Kokoro - Sensei and I - 19-27

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十九十九じゅうく (part) 19

始め始はじめ at first私私わたくし I; meは理解のある理解りかいのある rational; judicious; pragmatic女性女性にょしょう womanとして奥さん奥おくさん (Sensei's) wifeに対して対たいして approach; engage withいた。私がその気気き intentで話して話はなして talk; converseいるうちに、奥さんの様子様子ようす manner; demeanorが次第に次第しだいに gradually変って来た変かわって来きた changed。奥さんは私の頭脳頭脳ずのう mind; intellectに訴える訴うったえる appeal (to)代りに代かわりに rather than ...、私の心臓心臓ハート heart; emotionsを動かし始めた動うごかし始はじめた began to affect。自分自分じぶん oneselfと夫夫おっと husbandの間の間あいだ between ...には何の何なんの (no) sort of; (no) type of蟠まり蟠わだかまり vexation; ill feelingもない、またないはずであるのに、やはり何か何なにか somethingある。それだのに眼眼め eyesを開けて開あけて open見極めよう見極みきわめよう discern; ascertainとすると、やはり何にもない何なんにもない nothing is there。奥さんの苦にする苦くにする worry over; be burdened by要点要点ようてん crucial pointはここにあった。

奥さんは最初最初さいしょ in the beginning; at first世の中世よの中なか the worldを見る見みる view; look at先生先生せんせい Sensei (elder one; teacher - used here as form of address)の眼が厭世的厭世的えんせいてき wearisome; despondentだから、その結果結果けっか result; consequenceとして自分も嫌われて嫌きらわれて be disliked; be out of favor withいるのだと断言した断言だんげんした declared; asserted。そう断言しておきながら、ちっともそこに落ち付いていられなかった落おち付ついていられなかった was not settled (on); was not satisfied (with)。底を割る底そこを割わる dig deeper (lit: break through the bottom)と、かえってその逆逆ぎゃく converseを考えて考かんがえて consider; contemplateいた。先生は自分を嫌う結果、とうとう世の中まで厭厭いや unpleasant; disagreeableになったのだろうと推測して推測すいそくして imagine; supposeいた。けれどもどう骨を折って骨ほねを折おって make an effort; exert oneselfも、その推測を突き留めて突つき留とめて verify; ascertain事実事実じじつ truth; realityとする事ができなかった事ことができなかった it was not possible to ...。先生の態度態度たいど manner; behaviorはどこまでも良人らしかった良人おっとらしかった was that of the good husband。親切親切しんせつ kind; gentleで優しかった優やさしかった was caring; was affectionate。疑い疑うたがい doubt; uncertaintyの塊り塊かたまり lump; massをその日その日その日ひその日ひ each day; day by dayの情合情合じょうあい feeling; reflection; considerationで包んで包つつんで wrap up、そっと胸胸むね bosom; breastの奥奥おく interior; depthsにしまっておいた奥さんは、その晩晩ばん eveningその包みの中中なか inside; withinを私の前前まえ front ofで開けて見せた開あけて見みせた opened and revealed。

「あなたどう思って思おもって think?」と聞いた聞きいた asked。「私からああなったのか、それともあなたのいう人世観人世観じんせいかん outlook on life; worldviewとか何とかいうものから、ああなったのか。隠さず隠かくさず without concealing; candidly; openlyいって頂戴頂戴ちょうだい please ...」

私は何も隠す気はなかった。けれども私の知らない知しらない not know; be unaware ofあるものがそこに存在している存在そんざいしている exist; be presentとすれば、私の答え答こたえ answer; responseが何であろうと、それが奥さんを満足させる満足まんぞくさせる satisfyはずがなかった。そうして私はそこに私の知らないあるものがあると信じて信しんじて believeいた。

「私には解りません解わかりません don't know; can't say」

奥さんは予期予期よき expectationの外れた外はずれた be off; miss the mark時時とき time; occasionに見る憐れな憐あわれな pitiable表情表情ひょうじょう (facial) expressionをその咄嗟咄嗟とっさ moment; instantに現わした現あらわした showed; revealed。私はすぐ私の言葉言葉ことば wordsを継ぎ足した継つぎ足たした added to。

「しかし先生が奥さんを嫌っていらっしゃらない事だけは保証します保証ほしょうします assure。私は先生自身自身じしん himselfの口口くち mouthから聞いた通り聞きいた通とおり exactly as heardを奥さんに伝える伝つたえる communicate; conveyだけです。先生は嘘を吐かない嘘うそを吐つかない does not lie; speaks honestly方方かた person; manでしょう」

奥さん奥おくさん (Sensei's) wifeは何とも何なんとも (no)thing答えなかった答こたえなかった didn't answer。しばらくしてからこういった。

「実は実じつは actually私私わたくし I; meすこし思いあたる思おもいあたる come to mind事事こと matterがあるんですけれども……」

「先生先生せんせい Sensei (elder one; teacher - used here as form of address)がああいう風風ふう manner; wayになった源因源因げんいん cause; reason (usually 原因げんいん)についてですか」

「ええ。もしそれが源因だとすれば、私の責任責任せきにん responsibilityだけはなくなるんだから、それだけでも私大変大変たいへん very much; greatly楽楽らく at easeになれるんですが、……」

「どんな事ですか」

奥さんはいい渋っていい渋しぶって hesitate to say; be reluctant to voice膝膝ひざ lap; thighsの上上うえ top ofに置いた置おいた set; placed自分の自分じぶんの one's own手手て handsを眺めて眺ながめて look at; gaze atいた。

「あなた判断して判断はんだんして judge; determine下すって下くだすって please ...。いうから」

「私にできる判断ならやります」

「みんなはいえないのよ。みんないうと叱られる叱しかられる be scolded; be reprovedから。叱られないところだけよ」

私は緊張して緊張きんちょうして felt tension唾液を呑み込んだ唾液つばきを呑のみ込こんだ swallowed。

「先生がまだ大学大学だいがく universityにいる時分時分じぶん time (period)、大変仲の好いお友達仲なかの好いいお友達ともだち close friendが一人一人ひとり one personあったのよ。その方方かた personがちょうど卒業する卒業そつぎょうする graduate少し少すこし a little前前まえ beforeに死んだ死しんだ died; passed awayんです。急に急きゅうに suddenly; abruptly死んだんです」

奥さんは私の耳耳みみ earに私語く私語ささやく whisperような小さな声小ちいさな声こえ small voice; low voice; quiet voiceで、「実は変死した変死へんしした died an unnatural deathんです」といった。それは「どうして」と聞き返さずにはいられない聞きき返かえさずにはいられない can't refrain from asking in returnようないい方いい方かた manner of speakingであった。

「それっ切りそれっ切きり no more than thatしかいえないのよ。けれどもその事があってから後後のち afterなんです。先生の性質性質せいしつ nature; dispositionが段々段々だんだん gradually変って来た変かわって来きた changedのは。なぜその方が死んだのか、私には解らない解わからない don't knowの。先生にもおそらく解っていないでしょう。けれどもそれから先生が変って来たと思えば、そう思われない事もないのよ」

「その人人ひと personの墓墓はか grave; gravesiteですか、雑司ヶ谷雑司ヶ谷ぞうしがや Zōshigaya (place name)にあるのは」

「それもいわない事になってるからいいません。しかし人間人間にんげん a personは親友親友しんゆう close friendを一人亡くした亡なくした have pass away; have lostだけで、そんなに変化できる変化へんかできる can changeものでしょうか。私はそれが知りたくって堪らない知しりたくって堪たまらない need to know; long to understandんです。だからそこを一つ一ひとつ onceあなたに判断して頂きたいと思う頂いただきたいと思おもう would like to have you ...の」

私の判断はむしろ否定否定ひてい denial; repudiationの方方ほう choice (of two alternatives)に傾いていた傾かたむいていた was leaning toward。

二十二十にじゅう (part) 20

私私わたくし I; meは私のつらまえた事実事実じじつ truth; factsの許す許ゆるす allow限り限かぎり to the extent that ...、奥さん奥おくさん (Sensei's) wifeを慰めよう慰なぐさめよう comfort; consoleとした。奥さんもまたできるだけ私によって慰められたそうに見えた見みえた appeared; seemed (to be)。それで二人二人ふたり two people; the two of usは同じ同おなじ the same問題問題もんだい subject; topic; themeをいつまでも話し合った話はなし合あった talked together; discussed。けれども私はもともと事事こと matters; factsの大根大根おおね root; sourceを攫んでいなかった攫つかんでいなかった had not grasped; was not in possession of。奥さんの不安不安ふあん disquiet; uneaseも実は実じつは in fact; in realityそこに漂う漂ただよう float; hang in the air薄い薄うすい thin; wispy雲雲くも cloudに似た似にた resembled疑惑疑惑ぎわく doubt; misgivingsから出て来ていた出でて来きていた originated from。事件事件じけん incident; matter; affairの真相真相しんそう truth; true natureになると、奥さん自身自身じしん herselfにも多く多おおく much; a lotは知れていなかった知しれていなかった was not known。知れているところでも悉皆は悉皆すっかりは thoroughly; in entirety私に話す話はなす tell; relate事ができなかった。したがって慰める私も、慰められる奥さんも、共に共ともに both; together波波なみ wavesに浮いて浮ういて float; drift、ゆらゆらしていた。ゆらゆらしながら、奥さんはどこまでも手を出して手てを出だして reach out one's hand、覚束ない覚束おぼつかない uncertain; unsteady私の判断判断はんだん judgment; determinationに縋り付こう縋すがり付つこう cling to; grasp on toとした。

十時頃十時頃じゅうじごろ around ten (o'clock)になって先生先生せんせい Sensei (elder one; teacher - used here as form of address)の靴靴くつ shoesの音音おと soundが玄関玄関げんかん entry hallに聞こえた聞きこえた sounded時時とき time; moment、奥さんは急に急きゅうに suddenly今今いま now; the presentまでのすべてを忘れた忘わすれた forgotように、前前まえ front ofに坐っている坐すわっている be seated私をそっちのけにして立ち上がった立たち上あがった stood up; rose。そうして格子格子こうし latticed panelを開ける開あける open先生をほとんど出合い頭に出合であい頭がしらに bumping into迎えた迎むかえた met; greeted。私は取り残されながら取とり残のこされながら being left behind、後後あと afterから奥さんに尾いて行った尾ついて行いった followed。下女下女げじょ maidservantだけは仮寝でもして仮寝うたたねでもして napping; dozingいたとみえて、ついに出て来なかった出でて来こなかった did not appear。

