneselfに関係関係 connectionの深い深い deep; strong部門部門 field; area (of interest)の書籍棚書籍棚 (book)shelvesの前前 front ofに立って立って stand、隅隅 cornerから隅まで一冊一冊 one volumeずつ点検して点検して inspect; examine行った行った moved along; proceeded。
買物買物 shoppingのうちで一番一番 number one; most (of all)私を困らせた困らせた bothered; troubled; stressedのは女の女の woman's半襟半襟 decorative collar for under-kimonoであった。小僧小僧 shop boy; clerkにいうと、いくらでも出して出して bring out; presentはくれるが、さてどれを選んで選んで choose; selectいいのか、買う段段 step; stageになっては、ただ迷う迷う waver; vacillateだけであった。その上その上 on top of that; furthermore価価 valueが極めて極めて exceedingly; extremely不定不定 uncertain; unpredictableであった。安かろう安かろう inexpensive; economicalと思って聞く聞く ask; inquireと、非常に非常に extremely; exceedingly高かったり高かったり expensive、高かろうと考えて、聞かずにいると、かえって大変安かったりした。あるいはいくら比べて見て比べて見て compareも、どこから価格価格 priceの差違差違 difference; disparityが出る出る appear; originate (from)のか見当の付かない見当の付かない have no ideaのもあった。私は全く全く utterly; completely弱らせられた弱らせられた was perplexed; was confounded。そうして心のうちで心のうちで inwardly; to oneself、なぜ先生先生 Sensei (elder one; teacher - used here as form of address)の奥さん奥さん wifeを煩わさなかった煩わさなかった didn't trouble; didn't impose on (to do something)かを悔いた悔いた regretted。
私は鞄鞄 bagを買った。無論無論 of course和製和製 of Japanese makeの下等な下等な low grade; inferior品品 product; pieceに過ぎなかったに過ぎなかった was nothing more than ...が、それでも金具金具 metal fittings; claspsやなどがぴかぴかしているので、田舎ものを威嚇かす威嚇かす impress; awe; astonishには充分充分 adequate; sufficientであった。この鞄を買うという事事 act; actionは、私の母母 motherの注文であった。卒業したら卒業したら graduate新しい新しい new鞄を買って、そのなかに一切一切 all; everythingの土産もの土産もの presents; requested itemsを入れて入れて put into帰るようにと、わざわざ手紙の中に書いてあった書いてあった had been written。私はその文句文句 wordsを読んだ読んだ read時に笑い出した笑い出した laughed。私には母の料簡料簡 thought; ideaが解らない解らない can't understandというよりも、その言葉言葉 words; descriptionが一種一種 a type; a sort (of)の滑稽滑稽 preposterous; farcical (scene or situation)として訴えた訴えた struck one asのである。
私私 I; meは暇乞い暇乞い leave-taking; farewellをする時時 time; occasion先生夫婦先生夫婦 Sensei and his wifeに述べた通り述べた通り as stated; as said、それから三日目三日目 third dayの汽車汽車 (steam) trainで東京東京 Tōkyōを立って立って depart; leave国国 country; one's native placeへ帰った帰った returned to。この冬冬 winter以来以来 since父父 fatherの病気病気 illnessについて先生から色々の色々の various注意注意 advice; points of cautionを受けた受けた received私は、一番一番 most (of all)心配しなければならない心配しなければならない have reason to worry地位地位 positionにありながら、どういうものか、それが大して大して (not so) much苦にならなかった苦にならなかった did not trouble; did not weigh on。私はむしろ父がいなくなったあとの母母 motherを想像して想像して imagine気の毒気の毒 pitiable; unfortunateに思った思った thought of (as)。そのくらいだから私は心心 heart; mindのどこかで、父はすでに亡くなる亡くなる pass awayべきものと覚悟していた覚悟していた was resolved to; was resigned toに違いなかったに違いなかった no doubt ...。九州九州 Kyūshūにいる兄兄 older brotherへやった手紙手紙 letterのなかにも、私は父の到底到底 (not) possibly; by (no) means (usually 到底)故のような故のような former; as before健康体健康体 physical healthになる見込み見込み outlook; prospectのない事事 fact; situationを述べた。一度一度 onceなどは職務職務 work; professional dutiesの都合都合 circumstances; conditionsもあろうが、できるなら繰り合せて繰り合せて arrange; manage (to find time)この夏夏 summerぐらい一度顔顔 faceだけでも見に帰ったら見に帰ったら come back to seeどうだとまで書いた書いた wrote。その上その上 on top of that; furthermore年寄年寄 old folks; the aged; the elderlyが二人ぎり二人ぎり just two (people)で田舎田舎 country; countrysideにいるのは定めて定めて surely; certainly心細い心細い lonely; forlornだろう、我々我々 we; usも子子 childrenとして遺憾遺憾 regretの至り至り utmost limit; greatest extentであるというような感傷的な感傷的な sentimental文句文句 words; expressionさえ使った使った used; employed。私は実際実際 actually; in fact心に浮ぶ心に浮ぶ feel in one's heartままを書いた。けれども書いたあとの気分気分 feeling; moodは書いた時とは違っていた違っていた was different; was changed。
私はそうした矛盾矛盾 contradiction; inconsistencyを汽車の中中 insideで考えた考えた thought about; considered。考えているうちに自分自分 oneselfが自分に気の変りやすい気の変りやすい inconstant; fickle; easily swayed軽薄もの軽薄もの shallow person; superficial personのように思われて来た思われて来た began to seem。私は不愉快になった不愉快になった felt dissatisfied。私はまた先生夫婦の事を想い浮べた想い浮べた thought back to。ことに二、三日二、三日 two or three days; several days前前 before; earlier晩食晩食 evening meal; dinnerに呼ばれた呼ばれた was called; was invited (to)時の会話会話 talk; conversationを憶い出した憶い出した recollected; recalled。
「どっちが先先 first; before; in advanceへ死ぬ死ぬ die; pass awayだろう」
私はその晩先生と奥さん奥さん (Sensei's) wifeの間にの間に between ...起った起った took place; occurred疑問疑問 questionをひとり口の内で口の内で to oneself; silently繰り返して繰り返して repeatみた。そうしてこの疑問には誰も誰も (no) one自信自信 confidence; certaintyをもって答える答える answer事ができないのだと思った。しかしどっちが先へ死ぬと判然判然 clearly分っていたならば分っていたならば if one knew、先生はどうするだろう。奥さんはどうするだろう。先生も奥さんも、今今 now; the presentのような態度態度 manner; behaviorでいるより外に外に other than仕方がない仕方がない is no other way; is nothing else for itだろうと思った。(死に近づきつつある近づきつつある is approaching父を国元国元 one's hometown; one's native placeに控えながら控えながら have (before one)、この私がどうする事もできないように)。私は人間人間 human beings; peopleを果敢ない果敢ない fleeting; transitoryものに観じた観じた regarded; viewed (as)。人間のどうする事もできない持って生れた持って生れた be born with; come into the world with軽薄を、果敢ないものに観じた。