先生はむしろ機嫌機嫌きげん mood; spiritsがよかった。しかし奥さんの調子調子ちょうし mood; mannerはさらによかった。今しがた奥さんの美しい美うつくしい beautiful; delicate眼眼め eyesのうちに溜った溜たまった gathered; collected涙涙なみだ teardropsの光光ひかり glimmer; gleamと、それから黒い黒くろい black; dark眉毛眉毛まゆげ eyebrowsの根根ね root; baseに寄せられた八の字寄よせられた八はちの字じ knit brow; furrowed browを記憶して記憶きおくして recollect; recallいた私は、その変化変化へんか change; transformationを異常な異常いじょうな uncommon; extraordinaryものとして注意深く注意深ちゅういぶかく attentively; with great interest眺めた眺ながめた watched; observed。もしそれが詐り詐いつわり ruse; charadeでなかったならば、(実際実際じっさい in fact; in realityそれは詐りとは思えなかったとは思おもえなかった could not imagine that ...が)、今までの奥さんの訴え訴うったえ appealは感傷感傷センチメント sentimentを玩ぶ玩もてあそぶ toy with; trifle withためにとくに私を相手相手あいて companion; the other partyに拵えた拵こしらえた set up (as)、徒らな徒いたずらな mischievous; devilish女性女性じょせい woman; femaleの遊戯遊戯ゆうぎ game; sportと取れない事もなかった取とれない事こともなかった it was not inconceivable that ...。もっともその時の私には奥さんをそれほど批評的に批評的ひひょうてきに critically見る気気き inclinationは起らなかった起おこらなかった did not arise; did not occur。私は奥さんの態度態度たいど attitude; mannerの急に輝いて来た輝かがやいて来きた (began to) shine; sparkleのを見て、むしろ安心した安心あんしんした felt relieved。これならばそう心配する心配しんぱいする worry; fret必要必要ひつよう necessityもなかったんだと考え直した考かんがえ直なおした rethought; reassessed。

先生先生せんせい Sensei (elder one; teacher - used here as form of address)は笑いながら笑わらいながら smiling; grinning「どうもご苦労さまご苦労くろうさま thank you (for your hard work)、泥棒泥棒どろぼう burglarは来ませんでした来きませんでした didn't come; didn't showか」と私私わたくし I; meに聞いた聞きいた asked。それから「来ないんで来こないんで not appearing; not showing張合が抜けやしませんか張合はりあいが抜ぬけやしませんか hope you weren't disappointed」といった。

帰る帰かえる leave (for home)時時とき time; moment、奥さん奥おくさん (Sensei's) wifeは「どうもお気の毒さまお気きの毒どくさま sorry for your trouble; sorry to have troubled you」と会釈した会釈えしゃくした nodded; bowed。その調子調子ちょうし air; mannerは忙しい忙いそがしい busyところを暇を潰させて暇ひまを潰つぶさせて taking up someone's time気の毒だというよりも、せっかく来たのに泥棒がはいらなくって気の毒だという冗談冗談じょうだん joke; jestのように聞こえた。奥さんはそういいながら、先刻先刻さっき earlier出した出だした served西洋菓子西洋せいよう菓子がし (western-style) sweetsの残り残のこり remainder; leftoverを、紙紙かみ paperに包んで包つつんで wrap私の手に持たせた手てに持もたせた handed to; placed in one's hand。私はそれを袂袂たもと sleeve pocketへ入れて入いれて put into、人通り人通ひととおり pedestrian trafficの少ない少すくない little; few; light夜寒夜寒よさむ evening chillの小路小路こうじ lanes; side streetsを曲折して曲折きょくせつして wind one's way through賑やかな賑にぎやかな bustling; lively町町まち townの方方ほう directionへ急いだ急いそいだ hurried; rushed。

私はその晩晩ばん eveningの事事こと mattersを記憶記憶きおく memoriesのうちから抽き抜いて抽ひき抜ぬいて pull out; extractここへ詳しく詳くわしく in detail書いた書かいた wrote; noted。これは書くだけの必要必要ひつよう need; necessityがあるから書いたのだが、実実じつ truthをいうと、奥さんに菓子菓子かし sweetsを貰って貰もらって receive帰るときの気分気分きぶん feeling; moodでは、それほど当夜当夜とうや that night; the evening in questionの会話会話かいわ conversation; dialogueを重く重おもく weighty; of importance見て見みて view; regardいなかった。私はその翌日翌日よくじつ the next day午飯午飯ひるめし lunchを食いに食くいに to eat学校学校がっこう schoolから帰ってきて、昨夜昨夜ゆうべ the prior evening机机つくえ deskの上上うえ top ofに載せて置いた載のせて置おいた set; placed菓子の包みを見ると、すぐその中中なか insideからチョコレートチョコレート chocolateを塗った塗ぬった spread鳶色の鳶色とびいろの reddish brownカステラカステラ castella (Portuguese-style sponge cake - Pão de Castela)を出して頬張った頬張ほおばった stuffed one's cheeks with; took a big bite of。そうしてそれを食う時に、必竟必竟ひっきょう after all; in the endこの菓子を私にくれた二人の男女二人ふたりの男女なんにょ couple (man and woman)は、幸福な幸福こうふくな happy; content一対一対いっつい pairとして世の中世よの中なか the worldに存在して存在そんざいして exist; live; abideいるのだと自覚しつつ自覚じかくしつつ be conscious of; reflect on味わった味あじわった tasted; savored; relished。

秋秋あき autumnが暮れて暮くれて come to an end冬冬ふゆ winterが来る来くる arriveまで格別の格別かくべつの special; noteworthy事もなかった。私は先生の宅宅うち house; homeへ出はいりをする出ではいりをする visit; call on; frequentついでに、衣服衣服いふく clothes; clothingの洗い張り洗あらい張はり washing; launderingや仕立て方仕立したて方かた tailoringなどを奥さんに頼んだ頼たのんだ requested。それまで繻絆繻絆じゅばん undergarment; under layerというものを着た事のない着きた事ことのない had never worn私が、シャツシャツ shirtの上に黒い黒くろい black襟襟えり collarのかかったものを重ねる重かさねる layerようになったのはこの時からであった。子供子供こども childrenのない奥さんは、そういう世話を焼く世話せわを焼やく help; assist; look afterのがかえって退屈凌ぎ退屈凌たいくつしのぎ means of passing time; way to keep oneself occupiedになって、結句結句けっく finally; in the end身体身体からだ body; physical well-beingの薬薬くすり medicineだぐらいの事をいっていた。

「こりゃ手織り手織ており hand wovenね。こんな地地じ fabricの好い好いい good; fine着物着物きもの kimono; garmentは今今いま this day; the presentまで縫った縫ぬった sewn; stitched事がないわ。その代りその代かわり at the same time縫い悪い縫ぬい悪にくい difficult to sewのよそりゃあ。まるで針が立たない針はりが立たたない can't stick a needle through itんですもの。お蔭でお蔭かげで thanks to; owing to針を二本二本にほん two (needles)折りました折おりました broke; bentわ」

こんな苦情苦情くじょう protest; complaintをいう時ですら、奥さんは別に別べつに particularly面倒くさい面倒めんどうくさい bothered; fatigued (by)という顔顔かお (facial) expression; lookをしなかった。

二十一二十一にじゅういち (part) 21

冬冬ふつ winterが来た来きた came; arrived時時とき time、私私わたくし I; meは偶然偶然ぐうぜん unexpectedly国国くに home country; one's native placeへ帰らなければならない帰かえらなければならない have to return事事こと situation; circumstancesになった。私の母母はは motherから受け取った受うけ取とった received手紙手紙てがみ letter; correspondenceの中中なか inside; withinに、父父ちち fatherの病気病気びょうき illness; maladyの経過経過けいか progressionが面白くない面白おもしろくない adverse; unpropitious様子様子ようす state of affairsを書いて書かいて write、今今いま now; this momentが今という心配心配しんぱい worry; concernもあるまいが、年年とし age; yearsが年だから、できるなら都合して都合つごうして arrange; manage帰って来てくれと頼む頼たのむ ask; requestように付け足して付つけ足たして add; appendあった。

父はかねてからかねてから for a while; for some time腎臓腎臓じんぞう kidneyを病んで病やんで be afflicted by; suffer fromいた。中年中年ちゅうねん middle age以後以後いご from; afterの人人ひと peopleにしばしばしばしば often; frequently見る見みる see; witness; observe通り通とおり just as ...、父のこの病病やまい illness; maladyは慢性慢性まんせい chronic; persistentであった。その代りその代かわり on the other hand; at the same time要心要心ようじん caution; careさえしていれば急変急変きゅうへん sudden change; sudden turnのないものと当人当人とうにん the person in questionも家族家族かぞく familyのものも信じて信しんじて believed疑わなかった疑うたがわなかった did not doubt。現に現げんに in fact父は養生養生ようじょう care; recuperationのお蔭お蔭かげ due to; thanks to一つ一ひとつ for one thingで、今日今日こんにち this day; the presentまでどうかこうか凌いで来た凌しのいで来きた survived; made it throughように客客きゃく visitors; guestsが来る来くる come; call; visitと吹聴して吹聴ふいちょうして announce; proclaimいた。その父が、母の書信書信しょしん letterによると、庭庭にわ yard; gardenへ出て出でて go out (to)何か何なにか somethingしている機に機はずみに effect of; result of突然突然とつぜん suddenly眩暈眩暈めまい dizziness; vertigoがして引ッ繰り返った引ひッ繰くり返かえった fell down; swooned。家内のもの家内かないのもの members of the householdは軽症の軽症けいしょうの mild (form of an illness)脳溢血脳溢血のういっけつ cerebral apoplexy; strokeと思い違えて思おもい違ちがえて mistook (for)、すぐその手当手当てあて (medical) care; treatmentをした。後で後あとで afterwards; subsequently医者医者いしゃ doctorからどうもそうではないらしい、やはり持病持病じびょう chronic diseaseの結果結果けっか result; consequenceだろうという判断判断はんだん judgment; opinionを得て得えて get; obtain、始めて始はじめて for the first time卒倒卒倒そっとう fainting; swooningと腎臓病腎臓病じんぞうびょう kidney trouble; kidney diseaseとを結び付けて結むすび付つけて tie together; connect考える考かんがえる consider; think ofようになったのである。

冬休み冬休ふゆやすみ winter breakが来るにはまだ少し少すこし a little; a bit間間ま interval of time; whileがあった。私は学期学期がっき semester; termの終り終おわり finish; endまで待って待まって waitいても差支え差支さしつかえ hindrance; impediment; problemあるまいと思って一日二日一日いちにち二日ふつか several daysそのままにしておいた。するとその一日二日の間にの間あいだに during、父の寝て寝ねて lie in bedいる様子様子ようす situation; circumstancesだの、母の心配している顔顔かお faceだのが時々時々ときどき from time to time眼に浮かんだ眼めに浮うかんだ appeared before one's eyes。そのたびに一種の一種いっしゅの a certain type of心苦しさ心苦こころぐるしさ regret; remorseを嘗めた嘗なめた tasted; experienced (something unpleasant)私は、とうとう帰る決心決心けっしん resolution; determinationをした。国から旅費旅費りょひ travel allowance; travel fundsを送らせる送おくらせる have (someone) send手数手数てかず trouble; extra workと時間時間じかん timeを省く省はぶく save; spareため、私は暇乞い暇乞いとまごい taking one's leaveかたがたかたがた at the same time; in concurrence with先生先生せんせい Sensei (elder one; teacher - used here as form of address)の所所ところ place; residenceへ行って行いって go (to); visit、要る要いる have need ofだけの金金かね moneyを一時一時いちじ temporarily立て替えて立たて替かえて advance; pay (on someone's behalf) as a loanもらう事にした。

先生は少し風邪風邪かぜ coldの気味気味きみ a touch of; a trace ofで、座敷座敷ざしき living room; parlorへ出るのが臆劫臆劫おっくう too much; too taxingだといって、私をその書斎書斎しょさい studyに通した通とおした had (someone) shown to。書斎の硝子戸硝子戸ガラスど glass doorsから冬に入って冬ふゆに入いって since the onset of winter稀に稀まれに rarely; seldom見るような懐かしい懐なつかしい longed-for; fondly remembered和らかな和やわらかな soft; mild日光日光にっこう sunlightが机掛け机掛つくえかけ desktop (covering)の上上うえ top ofに射して射さして shineいた。先生はこの日あたりの好い日ひあたりの好いい sunlit室室へや roomの中へ大きな大おおきな large火鉢火鉢ひばち hibachi; brazierを置いて置おいて set; place、五徳五徳ごとく kettle standの上に懸けた懸かけた placed; positioned金盥金盥かなだらい metal basinから立ち上る立たち上あがる rise up (from)湯気湯気ゆげ steam; vaporで、呼吸呼吸いき breathingの苦しくなる苦くるしくなる become difficultのを防いで防ふせいで prevent; protect againstいた。

「大病大病たいびょう serious illnessは好い好いい good; fineが、ちょっとした風邪風邪かぜ coldなどはかえって厭な厭いやな disagreeable; unpleasantものですね」といった先生先生せんせい Sensei (elder one; teacher - used here as form of address)は、苦笑苦笑くしょ wry smile; sarcastic laughしながら私私わたくし I; meの顔顔かお faceを見た見みた looked at。

先生は病気病気びょうき sickness; diseaseという病気をした事のないした事ことのない had never experienced人人ひと personであった。先生の言葉言葉ことば wordsを聞いた聞きいた heard私は笑いたくなった笑わらいたくなった was amused; had to laugh。

「私は風邪ぐらいなら我慢します我慢がまんします endure; put up withが、それ以上それ以上いじょう beyond that; anything moreの病気は真平です真平まっぴらです (not) for anything。先生だって同じ同おなじ the same事でしょう。試み試こころみ trial; experimentにやってご覧になるやってご覧らんになる try doing; give (it) a tryとよく解ります解わかります understand; see what one means」

「そうかね。私は病気になるくらいなら、死病死病しびょう fatal diseaseに罹りたい罹かかりたい suffer from; be afflicted withと思って思おもって think; reckonる」

私は先生のいう事に格別格別かくべつ particular; special注意を払わなかった注意ちゅういを払はらわなかった paid no mind; paid no heed (to)。すぐ母母はは motherの手紙手紙てがみ letterの話話はなし talk; discussionをして、金の無心金かねの無心むしん request for moneyを申し出た申もうし出でた brought forward (as a request)。

「そりゃ困る困こまる be worried; be troubledでしょう。そのくらいなら今今いま now; at present手元手元てもと at handにあるはずだから持って行きたまえ持もって行いきたまえ please take (it)」

先生は奥さん奥おくさん wifeを呼んで呼よんで call; summon、必要の必要ひつようの necessary; needed金額金額きんがく amount (of money)を私の前前まえ front ofに並べさせて並ならべさせて set out; laid outくれた。それを奥奥おく interiorの茶箪笥茶箪笥ちゃだんす cupboardか何か何なにか somethingの抽出抽出ひきだし drawerから出して来た出だして来きた went and took out (from)奥さんは、白い白しろい white半紙半紙はんし calligraphy paperの上上うえ top ofへ鄭寧に鄭寧ていねいに politely; carefully重ねて重かさねて place (on top of)、「そりゃご心配ご心配しんぱい worry; concernですね」といった。

「何遍も何遍なんべんも many times卒倒した卒倒そっとうした fainted; swoonedんですか」と先生が聞いた。

「手紙には何とも書いてありません書かいてありません wasn't written; wasn't mentionedが。――そんなに何度も何度なんども numerous times引ッ繰り返る引ひッ繰くり返かえる collapse; swoonものですか」

「ええ」

先生の奥さんの母親母親ははおや motherという人も私の父と同じ病気で亡くなった亡なくなった passed away; diedのだという事が始めて始はじめて for the first time私に解った。

「どうせむずかしいんでしょう」と私がいった。

「そうさね。私が代られれば代かわられれば could take the place of代ってあげても好いが。――嘔気嘔気はきけ nauseaはあるんですか」

「どうですか、何とも書いてないから、大方大方おおかた probably; most likelyないんでしょう」

「吐気吐気はきげ nauseaさえ来なければ来こなければ doesn't come; does not occurまだ大丈夫大丈夫だいじょうぶ okay; all rightですよ」と奥さんがいった。

私はその晩晩ばん eveningの汽車汽車きしゃ (steam) trainで東京東京とうきょう Tōkyōを立った立たった departed (from)。

二十二二十二にじゅうに (part) 22

父父ちち fatherの病気病気びょうき illnessは思った思おもった thoughtほど悪くはなかった悪わるくはなかった was not bad; was not serious。それでも着いた着ついた arrived時時とき timeは、床床とこ bed; beddingの上上うえ top ofに胡坐をかいて胡坐あぐらをかいて sit cross-legged、「みんなが心配する心配しんぱいする worry; express concernから、まあ我慢して我慢がまんして endure; tolerate; put up withこう凝としている凝じっとしている stay still; rest quietly。なにもう起きて起おきて get upも好い好いい good; fine; no problemのさ」といった。しかしその翌日翌日よくじつ next dayからは母母はは motherが止める止とめる prevent; dissuade (from doing)のも聞かずに聞きかずに not listen to; pay no heed to、とうとう床を上げさせて床とこを上あげさせて have one's bedding put awayしまった。母は不承無性に不承無性ふしょうぶしょうに reluctantly; grudgingly太織り太織ふとおり coarse silk clothの蒲団蒲団ふとん futonを畳みながら畳たたみながら folding up「お父さんお父とうさん (your) fatherはお前お前まえ youが帰って来た帰かえって来きた returned homeので、急に急きゅうに suddenly気気き spirit; heartが強く強つよく strong; vigorousおなりなんだよ」といった。私私わたくし I; meには父の挙動挙動けんどう conduct; behaviorがさしてさして (not) so much虚勢を張って虚勢きょせいを張はって put on a brave faceいるようにも思えなかった。

私の兄兄あに older brother; elder brotherはある職職しょく employment; occupationを帯びて帯おびて take on (job; assignment)遠い遠とおい distant九州九州きゅうしゅう Kyūshūにいた。これは万一の事万一まんいちの事こと extraordinary circumstancesがある場合場合ばあい case; situationでなければ、容易に容易よういに easily父母父母ちちはは mother and father; parentsの顔顔かお facesを見る見みる see自由の利かない自由じゆうの利きかない not be at liberty to ...; not have the option of男男おとこ man; fellowであった。妹妹いもうと younger sisterは他国他国たこく another province; another regionへ嫁いだ嫁とついだ was married (off to)。これも急場急場きゅうば emergencyの間に合う間まに合あう be in time for; be capable of responding toように、おいそれと呼び寄せられる呼よび寄よせられる call; summon女女おんな womanではなかった。兄妹兄妹きょうだい brothers and sisters; siblings三人三人さんにん three (people); three (of us)のうちで、一番一番いちばん the most便利な便利べんりな handy; ready when neededのはやはり書生書生しょせい studentをしている私だけであった。その私が母のいい付け通りいい付つけ通どおり as directed; as instructed学校学校がっこう schoolの課業課業かぎょう studies; lessonsを放り出して放ほうり出だして put aside、休み休やすみ vacation; break前前まえ beforeに帰って来たという事が、父には大きな大おおきな great deal (of)満足満足まんぞく satisfaction; contentmentであった。

「これしきのこれしきの minor; trifling病気に学校を休ませては気の毒だ気きの毒どくだ too bad; a shame (for someone)。お母さんがあまり仰山な仰山ぎょうさんな exaggerated; overblown手紙手紙てがみ letterを書く書かく write; composeものだからいけない」

父は口では口くちでは verbally; with one's wordsこういった。こういったばかりでなく、今今いま now; the presentまで敷いて敷しいて spread out; lay outいた床を上げさせて、いつものような元気元気げんき health; energy; vigorを示した示しめした displayed; demonstrated。

「あんまり軽はずみ軽かるはずみ rashnessをしてまた逆回す逆回ぶりかえす suffer a relapseといけませんよ」

私のこの注意注意ちゅうい caution; warningを父は愉快そうに愉快ゆかいそうに happily; with appreciationしかし極めて極きわめて clearly; exceedingly軽く軽かるく lightly; without concern受けた受うけた took; received。

「なに大丈夫大丈夫だいじょうぶ fine; okay、これでいつものように要心要心ようじん caution; careさえしていれば」

実際実際じっさい in fact父は大丈夫らしかった。家家いえ houseの中中なか insideを自由に往来して往来おうらいして come and go; move about、息も切れなければ息いきも切きれなければ wasn't short of breath、眩暈眩暈めまい dizziness; vertigoも感じなかった感かんじなかった didn't feel; didn't experience。ただ顔色顔色かおいろ (facial) color; complexionだけは普通普通ふつう usual; ordinaryの人人ひと personよりも大変大変たいへん a great deal悪かった悪わるかった was not good; was poorが、これはまた今始まった始はじまった started; began症状症状しょうじょう symptoms; conditionでもないので、私たち私わたしたち we; usは格別格別かくべつ specially; in particularそれを気に留めなかった気きに留とめなかった didn't attach significance to。

私私わたくし I; meは先生先生せんせい Sensei (elder one; teacher - used here as form of address)に手紙手紙てがみ letterを書いて書かいて write; compose恩借恩借おんしゃく loanの礼礼れい thanks; gratitudeを述べた述のべた mentioned; noted。正月正月しょうがつ New Year's上京する上京じょうきょうする return to Tōkyō時時とき time; occasionに持参する持参じさんする bring; carryからそれまで待って待まって waitくれるようにと断わった断ことわった state in advance。そうして父父ちち fatherの病状病状びょうじょう condition (of a patient)の思った思おもった thought; fearedほど険悪険悪けんあく serious; dangerousでない事事こと situation; circumstances、この分ならこの分ぶんなら at this rate当分当分とうぶん for the present; for a while安心安心あんしん relief; assurance; peace of mindな事、眩暈眩暈めまい dizziness; vertigoも嘔気嘔気はきけ nauseaも皆無皆無かいむ in no way present; not evidentな事などを書き連ねた書かき連つらねた wrote in succession。最後に最後さいごに finally; in closing先生の風邪風邪ふうじゃ coldについても一言一言いちごん a few wordsの見舞見舞みまい get-well wishesを附け加えた附つけ加くわえた added。私は先生の風邪を実際実際じっさい in truth; in reality軽く軽かるく light; mild見て見みて regard (as)いたので。

私はその手紙を出す出だす put out; post (a letter)時に決して決けっして by (no) means先生の返事返事へんじ answer; replyを予期して予期よきして anticipate; expectいなかった。出した後で後あとで afterwards父や母母はは motherと先生の噂噂うわさ talk of; report ofなどをしながら、遥かに遥はるかに far off; far away先生の書斎書斎しょさい studyを想像した想像そうぞうした imagined。

「こんど東京へ行く行ゆく go (to)ときには椎茸椎茸しいたけ mushroomsでも持って行ってお上げ持もって行いってお上あげ take (to someone)」

「ええ、しかし先生が干した干ほした dried椎茸なぞを食う食くう eatかしら」

「旨くはない旨うまくはない not delicious; not a delicacyが、別に別べつに in particular嫌い嫌きらい dislike of; aversion toな人人ひと personもないだろう」

私には椎茸と先生を結び付けて結むすび付つけて tie together; associate考える考かんがえる think; considerのが変変へん odd; strangeであった。

先生の返事が来た来きた came; arrived時、私はちょっと驚かされた驚おどろかされた was caught by surprise。ことにその内容内容ないよう contentが特別の特別とくべつの special; particular用件用件ようけん business; matter of importanceを含んで含ふくんで includeいなかった時、驚かされた。先生はただ親切親切しんせつ kindness; considerationずくずく for the sole purpose of ...で、返事を書いてくれたんだと私は思った。そう思うと、その簡単な簡単かんたんな simple; brief一本一本いっぽん one (letter)の手紙が私には大層な大層たいそうな considerable喜び喜よろこび happiness; joyになった。もっともこれは私が先生から受け取った受うけ取とった received第一の第一だいいちの the very first手紙には相違なかったには相違そういなかった for sure; for certainが。

第一というと私と先生の間にの間あいだに between ...書信書信しょしん letters; correspondenceの往復往復おうふく back and forth; exchangeがたびたびあったように思われるが、事実事実じじつ the truthは決してそうでない事をちょっと断わっておきたい。私は先生の生前生前せいぜん during a person's lifetimeにたった二通二通につう two (letters)の手紙しか貰って貰もらって receiveいない。その一通一通いっつう one (letter)は今今いま now; just nowいうこの簡単な返書返書へんしょ reply; responseで、あとの一通は先生の死ぬ死しぬ die; pass away前前まえ beforeとくに私宛宛あて (addressed) toで書いた大変大変たいへん very much; terribly長い長ながい long; lengthyものである。

父は病気病気びょうき illnessの性質性質せいしつ natureとして、運動運動うんどう physical activityを慎まなければならない慎つつしまなければならない had to refrain from; had to perform in moderationので、床を上げて床とこを上あげて get (up) out of bedからも、ほとんど戸外戸外そと outdoorsへは出なかった出でなかった did not go out。一度一度いちど one time; once天気天気てんき weatherのごく穏やかな穏おだやかな mild; fair日日ひ dayの午後午後ごご afternoon庭庭にわ gardenへ下りた下おりた went down (to)事があるが、その時は万一万一まんいち unlikely event; worst caseを気遣って気遣きづかって keep in mind; worry over、私が引き添う引ひき添そう stay close toように傍傍そば side; proximityに付いて付ついて be with; accompanyいた。私が心配して心配しんぱいして worry; have concern自分の自分じぶんの one's own肩肩かた shoulderへ手を掛けさせよう手てを掛かけさせよう have (someone) place their hand onとしても、父は笑って笑わらって smile; grin応じなかった応おうじなかった did not accommodate; would not oblige。

二十三二十三にじゅうさん (part) 23

私私わたくし I; meは退屈な退屈たいくつな bored; in want of diversion父父ちち fatherの相手相手あいて companionとしてよく将碁盤将碁盤しょうぎばん shōgi boardに向かった向むかった turned toward; faced。二人とも二人ふたりとも both (people); the two (of us)無精な無精ぶしょうな indolent; inactive性質性質たち nature; dispositionなので、炬燵炬燵こたつ kotatsu (brazier in a foot well, covered with a frame / table and overhanging quilt to retain heat)にあたったまま、盤を櫓櫓やぐら kotatsu frameの上上うえ top ofへ載せて載のせて set; place、駒駒こま (shōgi) pieceを動かす動うごかす moveたびに、わざわざ手手て handを掛蒲団掛蒲団かけぶとん quilt coveringの下下した below; beneathから出す出だす take outような事事こと act; actionをした。時々時々ときどき from time to time持駒持駒もちごま captured pieceを失くして失なくして lose、次次つぎ nextの勝負勝負しょうぶ game; matchの来る来くる come; arriveまで双方とも双方そうほうとも both parties知らずに知しらずに without knowing; unawaresいたりした。それを母母はは motherが灰灰はい ashesの中中なか middle; withinから見付け出して見付みつけ出だして find; discover、火箸火箸ひばし fire sticks; fire tongsで挟み上げる挟はさみ上あげる pick up (with a pinching motion)という滑稽滑稽こっけい comical sceneもあった。

「碁碁ご go (strategy game)だと盤が高過ぎる高過たかすぎる too tall上に上うえに on top of; in addition to、足足あし feet; legsが着いている着ついている be attachedから、炬燵の上では打てない打うてない cannot playが、そこへ来ると将碁盤は好い好いい fine; niceね、こうして楽に楽らくに in comfort差せる差させる can playから。無精者無精者ぶしょうもの loafers; idlersには持って来い持もって来こい just right; perfect (for)だ。もう一番もう一番いちばん one more timeやろう」

父は勝った勝かった won時時とき times; occasionsは必ず必かならず invariably; without failもう一番やろうといった。そのくせ負けた負まけた lost時にも、もう一番やろうといった。要するに要ようするに in short、勝っても負けても、炬燵にあたって、将碁を差したがる男男おとこ man; fellowであった。始めのうち始はじめのうち initially; at firstは珍しい珍めずらしい new; novelので、この隠居じみた隠居いんきょじみた retirement-like娯楽娯楽ごらく amusementが私にも相当の相当そうとうの considerable; substantial興味興味きょうみ enthusiasm; ardorを与えた与あたえた bestowed (on); granted (to)が、少し少すこし a little; to some degree時日時日じじつ days and hours; timeが経つ経たつ pass; elapseに伴れてに伴つれて along with、若い若わかい young; youthful私の気力気力きりょく energy; vitalityはそのくらいな刺戟刺戟しげき stimulus; excitementで満足できなくなった満足まんぞくできなくなった could not find satisfaction (in)。私は金金きん gold general (name of shōgi piece)や香車香車きょうしゃ lance (name of shōgi piece)を握った握にぎった gripped; grasped拳拳こぶし fistを頭頭あたま headの上へ伸ばして伸のばして extend; stretch、時々思い切った思おもい切きった overt; conspicuous; outrightあくびをした。

私は東京東京とうきょう Tōkyōの事を考えた考かんがえた considered; thought about。そうして漲る漲みなぎる swell; overflow心臓心臓しんぞう heartの血潮血潮ちしお blood (flowing within one's body)の奥奥おく depthsに、活動活動と活動活動かつどうかつどうと in endless motion打ちつづける打うちつづける beat on鼓動鼓動こどう pulse; rhythmを聞いた聞きいた listened to。不思議にも不思議ふしぎにも strangely; curiouslyその鼓動の音音おと soundが、ある微妙な微妙びみょうな delicate; subtle意識状態意識いしき状態じょうたい state of consciousnessから、先生先生せんせい Sensei (elder one; teacher - used here as form of address)の力力ちから force; vigorで強められて強つよめられて be strengthenedいるように感じた感かんじた felt; perceived。

私は心のうちで心こころのうちで within one's heart; inwardly、父と先生とを比較して見た比較ひかくして見みた tried comparing。両方とも両方りょうほうとも both世間世間せけん society; the worldから見れば、生きている生いきている be aliveか死んでいる死しんでいる be deadか分らない分わからない don't know; can't discernほど大人しい大人おとなしい quiet; discreet; guarded男であった。他他ひと othersに認められる認みとめられる be recognized; be noticedという点点てん pointからいえばどっちも零零れい zero; nought; nullであった。それでいて、この将碁を差したがる父は、単なる単たんなる simple; mere娯楽の相手としても私には物足りなかった物足ものたりなかった was unsatisfactory; was found wanting。かつて遊興遊興ゆうきょう amusement; diversionのために往来往来ゆきき coming and going; visitingをした覚え覚おぼえ memory; experienceのない先生は、歓楽歓楽かんらく pleasure; merrimentの交際交際こうさい company; associationから出る出でる emerge; arise (from)親しみ親したしみ intimacy; affection以上以上いじょう more than ...に、いつか私の頭に影響影響えいきょう influence; impactを与えていた。ただ頭というのはあまりに冷やか過ぎる冷ひややか過すぎる too cold; too detachedから、私は胸胸むね bosom; breastといい直したいいい直なおしたい should restate; would like to correct oneself。肉肉にく body; fleshのなかに先生の力が喰い込んで喰くい込こんで bite into; dig intoいるといっても、血血ち bloodのなかに先生の命命いのち life; life forceが流れて流ながれて flow; circulateいるといっても、その時の私には少しも誇張誇張こちょう exaggerationでないように思われたように思おもわれた it seems that ...。私は父が私の本当の本当ほんとうの real; true父であり、先生はまたいうまでもなく、あかの他人あかの他人たにん complete stranger; total strangerであるという明白な明白めいはくな clear; obvious; evident事実事実じじつ truth; realityを、ことさらにことさらに especially; particularly眼の前眼めの前まえ before one's eyesに並べて並ならべて line up; lay outみて、始めて大きな大おおきな great; significant真理真理しんり truthでも発見した発見はっけんした discoveredかのごとくに驚いた驚おどろいた was surprised; was shocked。

私私わたくし I; meがのつそつし出すのつそつし出だす begin to feel restlessと前後してと前後ぜんごして about the time that ...、父父ちち fatherや母母はは motherの眼眼め eyesにも今今いま now; at presentまで珍しかった珍めずらしかった was new; was novel私が段々段々だんだん gradually陳腐陳腐ちんぷ stale; dull; wornになって来たなって来きた became。これは夏休み夏休なつやすみ summer vacationなどに国国くに home country; one's native placeへ帰る帰かえる return (to)誰でも誰だれでも anyoneが一様に一様いちように in a like manner経験する経験けいけんする experience心持心持こころもち feelingだろうと思う思おもう think; expectが、当座の当座とうざの for a time; for the present一週間一週間いっしゅうかん one weekぐらいは下にも置かない下したにも置おかない extend every courtesyように、ちやほや歓待されるちやほや歓待もてなされる be pampered; be fussed overのに、その峠峠とうげ peak; crestを定規通り定規通ていきどおり a prescribed amount; to a certain degree通り越す通とおり越こす go past; move beyondと、あとはそろそろそろそろ slowly; steadily家族家族かぞく familyの熱熱ねつ zeal; enthusiasmが冷めて来て冷さめて来きて cool off、しまいには有っても無くっても有あっても無なくっても whether present or not; 構わない構かまわない doesn't matter; makes no differenceもののように粗末に粗末そまつに with little care; without consideration取り扱われがち取とり扱あつかわれがち tend to be handled; apt to be treatedになるものである。私も滞在中滞在中たいざいちゅう during a stayにその峠を通り越した。その上その上うえ on top of that; furthermore私は国へ帰るたびに、父にも母にも解らない解わからない could not grasp; could not relate to変な変へんな odd; eccentric; alienところを東京東京とうきょう Tōkyōから持って帰った持もって帰かえった brought back。昔昔むかし long ago; former timesでいうと、儒者の儒者じゅしゃの Confucian家家いえ house; homeへ切支丹の切支丹キリシタンの Christian臭い臭におい scent of; sense ofを持ち込む持もち込こむ bring into; carry intoように、私の持って帰るものは父とも母とも調和しなかった調和ちょうわしなかった did not agree with; were not amenable to。無論無論むろん of course私はそれを隠して隠かくして hide; concealいた。けれども元々元々もともと by nature身に着いて身みに着ついて part of oneselfいるものだから、出すまい出だすまい must not expose; must not revealと思っても、いつかそれが父や母の眼に留まった眼めに留とまった caught one's eye; attracted notice。私はつい面白くなくなった面白おもしろくなくなった grew weary; had had enough (of)。早く早はやく soon東京へ帰りたくなった。

父の病気病気びょうき illness; maladyは幸い幸さいわい fortunately現状維持現状げんじょう維持いじ holding steady (as is); stableのままで、少しも少すこしも (not) in the least悪い悪わるい unfavorable方方ほう directionへ進む進すすむ proceed; advance (toward)模様模様もよう signs; indicationsは見えなかった見みえなかった were not visible; were not apparent。念のために念ねんのために to be sure; for good measureわざわざ遠く遠とおく far awayから相当の相当そうとうの worthy; qualified医者医者いしゃ doctorを招いたりして招まねいたりして send for; summon、慎重に慎重しんちょうに carefully; thoroughly診察診察しんさつ medical examinationしてもらってもやはり私の知っている知しっている know of; be aware of以外に以外いがいに outside of; other than; in addition to異状異状いじょう anomaly; irregularityは認められなかった認みとめられなかった was not observed; was not noticed。私は冬休み冬休ふゆやすみ winter breakの尽きる尽つきる run out; come to its end少し前前まえ beforeに国を立つ立たつ depart (from)事にした事ことにした decided to ...。立つといい出すと、人情人情にんじょう human natureは妙な妙みょうな odd; curiousもので、父も母も反対した反対はんたいした objected; protested。

「もう帰るのかい、まだ早いじゃないか」と母がいった。

「まだ四、五日四し、五日ごにち four or five daysいても間に合う間まに合あう be in timeんだろう」と父がいった。

私は自分自分じぶん oneselfの極めた極きめた decided出立出立しゅったつ departureの日日ひ dayを動かさなかった動うごかさなかった didn't change; didn't alter。

二十四二十四にじゅうし (part) 24

東京東京とうきょう Tōkyōへ帰って帰かえって return (to)みると、松飾松飾まつかざり New Year's pine decorationsはいつか取り払われて取とり払はらわれて removed; cleared awayいた。町町まち townは寒い寒さむい cold風風かぜ windの吹く吹ふく blowに任せて任まかせて entrust to; yield to、どこを見て見みて look; observeもこれというほどの正月正月しょうがつ New Year'sめいためいた showing signs of景気景気けいき condition; stateはなかった。

私私わたくし I; meは早速早速さっそく without delay; right away先生先生せんせい Sensei (elder one; teacher - used here as form of address)のうちへ金金かね moneyを返しに返かえしに in order to return (something)行った行いった went (to); called on; visited。例の例れいの the aforementioned椎茸椎茸しいたけ mushroomsもついでに持って行った持もって行いった took with。ただ出す出だす take out; presentのは少し少すこし a little; a bit変変へん odd; strangeだから、母母はは (my) motherがこれを差し上げてくれ差さし上あげてくれ asked (me) to give (to you)といいましたとわざわざ断って断ことわって give notice; state in advance奥さん奥おくさん (Sensei's) wifeの前前まえ front ofへ置いた置おいた set; placed。椎茸は新しい新あたらしい new菓子折菓子かし折おり cake boxに入れてあった入いれてあった had been placed in。鄭寧に鄭寧ていねいに politely; respectfully礼を述べた礼れいを述のべた expressed one's thanks奥さんは、次次つぎ adjacent; adjoiningの間間ま roomへ立つ立たつ take leave (to)時時とき time、その折を持って見て持もって見みて pick up、軽い軽かるい lightのに驚かされた驚おどろかされた was surprised (by)のか、「こりゃ何の何なんの what kind of; what sort of御菓子御菓子おかし cakes」と聞いた聞きいた asked。奥さんは懇意になる懇意こんいになる get to know; become close toと、こんなところに極めて極きわめて very much; exceedingly淡泊な淡泊たんぱくな frank; candid小供らしい小供こどもらしい child-like心心こころ spiritを見せた。

二人とも二人ふたりとも both (of them)父父ちち (my) fatherの病気病気びょうき illnessについて、色々色々いろいろ various掛念の掛念けねんの (expressing) worry; concern (usually 懸念けねんの)問い問とい questionsを繰り返して繰くり返かえして repeatくれた中に中なかに while ...; in the process of ...、先生はこんな事こんな事こと the followingをいった。

「なるほど容体容体ようだい state (of one's health)を聞くと、今今いま immediate; imminentが今どうという事もないようですが、病気が病気だからよほど気をつけないといけません気きをつけないといけません (one) must take care; must remain vigilant」

先生は腎臓腎臓じんぞう kidneyの病病やまい illness; maladyについて私の知らない知しらない not know; not be aware of事を多く多おおく much; a great deal知っていた。

「自分自分じぶん oneselfで病気に罹っていながら罹かかっていながら suffering from; afflicted with、気が付かないで平気でいる平気へいきでいる be unconcerned; pay no heedのがあの病の特色特色とくしょく characteristic; idiosyncrasyです。私の知ったある士官士官しかん (military) officerは、とうとうそれでやられたが、全く全まったく utterly; completely嘘のような嘘うそのような unexpected; out of the blue死に方死しに方かた way of dying; deathをしたんですよ。何しろ何なにしろ anyway; at any rate傍傍そば near; closeに寝て寝ねて sleepいた細君細君さいくん wifeが看病をする看病かんびょうをする care for; tend to (the sick)暇暇ひま time (in which to do something)もなんにもないくらいなんですからね。夜中夜中よなか middle of the nightにちょっと苦しい苦くるしい uncomfortable; in painといって、細君を起した起おこした wokeぎり、翌る朝翌あくる朝あさ the next morningはもう死んでいた死しんでいた had died; was goneんです。しかも細君は夫夫おっと husbandが寝ているとばかり思って思おもって thought; believedたんだっていうんだから」

今まで楽天的楽天的らくてんてき optimisticに傾いて傾かたむいて tend towardいた私は急に急きゅうに suddenly不安になった不安ふあんになった grew worried; felt anxious。

「私私わたくし I; meの父父おやじ fatherもそんなになるでしょうか。ならんともいえないですね」

「医者医者いしゃ doctorは何何なん whatというのです」

「医者は到底到底とても (not) at all; by (no) means治らない治なおらない will not get better; will not recover fromというんです。けれども当分当分とうぶん for the present; for a whileのところ心配はあるまい心配しんぱいはあるまい no need to worry; little cause for concernともいうんです」

「それじゃ好い好いい all right; fineでしょう。医者がそういうなら。私の今今いま now; just now話した話はなした spoke ofのは気が付かずに気きが付つかずに without realizing; unawareいた人人ひと person; manの事の事こと concerning ...で、しかもそれがずいぶん乱暴な乱暴らんぼうな reckless; heedless軍人軍人ぐんじん military man; soldierなんだから」

私はやや安心した安心あんしんした felt better; felt reassured。私の変化変化へんか change; transition; shiftを凝と凝じっと intently; attentively見て見みて watch; observeいた先生先生せんせい Sensei (elder one; teacher - used here as form of address)は、それからこう付け足した付つけ足たした added; followed with。

「しかし人間人間にんげん human beings; peopleは健康健康けんこう healthにしろ病気病気びょうき sicknessにしろ、どっちにしても脆い脆もろい fragileものですね。いつどんな事でどんな死によう死しによう manner of deathをしないとも限らないとも限かぎらない is (not) implausible; is (not) to be ruled outから」

「先生もそんな事を考えてお出考かんがえてお出いで consider; think aboutですか」

「いくら丈夫の丈夫じょうぶの healthy; fit私でも、満更満更まんざら (not) altogether; (not) entirely考えない事もありません」

先生の口元口元くちもと mouth; lipsには微笑微笑びしょ smileの影影かげ hint; trace ofが見えた。

「よくころりところりと easily; simply; quickly死ぬ人があるじゃありませんか。自然に自然しぜんに in a natural manner。それからあっと思う間にあっと思おもう間まに before one knows it; in an instant死ぬ人もあるでしょう。不自然な不自然ふしぜんな unnatural暴力暴力ぼうりょく (act of) violenceで」

「不自然な暴力って何ですか」

「何だかそれは私にも解らない解わからない don't know; am not sure; can't sayが、自殺する自殺じさつする commit suicide人はみんな不自然な暴力を使う使つかう use; apply; employんでしょう」

「すると殺される殺ころされる be killed; be murderedのも、やはり不自然な暴力のお蔭お蔭かげ due toですね」

「殺される方方ほう alternativeはちっとも考えていなかった。なるほどそういえばそうだ」

その日日ひ dayはそれで帰った帰かえった returned home。帰ってからも父父ちち fatherの病気はそれほど苦にならなかった苦くにならなかった did not bother me; did not weigh on my mind。先生のいった自然に死ぬとか、不自然の暴力で死ぬとかいう言葉言葉ことば wordsも、その場限りその場ば限かぎり limited to that occasionの浅い浅あさい shallow; slight印象印象いんしょう impressionを与えた与あたえた bestowed on; imparted toだけで、後後あと after; afterwardsは何らのこだわりこだわり fixation; dwellingを私の頭頭あたま head; mindに残さなかった残のこさなかった did not leave behind。私は今まで幾度か幾度いくたびか how often; how many times手を着けよう手てを着つけよう get a start onとしては手を引っ込めた手てを引ひっ込こめた withdrew; backed off卒業論文卒業そつぎょう論文ろんぶん graduation thesisを、いよいよ本式に本式ほんしきに in earnest書き始めなければならない書かき始はじめなければならない must start writingと思い出した思おもい出だした called to mind。

二十五二十五にじゅうご (part) 25

その年年とし yearの六月六月ろくがつ Juneに卒業する卒業そつぎょうする graduateはずの私私わたくし I; meは、ぜひともこの論文論文ろんぶん thesisを成規通り成規通せいきどおり as stipulated; as prescribed四月いっぱいに四月しがついっぱいに by the end of April書き上げてしまわなければならなかった書かき上あげてしまわなければならなかった had to finish writing。二、三、四二に、三さん、四し two, three, four (referring to February, March, April)と指指ゆび fingersを折って折おって bend余る余あまる remain; be left時日時日じじつ time; daysを勘定して見た勘定かんじょうして見みた enumerated; reckoned; tallied時時とき time; occasion、私は少し少すこし a little; a bit自分の自分じぶんの one's own度胸度胸どきょう pluck; gritを疑った疑うたぐった doubted; questioned (= 疑うたがった)。他の他ほかの otherものはよほど前前まえ before; earlierから材料材料ざいりょう materialsを蒐めたり蒐あつめたり gather; collect、ノートノート notesを溜めたり溜ためたり amass; accumulateして、余所目にも余所目よそめにも to an outside observer忙しそう忙いそがしそう (looking) busy; engaged; occupiedに見えるのに、私だけはまだ何にも手を着けずに何なんにも手てを着つけずに not having done a thing; without having started at allいた。私にはただ年が改まったら改あらたまったら be renewed; start afresh大いに大おおいに fully; greatlyやろうという決心決心けっしん resolve; determinationだけがあった。私はその決心でやり出したやり出だした set to it。そうして忽ち忽たちまち immediately; once動けなくなった動はたらけなくなった froze; stopped in one's tracks。今今いま now; the presentまで大きな問題問題もんだい subject; topic; questionを空に描いて空くうに描えがいて draw in the air; picture in one's mind; envision、骨組み骨組ほねぐみ framework; structure; outlineだけはほぼでき上っているでき上あがっている be finished; be completeくらいに考えて考かんがえて consider; think throughいた私は、頭を抑えて頭あたまを抑おさえて hold one's head (in consternation)悩み始めた悩なやみ始はじめた began to worry; grew anxious。私はそれから論文の問題を小さくした小ちいさくした reduced; narrowed down。そうして練り上げた練ねり上あげた flushed out; refined思想思想しそう thoughts; ideasを系統的に系統的とうけいてきに systematically纏める纏まとめる pull together; integrate; consolidate手数手数てかず trouble; extra workを省く省はぶく save; spare; dispense withために、ただ書物書物しょもつ booksの中中なか withinにある材料を並べて並ならべて line up; arrange、それに相当な相当そうとうな appropriate; suitable結論結論けつろん conclusionをちょっと付け加える付つけ加くわえる add to; append事にした事ことにした decided to ...。

私の選択した選択せんたくした chose; selected問題は先生先生せんせい Sensei (elder one; teacher - used here as form of address)の専門専門せんもん specialty; area of expertiseと縁故の近い縁故えんこの近ちかい closely relatedものであった。私がかつてその選択について先生の意見意見いけん opinionを尋ねた尋たずねた asked; solicited時、先生は好い好いい good; fineでしょうといった。狼狽した狼狽ろうばいした panicked; distressed気味気味きみ feeling; sentimentの私は、早速早速さっそく without delay; right away先生の所所ところ place; residenceへ出掛けて出掛でかけて set out (for)、私の読まなければならない読よまなければならない need to read参考書参考書さんこうしょ reference books; referencesを聞いた聞きいた asked (about)。先生は自分の知っている知しっている know; be aware of限り限かぎり extent; limitsの知識知識ちしき informationを、快く快こころよく gladly; willingly私に与えて与あたえて give; impart (to)くれた上に上うえに in addition to ...、必要の必要ひつようの necessary; needed書物を、二、三冊二に、三冊さんさつ several volumes貸そう貸かそう lendといった。しかし先生はこの点点てん matter; aspectについて毫も毫ごうも (not) in the least私を指導する指導しどうする guide; advise任に当ろう任にんに当あたろう take on a dutyとしなかった。

「近頃近頃ちかごろ recently; these daysはあんまり書物を読まないから、新しい新あたらしい new; latest事は知りませんよ。学校学校がっこう schoolの先生に聞いた方方ほう alternative (course of action)が好いでしょう」

先生は一時一時いちじ at one time非常の非常ひじょうの extraordinary読書家読書家どくしょか readerであったが、その後その後ご after that; from that timeどういう訳かどういう訳わけか for whatever reason、前ほどこの方面方面ほうめん area; realmに興味が働かなくなった興味きょうみが働はたらかなくなった lost interestようだと、かつて奥さん奥おくさん (Sensei's) wifeから聞いた事があるのを、私はその時ふと思い出した思おもい出だした remembered; recalled。私は論文をよそにして、そぞろにそぞろに in spite of oneself口を開いた口くちを開ひらいた spoke; broached (a subject)。

「先生先生せんせい Sensei (elder one; teacher - used here as form of address)はなぜ元のように元もとのように as before書物書物しょもつ booksに興味をもち得ない興味きょうみをもち得えない can't find interest (in)んですか」

「なぜという訳訳わけ reasonもありませんが。……つまりいくら本本ほん booksを読んで読よんで readもそれほどえらくならないと思う思おもう think; believeせいでしょう。それから……」

「それから、まだあるんですか」

「まだあるというほどの理由理由りゆう reasonでもないが、以前以前いぜん before; previouslyはね、人人ひと peopleの前前まえ before; in front ofへ出たり出でたり appear、人に聞かれたり聞きかれたり be asked; be questionedして知らない知しらない don't know; can't sayと恥恥はじ shame; embarrassment; disgraceのようにきまりが悪かったきまりが悪わるかった felt awkward; became self-consciousものだが、近頃近頃ちかごろ recentlyは知らないという事事こと state of affairs; situationが、それほどの恥でないように見え出した見みえ出だした began to seemものだから、つい無理にも無理むりにも through compulsion; excessively本を読んでみようという元気元気げんき energy; vigorが出なくなったのでしょう。まあ早くいえば早はやくいえば in short; in brief老い込んだ老おい込こんだ have grown old (and decrepit)のです」

先生の言葉言葉ことば wordsはむしろ平静平静へいせい calm; sereneであった。世間世間せけん the world; societyに背中を向けた背中せなかを向むけた turned one's back (on)人の苦味苦味くみ bitternessを帯びて帯おびて take on; be tinged withいなかっただけに、私にはそれほどの手応え手応てごたえ response; reactionもなかった。私は先生を老い込んだとも思わない代りに代かわりに at the same time; while ...、偉い偉えらい remarkable; admirableとも感心せずに感心かんしんせずに without being impressed帰った帰かえった returned home。

それからの私はほとんど論文論文ろんぶん thesisに祟られた祟たたられた cursed; haunted; tormented精神病者精神せいしん病者びょうしゃ maniac; madmanのように眼眼め eyesを赤くして赤あかくして make red苦しんだ苦くるしんだ fretted; worried; agonized。私は一年前一年いちねん前ぜん a year beforeに卒業した卒業そつぎょうした graduated友達友達ともだち friendsについて、色々色々いろいろ various様子様子ようす situation; circumstancesを聞いてみたりした。そのうちの一人一人いちにん one (person)は締切締切しめきり deadline; cut-offの日日ひ dayに車車くるま car (rickshaw)で事務所事務所じむしょ officeへ馳けつけて馳かけつけて rush; hurry (to)漸く漸ようやく barely; narrowly間に合わせた間まに合あわせた made it on timeといった。他の他ほかの another一人は五時五時ごじ five o'clockを十五分十五分じゅうごふん fifteen minutesほど後らして後おくらして was late持って行った持もって行いった carried in; deliveredため、危く危あやうく almost; nearly跳ね付けられよう跳はね付つけられよう have rejectedとしたところを、主任教授主任しゅにん教授きょうじゅ head professor; department headの好意好意こうい good will; favorでやっと受理受理じゅり acceptanceしてもらったといった。私は不安不安ふあん uneasiness; anxietyを感ずると共にと共ともに along with度胸を据えた度胸どきょうを据すえた took courage; felt emboldened。毎日毎日まいにち each day; every day机机つくえ deskの前で精根精根せいこん energy; driveのつづく限り限かぎり extent; limit働いた働はたらいた worked; endeavored。でなければ、薄暗い薄暗うすぐらい dimly-lit書庫書庫しょこ libraryにはいって、高い高たかい high; tall本棚本棚ほんだな bookshelvesのあちらこちらを見廻した見廻みまわした surveyed; searched。私の眼は好事家好事家こうずか dilettante; amateur enthusiastが骨董骨董こっとう antiques; curiosでも掘り出す掘ほうり出だす dig out; search through時時とき time; occasionのように背表紙背表紙せびょうし spine; binding (of a book)の金文字金文字きんもじ gold letteringをあさったあさった scavenged; rummaged (through)。

梅梅うめ plum treesが咲く咲さく blossom; bloomにつけて寒い寒さむい cold風風かぜ windは段々段々だんだん gradually; little by little向向むき directionを南南みなみ southへ更えて行った更かえて行いった shifted; transitioned。それが一仕切一仕切ひとしきり for a time; for a spell経つ経たつ pass; elapseと、桜桜さくら cherry treesの噂噂うわさ rumor; report; talkがちらほら私の耳耳みみ earsに聞こえ出した。それでも私は馬車馬馬車ばしゃ馬うま cart horseのように正面正面しょうめん forward; straight aheadばかり見て、論文に鞭うたれた鞭むちうたれた was whipped along (by)。私はついに四月四月しがつ Aprilの下旬下旬げじゅん final days (last ten days of a month)が来て来きて come; arrive、やっと予定通り予定よてい通どおり as planned; as anticipatedのものを書き上げる書かき上あげる finish writingまで、先生の敷居敷居しきい thresholdを跨がなかった跨またがなかった did not step over; did not cross。

二十六二十六にじゅうろく (part) 26

私私わたくし I; meの自由自由じゆう freedom; libertyになったのは、八重桜八重桜やえざくら double-flowered cherry treeの散った散ちった scattered; dispersed枝枝えだ branches; limbsにいつしか青い青あおい green葉葉は leavesが霞む霞かすむ be barely perceptibleように伸び始める伸のび始はじめる begin to grow; begin to emerge初夏初夏しょか early summerの季節季節きせつ seasonであった。私は籠籠かご cageを抜け出した抜ぬけ出だした escaped小鳥小鳥ことり songbirdの心心こころ heart; spiritをもって、広い広ひろい wide; spacious; vast天地天地てんち world; surroundings (lit: heaven and earth)を一目に一目ひとめに at a glance見渡しながら見渡みわたしながら see; take in; survey、自由に羽搏き羽搏はばたき fluttering of wingsをした。私はすぐ先生先生せんせい Sensei (elder one; teacher - used here as form of address)の家家うち house; homeへ行った行いった went (to); called (at); visited。枳殻枳殻からたち trifoliate orangeの垣垣かき hedgeが黒ずんだ黒くろずんだ darkened; blackened枝の上上うえ top; surface (of)に、萌る萌もえる burst out (into blossom)ような芽を吹いて芽めを吹ふいて bring forth budsいたり、柘榴柘榴ざくろ pomegranateの枯れた枯かれた withered; weathered幹幹みき trunkから、つやつやしい茶褐色茶褐色ちゃかっしょく dark reddish-brownの葉が、柔らかそうに柔やわらかそうに gently; softly日光日光にっこう sunlightを映して映うつして reflectいたりするのが、道々道々みちみち along the way私の眼を引き付けた眼めを引ひき付つけた caught one's attention。私は生れて生うまれて in one's life初めて初はじめて for the first timeそんなものを見るような珍しさ珍めずらしさ newness; noveltyを覚えた覚おぼえた was conscious of。

先生は嬉しそうな嬉うれしそうな happy; joyful私の顔顔かお face; facial expressionを見て、「もう論文論文ろんぶん thesisは片付いた片付かたづいた put in order; taken care ofんですか、結構結構けっこう splendid; wonderfulですね」といった。私は「お蔭でお蔭かげで with your assistanceようやく済みました済すみました is done; is finished。もう何にも何なんにも (no)thingする事する事こと things to do; matters to tend toはありません」といった。

実際実際じっさい in fact; in truthその時時とき timeの私は、自分自分じぶん oneselfのなすべきすべての仕事仕事しごと work; tasks; responsibilitiesがすでに結了して結了けつりょうして wrap up; complete、これから先これから先さき from now; going forwardは威張って威張いばって put on airs; swagger遊んで遊あそんで enjoy oneselfいても構わない構かまわない is fine; is no problemような晴やかな晴はれやかな clear; bright; sunny心持心持こころもち feeling; moodでいた。私は書き上げた書かき上あげた finished writing自分の論文に対してに対たいして regarding ...充分の充分じゅうぶんの adequate; sufficient自信自信じしん confidenceと満足満足まんぞく satisfactionをもっていた。私は先生の前前まえ front ofで、しきりにその内容内容ないよう content; details; subject matterを喋々した喋々ちょうちょうした went on; talked endlessly (about)。先生はいつもの調子調子ちょうし mood; mannerで、「なるほど」とか、「そうですか」とかいってくれたが、それ以上それ以上いじょう beyond thatの批評批評ひひょう comment; critiqueは少しも少すこしも (not) in the least加えなかった加くわえなかった didn't add; didn't follow with。私は物足りない物足ものたりない dissatisfactionというよりも、聊か聊いささか a bit; somewhat拍子抜け拍子ひょうし抜ぬけ let-down; deflatedの気味気味きみ feelingであった。それでもその日日ひ day私の気力気力きりょく willpower; energy; vitalityは、因循らしく因循いんじゅんらしく noncommittal; detached; disengaged見える先生の態度態度たいど manner; behaviorに逆襲逆襲ぎゃくしゅう counterattackを試みる試こころみる try; attemptほどに生々していた生々いきいきしていた was full of life。私は青く青あおく with green蘇生ろう蘇生よみがえろう revive; come back to lifeとする大きな大おおきな great; vast自然自然しぜん natural worldの中中なか middleに、先生を誘い出そうとした誘さそい出だそうとした decided to invite out。

「先生どこかへ散歩散歩さんぽ walk; strollしましょう。外外そと outsideへ出る出でる go out (to)と大変大変たいへん very much; terribly好い好いい nice; fine心持です」

「どこへ」

私はどこでも構わなかった。ただ先生を伴れて伴つれて take (someone) along郊外郊外こうがい environs; outskirts (of a town)へ出たかった。

一時間一時間いちじかん one hourの後後のち later、先生先生せんせい Sensei (elder one; teacher - used here as form of address)と私私わたくし I; meは目的どおり目的もくてきどおり as intended市市し cityを離れて離はなれて leave behind、村村むら villageとも町町まち townshipとも区別の付かない区別くべつの付つかない indistinguishable静かな静しずかな quiet; peaceful所所ところ placeを宛もなく宛あてもなく at random; without purpose歩いた歩あるいた walked; strolled。私はかなめかなめ photinia (plant)の垣垣かき hedgeから若い若わかい young; new柔らかい柔やわらかい tender葉葉は leavesを挘ぎ取って挘もぎ取とって pluck; pick芝笛芝笛しばぶえ grass whistleを鳴らした鳴ならした played; sounded。ある鹿児島人鹿児島人かごしまじん native of Kagoshimaを友達友達ともだち friendにもって、その人人ひと personの真似をしつつ真似まねをしつつ imitate; learn from自然に自然しぜんに as a natural outcome; in due corse習い覚えた習ならい覚おぼえた mastered私は、この芝笛というものを鳴らす事事こと act; actionが上手上手じょうず skilled; accomplishedであった。私が得意に得意とくいに with pride; pleased with oneselfそれを吹きつづける吹ふきつづける continue to play; continue to soundと、先生は知らん顔をして知しらん顔かおをして assume an air of indifferenceよそを向いて向むいて turn toward; look toward歩いた。

やがて若葉若葉わかば new leavesに鎖ざされた鎖とざされた shut in; enclosedように蓊欝した蓊欝こんもりした lush; thickly grown小高い小高こだかい of moderate height一構え一構ひとかまえ clump (of trees)の下下した below; beneathに細い細ほそい narrow路路みち path; laneが開けた開ひらけた opened up。門門もん gateの柱柱はしら pillar; columnに打ち付けた打うち付つけた nailed onto; posted標札標札ひょうさつ sign; placardに何々園何々園なになにえん such-and-such gardensとあるので、その個人の個人こじんの personal; private邸宅邸宅ていたく residenceでない事がすぐ知れた。先生はだらだら上り上のぼり climbing; upward-sloping; ascendingになっている入口入口いりぐち entranceを眺めて眺ながめて study; examine、「はいってみようか」といった。私はすぐ「植木屋植木屋うえきや (plant) nurseryですね」と答えた答こたえた answered; replied。

植込植込うえこみ growth; thicketの中中なか middle; midstを一うねりして一ひとうねりして topping a single rise奥奥おく interiorへ上る上のぼる climb up; ascend (into)と左側左側ひだりがわ left-hand sideに家家うち house; residenceがあった。明け放った明あけ放はなった left open障子障子しょうじ shōji; sliding panelの内内うち insideはがらんとしてがらんとして empty; deserted人の影影かげ shadow; trace; sign ofも見えなかった見みえなかった could not be seen。ただ軒先軒先のきさき under the eavesに据えた据すえた set; placed大きな大おおきな large鉢鉢はち bowlの中に飼って飼かって keep (pet or other animal)ある金魚金魚きんぎょ goldfishが動いて動うごいて moveいた。

「静かだね。断わらずに断ことわらずに without giving notice; without permissionはいっても構わない構かまわない okay; all rightだろうか」

「構わないでしょう」

二人二人ふたり two people; the two of usはまた奥の方方ほう directionへ進んだ進すすんだ proceeded (toward)。しかしそこにも人影人影ひとかげ human presenceは見えなかった。躑躅躑躅つつじ azaleaが燃えるように燃もえるように as if on fire咲き乱れて咲さき乱みだれて bloom in profusionいた。先生はそのうちで樺色樺色かばいろ reddish yellowの丈の高い丈たけの高たかい high; tallのを指して指さして point out、「これは霧島霧島きりしま Miyama-Kirishima (regional name; type of azalea native to that region)でしょう」といった。

芍薬芍薬しゃくやく Chinese peonyも十坪あまり十坪とつぼあまり about 10 tsubo (about 30 sq meters; about 40 sq yards)一面一面いちめん entire surfaceに植え付けられていた植うえ付つけられていた had been planted (with)が、まだ季節季節きせつ time; seasonが来ない来こない not come; not arriveので花を着けて花はなを着つけて put forth flowersいるのは一本一本いっぽん one; a single (tree)もなかった。この芍薬畠芍薬しゃくやく畠ばたけ peony fieldの傍傍そば vicinityにある古びた古ふるびた old (looking); worn with age縁台縁台えんだい bench; platformのようなものの上上うえ top ofに先生は大の字なりに大だいの字じなりに in the shape of the character 大寝た寝ねた lay down。私はその余った余あまった left over; remaining端端はじ edgeの方に腰をおろして腰こしをおろして seat oneself烟草を吹かした烟草タバコを吹ふかした had a smoke。先生は蒼い蒼あおい blue透き徹る透すき徹とおる transparentような空空そら skyを見ていた。私は私を包む包つつむ wrap; enclose; envelope若葉の色色いろ colorsに心を奪われていた心こころを奪うばわれていた was captivated; was enthralled (by)。その若葉の色をよくよく眺めると、一々一々いちいち each one; every one違っていた違ちがっていた was different。同じ同おなじ the same楓楓かえで mapleの樹樹き treeでも同じ色を枝枝えだ branchesに着けているものは一つ一ひとつ one (thing)もなかった。細い細ほそい thin; slender杉苗杉苗すぎなえ cedar saplingの頂頂いただき tipに投げ被せてあった投なげ被かぶせてあった had been tossed over先生の帽子帽子ぼうし hatが風風かぜ wind; breezeに吹かれて吹ふかれて blown (by)落ちた落おちた fell; dropped。

二十七二十七にじゅうしち (part) 27

私私わたくし I; meはすぐその帽子帽子ぼうし hatを取り上げた取とり上あげた picked up。所々所々ところどころ here and there; in placesに着いて着ついて stick; cling (to)いる赤土赤土あかつち red clayを爪爪つめ (finger)nailsで弾きながら弾はじきながら flick (off)先生先生せんせい Sensei (elder one; teacher - used here as form of address)を呼んだ呼よんだ called to; addressed。

「先生帽子が落ちました落おちました fell; dropped」

「ありがとう」

身体身体からだ bodyを半分半分はんぶん halfway起して起おこして raise up; prop upそれを受け取った受うけ取とった took; received先生は、起きるとも寝る寝ねる lie downとも片付かない片付かたづかない be inconclusive; be ambivalentその姿勢姿勢しせい attitude; postureのままで、変な変へんな odd; curious事事こと matter; thingを私に聞いた聞きいた asked。

「突然突然とつぜん abrupt; suddenだが、君の家君きみの家うち your home; your familyには財産財産ざいさん assetsがよっぽどあるんですか」

「あるというほどありゃしません」

「まあどのくらいあるのかね。失礼失礼しつれい (too) bold; brazen; directのようだが」

「どのくらいって、山山やま hillsと田地田地でんぢ farmland; paddies; fieldsが少し少すこし a little; a bitあるぎりで、金金かね moneyなんかまるでないんでしょう」

先生が私の家家いえ familyの経済経済けいざい financesについて、問い問とい question; queryらしい問いを掛けた掛かけた asked; posed (a question)のはこれが始めて始はじめて the first timeであった。私の方は私わたくしの方ほうは for my partまだ先生の暮し向き暮くらし向むき (financial) circumstances; personal meansに関してに関かんして with respect to; concerning、何も何なにも (no)thing聞いた事がなかった。先生と知り合い知しり合あい acquaintanceになった始め、私は先生がどうして遊んでいられる遊あそんでいられる afford to be at leisureかを疑った疑うたぐった doubted; questioned (= 疑うたがった)。その後その後ご thereafterもこの疑い疑うたがい question; doubtは絶えず絶たえず without end; even to this day私の胸胸むね breast; bosomを去らなかった去さらなかった did not leave。しかし私はそんな露骨な露骨あらわな blunt; frank問題問題もんだい question; problem; issueを先生の前前まえ front ofに持ち出す持もち出だす bring upのをぶしつけぶしつけ lacking in etiquette; tactlessとばかり思って思おもって consider (as)いつでも控えて控ひかえて hold back; refrainいた。若葉若葉わかば new leavesの色色いろ colorsで疲れた疲つかれた tired; wearied眼眼め eyesを休ませて休やすませて rest; relaxいた私の心心こころ spirit; mindは、偶然偶然ぐうぜん suddenlyまたその疑いに触れた触ふれた touched on; came back to。

「先生はどうなんです。どのくらいの財産をもっていらっしゃるんですか」

「私は財産家財産家ざいさんか person of wealth; man of meansと見えます見みえます appear (to be)か」

先生は平生平生へいぜい usually; alwaysからむしろ質素な質素しっそな simple; modest; frugal服装服装なり attire; dressをしていた。それに家内家内かない householdは小人数小人数こにんず a small number of peopleであった。したがって住宅住宅じゅうたく residenceも決して決けっして by (no) means広くはなかった広ひろくはなかった was not spacious。けれどもその生活生活せいかつ lifestyleの物質的に物質的ぶっしつてきに physically; materially豊か豊ゆたか plentiful; abundantな事は、内輪内輪うちわ inner affairs; private mattersにはいり込まないはいり込こまない not be part of私の眼にさえ明らか明あきらか clear; evidentであった。要するに要ようするに in short先生の暮し暮くらし life circumstances; livelihoodは贅沢贅沢ぜいたく luxurious; extravagantといえないまでも、あたじけなくあたじけなく stingy; scrimping切り詰めた切きり詰つめた cut down on; economized無弾力性無弾力性むだんりょくせい inflexible; no margin for error; hand to mouthのものではなかった。

「そうでしょう」と私がいった。

「そりゃそのくらいの金はあるさ、けれども決して財産家じゃありません。財産家ならもっと大きな大おおきな large; grand家家うち houseでも造る造つくる build; constructさ」

この時時とき time先生先生せんせい Sensei (elder one; teacher - used here as form of address)は起き上って起おき上あがって sit up、縁台縁台えんだい bench; platformの上上うえ top ofに胡坐をかいて胡坐あぐらをかいて sit with one's legs crossedいたが、こういい終るいい終おわる finish sayingと、竹竹たけ bambooの杖杖つえ walking stick; caneの先先さき tipで地面地面じめん groundの上へ円円えん circleのようなものを描き始めた描かき始はじめた began to draw; began to trace。それが済む済すむ finish; concludeと、今度今度こんど this time; nextはステッキステッキ (walking) stickを突き刺す突つき刺さす stab; thrustように真直真直まっすぐ straight; directに立てた立たてた thrust into。

「これでも元元もと origin; rootsは財産家財産家ざいさんか person of wealth; man of meansなんだがなあ」

先生の言葉言葉ことば wordsは半分半分はんぶん half; in part独り言独ひとり言ごと speaking to oneself; words directed at oneselfのようであった。それですぐ後後あと afterに尾いて行き損なった尾ついて行いき損そこなった missed one's chance to follow; missed one's chance to respond私私わたくし I; me は、つい黙っていた黙だまっていた remained silent。

「これでも元は財産家なんですよ、君君きみ you (used here as form of address)」といい直したいい直なおした restated先生は、次次つぎ nextに私の顔顔かお faceを見て見みて look at微笑した微笑びしょうした smiled; grinned。私はそれでも何とも何なんとも (no)thing答えなかった答こたえなかった didn't answer。むしろ不調法不調法ぶちょうほう awkwardness; discomfitureで答えられなかったのである。すると先生がまた問題問題もんだい subject; topicを他他よそ elsewhereへ移した移うつした shifted; changed。

「あなたのお父さんお父とうさん (your) fatherの病気病気びょうき illness; maladyはその後その後ご after that; since thenどうなりました」

私は父父ちち fatherの病気について正月正月しょうがつ New Year's以後以後いご since; from何にも知らなかった知しらなかった didn't know。月々月々つきづき each month; every month国国くに home country; one's native placeから送って送おくって send; remitくれる為替為替かわせ money orderと共にと共ともに along with来る来くる come; arrive簡単な簡単かんたんな simple; brief手紙手紙てがみ letter; noteは、例の通り例れいの通とおり as usual; as always父の手蹟手蹟しゅせき handwritingであったが、病気の訴え訴うったえ complaintはそのうちにほとんど見当らなかった見当みあたらなかった was no sign of; was not to be found。その上その上うえ on top of that; furthermore書体書体しょたい calligraphic style; penmanshipも確か確たしか sure; certain; steadyであった。この種種しゅ type; sortの病人病人びょうにん one suffering from an illness; patientに見る顫え顫ふるえ tremble; quiverが少しも少すこしも (not) in the least筆筆ふで brush; penの運び運はこび carriage; wielding (of)を乱して乱みだして throw off; disturbいなかった。

「何ともいって来ませんいって来きません doesn't reportが、もう好い好いい all right; okayんでしょう」

「好ければ好よければ if (he's) all right結構結構けっこう fine; splendidだが、――病症病症びょうしょう nature of a diseaseが病症なんだからね」

「やっぱり駄目駄目だめ not good; a lost battleですかね。でも当分当分とうぶん for the time beingは持ち合って持もち合あって hold one's ownるんでしょう。何ともいって来ませんよ」

「そうですか」

私は先生が私のうちの財産財産ざいさん assetsを聞いたり聞きいたり ask; inquire (about)、私の父の病気を尋ねたりする尋たずねたりする ask; inquire (about)のを、普通の普通ふつうの usual; ordinary談話談話だんわ talk; conversation――胸に浮かんだ胸むねに浮うかんだ came to mind; struck oneままをその通りその通とおり as is口にする口くちにする voice; speak、普通の談話と思って思おもって regard as; consider to be聞いていた。ところが先生の言葉の底底そこ bottom; depthsには両方両方りょうほう both; the two thingsを結び付ける結むすび付つける tie together; bind together大きな大おおきな weighty; significant意味意味いみ meaningがあった。先生自身自身じしん oneself; himselfの経験経験けいけん experienceを持たない持もたない not have私は無論無論むろん of courseそこに気が付く気きが付つく take notice; be aware (of)はずがなかった。